三瓶山と山麓のできごと



 むかし、むかし、そのむかし、十万年も前の昔のこと!

 大きな山が・・・とつぜん大噴火! 噴煙は空高く上がり風に流されて火山灰が九州から東北地方まで積ったそうだ

 雨が降り、山々が崩れ、洪水が土砂を運び・・・平野ができ・・・草木が繁り・・・その後も噴火や洪水が繰り返されて時が過ぎた

 やがて、最終氷河期も終り・・・縄文時代になり・・・

稲佐の浜から見る三瓶山
稲佐の浜から見る三瓶山


三瓶山は 国引き神話で国引きの綱を繋ぎ止めた杭の山
稲佐の浜から見る三瓶山

稲佐の浜から見る三瓶山 6月16日
   〃   三瓶山遠望 距離30km

稲佐の浜では全国の神々をお迎えする「神迎(かみむかえ)神事(しまね観光ナビ)」が執り行われます

 むかし、むかし、そのむかし、十万年も前のむかしのこと!.
 大きな山が・・・とつぜん大噴火! 噴煙は空高く上がり風に流されて火山灰が九州から東北地方まで積ったそうだ

 雨が降り、山々が崩れ、洪水が土砂を運び・・・平野ができ・・・草木が繁り・・・その後も噴火や洪水が繰り返されて時が過ぎた

 やがて最終氷河期も終り縄文時代に・・・
 
年代 INDEX
115万年~
三瓶噴火
 593~
飛鳥
1192~
鎌倉
1603~
江戸
1868~
明治
1912~
大正
1926~
昭和
1989~
平成
2019~
令和
115万~
三瓶噴火
 593~
飛鳥
1192~
鎌倉
1603~
江戸
1868~
明治
1912~
大正
1926~
昭和前
1945~
昭和後
1989~
平成
2019~
令和




から


三瓶山や郷土のできごと
115~100万年前 森田山:三瓶山のカルデラ形成以前の山体で古三瓶あるいは先三瓶:第四紀火山, 第四紀火山岩体・貫入岩体データベース(地質調査総合センター), 古三瓶:森田山(地理院地図)北三瓶口から見る森田山
100万年前 石見銀山の鉱床ができる(島根ジオサイト)。大江高山火山群のマグマ熱水によってできた鉱床。仙ノ山の東西約2Km、南北約1Kmの範囲に分布、600以上間歩、 石見銀山(中国地質調査業協会)


11~10万年前





三瓶山が噴火。噴火で噴出された火山灰は東北地方まで分布する.地質の鍵層(三瓶木次テフラ:SKP) 差海川河口の古砂丘(島根ジオサイト100選)福井市水切の三瓶木次テフラ(福井県)
9万年前 阿蘇山が大噴 火する(Aso-4)(wiki)。巨大噴火の火砕流は九州中央部を覆い噴出した火山灰は北海道にも降下する。 阿蘇4火砕流(Aso-4:阿蘇火山博物館)
7万年前 三瓶山が噴火。三瓶大田軽石流(宍道湖中海ジオパーク)が海岸まで到達する。三瓶雲南軽石(火山灰)が広く積もる。カルデラが形成される。降下軽石流に埋った出雲市横見埋没林が発見される.志学展望広場
7~2万年前 最終氷河期(wiki)で海面が低く動物や人が陸伝いに往来する。 隠岐の島は海面の上昇や低下で半島や孤島になる(隠岐ジオパーク)
6~5万年前 大山が噴火(wiki)。大規模な噴火で大量の火山灰、軽石や火砕流を噴出。 火山灰は遠く福島県まで降り積る(大山倉吉軽石:DKP:wiki)
5~3万年前 三瓶山が噴火。三瓶池田降下軽石:SI志学展望広場旧石器遺跡に関連した三瓶山起源テフラの年代測定:CiNii新市盆地の河岸段丘(徳山大学)
奥出雲町原田遺跡(3万年~1.4万年)・島根県 資料2 写真1
三瓶山の火山噴出物が伊豆半島で積もる(伊豆半島ジオパーク)
2.9万年前 姶良カルデラ:姶良Tn(AT)(wiki)。 火山灰は遠く丹沢まで降り積る
2万年前 三瓶山が噴火、日影山はこの頃の溶岩ドーム、地質の鍵層(三瓶浮布テフラ:SUk)志学展望広場旧石器遺跡に関連した三瓶山起源テフラの年代測定:CiNii
1.9万年前~


最終氷河期が終わり海面の上昇が始まる縄文海進(wiki)
1.3万年前 三瓶山が噴火。志津見降下火山灰、切割降下火山灰堆積物、第Ⅴ期噴火(13-12.9ka)地質調査総合センター
板屋Ⅲ遺跡:飯南町の歴史と文化(飯南町志津見)からおよそ1万年前の土器が見つかる
7300年前 鬼界(きかい)カルデラが大噴火(wiki) 火山灰は東北地方まで積もる(K-Ah)。 島根県神西湖堆積物の層序と完新世環境変遷史(島根大学附属図書館)
6500年前~ 海面の上昇のピーク、海面は現在より約5m高くなる縄文海進(wiki).縄文時代の海進について(日本第四紀学会
5600年前~ 三瓶山が噴火。角井降下火山灰堆積物、志学火砕流堆積物、志学降下火山灰堆積物、第Ⅵ期噴火(5.6-5.5ka)地質調査総合センター
5000年前~ 古宍道湾:斐伊川からの土砂の供給によって埋め立てが進み東西2つの水域に分かれる、宍道湖・中海のおいたち(島根県)
下山遺跡(角井)貝谷遺跡:飯南町の歴史と文化から磨消縄文土器(約4000年前)がみつかる
五明田遺跡(八神):指定文化財解説から赤色顔料が施された縄文土器(約4000年前)がみつかる
3900年前 三瓶山が噴火。火砕流や岩屑なだれに山麓の森(縄文の森)が土中に深く埋まる。平成10年(1998)11月に発見され、翌年1月一般公開と現地説明会が行なわれる。縄文の森・三瓶小豆原埋没林(日本遺産)第Ⅶ期噴火(3.87ka)地質調査総合センター
2600年前~ 約2600~2500年前の大田市仁摩町古屋敷遺跡(古代出雲歴史博物館)、彩文土器が出土する
2500年前頃の出雲山間部で東西文化交流の木次町万場Ⅰ遺跡が発見される
スサノオ神話は縄文から弥生への頃でしょうか?八岐大蛇神話
2400年前〜


 このころ弥生文化が北九州から日本海沿いに出雲地方に伝わる
西川津遺跡(島根県)から土笛(島根県)が多数出土する、稲作と共に持ち込まれたと思われる
御堂谷遺跡(大田市長久町・鳥井町、弥生時代前期:紀元前2~3世紀)が発見される。山陰地方では類例の少ない高地性集落とみらる。島根県
2200年前
前後~
九州北部から銅矛が伝わる。出雲型銅剣が製作される
田和山遺跡(島根県)(弥生前期後半~中期後半)、環壕が発見される
2000年前
前後~
57年、倭の奴国王(wiki)は後漢に朝貢して光武帝(wiki)より印を授けられる
このころの遺跡(荒神谷博物館加茂・岩倉遺跡ガイダンス田和山遺跡県立古代出雲歴史博物館の収蔵品:加茂岩倉遺跡出土銅鐸
このころ中国山地山間部で鉄器を製作する集落が営まれる
2~3世紀、塩津山墳墓(荒島地区活性化推進協議会)、四隅突出墓・方墳、出雲地方の東に大勢力か
239年(景初3年)、倭国の卑弥呼が魏に遣使、銅鏡を百枚を賜る(wiki)
2世紀後半~3世紀、西谷墳墓群(国:wiki)、四隅突出型墳丘墓、祭祀の跡確認、出雲に王の存在
1800年前
前後~



3世紀後半、神原神社古墳(wiki)、神原神社古墳発掘で景初3年銘の三角縁神獣鏡(出雲歴史博物館)が出土する
4~6世紀後半、造山古墳(wiki)古代出雲王陵の丘の中にある。副葬品に三角縁神獣鏡
413~502年、倭の五王(wiki)が中国の宋王朝へ使者を派遣(朝貢)する
5世紀中頃の、古曽志大谷1号墳(松江市)、前方後円墳
513年、勅命により「石見一宮物部神社」の社殿ができる物部神社さんのHP
538年・552年、百済から仏教の伝来(公伝)(wiki)する
6世紀中頃の、山代二子塚古墳(国:wiki)、全国有数の規模、土層の見学ができる施設
6世紀中頃の、今市大念寺古墳(国:wiki)、前方後円墳、日本最大級の家形石棺
6世紀後半の、岡田山古墳(国:wiki)、出土大刀に「各田卩臣(額田部臣)の文字

詳しい三瓶山火山はこちら
 

 
 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
 593年
聖徳太子(wiki)が推古天皇の摂政となる。仏教興隆の詔(594)
 604年
推古天皇12年、十七条憲法が制定される(wiki)。和を尊ぶこと、仏教を敬うことなど17条)
 645
大化元年
大化の改新(wiki)。全ての土地は国家の所有(公地公民制(wiki))
 659
斉明5年
出雲国造に命じて杵築大社を造営(修造)させる。明治4年(1874)に出雲大社と改称)
 663
天智2年
韓国百済滅亡。倭国・百済連合軍白村江の戦い(wiki)で唐と新羅連合軍に敗北を喫す)
 672
天武元年
壬申の乱(wiki)日本古代最大の内乱戦争、大海人皇子が勝利)
 684
白鳳13年
10月14日(11/29)、白鳳の南海・東海地震(M8.0)(防災システム研究所)
当大地震で「佐比賣山ノ西崖崩落」して渓谷が塞き止められ浮布池ができる
 701
大宝元年


 710
和銅3年
元明天皇(wiki)が平城京(奈良)に都を移す(遷都)
 712
和銅5年
古事記(wiki)が太朝臣安萬侶によりによって献上される。全3巻、九之巻、神代七之巻:建速須佐之男命(スサノオ命)の八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)退治
 713
和銅6年
元明天皇の詔により風土記編纂が命ぜられる。郡郷の地名(好字を用いて)、産物、土地の肥沃の状態、地名の起源、伝えられている旧聞異事など
 715
霊亀元年
 718
養老2年
 720
養老4年
日本書紀(wiki)が完成。奈良時代に成立した日本の歴史書、第八段一書第五。五十猛命、つま津姫命、大屋津姫命は、全国の山々に木種を撒く
 726
神亀3年
佐比賣山(さひめやま)から三瓶山(さんべさん)に改名(石村禎久著:三瓶山)、五十猛村を磯竹村に改称(ふるさと読本 西部ブロック推進協議会)、明治22年の町村制時に五十猛村へ
 733
天平5年
出雲国風土記が編集される、八束水臣津野命の国引きの神話では、佐比賣山は国引きの綱をとめた杭
 743
天平15年
墾田永年私財法(wiki)。自分で新しく開墾した耕地は本人が所有できる制度
 770
宝亀元年

 

 794
延暦13年
桓武天皇(wiki)が平安京(京都)に都を移す(遷都)10月22日
 850
嘉祥3年
甘露が降り石見国の国守(笠峰雄)が文徳天皇に献上する→以来この地を甘屋村と称する
 864
貞観8年
富士山が噴火する(wiki)。大規模な溶岩が流れる
 880
元慶4年
10月14日(880/11/23)、出雲地震 M7.0?)が起きる(三代實録)地震調査研究推進本部
 889
寛平元年
このころ波根に宝台寺が建立される
 891
寛平3年
このころ佐比賣山神社(多根)、大己貴命、小彦名命、須勢理姫命鎮座
このころ三瓶神社(藤木)、大国主命、八島土奴美命、大年神鎮座(旧山口村郷土の歴史)
 931
承平元年
このころ霊椿山・円城寺(野城)が開山される(930〜946年) 開基は、朝満上人
1026
万寿3年
1108
天仁元年
出雲杵築大社本殿が転倒(出雲大社HP)する.1031、1061、1109、1141、1172、1225年等の記録も
1115
永久3年
1150
久安6年
平安時代末期の日本の総人口は、680万人(厚生労働省)
1160
平治元年
12月9日、平治の乱(1/19)(wiki)、平清盛が熊野詣の留守中に起きた異変
1181
治承5年
平清盛(1118年~1181/3/20)(wiki)は熱病で死去する
1185
文治元年
3月24日(4/25)、源義経、壇ノ浦で平氏(平家礼賛のホームページ)を滅ぼす
 
 
 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1192
建久3年
源頼朝征夷大将軍となり、鎌倉幕府(wiki)をひらく
1205
元久2年
山口八幡宮の勧請 井屋ヶ迫伝説と遷座(元亀2年1571年)
1206
建永元年
このころ 明光上人の指書きの名號 が建立されたと思われる
1221
承久3年
承久の乱、後鳥羽上皇は隠岐(隠岐神社HP)に、順徳上皇は佐渡に配流される
1281
弘安4年
1306
徳治元年
波根湖の水を排水。有馬氏が開掘し日本海へ疎水(掛戸松島:立久手公民館)
1332
元弘2年
1333
元弘3年
後醍醐天皇は隠岐を脱出(大山町)、鎌倉幕府は新田義貞らの軍に滅ぼされる


1338
暦応元年
足利尊氏(wiki) 征夷大将軍となる
1527
大永7年
石見銀山 博多の商人「神屋寿禎」が発見し領主大内義興(wiki)の支援で銀を掘り出す(注.1527年説が有力:石見銀山学ことはじめ)

・大永時代に佐津目銅山が開山する~昭和30年代まで断続的採鉱が続く(山口町郷土館)
1530
享禄3年
石見銀山は、小笠原長隆が銀山を奪うも、大内義隆が奪回する
1533
天文2年
石見銀山 灰吹法(はいふきほう)による銀精錬が開始される(それまでは銀鉱石を博多などに積み出していた:精錬は博多や朝鮮半島)
1537
天文6年
石見銀山に尼子経久(wiki)侵攻し大内氏の銀山を奪う。石見銀山は尼子氏の支配下になる
1560
永禄3年
毛利元就(wiki)石見に入り石見銀山をめぐり尼子と戦う。石見銀山は毛利氏の支配が始まる(8月)

石見銀山産の御取納丁銀(県立古代出雲歴史博物館の収蔵品:天皇家献上銀の控え)
1562
永禄5年
毛利元就は出雲侵攻を開始する。霊椿山・円城寺(931年~)は、毛利氏の追討の劫火で炎上し多くが灰となる
1566
永禄9年
毛利元就は富田城を攻め富田城は落城し尼子義久(安来市観光協会)は降伏(11月)
毛利氏は中国地方8ヶ国を支配する大名になり、石見銀山は毛利氏の独占となる
1573
元亀4年
15代将軍足利義昭が織田信長に追放される。室町幕府の滅亡(wiki)

1580
天正8年
石見銀山で、安原伝兵衛が有望鉱脈「釜屋間歩」などを発見する(石見銀山資料館)
1582
天正10年
織田信長(wiki)(1534?~1582/6/21)は、明智光秀の本能寺の変で倒れる。清洲会議を経て豊臣秀吉は天下人となる
1584
天正12年
毛利輝元は豊臣秀吉に服属。石見銀山は豊臣・毛利の共同管理となる
1597
慶長2年
毛利輝元、銀3000枚(129貫)を秀吉に献上する
1598
慶長3年
太閤秀吉(wiki)は伏見城で没する(1536?~1598/9/18)
1600
慶長5年
9月15日(10/21)、徳川家康の東軍は、関ヶ原で西軍を撃破する(関ヶ原の戦い:wiki)
11月、石見銀山接収に大久保長安を下向させ石見銀山地域を幕府直轄地の天領とする
1601
慶長6年
1602
慶長7年
石見銀山 年産4000貫(15トン)の銀を産出する

 

 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1603
慶長8年
徳川家康(wiki) 征夷大将軍となる
1603
慶長9年
慶長地震(wiki)、1605/2/3 駿河湾から徳島沖を震源、推定M8.0、津波が最大10m
1611
慶長16年
1638
寛永16年
2月、松平直政(wiki)、信州松本(7万石)から松江藩(wiki)に移封(18万6千石)

斐伊川は、寛永12、16年の洪水により東に流路を変えて宍道湖に注ぐ(国土交通省)
1643
寛永20年
吉永藩の誕生(wiki)会津藩から転封(wiki)、 42万石から1万石へ転封、財政難のため年貢高率課税が行なわれる、その後に起きる騒動の遠因なる
1667
寛文7年
1670
寛文10年
西の原に放牧、吉永藩が種牛を購入し放牧する(NHK食べ物新世紀)
1675
延宝3年
前年の寅の大洪水などにより石見地方大飢饉となる。吉永藩は窮民に米麦の粥などで救済する
1676
延宝4年
津和野地震 M6.5 (地震調査研究推進本部)津和野城石垣崩れる、潰家133、死者7人
1682
天和2年
吉永藩(1643年〜の40年間、安濃郡20ヶ村)は、水口藩(wiki)に転封となる。領地は天領(石見銀山領)となる
1690
元禄3年
石見銀山の産銀量がピークとなる:1690年:612.840貫、1691年:625,705貫(石見銀山ことはじめⅠ)
1702
元禄15年
1707
宝永4年
10月 4日(10/28)、宝永地震(wiki)、太平洋沖を震源として推定M8.6、県下で震度6

11月23日(12/16)、富士山が噴火する(宝永の大噴火:Wiki)江戸市中に火山灰積もる
1731
享保16年
井戸平左衛門正明(wiki)、9月13日に第19代大森代官に着任する
1732
享保17年
享保の飢饉。井戸平左衛門正明、薩摩の国より甘藷の種芋100斤を入手し試作する。野國總管甘藷伝来
甘藷年表(嘉手納町)さつまいも通信
国内伝来ルート鹿児島県、井戸神社は明治14年建立
1744
延享元年
1773
安永2年
松江藩。北の原(徳原)で薬用人参を栽培(島根県)する。5ha余
1783
天明3年
天明の飢饉(wiki)6〜8月長雨・洪水・冷気により飢饉となる。大田で百姓一揆起きる
1792
寛政4年
4月1日(5/21)雲仙岳眉山で山体崩壊と津波が発生する(wiki)、死者行方不明 15000人
寛政年間
三瓶山十二勝、志学出身の医師「今田知郷」が三瓶山周辺の十二勝を依頼・制作された日本画・和歌・漢詩 三巻の巻物(志学ホームタウンプロジェクト)、湯谷温泉の和歌はこちら
1800
寛政12年
3月 石見銀山 邇摩郡佐摩村大森で大火にみまわれる。市中残らず消失する
1806
文化3年
801年伊能忠敬全国測量に着手。石見〜出雲沿岸測量が行なわれる(6/5日〜8/8日)
1835
天保6年
三瓶山付近で地震、M5.5、(地震調査研究推進本部)
1836
天保7年
天保の大飢饉(wiki)。銀山領内は大凶作となるも甘藷で食をつなぐ


1853
嘉永6年
6月3日(7/8)黒船来航(wiki)、アメリカ合衆国海軍東インド艦隊(4隻)の蒸気船が日本に来航する
1854
嘉永7年
安政元年
1月16日(2/13)、ペリー再来港、日米和親条約(wiki)。江戸幕府とアメリカ合衆国が締結する
11月5日(12/24)、安政南海大地震(wiki)M8.4、鳥井村で全壊34戸の記録がある
1858
安政5年
12月2日(1/5)、石見(那賀郡、美濃郡)で地震、M6.2 地震調査研究推進本部
1859
安政6年
9月9日(10/4)、石見(那賀郡、美濃郡)で地震、M6~6.5 地震調査研究推進本部
1864
元冶元年
3月13日(4/18)、富山村才坂長沢で野火が燃え下り全戸が焼失する。死者1名
1865
慶応元年
9月6日(10/25)、山口村の町で大火防災祈願提灯が(山口町郷土館:廃館)に展示される
1866
慶応2年
7月29日(6/18)、第二次長州征伐、石州口の戦いで幕軍が大敗、浜田城(wiki)は炎上、長州軍は石見銀山に進撃
代官(鍋田三郎右衛門)は逃走(石見銀山資料館)
石見国(天領も)は長州藩が制圧、支配下となる(預地)
1867
慶応3年
10月14日(11/9)、徳川慶喜は大政奉還(wiki)を上奏し勅許される

11月15日(12/10)、坂本龍馬(wiki)は京都の近江屋で刺客に襲われ暗殺される

 
 
 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1868
明治元年 
慶応4年9月8日(10/23)に改元(wiki)。元日に遡って元号が摘要される

・日本の総人口は、3,400万人(厚生労働省)
1869
明治2年
享保17年につぐ凶作となる
大森県が置かれ管轄となる(県庁は邇摩郡佐摩村)

長崎浦上(wiki)のキリスト教徒90名松江藩、150余名津和野藩(wiki)預りとなる
1870
明治3年
大森県が改称され浜田県(wiki)管轄となる(県庁は那賀郡浅井村)。松江藩は農兵・町兵を廃止、帰農・帰商を許可する。前年凶作のため飢餓、物価高騰
1871
明治4年
杵築大社と称されていたが、出雲大社(いずもおおやしろ)(wiki)と改称する
山口は神門郡第33区に入り区会所を窪田に置く(小学校の百ニ十年)
1872
明治5年
2月6日(3/14)16時40分頃浜田地震(wiki)起きる。M7.1、浜田、邑智、大田で震度7(推定)死者551名

多根では、余震のために水田に小屋掛けして住む(寒さと余震に難儀する)、山口では、徳原池に亀裂生ずる(旧山口村 郷土の歴史)

五十猛村大浦では、地震発生の15分前に8尺(2.4m)海面が低下した記録がある




8月2日、学制が太政官より発される(wiki)、小学校を義務化し国民皆学をめざす

12月3日、太陽暦(グレゴリオ暦)採用(wiki)され、この日が明治6年1月1日となる。準備不足で大混乱となる。24時間制も同時に採用され、「とき」から0~24時になる。注.数え年齢が満年齢になるのは昭和24年

 ここから太陽暦表示(新暦)


西暦
和暦
で き ご と
1873
明治6年
2月多根村に多根学校開校する(ふるさと百年)→明治26年多根尋常小学校に改称

廃城令が公布(wiki)。 明治8年松江城は払い下げて撤去、天守閣も180円で売却、その後勝部本右衛門、高城権八らにより買い戻され取り壊しは中止される(松江城HP)
1874
明治7年
5月、西善寺仮校舎で出雲国山口小学校開校する(旧山口村郷土の歴史)→明治23年新築移転
1875
明治8年
1876
明治9年
石見国は廃藩置県で島根県へ(明治2年大森県→明治3年浜田県→明治9年島根県)
1879
明治12年
県下でコレラが流行。死亡2149名(県大年表)
1881
明治14年
県下で風雪と厳寒。宍道湖が凍結し人馬の通行が試される。松江で85cm

井戸神社建立(第19代代官井戸平左衛門正明を祀り遺徳を偲びさつまいもを奉納)
1883
明治16年
県下で大旱魃6~8月降雨無し。四国では7/21~9/17降雨無し(四国災害アーカイブス)
1886
明治19年
志学温泉は雪崩で全壊(志学ホームタウンP)下流に引湯、浴場や旅館を設ける

三瓶高原で広島第五師団野砲第五連隊が初めて高原の砲撃演習を実施する。明治32年には浜田第21連隊、明治39年には松江63連隊も使用を始める(終戦まで)
明治中期
多根から大田方面に荷車が通る道が開ける(木橋も架けられる)
荷馬車の登場で人力と牛馬の荷役は終わり、車引きの多くは失業する(ふるさと百年)
農林業資材や機材も搬入され農作業が軽減される
1888
明治21年
佐比賣村、志々村、山口村の有志により三瓶牧畜組合が設置される(ふるさと百年)
1889
明治22年
4月、町村制が施行される
・山口は、神門郡山口村(wiki)←山口村、佐津目村、吉野村、高津屋村、上橋波村、下橋波村の6ヶ村合併
・多根は、安濃郡佐比賣村(wiki)←野城村、多根村、小屋原村、上山村、志学村、池田村の6ヶ村合併、昭和29年まで村名は続き市制時で三瓶町に
1891
明治24年
9月、三瓶山で砲兵演習、第5師団野戦砲兵第5連隊が射撃演習(浜田21,松江63連隊)
1894
明治27年
県下で旱魃。5~7月まで降雨なく田面亀裂(県大年表)
1895
明治28年
神西から志学への陸軍道路がつくられる(大須~佐津目尾根道:小学校の百ニ十年)
1896
明治29年
4月、郡制の施行。出雲郡、神門郡、楯縫郡は合併して簸川郡(wiki)となる、郡役所は今市町
山口村は簸川郡山口村となる(昭和23年に再編成、昭和29年に大田市に編入)
1900
明治33年
小学校令により尋常小学校4年の修学が義務ずけられる(小学校の百ニ十年)、6年になるのは明治40年
10月、第1回中国5県連合畜産共進会が志学で開催される
1903
明治36年
安濃郡立農学校設立(現大田高校)、邇摩郡立石東農学校創立

日御碕灯台が完成、高さ43.65m(海抜63.3m)で東洋一
1904
明治37年
9月21日、大田彼岸市は秋にも開催される。以降年2回春秋に開催される
1905
明治38年
5月27~28日、日露戦争日本海海戦
那賀郡都濃村にイルテッシュ号が漂着224人上陸、美濃郡鎌手村にウラール号の21人がボートで漂着、五十猛の大鼻崎に監視所を設置
12月8日、石見地方で地震振動回数10、家屋の壁に亀裂(県大年表)
1907
明治40年
小学校令が改正され小学校の義務年齢が6年となる(小学校の百ニ十年)
1908
明治41年
多年報徳社創立→その後報徳会に改称→昭和35年多根自治会に改称される
・東の原に兵舎15棟が建設される(堺市から移設)
1908〜1921
山陰線の鉄道が開通する。松江(1908年)、出雲今市(1910年)、石見大田(1915年)、餘部鉄橋等の完成により京都~出雲今市の間が全線開業する(1912/3/1)
・明治の末期より大正の初期にかけて、稚児滝の滝水を利用した水力タービンの出光製材所が設けられていた
木切り、木出し、製材人夫等で多根野城の多くの人が仕事にありついたものだといわれてい(るふるさと百年)
1910
明治43年
三瓶山の浮布池で養鱒を計画し十和田湖より姫鱒卵を養殖する(歴史大年表)
1911
明治44年
8月、山口村山口尋常小学校は渡瀬に開校、山口小と佐津目小が統合する

 
 
 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1912
大正元年
7月30日、改元。7月30日から大正となる

・日本の総人口は、5,000万人を越える(厚生労働省)
1913
大正2年
大田変電所ができる(松江電灯)、大田町内に配電され電灯がともる
1914
大正3年
1月12日、桜島大噴火(wiki)、大量の溶岩で大隅半島と地続きになる

7月、第一次世界大戦が勃発する(1914~1918年)
1915
大正4年
7月 7日、「島根県安濃郡誌 島根県安濃郡役所」が発行される
7月11日、石見大田駅開駅京都~石見大田まで鉄路が繋がる
・農水産物や鉱工品の輸送により産業の活性化が図られる
・多根山口地区は木炭の出荷で現金収入が図られ炭焼きは一大産業となる。昭和初期のトラック搬送までの間は荷馬車も忙しく行き通う(農閑期の現金収入が魅力)
11月、窪田発電所:発電開始する(水のプログラム)。山口村に電灯が付くのは大正15年
1917
大正6年
1月、県下で厳寒と大積雪。三瓶でも積雪により家屋崩壊。気温−13℃の厳寒
1918
大正7年
スペイン風邪、松江市では人口4万人のうち2.4万(60%)が感染(島根県:山陰新聞)
11月、山陰線、石見大田−浅利間開通
1919
大正8年
5月大暴風、五十猛村漁船が大被害を受ける

県中部で地震、M5.8、震源は三次市、地震調査研究推進本部
1920
大正9年
1月、ベルサイユ講話条約後に国際連盟発足する。1946年国際連盟は解散する
3月、戦後恐慌で株価暴落
1921
大正10年
出雲山口郵便局が開設される(12月6日開局し、閉局は昭和58年4月3日)

三瓶山麓のわさびは、わさび腐敗病 の大発生で壊滅的被害を受ける
1922
大正11年
ブラーゲー(ドイツ人)が 三瓶山で初めてスキーを試みる
6月~旱魃被害が広がる
1923
大正12年
9月1日午前11時58分、関東大震災(wiki) M7.9、死者行方不明 10万5千余

石見銀山 経営不振で鉱山は休山となる
1924
大正13年
県下で大旱魃(県大年表)、四国災害アーカイブス
1925
大正14年
富山村で小作争議が起きる。小作料40〜42%減額となる。ラジオ放送開始(wiki)
1926
大正15年
郡役所制廃止(wiki)安濃郡佐比賣村大字多根と大字野城
山口に電灯がつく

 
 
 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1926
昭和元年
12月25日改元。12月25日から昭和となる
1927
昭和2年
佐比賣村に消防隊が組織される→昭和39年大田市多根分団となる(ふるさと百年)
1928
昭和3年
第1回普通選挙実施(2月)、ラジオ体操始まる(11月)
1929
昭和4年
不況いよいよ深刻となる。米価3分の1、豊作貧乏、借金不払い続出

夏より地震が頻発、三瓶の鳴動が続き人心動揺小屋掛けして万一に備えた人もあり1ヶ月余続いた(旧山口村郷土の歴史)

10月24日、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落。世界恐慌(wiki)の始まり
昭和初期
多根・山口にトラックが通うようになり荷馬車は激減する。乗合自動車も通う(ふるさと百年)
山口~小田間定期自動車が佐津目地内で転落40m、死傷2名(小学校の百ニ十年)
1930
昭和5年
農山漁村の窮乏が深刻になる。失業者全国で30万人

12月20日、県中部で地震、M6.1、震源は三次市、地震調査研究推進本部
1931
昭和6年
1932
昭和7年
1933
昭和8年
米穀統制令実施される。この年は豊作
12月、山口村診療所開設(樋野自愛医師)
1934
昭和9年
4月、山口小学校付近の田出山山林大火災、数十町歩焼失(小学校の百ニ十年)
電話が開通する(山口局)10戸加入が開局の条件(10戸希望者が集まる)
1935
昭和10年
9月、省営バス大田線。石見大田〜赤名間を開業する

10月、県立三瓶農民道場が開設満州開拓団員の方が訓練を受ける、その後 経営伝習農場となる→昭和25年に北三瓶中学校、農場の一部を借りて開校する
1936
昭和11年
国号を大日本帝国に統一(4月)
波根西の珪化木が天然記念物に指定される

大山地区は「大山国立公園」として指定される、三瓶山等の地域編入は昭和38年
1937
昭和12年
石東農学校が仁摩町に開校する(4月)
日中戦争(wiki)始まる(7月)

多根報徳会館倶楽部→田向林道の木材(石田山)を貰受け公会堂建立(ふるさと百年)

三瓶山が島根県の県立公園に指定される
1933
昭和13年
国家総動員法公布(wiki)(3月)、代替燃料で木炭自動車が登場する。ガソリン切符制
1939
昭和14年
三瓶高原でグライダー滑空訓練行われる
この年は降雨少なく県下で大旱魃(~9月)

第二次世界大戦(wiki)が欧州で勃発する(9月)
1914
昭和15年
紀元2600年記念式が全国的に行われる。松江測候所が開設される
1941
昭和16年
米穀配給通帳制(4月)、ぜいたく品禁止令(7月)、パーマ髪型禁止、砂糖一人半斤

12月、太平洋戦争(wiki)起こる、全校児童胸に氏名札をつける
1942
昭和17年
・寺院の梵鐘供出が始まりお寺の鐘の音が消える、家庭から金属供出(鍋、釜、火鉢等)、衣料切符制度(7月)
1943
昭和18年
9月10日、鳥取地震(wiki)、M7.2、死者1,083人(半年前の3月4日にもM6.2)

9月19~20日、台風23号による大災害。死者400余名、家屋流失損壊約6000戸、降水量341ミリ、多根、山口の道路、田畑、家屋は大被害を被る。三瓶農民道場(開拓青年隊)百数十人の応援を得て災害応急復旧が行なわれる(旧山口村郷土の歴史)
1944
昭和19年
スイカやメロンなどの不急作物作付け禁止(1月)、旅行証明書発給(4月旅行制限)、砂糖配給停止(8月)、米軍機島根県東部に飛来(8月)、座布団の綿を回収(11月)
1945
昭和20年
4月30日、山口村藤木で山林火災が発生し数百町歩を焼く大火事となる(旧山口村郷土の歴史)

 

 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1945
昭和20年
8月15日正午、戦争終結の詔書を放送(玉音放送:Wiki)太平洋戦争戦没者は310万人
1946
昭和21年
2月16日、新円切り替え(wiki)預金封鎖(wiki)が行なわれる。インフレ続く

3月、三瓶山麓に開拓団の入植が始まる。三瓶開拓酪農農業組合が発足(昭和23年)

12月21日、昭和南海地震、M8.0、松江浜田で震度4、地震調査研究推進本部
1947
昭和22年


・日本の総人口は、7,800万人(厚生労働省)
1948
昭和23年
9月1日、簸川郡山口村の一部が窪田村(wiki)に編入される(中佐津目、下佐津目、上橋波、下橋波、吉野、高津屋)→新山口村は戸数211戸、人口1039人(旧山口村郷土の歴史)
1949
昭和24年
成人の日が定まる(1月15日)、満年齢を用いる法律公布(5月)
対面交通実施(11月)
1950
昭和25年

8月22日、三瓶山付近で地震、M5.2、(地震調査研究推進本部)
1951
昭和26年

11月、国立大田療養所が発足。現在の大田市立病院

女三瓶山に無線中継所(中国管区警察局)ができる その後次々と中継局ができる
1952
昭和27年
7月19日、第15回オリンピック・ヘルシンキで開催(wiki)、日本は戦後初参加(75人)
1953
昭和28年
・通貨の円未満は切捨てる(銭の単位は無くなる12月)

 今から  年前~

1954
昭和29年
1月1日、大田市制施行される。大田町、久手町、長久村、鳥井村、波根東村、川合村、久利村、静間村で発足する
4月1日、安濃郡佐比売村、簸川郡山口村が大田市に編入。大田市三瓶町山口町となる
1955
昭和30年

日本の高度成長の始まりで神武景気(wiki)となる(29年12月~32年6月)
1956
昭和31年
大田市森林組合設立(4月)、大田市立図書館ができる(和田哲夫氏の寄付による)
1957
昭和32年
郷土の力士「三瓶山」初土俵(S32~43年)、1万円札発行(12月)、なべ底不況始まる
1958
昭和33年
4月、多根小学校と山口小学校は統合、大田市立北三瓶小学校が開校する
12月、壱万円紙幣(wiki)が発行される(日本銀行)、昭和33年度の国の一般会計予算:1兆3316憶円
1959
昭和34年
「志学温泉」は「三瓶温泉」に改称する。厚生省の「国民保養温泉地」に指定される

北三瓶体育協会が発足する(山口町と多根野城の区域)

多根と山口で有線放送が開始。全家庭で通話ができる(各農協に本部)→41年に統合

この年は、なべ底不況から一転して岩戸景気(wiki)(33年7月~36年12月)となる
1960
昭和35年
10月、三瓶温泉に国民宿舎さんべ荘が開業する

10月、第1回中国連合畜産共進会記念碑建立(中国和牛協会)
1961
昭和36年
11月、三瓶山東の原と大平山を結ぶリフトが完成 スキー、登山に利用される
1962
昭和37年

NHK大田テレビ中継所(11月)、オリンピック景気始(wiki)まる(37年11月~39年10月)
1963
昭和38年
1月、38年豪雪(約100年ぶりの豪雪) 三瓶山麓で積雪4m。宍道湖が全面凍結する

4月10日、隠岐島、島根半島、三瓶山、蒜山地域が編入し、大山隠岐国立公園となる

 今から  年前~

1964
昭和39年
6月16日、新潟地震(wiki)、死者26人、家屋全壊1960棟、隠岐諸島などに津波被害

7月18日、山陰北陸豪雨(気象庁),日降水量200mmを超える。 死者:出雲43名、大田10名

・北三瓶青年団の発足(多根青年団と山口青年団が合併する)

10月10~24日、第18回オリンピック競技大会(1964/東京)開催 日本オリンピック委員会





10月16日、中国は初の核実験(wiki)行なう。新疆ウイグル自治区ロプノール湖
1965
昭和40年
1月、北九州から三瓶山へスキー列車「白銀号」が運転される


7月22~23日、石見地方で集中豪雨。死者11人被害総額123億円、江川橋梁が流失
1966
昭和41年
日本の総人口一億人を突破する(厚生労働省)


5月、新国道9号線は島根県内を全線開通する(開通式:大田高校体育館)

7月、大田市内の有線放送は全市統合1本化。→平成22年終了→石見銀山テレビ
1967
昭和42年
三瓶山自然林が国の天然記念物に指定される。いざなぎ景気(40年11月~45年7月)
1968
昭和43年
1月、三瓶山、全日本スキー連盟指導員研修会に高松宮殿下御臨席(県大年表)
2月、県下で豪雪。奥出雲、三瓶周辺などで被害(県大年表)
6月、姫逃池のカキツバタ群落 と 本宮神社の大杉が、県の天然記念物に指定される
1969
昭和44年
7月、三瓶山アイリスライン(三瓶山高原有料道路)開通。第二高原道路開通(45年)⇒無料化は昭和62年

8月6~7日、第11回国立公園大会が三瓶山で開催され常陸宮同妃殿下御臨席

8月、「ふるさと百年」発刊される。著者:大迫好市、発行者:多根老人クラブみかど会
11月、三瓶山自然林 が国の天然記念物として指定される
1970
昭和45年


8月、指書きの名号石の引越(山口消防団の奉仕活動)松は平成5年に植替え三代目

12月5日、石見大田駅の新駅舎完工式、大田市駅に改称は46年2月5日
1971
昭和46年
2月3~4日、立春豪雪災害 被害総額9億6,000万円

4月18日、第22回全国植樹祭(wiki)が三瓶山で開催される(天皇・皇后陛下ご臨席)

12月、ニクソン・ショック(wiki)を受けて、1ドル:308円となる
1972
昭和47年
3月、山陽道新幹線、新大阪−岡山間開業、乗り継ぎ:やくも号(岡山−益田)

7月9~15日、47年豪雨、80年ぶりの大水害川本町江川水位14m、浸水家屋1497戸
1973
昭和48年
4月、円は変動相場制(wiki)に移行する
6月〜8月、大干ばつ大正13年以来 降水量は平年の約30%、梅雨期の雨量112mm

10月6日、第四次中東戦争勃発。第1次オイルショック(wiki)、トイレットペーバー騒動
1974
昭和49年
3月、文化の館(資料館)「美山館」が開館。土蔵の提供で(能美正義氏)展示が始まる

 今から  年前~

1975
昭和50年
7月13~14日、大田地方集中豪雨。死者9名、浸水3102戸、総雨量350ミリ、激甚災害指定
1976
昭和51年
8月、「石見銀山資料館」が代官所跡地に開館する(1日)(石見銀山資料館HP)

11月、「国立三瓶青年の家」開所、2006年「国立三瓶青少年交流の家」に改称
1977
昭和52年
3月、三瓶山東の原スキー場へのスキー客が初めて10万人を突破する

5月2日、三瓶山付近で地震M5.3、建物被害約300戸、気象庁地震調査研究推進本部
1978
昭和53年
1月2〜3日、低気圧による暴風雪。三瓶、山口、佐田、川合で冠雪被害

6月4日、三瓶山付近で地震 M6.1、被害5億円、墓石が倒れる地震調査研究推進本部

1979
昭和54年

1980
昭和55年
7〜8月、冷夏 戦後最大の農作物被害となる(8月にコタツを出す程の冷夏)

1981
昭和56年
多根神楽は市の指定無形民俗文化財に指定(2月18日)
第1回三瓶山山開き(5/17)

島根県立農業大学校開校(波根)。大田市民の祭り「天領さん」始まる(8月)
1982
昭和57年
岡山~出雲市間が電化される(特急やくも号)
多根佐比売山神社棟札(室町時代)大田市の有形文化財として指定(54年4月発見)
1983
昭和58年

小豆原で埋没林の一部が土地改良事業中に掘り出される縄文時代の埋没林発見

7月20~23日、県西部で豪雨災害が発生する、死者 112名、日降水量331.5mm(23日)
1984
昭和59年
84~85年、荒神谷遺跡(同博物館)発掘調査、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本出土

5月12日、世界初の衛星テレビ放送(NHK)開始。離島・山間部の難視聴地域が解消
1985
昭和60年
「日ノ平たたら跡」が発見される(佐津目3月)。三瓶ダム基本協定調印される(7月)

8月15日、戦没者遺芳録(附従軍者名簿)山口町大正会編が発刊、36柱・115名従軍
1986
昭和61年
7月21日、三瓶周辺集中豪雨(被害37億円)、海岸に大量の廃油漂着、被害9000万円

お祝や来客時の郷土料理「箱寿司」ふるさとおにぎり百選(wiki)に選定される

12月、バブル景気(wiki)始まる、平成3年2月迄、日経平均株価38,915円(1989年12月)
1987
昭和62年
3月、三瓶山アイリスライン(高原道路)は無料開放される

4月、日本国鉄道は民営化される。山陰線は西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)となる
1988
昭和63年
4月4〜5日、三瓶山林野火災(島根県)。西の原と北の原から同時に出火し94haを焼失する。多根消防団は、1日に2回も男三瓶山頂に登り消火活動を行う
7月、俳人稲畑汀子さんの句碑が北の原に建立される

 

 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
1989
平成元年
1月8日改元。1月8日から平成となる

1990
平成2年
4月14日、大田市笠岡市の両市は、友好都市縁組が行なわれる。 笠岡市の井戸平左衛門正明の紹介

 今から  年前~

1991
平成3年
2月、1986年12月~1991年2月の間(51ヶ月)続いたバブル景気(wiki)が,崩壊(wiki)する

3月、「仁摩サンドミュージアム」砂博物館が開館する(世界最大の砂時計)

7月27日、「多根神楽伝承館」が佐比売山神社の隣にできる

9月27日21時頃、台風19号(りんご台風)が大田市付近の海上を通過 「名号の松」は根こそぎ倒れる

10月6日、第15回全国育樹祭(wiki)が三瓶山で開催される(皇太子殿下ご臨席)

10月19日、「県立三瓶自然館サヒメル」が三瓶山北の原に開館する
1992
平成4年
バブル景気が崩壊(wiki)して景気後退期に入り深刻な経済不況となる
5月、第1回東三瓶ポピー祭が志津見で開催。東三瓶フラワーバレー
1993
平成5年
3月、指書きの名号 の「名号の松」三代目を植える

・長梅雨と冷夏で全国的な米の不作となる。全国の作況指数は「著しい不良の74」。外米騒動
1994
平成6年
5月、北三瓶小学校児童数:32人、中学校生徒数:34人、合計:66人

 今から  年前~

1995
平成7年
1月17日、阪神淡路大震災(wiki)、M7.3、死者6437人、全壊住宅104,906棟、松江で震度3

1996
平成8年
2月、北三瓶小学校改築記念 「小学校の120年」発刊。佐津目分校は本校に統合

4月、三瓶ダム(さひめ湖)が完成する。堤高54.5m、堤頂長140m、総貯水容量712万

5月、三瓶山西の原で和牛の放牧が24年ぶりに復活(里地ネットワークさんのHP)

6月1日、東京北三瓶会が発足する(26名:恵比寿ガーデン)
1997
平成9年
6月25日、島根・山口県境で地震(M6.1)。益田で震度5、松江で震度4
1998
平成10年
4月「山口町郷土資料館」が開館、月2回一般公開始まる(山口町ことぶき会、自治会)、平成30年の地震で被害・廃館となる

1999
平成11年
4月、あすてらす 島根県立男女共同参画センター 大田市駅前に開館する
2000
平成12年
10月6日、鳥取県西部地震(wiki)、M7.3、死者0人、約480億円、大田で震度5弱

10月29日、北三瓶中学校開校50周記念式典挙行される(昭和22年開校)
2001
平成13年
3月24日、芸予地震(wiki)、M6.7、被害総額約193億円、県内負傷者3人、大田で震度4
2002
平成14年
4月18日、県立三瓶自然館「サヒメル」で、埋没林スギが公開される

10月、稚児大橋が谷越えで架橋され難所が解決される(埋没林を模した親柱)

10月23日、三瓶山東麓周辺の地震活動 M4.3、京都大学防災研究所地震調査研究推進本部

 今から  年前~

2003
平成15年
2002~2003年冬季、姫逃池の水位回復を目的とした自然再生事業が行なわれる

4月2日、三瓶山東麓周辺の地震活動 M4.3、京都大学防災研究所地震調査研究推進本部


5月29日、佐田町横見で埋没林が発見される(佐田町教育委員会発表)
2004
平成16年
2月、三瓶小豆原埋没林は「国指定天然記念物」に指定される

2005
平成17年
3月20日、福岡県北西沖地震(wiki)M7.0、最大震度6弱、大田で震度4

3月、「小豆原大橋」が架橋され、三瓶小豆原埋没林公園に大型車が通行可能となる

10月1日、温泉津町仁摩町が大田市に合併。新大田市発足。人口 40,703人
2006
平成18年
1~2月、日本海側は大豪雪(wiki)となる。島根県

10月1日、島根県下で地上デジタル放送(wiki)が開始される、島根県
2007
平成19年
6月、姫逃池のカキツバタ保全作業(草刈)りが行なわれる(関係団体、ボランテア)、以降毎年続く


11月、「定めの松」の樹精回復作業実施(市民ボランテア) 日本樹木医会 島根県支部

11月11日、大阪北三瓶会が発足する(36名、大阪ツイン21)

 今から  年前~

2008
平成20年
4月、三瓶小豆原埋没林公園の入場者が30万人になる

9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻(wiki)世界的金融危機の引き金となる
・破綻ショックで超円高(1ドル:87円)となり大不況となる

10月20日、石見銀山世界遺産センターが全面会館する(石見銀山ことはじめⅠ)

11月22日、大田市立北三瓶小学校 開校50周年記念行事が盛大に挙行される
2009
平成21年
1月9~15日、県央(特に三瓶山周辺)の山林で大雪による冠雪被害が発生する


7月、「旧山口村郷土の歴史」石橋悦雄著 が発刊される
ぎんざんテレビ開局する
2010
平成22年

10月、国勢調査人口、島根県717,397人、高齢化率29.1%(全国2位)大田市38,069人

 今から  年前~

2011
平成23年
3月11日、東日本大震災(wiki)M9.0、死者・行方不明者18,452人、全壊住宅121,896棟

3月17日、超円高・戦後最高値(wiki) 1ドル:76円25銭


2012
平成24年
3月3日、三瓶山東の原で雪景花火大会開催。5000人以上の観客が集る

5月12~、三瓶小豆原埋没林で発掘した埋設木の保存状態確認調査と一般公開

5月、北三瓶よろず会が発足する(野城、多根、山口地域の連携を強くする)
2013
平成25年
5月10日~、1ドル100円台となる(2009年4月以来の円安ドル高)
6月15日~、多根公民館で「さんべ学講座(4回)」開講。おおだWebミュージアム

7月30日、三瓶ダム上流で集中豪雨、総雨量が190㎜(時間100㎜の記録的な雨量)
2014
平成26年
3月14日、伊予灘地震(日本気象協会)M6.2、最大震度5強、大田で震度4

3月16日、佐比賣山神社の祈年祭で哲学の小道の除幕・歩き初め式が行なわれる


11月2日、山口八幡宮例大祭、花車奉納、まちカフェ、青竹花瓶作り、そらショップ
2015
平成27年
1月、田舎暮らしの本・宝島社2月号 住みたい田舎ランキングで大田市が全国第一位

8月28~31日、多根神楽(団長以下14名)がベトナム・ホイアン市(世界遺産の町)wikiの「ホイアンー日本祭」で文化交流(大田市:世界遺産の町)をはたす
2016
平成28年
4月14日21時26分~16日1時25分熊本地震(wiki)M7.3・震度7、大田市で震度4

10月21日14時7分、鳥取県中部地震(wiki)、M6.6、震度6弱、大田で震度4

11月26日、佐比賣山神社で7年に一度の大元神楽が奉納される
2017
平成29年
6月4日、東京北三瓶会第20回記念開催。北三瓶ご来賓12名,こだま学園5名、計41名

7月、石見銀山世界遺産登録10周年記念行事が開催される。提灯行列でお祝い

11月、平成30年北三瓶ふるさとカレンダー発刊、発売される(北三瓶よろず会)
2018
平成30年
4月9日1時32分、島根県西部の地震 深さ12km,M6.1,大田町で震度5強、詳しくは三瓶山は火山、山口町郷土館は当地震で損壊(敷地も崩れる)のため廃館となる(北三瓶地区の食や民具など)
2019
平成31年
3月26日、松江地方気象台は松江市でサクラが開花したと発表。暖冬のため平年より5日早い開花となる。今冬は雪も極めて少なかった
4月30日、平成天皇陛下退位される

 

 今から  年前~

西暦
和暦
で き ご と
2019
令和元年
5月1日、新天皇陛下が即位され「令和」となる

6月4日、北三瓶小学校はオキナグサ保全活動の長年取組みに対して、令和元年度環境保全功労者等環境大臣表彰の地域環境保全功労者表彰を受賞する

6月、石見神楽は日本遺産に認定される.日本遺産ポータルサイト

6月26日、中国地方の梅雨入りは26日、(1951年以降で最も遅い:広島地方気象台)

11月、令和2年北三瓶ふるさとカレンダー発刊、発売される(北三瓶よろず会)
2020
令和2年
3月20日、新型コロナで春の彼岸市(大田)は中止

4月 7日、〃緊急事態宣言(7都道府県)

4月16日、〃全国に拡大

5月25日、〃解除、感染者:16,581人(死者:830人)、島根県:24人(0人)

6月、日本遺産認定、石見の火山が伝える悠久の歴史~"縄文の森" "(しろがね)の山"と出逢える旅へ~

   

 

参考資料や文献

訂正出雲風土記 梅之舎大人 文化3年 国会図書館
石見八重葎 石田初右衛門春律 文化14年
島根県安濃郡誌 島根県安濃郡役所 大正4年7月7日 国会図書館
出雲方言 文友社 後藤蔵四郎著 大正5年4月20日 国会図書館
佐比賣村村史 安濃郡役所 大正7年7月
三瓶山物語 石村禎久著 昭和37年10月15日
三瓶山見たまま聞いたまま 今田俊英、今田見信著 昭和38年8月1日
新修島根県史 島根県 昭和42年3月30日
三瓶山の史話 石村禎久著 昭和42年7月1日
ふるさと百年 多根老人クラブみかど会 大迫好市著 昭和44年8月10日発行
さんべ 国立三瓶青年の家 昭和56年2月1日
開校三十五年記念 北三瓶中学校記 北三瓶中学校開校三十五年記念事業実行委員会 昭和58年3月1日
三瓶山 歴史と伝説 石村禎久著 昭和59年8月
大田市の文化財 大田市教育委員会 昭和61年3月発行
石見銀山 戦国の争乱・鉱山社会・天領 石村禎久著 昭和63年6月20日発行
北三瓶小学校改築記念小学校の百二十年 北三瓶小中学校改築推進協議会 平成8年2月25日発行
郷土の歴史資料集(第7版) 大田市教育委員会 平成10年3月1日発行
島根県歴史大年表 郷土出版社 平成13年3月16日
ふるさと読本 西部ブロック推進協議会 平成17年3月
出雲国風土記 沖森卓也・佐藤信・矢島泉編著 山川出版 平成17年11月30日第1版
群盲がなでた島根・三瓶火山 40余年でここまでわかった 松井整司著 平成20年8月
旧山口村郷土の歴史 石橋悦雄著 平成21年7月
渚の砂に魅せられた男の 鳴り砂放浪記 松井整司著 平成23年1月
石見銀山ことはじめⅠ 大田市教育委員会 平成30年3月30日
火山からの贈り物 三瓶山十二勝 尾添英二著 平成31年3月1日

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