れんげ米・甘屋の水・レリーフ


甘 屋 の 水
あ ま や の み ず

甘 屋 の 水
あ ま や の み ず

三瓶ダム・さひめ湖

↑ダムの右岸の県道56号 大田~佐田線(wiki)

三瓶ダム 甘屋の水

→ダム天端(てんば)道路・高欄(こうらん)→三瓶ダム管理所→ 
→天端高欄(てんばこうらん)には、ダム流域の動植物を描いた絵があります 

  三瓶ダム 甘屋の水
 ← 左方(さほう)の水汲(みずく)み場(ば)は、名水甘屋(めいすいあまや)の水(みず)

 今日(きょう)もポリタンク持参(じさん)で水汲(みずく)みですね.


三瓶ダム・さひめ湖

↑県道56号大田~佐田線(wiki)

三瓶ダム 甘屋の水

→ダム天端(てんば)道路→三瓶ダム管理所 
→天端道路の高欄には、ダム流域の動植物を描いた絵があります 

三瓶ダム 甘屋の水

三瓶ダム 甘屋の水
 ← 左方(さほう)の水汲(みずく)み場(ば)は

  名水甘屋(めいすいあまや)の水(みず)

今日(きょう)もポリタンク持参(じさん)で水汲(みずく)みですね

ダム建設中(けんせつちゅう)に豊富(ほうふ)な湧(わ)き水(みず)

・三瓶(さんべ)ダムで「甘屋(あまや)の水(みず)」といわれているおいしい水(みず)が湧(わき)き出(で)ています

・連日(れんじつ)、甘屋(あまや)の水(みず)を求(もと)めて車(くるま)の行列(ぎょうれつ)ができます(町(まち)から15分の近(ちか)さですから便利(べんり)ですね)ポリタンクを数個持参(すうこじさん)して水(みず)を詰(つ)めて帰(かえ)られます

・夏(なつ)でも手(て)が切(き)れそうな冷(つめ)たい水(みず):水温16度Cで枯(か)れることはありません

・右岸(うがん)のリムトンネル工事中(こうじちゅう)に豊富(ほうふ)な湧(わ)き水(みず)が出(で)てきたのを貯水(ちょすい)・給水(きゅうすい)されています

・癖(くせ)の無(な)い水(みず)でお茶(ちゃ)に最適(さいてき)のようです(生水(なまみず)ですから注意(ちゅうい))

・「甘屋(あまや)の水(みず)」と山口町 徳原(やまぐちちょうとくはら)の「三瓶(さんべ)の石清水(いわしみず)」は宝物(たからもの)ですね


猛暑(もうしょ)の夏(なつ)でも 水温(すいおん)16度(ど)




三瓶ダム右岸リムトンネル擁壁上部の巨大レリーフ

三瓶ダム 甘屋の水 三瓶ダム 甘屋の水


リムトンネル上部擁壁(じょうぶようへき)の巨大(きょだい)レリーフの案内はこちら

甘屋の水


甘屋(あまや)の水
甘屋の水

甘屋の水 


リムトンネル上部擁壁(じょうぶようへき)の

 
・リムトンネルとは:日本ダム協会

・リムトンネルから湧出(ゆうしゅつ)した「甘屋の水」が給水されています

三瓶ダム右岸リムトンネル甘屋の水

リムトンネルの案内
三瓶ダムリムトンネル案内
甘屋の水

甘屋の水
 この水は当地が「甘屋村」とよばれた時代もあり「甘屋の水」として親しまれています。

 今から千百年余り昔、嘉祥3年(850年)5月に、三瓶ダムがあるこの地に甘露が降り、石見国の国守、笠峰雄がこれを文徳天皇に献上したところ、まるで水飴のような味がするといって喜ばれたと、文徳実録(879年)に記されています。

 これ以来この地域は甘露にちなんで「甘屋村」と名付られました。甘屋村はのちに、近くに創建された天台宗の古刹、円城寺の名をとって、円城寺村と変わり、明治8年に隣の市野原村と合併し、二つの村の名から一字づつ選んで「野城」となりました。


・平成22(2010)年8月の猛暑(もうしょ)の夏(なつ)(Wiki)でも 水温(すいおん)は16度(ど)(計測(けいそく)しました)

・当地(とうち)は、れんげ米(まい)や甘露米(かんろまい)(農薬(のうやく)・化学肥料(かがくひりょう)を一切使(いっさいつか)わずに育(そだ)てた米(こめ))の産地(さんち)です



バス停
山口線(石見交通大田営業所)
大田バスセンター→三瓶ダム→多根→北三瓶口→山口→佐津目

近くのバス停:三瓶ダム(Mapion)、 Google ストリートビュー

三瓶ダム・さひめ湖
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