氷の封印 最終章(8)





どの様に運転したかわからなかったが一条はいつの間にか警視庁にやってきていた。
「・・・そういえば・・・・・長野からの荷物が届いていたんだっけな」
ちいさく呟いて車から降りた。


考えてみれば、一条は五代が東京にいたという証明ができるものをなにも持っていなかった。
半ば拉致同然で長野から東京につれてきて、強制入院をさせた。
手続きはあの、五代の婚約者と名乗っていた女が全て済ませてしまったし。
しかし、糸口はある。城南大学だ。
それに気がついた一条の表情が少し明るいものになった。

そうだ、もともと俺は諦めが悪い男じゃないか。
五代は確かにココにいたのだ。
この腕には、まだ五代を抱いた感触すら残っているような気がするのだから。

「まだ、大丈夫だ・・・」
一条はそう呟くととりあえず荷物を受け取りに警視庁の中に入っていった。



かつての自分に当てがわれていた机にいくと、茶色いダンボールがおいてあった。
それは東京から長野に移ったとき持っていった荷物だったが、そういえば一度も開けた記憶もないままに放置されていた のがそのままこちらに送られてきたらしい。
すこし苦笑すると一条はそれを手にとって周囲に挨拶をすると部屋をでた。

己の車にもどり、荷物を放りこむと運転席に座り・・ふと手を止めた。
そのまま城南大学に向かおうと思ったのだが、そのダンボールの箱になにか引っ掛かるものを感じたのだ。
一度かけたエンジンを止めてダンボールを引き寄せた。膝の上にのせて封をしていたテープをはがし箱を開ける。
中には手帳やら未確認の資料やらが入っていた。
今の自分には役に立たないものだが、所属している研究室には役立つだろう。
パラパラと紙の把をめくると再び元に戻した。
「何がひっかかったんだが・・・」
一条は唇を歪めると箱を助手席に戻そうとして・・・奥の方にしまわれた手帳に気が付いた。
その手帳には覚えがあった。
未確認生命体との戦いの時にいろいろ書き込んだ手帳だ。なにやら懐かしくなった一条はその手帳を奥から引っ張り出し てめくり始めた。
細かな字で色々書き込んであるのを目で追いながらページをめくっているうちに、ハラリ、と何かが手元から落ちたことに 気が付いた。
どうやら手帳に挟まっていたらしい写真らしき物を手にとって表にめくった途端、

一条の全てが凍りついた。
その写真に写ってたのは。


どこかの草原だろうか。
写っている人は全員で四人。
全員が楽しげな笑顔を浮かべていて。
可愛らしい女性と・・・もう一人は城南大学の沢渡桜子だった。そしてスーツ姿の自分と。

笑顔の五代が。



何故。
何故。
何故。


一条の視界が回りだした。
車の中でシートに座っているのにまるで宙に浮いているようだ。
耳元で激しく心臓が鳴っている。まるで体の中に幾つも心臓かあるかのように、いたるところで鼓動が反響している気が する。
一条の耳には脈打つ音が幾重にもなって聞えていた。
手は震えているのに、視線はその写真に釘つけになっていた。


どうして、五代がココに写っているのだろう。
この笑顔はまるで前から知り合いのようではないか。

五代は。

五代 雄介は ――――――――――――――。


一条の脳裏に額が割れるような音が響いた。
「うわあああああ―――――――――!!!」

激しい痛みに襲われ、一条は頭を抱えて何時の間にか叫び声を上げていた。

何かがひび割れて。
その隙間から、封じられていた記憶が激しい奔流となり一条の脳に流れ込んできた。



あの、九郎ヶ岳の出会い。
炎に包まれた教会で見た、五代の変身。
「俺についてこい」と、覚悟を決めて五代にトライチェイサーを与えた日。
未確認生命体第26号によって、五代の命が失われていくのを感じた絶望と取り戻せた喜びを感じることができた日。
激しくなる戦いに追い詰められていく五代を助けることができずもどかしかったあの日々。

そして、究極体にまで近づいた第3号の死と究極体の第0号を知った日。

最後の戦いに赴いた冬の九郎ヶ岳。
光りの中の五代の笑顔。


「お・・もい、だした・・・・全て思い出したぞ・・・!」
記憶をなくす前のことも、その間のことも。

全て思いだした!
痛む頭を押さえて顔をあげると。

車の前に五代が立っていた。



慌てて車から降りると五代が一条に近寄ってきた。
声を出すことも、動く事もできない一条の変わりに五代が歩み寄った。
そのまま姿が消えるのが怖くて動く事が出来ない一条の側に五代が立つ。


ただ、ひたすら互いを見詰めた。
まるで少しでも動いたら消えてしまうようで、怖くて、動けなかった。
すぐ、側に五代が立っているのに。
その体温を感じれるぐらいかのような側に五代が立っているのに。


「・・・一条さん・・・・」

柔らかい声で名を呼ばれた。
低く掠れたその声は紛れもなく五代雄介のもので。

「・・・五代・・・・!!」

きつく、きつく抱き締めた。
背中に五代の手が回るのを感じて更にきつく抱き締める。
なくしてしまったと思っていたものを、こうして再び抱き締めることができた喜びに。
どうして記憶をなくしていたのだとか、なぜ、何も言ってくれなかったのだとか。
そんなことはどうでもよくなっていた。

今、この瞬間。
間違いなく己が抱き締めているのは五代雄介だったから。

「一条さん・・・ゴメンナサイ・・・・」
五代の呟きに一条はほんの少しだけ体を離した。本当にほんの少しだけで、至近距離から顔を見詰めた。
「・・・何を、あやまる・・・・」
「・・・なにもかも・・・全てを・・・」
五代の言葉に一条が眉間に皺を寄せた。
「・・・ごめん、ね、一条さん・・・・」
五代の手が上がった。


一条は気付く。
己の体が固まったかのように動かなくなっている事を。

そっと、五代が一条から離れていく。
次第に、一条は五代を見上げるように顔を上向かせた。

・・・・五代の体が宙に浮き始めているから。


「欠片を・・・返してもらうね・・・・・」
「・・か・・け、ら?」
「・・・・これで、終わりだから・・・・」


完全に宙に浮いた五代が、そっと一条に手を伸ばしてきた。その両手で一条の顔を包み込む。

五代の手は、戦う男の手だと、そんな場違いなことを一条は思っていた。
その掌は柔らかくなかったけれど、優しく一条の頬を包み込んできて。

五代の顔が近づくのを黙って見詰めていた。
至近距離で見詰めて初めて、五代の瞳が潤んでいることに気付く。
五代はそっと目を伏せると額に唇を寄せた。

一条が額に触れるやさしい感触を感じた瞬間。

「ぐわぁっっ・・・・!!」

額を切り裂くような痛みに襲われ、悲鳴を上げた。
だが、体が動かない。
痛みは瞬間的なものだった。

だがその後、形容のしようがない感触に襲われた。
ずるりと頭の中から何かを引き出されるような。

「よせぇっ・・・やめろっっ!!!!」

引きずり出される感覚とともに、一条の中から大切なモノが失われていくのを感じていた。
その恐ろしさに体が凍りつく。

「五代っ! 俺から・・・奪うつもりなのかっ!?」

何かは、直ぐに判った。
失われていくのは、五代と共に過ごした記憶。

「や・・・・・やめろっっっ!!!!!!」

悲痛な叫びにも、それはやむ事がなかった。
一条を襲う、記憶が永久に失われていく恐怖。

「ごだいっ・・・・ごだい―――――――――――――――!!」

頼むから、奪わないでくれ。
俺から、それを取り上げないでくれ。

見上げる一条の瞳に泣き出しそうな五代の顔が写る。


何故。
何故だ。


どうシテ、いつモ、ヒトリデ――――――――――――――・・・・・。


記憶は渦となり、全てが一条の体から流れ出た。


一条の体から力が抜け崩れ落ちる瞬間。
五代の手が一条を抱きかかえた。

「ごめん、なさ・・・・い・・・・」

目を閉じた一条の表情は穏やかで、安らかな眠りについているようだった。

「なにもかも・・・」



ナニモカモワスレテ、シアワセニナッテクダサイ。


ソレダケガ、ワタシノ、ネガイ

アナタサエ、シアワセデイテクレルナラ・・・・・・ソレガワタシノシアワセ










ほう・・・・あと・・・に、2回かな?
by 樹 志乃

いや、あと3回はあるという方に1000点。(ひかる)



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