氷の封印 第一章(1)





北の最果てにある氷の国。
その氷の国に、孤独な氷の女王が住む氷の城が聳え立っている。
氷の女王以外立ち入ることを許されないその氷の城には、この世の全てを写す魔法の鏡が一つだけおいてあった。




静かに向かい合って佇む二人の上に、雪がしんしんと降り積もる。
癖のある漆黒の髪の上に、サラサラとした薄茶色の髪の上に。
雪は全ての音を吸い取ってしまうから。
口を開いたら、その声すらも吸い取られてしまいそうな雪を怖れて、二人は声もなく見詰め合っていた。
どこかの樹に降り積もった雪が落ちる音がした。
それがきっかけだったろうか。
「・・・・俺、クウガになったこと、後悔していません」
「・・・・・」
「だって・・・一条さんに会えたから・・・・」
「・・・・五代」
小さく掠れてしまった一条の声に五代は微かに笑った。



その鏡を欲しがった女の子は男の子と一緒に入ってはいけないと言われている氷の城に忍び込んだ。
なにもかも凍りつきそうな寒い氷の城のその奥に、二人は光り輝く魔法の鏡を見つけたのだった。




「見ていてください・・・俺の最後の変身・・・」
一条の目の前で五代の姿がぶれ『黒いクウガ』に変わっていく。
「・・・・俺が・・・・・闘いを始めたら、どこかに避難してくださいね」
囁くような五代の言葉に一条は俯いてしまう。
そんな一条を察したのか、再び一条の耳に届いた五代の声が笑っていたような気がした。
「・・・・・大丈夫・・・」
―――――――― あなたを悲しませるような事はしませんから・・・・・・
そんな言葉が風にのって一条の耳に届いて、一条が顔を上げたとき。
一条の目の前からクウガの姿は消えていた。



けっして人が触れてはいけない『氷の鏡』。
それなのに・・・・
『お願い、私の為に鏡をとって』
女の子の願いに負けて男の子は鏡に手を伸ばし――――――――。




ふぶく雪は段々激しさを増し一条を雪に埋めてしまおうとする。
五代の姿を探し、その雪の中を彷徨う一条の耳に微かに人の声が届いたような気がして、懸命に脚をそちらに向けた。
何を言ってるのか判らないけれど、確かに一条の向かう先から人が言い争うような声がしている。
顔前の枝をかき分けた一条の瞳の中に血塗れで立つ2人の姿があった。
2人の姿は、『変身』を解いた人間体にもどっていた。 
0号が何か叫ぶと五代が激しく頭を横にふった。
泣きそうな表情をした五代が変身のポーズをとったが、その身体は変わらなかった。
かわりに『アマダム』のあった位置が白く光りだした。
その光は徐々に五代の全身へと広がっていく。
嫌な予感が一条を襲う。
「・・・・五代・・・!!!」
悲痛な一条の叫びが白い闇を引き裂き辺りを震わせた。
その叫びは五代に届いたようだった。
ゆっくりと振り向いた五代の瞳が一条の姿を捉える。
顔が一瞬驚愕し、ゆっくりと淡い笑みに変わっていくのを一条の瞳が確かに捕らえた。
その、なにもかも許すような『聖母』のような微笑が、一条の胸を抉る。
『逃げて、一条さん』
確かに五代の口はそう動いた。
「五代!!!!」
一条の目の前で五代の全身が光りに包まれるのと、一条が走り出したのは同時だった。



男の子の指先から滑った『氷の鏡』は床におちて砕けてしまい――――――――



嬉しそうに笑う0号の姿も光に包まれて、まるで吸い寄せられるようにふたつの光りが近寄っていく。
「・・・・・五代!!! ・・・・・・・五代――――――――!!!!」
脚に纏わりつく雪を掻き分け懸命に手を伸ばす一条の目の前で、ふたつの光りは一つになり―――――――――

爆発した。



その瞬間―――――――
割れた『氷の鏡』は七つの光となり、窓から外へと飛び散らばっていった。
ゆっくりと、男の子が倒れ伏して、




一条を襲ったのはまず眩しい白い光、そして額に突き刺さるような激しい痛みだった。
次に全身を襲った衝撃波は一条の体を木の葉の様に吹き飛ばす。
熱い爆風が辺りの木々を瞬時にして消滅させた。
続いて一条の耳に届いたのは激しい地響き。



倒れ伏した男の子の側にひざまづいた女の子が見たもの、それは。
ゆっくりと開いていく男の子の、その片方の瞳が氷のような『アイスブルー』だったこと。
『君。だれ?』
『!!』
冷たい男の子の声が女の子の胸を抉って、
そのとき、
――――― 愚かな娘
氷の女王の声が女の子の耳に届いた。
――――― 大切な鏡を割ってしまうとはなんて愚かな娘なんだろう。
娘の前に現れたのは美しい氷の女王。
――――― おいで
男の子は呼ばれるがままに女王に近寄って。
男の子の名を呼び泣き叫ぶ女の子を振り向き女王は冷たく言い放った
――――― 返して欲しいか
女の子を見下ろすその両眼は冷たい『アイスブルー』
――――― 返して欲しくば鏡の欠片を集めておいで
男の子をその腕に抱いて女王は冷たく微笑んで、
――――――――   それまでこの子が鏡の代わり   ――― ―――――――――――――――――――――




爆発の衝撃は辺りを振動させ雪崩を引き起こした。
辺りを次々に巻き込み雪崩落ちる雪に一条も巻き込まれて。
全身を激しく打たれて一条は身動きもできず白い闇に包まれた。
薄れゆく意識の中で一条が感じたのは熱く疼く額の痛みだけで。
――――― 五代・・・・・・
『あなたを悲しませるようなことはしませんから』
――――― 嘘つきだな・・・五代・・・・悲しませないと言ったじゃないか・・・・・
一条の瞳に浮かぶのは最後の五代の微笑み。
『・・・・・一条さん・・・・・』



辺りを何台もヘリが飛び回っている。
激しい爆発の後、なんとか落ち着いた後に警察が漸く捜索に乗り出した。
辺り一帯の地形は変わってしまい、半分ほど抉られた山はその痛々しい爪あとを剥き出しにしていた。
やがて一台のヘリが旋回しつつ下降し始めた。
「・・・・・・!! ・・・・はっ・・・・・た!!」
プロペラの音に負けないように操縦士が叫ぶ。
ゆっくりと下降するにつれ雪がプロペラの風圧で舞い上がり雪煙が周囲を包んだ。
地面に着くか着かないかの内にヘリから救急隊員が飛びおりた。
駆け寄る先に、まるで寝かされているかのようにそっと横たえられている一条の姿があった。
まるで寝ているかのように穏やかな表情を浮かべている。


一条の安否が確認されると、そのまま東京の病院に搬送された。



同日。


ドクン・・・・・・・
止まっていた心臓の音が微かに動き出した。
ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・
銃弾の跡がゆっくりと塞がっていく。
冷たい海の底で・・・・ゆっくりと瞳を開ける。
彼女の最後の役目を果たす刻がきたのだ。
微かに口が動く。
空気が小さな泡となり海上へと浮上していく。
その後に続くかのように、海底に横たわっていた体がゆっくりと浮上をし始めた。



その後何日も大量の人員を投入して0号及び4号の捜索が行われたが、遺体はおろかその破片すら見つけ出す事はで きなかった。


結局4号は0号を道連れにして爆発したということで事件は終結へと向かった。
そのまま未確認の姿も確認されることはなく、捜査本部も事件の後始末のため一部の人間達を除いて解散する事になっ た。
一条が関東医大に入院してから既に1週間ほどたっていた。




ゆっくりとあけた瞳にまず一番に写ったのは白い天井だった。
一瞬どこか判らなくって眉間に皺を寄せたもののここが関東医大だと悟り苦笑した。
確か前にもこんな事があったな・・・と苦笑して痛む身体を騙しつつベットの上に起き上がった。
自分の身体に巻かれた白い包帯を見下ろして頭を掻く。
「よお、目がさめたようだな・・・」
カルテ片手に椿が部屋に入ってくる。
「いつも済まないな」
「いや・・・・」
2人の間に微かに沈黙が走る。
「で、具合は?」
「ああ、大した事ないが?」
「お前はいつもそういうな」
椿の答えに苦笑すると背もたれに寄りかかって大きく溜息をついた。
「・・・・・・・・漸く、終ったんだな」
「・・・・・・・」
ふと、窓の外に顔を向けた一条をみて椿は眉間に皺を寄せた。
ナニカガ、オカシイ。
この病室に入ったときから椿を襲っている感覚。
何かが微妙にずれているような感じがして落ち着かない。
「・・・・椿? どうした?」
ナニガ、チガウ?
「冬も、もう終わりだな・・・・・・」
穏やかな一条の表情が椿の中に警鐘を鳴らしつづけている。
「椿?」
振り向いた一条に、椿は漸く気付いた。
「・・・そうだ・・・・」
「ん?」
目がさめた一条の口から、いまだ一度も『五代雄介』の名前がでない事に。
「な・・・あ、一条」
「なんだ?」
振り向いた一条のあまりにも晴れやかな笑顔に、椿は声を喉に詰まらせてしまう。
「一条・・・・・」
椿の背筋を冷たい汗が伝う。
「その・・・・・五代のことなんだが・・・・・」
椿の言葉に一瞬一条が真顔になった。
「その・・・・・・」
言葉を探す椿に。
「椿」
「・・・なんだ」
「『五代』って・・・・誰のことだ?」
「!!!」
一条の眉間に皺がよって。
「・・・・ご、だい?」
言葉を口に乗せてその違和感のなさに。
一条は口元に手を持っていった。
「ご・・・・・・・だ・・・」

『い・・・・・・さ・・・・ん』

「俺は・・・・・」

『・・・・・ち・・・・ょ』

「お、れ・・・は・・・・」

記憶の底で微かに響く柔らかな声が。
一条の記憶の襞に埋もれていく。

「一条?」
微かに身体が震えだした一条に近寄る。
「あれは・・・誰が・・・・」
「一条!?」
何時の間にか全身にびっしりと汗をかき両手で頭を抱えている。


『・・・じょ・・・・・・』
はっきりしない顔なのに笑っていると判る。

「一条!! しっかりしろ!」
自分を呼ぶ椿の声が遠くなっていく。
手元のブザーで看護婦を呼び一条をベットに寝かせたとき。

椿は見た。

一条の額に浮かぶ紋章の様なモノ。
一瞬白く光ると、それは吸い込まれるように一条の額に消えていった。

つられるように一条の意識が遠のいていく。
「一条!? おい! しっかりしろ!?」
今にも閉じそうなその瞳に何が写っていたのか。



―――――――――― 全ての終結に向けて刻の歯車が動き出した。






さて、また暗い痛い話かな・・・・と。
BY 樹 志乃


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