氷の封印 第一章(2)





椿はレントゲンフィルムを厳しい顔で眺めていた。
一条が気を取り戻した後、ありとあらゆる検査を行った。
一条は不審がったが、今の状態でならなんとでも検査を行う理由を見つけられた。
検査は脳を中心に行われた。
何故なら、一条は気を失う前の会話の事も憶えてなかったのだ。


だが、でた結果は ―――――― 異常なし。
そう、なにも異常はなかった。
ある一点を除いては。


「なんなんだよ・・・これはよ・・・・」


小さく椿は呟いて目の前のフイルムを見つめた。
これは知られる訳にはいかない。
その、フイルムにはあってはならないものが写っていた。
未確認と呼ばれた者全てがいなくなってしまった今、存在しているはずの無い物。
「畜生・・今になって・・・なんでだよ・・・!!」
カーテンを開け窓の外を見る。
いつのまにか降り出したのか、ガラス窓にいくつも水滴が当たってはつたい落ちる。


それは、一条の頭部が写っているレントゲン。
其処に写る、小さな、小さなもの。


一条の頭蓋骨、額の部分に食い込む小さな石があるということ。
椿には見覚えがあった。
それは、嫌というほど見慣れたものだった。
そう、何度も見た。
それは、かつてクウガと呼ばれた男の腹にあった石と同じもの。
『アマダム』の破片だった。



長野県 信濃大学
その中庭に設けられたプレハブ内に設置された九郎ヶ岳遺跡。
そこには復元された遺跡や、戦士が眠っていた棺が保管してある。
未確認事件終了後、これらは貴重な存在となり、一ヶ月後には国立の研究所へ送られることになっていた。



その日は朝から雨が降っていた。
夏も近いというのに、今日は肌寒いくらいだ。
大きな溜息を付くと椅子から立ち上がって窓の外を眺めた。
須山可奈子は考古学研究室で資料の整理をしていた。
既に辺りは暗くなり、人影もない。
また最後まで残ってしまったらしいことに苦笑するとカギをかけて研究室をでた。
そのまま何気なく外をみて、プレハブの中が薄く光っている事に気付き、眉間に皺を寄せた。
「・・なにかしら・・・・」
プレハブは貴重な資料が保管してある為、厳重な鍵をかけられているはずだ。
その鍵を携帯する事を許された者は極一部。
そして、この時間になっては、この大学には自分以外にいないはず・・・・・・・・・まして、部外者は侵入できないようになって いる。
なのに、明かりが点いているというのはどういうことだろう。
眉間に皺を寄せると足早に走り出した。



一歩、脚を踏み出すごとに水が滴り落ちる。
薄暗いプレハブの中を全身を濡らしたままの美しい女性が立っていた。
一体どうやってここまで来たのか、白いスーツ姿のB1号だった。
その姿は、最後に一条に打たれたときと同じ姿で、洋服の胸元には神経断裂弾を打ち込まれた跡がある。
血の跡は洗い流されたのだろうか、洋服が無残に破けているだけだ。
自分が濡れていることなど気にしていないのだろう。
歩きながら周囲を見回す目になんの感情も浮かんでいない。
ふと脚が止まる。
目的の物を見つけたのか、口元がかすかに動いた。
戦士の棺・・・・・。
側により、手をかざすと、不意に空間が歪んだ。
そう、まさしく歪んだとしか言い様がなかった。
かざした手の周囲の空間が歪み波打っている。
その歪みは段々広がり、やがて棺を包むぐらいの大きさになった。
その瞬間
歪みの膜が棺をあたかも包み込んだかのように動き・・・・・・棺は姿を消した。

テレポーテーション。

それは彼女だけに与えられた特殊な超能力だった。
闘う力のない彼女に与えられた≪裁く者≫としての特別な力。
その力の強大さゆえに未確認生命体らから一目置かれ、ゲームの結果を判断する存在となさしめていた。
視線が、遺跡の壁に映る。
同じ様に手をかざすと、瞳の色が変わる。
その瞬間
遺跡の壁画が音も無く粉々に砕け散った。


跡形も無く次々と完膚なきまでに破壊する。
あらかたの物は破壊し終わったろうか、部屋の中は砂塵がもうもうと舞い上がっている。
今度はそれぞれに設置されていた端末に向かう。


同じ様に手をかざすと、端末が勝手に起動を始める。
誘発されるように部屋中の端末が次々と立ち上がっていく。
そして、中のファイルが呼び出されドンドン開き、消えていく。

その時

「貴方、一体なにしてるの!!」
漸く訪れた須山可奈子が悲鳴を上げた。



プレハブにたどり着くと、やはり鍵は開いていなかった。
見上げれば、さっき光っていた明かりはなく暗いままだ。
気のせいだったかもしれない、そう思って引き返そうとしたとき、確かに微かな音をプレハブの中から聞いた、様な気がし て。
須山可奈子は、一瞬躊躇って、鍵を開けた。


そこで 見たものは ―――――――――――。


異常な速さで次々にファイルを開いていく端末の画面。
戦士の棺が置いてあったはずの場所に立たずむ全身ずぶ濡れの美しい女性。
舞い上がる砂塵。

そして

「あなた・・・・一体なにをして・・・・・!!」
不意に女性の手が上がると、須山可奈子の目の前で変化した。
皮膚が緑色へと変化し、蔦が現れる。
「ひっ・・・!!」
信じられない光景に引きつるような悲鳴をあげる。

『未確認生命体』

頭にその文字が浮かんだ。
未確認の事件なら嫌と言うほどニュースで聞いて知っている。
桜子からもいろいろ話を聞いているし、凄惨な現場もこの目で見てきた。
だが、実際に未確認生命体を見るのは初めてで。
須山可奈子の心の底から生理的嫌悪感が湧き上がる。
人間ではない者と対面した恐怖に身体が竦んで、眩暈すら感じる。

腕から生えている蔦が伸びるシュルシュルという音を聞いて須山可奈子の目から涙が落ちた。
あまりの恐怖に身体が硬直して声も出ない。
いつのまに女が目の前まで来ていた。
人間とは思えない美しさ。
その瞳はまるでガラスのようでなんの感情もなく、冷たく見下ろしてくる。
手が上がり顔を包み込んだ。
未確認なのに・・・・暖かい、そんな事を頭の隅にチラリと掠めさせながら、蔦が頭全体を包みはじめる音を聞いていた。
「ひっ・・・・」
小さな呟きを落として、須山可奈子の全身から力が抜け、両手が力なく落ちた。



「どういうことなのかしら・・・・・」
椿に呼ばれた榎田が眉をひそめる。
手元には、検査結果の用紙が握られている。
「コレを見るに脳には異常はないみたいだけど・・・・ちょっと、考えられないわね。コレは・・・・」
一条の脳を写したレントゲンフイルム。
その頭蓋骨に存在する『アマダム』の破片。
「通常の生活には何の支障も無いんです。このままだったら、頭蓋骨にめり込んでいるだけでとりあえず命に影響はない でしょう」
椿の声に苦々しいものが混じる。
「そう」
本当にその石はそこに存在しているだけだった。
どのような刺激を与えても反応を返す事はなかった。
「しかし、俺が五代の話を出した時です。異変が起きたのは・・・・」
検査のベットの上で意識を無くしたように寝ている一条を見つめる。
「あいつ・・・『五代』の事・・・・覚えてないんですよ・・・・」
痛々しい椿の呟きに榎田が、はっとした顔で振り向いた。
「というか・・・・・・あいつの中には・・・・・まるっきり『五代』という人間に関しての記憶が存在していないのかもしれませ ん・・・・」
「ない? いったいどういうこと?」
榎田の問いに椿は視線を彷徨わせる。
「コレははっきりした事ではないんですが、・・・・・・・人間には自己防衛本能があってあまりに辛いことや悲しいことがあると、自分の精神を護る為に別の人格を作り出したり、記憶を自分で封じる事があります」
「・・・・一条君がそれだって、言いたいの?」
「・・・・・・」
榎田の言葉に椿が黙り込む。
「おそらく、一条はあの雪山で・・・五代の最後を見たのだと思います」
「椿君・・・・・・」
そのまま黙り込む椿に榎田は言葉をかけられずただ立ちすくむ。
しばらくして、椿は沈黙を振り切るように頭を振ると顔を上げて話し出した。
「詳しくは、検査をしなければならないでしょう。今のところアマダム・・・・いや、アマダムと思われる石は、其処に存在してい るだけですが、五代の例もあります」
存在している場所が場所だけに楽観はできない。
もし触覚を伸ばすようなことがあったら、一体どうなるか。
「あの石がどのような影響を与えるか判らないんです。・・・・害になるかもしれないし・・・・・」
「害?」
「そうです。自分は五代の腹の中にあるときのアマダムを嫌というほど見てきました。神経組織を全身に伸ばして五代の身体を蝕むアマダムをね・・・・何時、一条にも同じ事が起こらないとは言えないんですよ・・・・」
苦々しい顔で一条を見つめる椿の横顔を見て榎田が眉間に皺を寄せ、同じ方向へ視線を流した。
「それにしても・・・・・・」
榎田の小さな呟き。
「何故・・・、今、一条君の額にアマダムがあるのかしら・・・・・」
「・・・・・」
「だって、あの石は・・・・五代君のおなかに会ったわけでしょう? ・・・・遺体、は発見されていないのよ?」
榎田の『遺体』という言葉に椿の身体が震える。
「勿論0号も・・・・。でも、血痕の反応は広範囲に渡って発見されたらしいわ」
その血は0号の物ではなく、未確認生命体第4号『クウガ』・・・・・五代雄介のものだった。
「そこから想定される出血量だと・・・・・生きている可能性は考えられない、そう判断されたから探索も中止されたわ」
「・・・・やめてください・・・」
「それにあの爆発」
椿の苦しげな静止の言葉も聞かず榎田は話しつづける。
「今までの例から、恐らく第0号が爆発した、と想定されたわね・・・・」
「榎田さん・・・・」
「五代君の遺体が発見されなかったのは、そうね・・・・・・あの雪崩に巻き込まれたか・・・・後は・・・・・・爆発に巻き込まれた か・・・・」
「榎田さん!!」
「椿くん! 私だって考えたくないわ!! でもね! 事実は正面から受け止めなければならないし、ありとあらゆることを考え なくっちゃ!!」
誰もが目を逸らしてきたクウガの・・・・五代の最後。
「もし、爆破したのなら一条君の額にアマダムが存在する訳も考えられるわ」
榎田は椿の視線を振り切るように一条を見下ろした。
「・・・・・それに、一条君が無事だった、訳も・・・・・・」
「え?」
微かに震える榎田の声。
軽く咳払いをすると続けて話し出す。
「あの激しい爆発と雪崩のなか、何故一条君だけが無事だったのか」
そういえば、
椿が顔を上げた。
あの辺り一体は地形も変わってしまうほどの爆発に襲われた筈だった。
森林や動物達は一瞬にして消滅した。
それなのに、一条が発見されたとき、その身体には怪我一つ負っていなかったという。
発見した者は一条がまるで雪の上に寝かされていたようだったと言った。
「多分、五代くんの・・・アマダムが護ったのよ、彼を」
「榎田さん・・・・」
「偶然なのか、故意なのか判らないわ。でも、五代くんがアマダムに願ったのよ。一条君を・・・・護るようにって」
榎田の声は震えていなかった。
それでも、その頬に伝う雫は後から後から溢れでて床に落ちた。
「五代君が、一条君を護るためにアマダムを与えたのよ。だから、きっと石は一条君の害になるようなことはないわ」
椿が腕を廻すと榎田の身体が一瞬強張り、やがてゆっくりと寄り添った。
「そう・・・・信じたいのよ・・・・」
「榎田さん・・・・・」
「五代君が・・・・一条君を護ろうとして・・・・あの石に託したって・・・・・」
「榎田さん」
「信じたいの・・・・・・」
榎田のすすり泣く声が響く。


一条は未だ眠り続けていた。



いまや、女の手から伸びた蔦は須山可奈子の肩口まで包みこんでいた。
どれ位たったろうか、蔦がゆっくりと元に戻り始めた。
完全にその姿を隠し、腕の皮膚の色も戻った頃、唇が小さく動いた。
同じ様にB1号の唇も動く。
「・・・・・信濃大学・・・・考古学研究室・・・・・・」
同じ言葉を2人で話す。
音程の違う声が重なっていく。
「音がしたの・・・・・」
「・・・・音?」
「・・・・そう、だから見に来た・・・・・」
「ええ・・・・・」
須山可奈子が操られているかの様に言葉を喋る。
「私は外国へ・・・遺跡の研究に行っていた・・・・」
「貴方は外国へ・・・遺跡の研究に行っていた・・・・」
「帰ってきたら・・・・雨に降られてしまったわ・・・・・・」
「・・・そうね・・・驚いたわ・・・・だって、ずぶ濡れで立ってるんですもの・・・・」
「ひさしぶりに、ここに来たらこんな事になってたのよ・・・」
「そうね・・・・・」
ゆっくりと手が下ろされて須山可奈子は開放された。
焦点の合わなかった瞳に徐々に力が戻ってくる。
やがて、完全に意識が戻って、其処に人影を見つけ・・・・・
「・・・・どうしたの! 何時帰ってきたの?」
「可奈子」
嬉しそうに立っている女性に近寄った。
「ずぶ濡れじゃない!! ・・・それに・・・・え? 一体何があったのよ! コレ!!」
漸く、辺りの異変に気付いたようだった。
「落ち着いて、可奈子」
辺りの光景に動揺している可奈子の両肩に手を置いて、顔を覗き込む。
その声は本当に心配気な感情が篭っていて。
「私もさっき、トルコから戻ったばかりなの。まずは大学へ、って思ってここに来たら扉が開いていたのよ」
「ええ!?」
まるで旧知の間柄のような会話をする。
「とりあえず、調べようと思ったんだけど・・・・・・」
「調べるって・・・そんな無鉄砲な・・・・・」
呆れたような可奈子の言葉に首を竦める。
「だって・・・・せっかく発見した遺跡なのよ!!」
「そうよね・・・貴方が第一発見者だものね・・・・でも、あの後すぐ海外に派遣されて良かったかもしれないわ」
「・・・え?」
可奈子の言葉に怪訝そうにするのに首を振って一端話を切る。
「さ、詳しい事は後で話すわ。それより、とりあえず着替えましょう? 着替えは?」
「・・・・置いてきちゃった」
「だと思ったわ、いいわ、私の洋服貸してあげる。いきましょ・・・それから、警察に電話するわ」
それだけ言うと、さっさと部屋を出る可奈子の後ろ姿を見るその表情が、一瞬もとの仮面のような顔に戻り―――――― ― 。
「・・・・どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。ちょっと寒いかなって・・・・」
笑いながら返された言葉に可奈子は大きく溜息を付いた。
「ったく、そんなに濡れているからよ、もう。びしょぬれじゃない!」
一体、どんなにしたらそんなにずぶ濡れになるのよ・・・・と呟かれて小さく唇が微笑し、小さく動いた。

「・・・・そうね・・・・・・冷たいわ、水って・・・・・」

その呟きは可奈子には届かなかったようだ。
「何? なんか言った?」
ふり向いた可奈子に笑いかける。
「ううん、・・・・・・ねえ? 貴方がいつも言ってた桜子・・・・・さん? 今、何処にいるの?」
「ああ、桜子? 東京よ。・・・あ、そういえば、近いうちにこっちに一度来るって言ってたから、その時紹介するわ」
ああ、そうだ、桜子にもこの状況を連絡しなくっちゃ・・・と呟く可奈子の後ろ姿を見つつそっと自分の心臓に手を当てる。


早く、しなければ ―――――――――――――― 。


雨が激しくなってきたようだった。


長野にも、東京にも冷たい雨が降っていた。






とりあえず、久々の表アップです。
ああ・・・・雄介登場まで、いかんかったよう・・・・・。
(だって、すっかり私の頭の中はナマナマ仕様なんですもの!!)
さて、同時進行で、ボーイフレンド・2 やら、なんやら。
ああ、書きたい話がてんこもりで・・・・!!
手が後2本とパソコンがもう一個欲しいってつくづく思います。

BY  樹 志乃


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