氷の封印 第一章(3)




驚愕から沈痛な表情へと変わっていくのを椿は見ていた。
対未確認本部で一条と共に地獄を見てきた人達は、椿の説明に『そうか』とたった一言呟いただけだった。
『ですから、一条の記憶に話を合わせてやってほしいんです』
椿の言葉にただ頷いて。
『もともと五代君の・・・クウガのことは対未確認本部内でも機密事項だった。全て一条が抱えていたからな・・・・・たいした資料など残っとらん・・・・・』
杉田が苦笑いの顔をして見せる。
他のメンバーはただ俯いていた。



「え・・・・・記憶が、ない?」
椿からかかってきた電話を受けて桜子は力なく呟いた。


パソコンの前に座っていた桜子は今までのデータ―を纏めていた。
九郎ヶ岳遺跡、ひいてはクウガ・・・五代の為の資料だった。
五代が最後の闘いに赴いてから三週間が過ぎた。
それから、ずっと桜子は待っていたのだ。
たとえ五代が姿を見せる事がなくっても、一条がやってきて『五代は冒険に旅立ちました』と。
そうすれば・・・・・・。
そう一言いってくれれば、ずっと信じて待っていられたのに。
椿からの電話を受けたとき、桜子の胸に浮かんだのは果てしなく深い絶望と―――――― 嫉妬、だった。
最後の最後まで側にいたのは一条だったのに、その記憶すら分け合う事もせず自分だけのものにしてしまった。
そう思えてならず、桜子は一条に会いにいけなかったのだ。
それから一週間ほど過ぎたろうか、一条が強引に退院したと椿から連絡があった。
「そうですか」
それに対しての桜子の返事はそれだけだった。
もともと五代を挟んでの付き合いだった。
本当ならば、関わることのなかった人達だから。
立ち上がって窓の外を見る。
桜子の脳裏にふと、椿との会話が蘇った。


あの日、電話で椿はそう言った。
『一条の記憶から五代の事だけ抜けているんです』
『五代君だけの・・・記憶がですか?』
『ええ、沢渡さん、一条は貴方の事はきちんと覚えているんですが・・・・・』
『私の事ですか? ・・・でも、私、殆ど五代君と一緒にいたのに・・・』
桜子の呟きに椿は苦笑した。
『・・・・・・其処には五代は存在していません。クウガのことは勿論覚えています。貴方が解読をしていたことも』
『・・・・・・』
『・・・・・五代がいないだけなんです』
その言葉を聞いて、桜子は腹の其処から湧き上がってくるどす黒い感情を押さえきれずにいた。
『・・・・・わ・・・・・』
『・・・沢渡さん?』
『ずるい、わ・・・・・一条さんはずるいわ!!』
それは押さえきれなくて、必死に閉じようとした唇を割って出てしまった。
『いつも五代くんの側にいたくせに・・・・!! 私より長い時間側にいて、私の知らない五代君を知ってて・・・・!! 最後の時まで 一緒にいたのに、何もかも独り占めしてしまうなんて!!!』
八つ当たりだと判っていても、止められなかった。
『私だって・・・最後の時まで一緒にいたかった・・・・!!』
何時の間にか頬を伝う雫が何本も筋を作る。
『もう、電話してこないでください』
『沢渡さん・・・・』
『一条さんの事なんか聞きたくありません! 私が知りたいのは五代君のことだけです・・・・・・!!』
そのまま叩きつけるように受話器を切って。
桜子はそのまま泣き崩れたのだった。
五代が別れを告げに来たあの日から一ヶ月近くの時が過ぎて。
漸く桜子は泣く事が出来たのだった。


あの日どれだけ、泣いたろうか。
最後には床にへたり込んでしまった。
涙が枯れ果てるくらい泣いて、身体中の水分を流してしまったからだろうか・・・・・・体が熱を持っているように熱かった。
ボーっと、宙を見つめていて。
「・・・・・・・・・・・・・・・お腹すいちゃった」
思わず漏れた自分の呟きに笑ってしまった。
どんなに嘆き悲しんでも、私は生きているからお腹も空く。
生きているから――――――――――――。


「生きていかなきゃ・・・・・・・・」


そう呟いて、桜子は締め切っていた研究室の窓の鍵を外したのだった。



日付が変わって、
月が過ぎていく。

悪夢のような冬が過ぎて夏が近づく頃、
漸く未確認によってもたらされた傷跡が癒えてきた頃。


その日、東京には冷たい雨が降っていた。
桜子が溜息を付く。
今日はこれから一条に会わなければならない。
未確認、及び、九郎ヶ岳遺跡の事に関して大学を訪れると連絡があったのだ。


泣く事が出来た日。
それから暫くたって、桜子は椿に会って自分の無礼を詫びた。
椿はただ笑って首を振るだけだった。
そして、一条の額にあるアマダムの説明をしてくれた。
五代が最後に、多分己の命を引き換えにしてだろう護った者が一条である事を。
その話を聞いて素直に一条が生きていることを、五代の為に喜ぶ事が出来た。
だから笑って別れて、今度は自分の為に思い出に浸る事にした。
そして今までのことを振り返りながら資料を纏めた。
そして、全て一条にあけ渡して終らせようと思ったのだった。
「本当は、一条さんと・・・・五代君の話がしたかったな・・・・・・」
あの時、三人で一つのテーブルに座ってコーヒーを飲んだように、同じ様に三人分のコーヒーを用意して、一条の知って いる五代の話を聞きたかったけれど・・・・・それも、もう出来ないだろう。
未確認の後処理が終れば一条は再び長野にもどり、普通の生活に戻るだろう。
そうすれば、お互いに会う事はあるまい。
「・・・・それだけが、心残りかなぁ・・・・・・」
そう呟いたとき、研究室のドアがノックされた。


ふいに記憶が戻る。
こんな、天気でなく晴れていて。

一条が、苦笑しながら入ってきて、後ろの窓から五代が入ってくるような錯覚。

(桜子さん!!)
鮮やかな残像が煌いて――――――――――――――――


桜子は、軽く首を振ってドアを開けた。


「では、これで全てですね」
「はい」
一条に資料を全て渡して桜子は頷いた。
「・・・・沢渡さん」
「はい?」
ふいに、一条が桜子に向きあって、深々と頭を下げた。
「い、一条さん!?」
「本当に、ありがとございました」
「や、止めてくださいって!」
「いえ、あなたにはとても御迷惑をかけてしまいました」
漸く顔を上げた一条の真剣な眼差しに捕らえられて桜子が口を閉じた。
「民間人の貴方に辛い思いをさせてしまいました。・・・・・私達の力が足りなかったばかりに・・・・」
「いいえ」
「沢渡さん・・・・」
「私は、私に出来る事をしただけです。・・・私に出来るだけの無理だから・・・・辛くなんかありませんでした」
そういって、晴れやかな表情で笑う桜子を眩しげに見つめる。
「ですから、一条さんも気にしないで下さい」
「・・・・ありがとうございました」
一条が差し出した手を桜子が握り返したとき、桜子の携帯がなった。
「やだ! なにかしら」
一条に頭を下げて桜子が携帯を取ると、一条は身支度を整えはじめた。
「もしもし? 可奈子? ・・・なに? なんなの? よく判らないわよ・・・・なに、落ち着いてよ」
苦笑の篭る桜子の声を聞きながら資料を手に研究室を出ようとして。
「・・・・え・・・・」
突然、声の調子が変わった桜子を振り向く。
「・・・嘘・・・・なんで、なんでそんな事に!」
「・・・沢渡さん?」
その口調に何かが起きたのだと一条は桜子の元に駆け寄った。
「で、どうなっているのよ! うん・・・うん・・・判ったわ、私もすぐにそっちに行くから」
「どうしました」
一条の問いに桜子が携帯を睨みながら呟く。
「長野の大学に保管してあった『戦士の棺』が無くなったらしいんです」
「!」
「・・・しかも、壁画は粉砕されて、解析データ―も殆ど消されているって・・・・!!」
一条の表情が変わる。
「私、行かなきゃ・・・・」
桜子が慌しく荷物を纏める。
「私も行きます」
「え・・・?」
桜子が目を見張った。
「私が長野まで送りましょう」
「なんで・・・・」
「・・・・・・・もしかして、未確認、が絡んでいるのかもしれない」
「!」
険しい表情の一条の言葉に桜子が芽を見開いた。
「そんな・・・!!」
「『戦士の棺』でしょう・・・・ないとはいえない」
未確認と戦っているとき、常識など通じなかった。
第0号を倒したといっても、他の未確認を全て倒したとは・・・いえないのだ。
もし、まだ生きている未確認生命体がいたとしたら・・・・・。
桜子の表情から段々と血の気が引いていく。
「まさか・・・・」
「ヘリを飛ばします」
「でも・・・こんな天気で・・・」
「大丈夫です」
一条が桜子を促す。



1時間後、2人はヘリに乗っていた。







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