氷の封印 第一章(4)




けぶるような雨の中、警察の高速ヘリが長野へと向かっていた。


一端、警視庁まで戻った一条は科警研の榎田に連絡をとり、対未確認用のヘリをすぐに用意させた。
何があるかわからないから――――――――――
未確認との闘いにおいて最前線で闘ってきた一条の言葉に至急用意された。
折角訪れた平和がまた壊れてしまう可能性がある ―――――――― その言葉に敏速な対応がなされたのだ。
可奈子からの連絡を受けてから一時間後には桜子は一条とヘリに乗っていた。


信濃大学の校庭にヘリが着陸した。
東京と同じ雨が降っている。
冷たい雨には変わらなかったけれど、東京に降る大粒の雨と違い細かな霧雨へと変わっていた。
辺りを包み込む幕のような霧雨のベールは音を全て吸収してしまったようで辺りは静寂に包まれていた。



「大丈夫ですか!?」
ヘリのプロペラから発生する爆音に負けないように一条が叫んだ。
「警察には!?」
「加奈子の方から! 長野県警に連絡してあるそうです!!」
雨の中を濡れるのも構わず走っていく。
長野県警なら一条の古巣だ、多少なりとも融通は聞くだろう。
桜子を庇うように走って。

一条の視界を白が過ぎる。
「!!!」
体中の血液が一気に逆流したような感覚に襲われた。
ドクン・・・・・、と、心臓が響く。
「一条さん・・・・?」
急に立ち止まった一条を見上げて、桜子が硬直する。
一点を見つめる一条の険しい眼差しに、刑事としての側面を見て。
「先に、行っていてください」
いつのまにか一条の手に握られている拳銃に桜子が息を飲んだ。
「どうして・・・・・・」
「・・・・・・・・・未確認、かもしれません」
「え!?」
一条の固く強張った声に桜子の背筋に悪寒が走る。
五代が命を掛けて闘って、平和にした筈なのに、未だに未確認生命体が生き残っているなんて。
「もしかしたら、今回の事も未確認の仕業か・・・」
青褪めていく桜子を見て一条が多少表情を緩める。
「・・・・確かめてから、行きます」
「一条さん・・・・・」
「大丈夫です。私の錯覚かもしれません」
心配気に見つめてくる桜子に笑いかけて一条は背中を向けた。
走り出した瞬間から、一条の表情が険しくなる。
眼の端に映った白を追って。
その色が消えた方向に全神経を向けた一条の頭から全てが消えて。
自分を心配そうに見つめている桜子のこと等、残っていなかった。



プレハブの周りは警察の人間で溢れていた。
辺りを見回すと、警官と話していた可南子を見付けた。


「可南子!!」
近寄ろうとして静止された桜子に気付いた可南子がホッとした表情を向けた。
「桜子・・・・! 来てくれたの・・・・!」
走ってきた可南子が桜子に抱き付いた。
その身体が微かに震えている。
「可南子・・・・・」
「早かったのね」
桜子に向けられた顔が青い。
安心させるように笑いかけて頷く。
「うん、一条さんがここまでヘリに乗せてくれて・・・・・」
「一条?」
桜子の言葉に、近くに立っていた恰幅のいい中年の男性が反応を示した。
「今、一条って言いましたか?」
「え・・・・?」
「私、海老沢と言います。一条の長野県警にいた頃の上司でした」
近くの警官に合図をして一緒に歩き出した。
「一条がここに?」
「ええ、ココまで送ってくれたんです」
「で・・・今、何処に・・・・」
海老沢の問いに視線を少し落とす。
「・・・・すぐ来るとは思うんですけど」
その様子になにか感じたのか、海老沢は深く聞かず先を促した。



部屋の中は、もの凄い有様だった。
きちんと保管されていた壁画は粉々に粉砕されていて跡形もない。
大切に保管されていたはずの『戦士の棺』も。
なにもかも、無くなっていた。
「なんで・・・・・・」
「・・・・・何もかも、壊されていたの」
悔しげな可奈子の声に振り返る。
「データも殆ど残っていなかったの・・・・・」
「殆ど?」
「ええ」
可南子が端末に近寄り手を触れる。
未だ微かに熱を持ったソレは、中に収められている端末の中心部であるハードディスクが全て破壊され修復不可能に なっているらしかった。
「一体・・・・・なんでこんなことに」
何時の間にか海老沢は席を外していた。
「それでも、なんとか残ってるデータもあるのよ」
「え?」
「実は、一番最初に気付いたのは私じゃないの・・・・」
「可南子じゃない?」
黙って頷く。
「彼女がいてくれなかったら、きっと全部消えていたわね」
「彼女?」
「ええ、不幸中の幸いって感じかな・・・・。彼女が丁度帰って来てくれていて・・・・・」
「帰って、って・・・何?」
「あれ? 桜子には言ってなかったっけ? ほら、九郎ヶ岳遺蹟の第1発見者よ。彼女が帰ってきていて・・・・」
「ちょっと、待って」
可南子の言葉を遮る。
「第1発見者って・・・・・夏目教授達は甦った0号に・・・・」
「だから、彼女、その前に海外の遺蹟調査に出かけちゃってるじゃない」
「え・・・・海外、って、なによ・・・・」
「ほら、海外から調査を依頼されて・・・・・本人も行きたくなかったみたいだけど大学からの要請もあったし」
「何言ってるのよ・・・・」
「もう、忘れちゃったの?」
可南子の言う事が理解できず眉間に皺を寄せる桜子を見てもどかしげに可南子が言い募った。
何かが、おかしい。
桜子の身体の中に何かがズレているような強烈な不快感が沸き上がる。
「それが幸いしたのね。あの事件に遭遇しないですんだのだもの」
「可南子・・・・・」
夏目教授達の発掘部隊のことなら良く知っている。
そのメンバー全ての名前も言える。
その中に、そんな女性なんて居なかった、筈だ。
「ねえ・・・可南子、その人って・・・」
「ああ、今婚約者を迎えに行っているんじゃないかしら」
「婚約者!?」
「ええ、でも戻ってきて早々これじゃ・・・・」
慌てて可南子に走り寄った。
記憶になどない、その女性と婚約者。
背筋を悪寒が走る。
「ねえ!! ちょっと待って! 私の知っている中にそんな人はいないわよ!」
桜子の叫びに可南子が不思議そうな顔を向けて笑った。
「何言ってるのよ。忘れちゃったの?」
「可南子・・・・!」
桜子の声など聞こえなかったように可南子が窓に近寄り外を見下ろした。
「それにしても、どこまで迎えに行ったのかな・・・。迷子にでもなっちゃったかな、五代さん・・・」


「―――――――――― え?」
桜子の中で全てが止まった。


「う〜ン、大丈夫かな・・・・」
「・・・・・・ねえ、可南子・・・・」


心臓の音が耳元でガンガンと響く。


「今・・・・・なんて?」
桜子の呼びかけに可南子が振り向いた。
「何?」
「今・・・・なんていったの?」
「あ・・・桜子には教えてなかったっけ?」
桜子の凍りついた表情に気付いた様子もない。
可南子は自分の机に近寄って引き出しを開ける。
「う〜ん、何処にいったかな・・・・。確か写真があったと思うんだけど・・・・」


確かに、ゴダイ と言った。

デモ、ドコニモ、アル名前ダシ。
マサカ・・・・・・。


一気に血が下がってしまうような感覚。
眼の前が歪む。


「えっ・・・・・と、う〜ん、ゴメン。ないみたい」
そんな桜子の様子に気付かぬ様に、眼の前で手を合わせながら可南子が振り向いた。
「二人で撮った写真を貰ったと思ったんだけどなぁ・・・・・・」
その言葉に反応を返せない桜子を気にせず可南子は話し続ける。


「確か、五代雄介さん、とかって言ってたっけ?・・・もうすぐ連れてくると思うわよ?」






取り合えずココまで。
ああ・・・・・登場させられなかった。

BY  樹  志乃

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