氷の封印 最終章(4)





「榎田さん!!」
椿に一喝され、榎田が我に返った。
強く両肩をつかまれ、正面から椿に覗き込まれて理性が戻ってきたらしい。
「確かに一条なら来ていますが・・・一体どうしたんですか」
「あ・・・ゴメン・・・」
かすかに震える手で乱れた髪を撫でつけた。ここまで走ってきたのだろう、いつもは一つに纏めてある癖のないさらさらと した長い髪が、乱れほつれていた。
「どうしたんですか、一条の身に何かあったんですか?」
かつての戦いの中でだって榎田のこんな動揺しているのは見たことがない椿だ。自然と眉間に皺が寄っていってしまう。
「・・・そう、よね、椿君には知る権利があるわ・・・ううん、知っててもらわなきゃ・・」
「榎田さん?」
スイッ、と、椿の眼の前に書類の束が差し出された。榎田が握り締めていたのだろう、少し皺がよっているが読めないほど ではない。それを受け取って椿は榎田の顔を見つめた。
もう、その顔に動揺は無かった。
「それね、例のプロジェクトチームのメンバーのデーター」
「・・・え? それって機密なんじゃ・・・」
「そう。でもね、見て欲しいの」
榎田に促されて椿は立ったまま書類をまくりはじめた。
「・・・訓練当初からの各個人データーよ、勿論一条君のも入ってる。見ればわかると思うんだけど」
「ええ・・・まあ」
静かな部屋にパラパラと書類をまくる音だけが響く。その手が進むたびに椿の表情が険しくなっていった。
「・・・」
書類を持つ椿の手が細かく震えだした。ただ立って書類を見ているだけなのに、己の心臓の音がだんだんと早くなっていく のが椿にも判った。まるで心臓が耳元にあるように心音がガンガンと響き始める。
そこに書かれている事は、未確認生命体を何人も解剖したことの有る椿なら理解することができる。確かにできるのだ が、信じたくはなかった。部屋の中に異様な静けさが広まっている。
気が付いてしまったその事実が重苦しい圧迫感となり部屋中に広まってしまったようだ。

扉1枚へだてて廊下では慌しげな気配がしている。

看護婦達の歩く靴の音、話し声。患者達の声、笑い声。
すぐそこには平和になった、平凡で穏やかな日常が広がっているのに、椿達の部屋の中だけが切り離されたようだった。

「最後のページの数値ね、覚えがあるでしょ?」
「・・・・・・」
榎田の言葉に黙って椿は頷いた。
それは忘れもしない未確認生命体第3号、その死体を解剖した事のある椿だからこそ知りうる数値が並んでいたからだ。
「で、コレとコレをみてくれる?」
榎田が持っていた最後の1枚の書類が渡された。
「そこに書いてある数字はね、つい最近とった一条君の、もの」
「・・・」
「もうひとつは・・・究極体に変化する寸前の五代君の数字」
「・・・・」
「あなたなら・・・わかるでしょ」
「・・・嘘だ!!」
その、2つを見比べて思わず椿は叫んでいた、
「こんなのでたらめだ!! ありえっこないだろう!」
まるでこの世から抹消してしまいたいかのように手にしてた紙を丸めたて床に叩きつけた。
「嘘じゃないのよ!」
「やめろ!!」
「椿君!!」
榎田が、体当たりをするように椿の襟元に飛びついた。
「眼を逸らしちゃ駄目!! ここに書いてあるのは本当のことなのよ、嘘、偽りなんて一つもないわ!」
「榎田さん!!」
「椿くんだって、こういう心配があったから私を一条君の傍においたんでしょ!?」
「!!」
それは。
椿がもっとも恐れていて、恐れながらも考えていて、常に頭から離れがたくて。
必死になって眼をそらしていたことだった。

椿の肩が、落ちる。

「・・・一条くんの、あの額に埋まっている、石が原因だと思うの」
「・・・・・・」
「一条君の身体ね・・・変化しているのよ」
「え・・・のきだ、さ・・・」
「もっと大きな設備の整っている病院じゃなきゃわからないわ、でもね、間違いなく《アマダム》はその触手を一条君の体に 伸ばしているとおもうの」
「榎田さん」
「そうでなきゃ、こんな数値はでないわ」
榎田が屈んで丸められた書類を手に取った。皺を伸ばすように綺麗に広げていく。
「・・・この数字・・・似てるでしょう・・・第3号や・・・究極体に近くなった五代君の数字に」
「・・・つまり、一条の身体は・・・」
「ええ、今のレベルなら・・・未確認生命体の中でもかなりトップレベルでしょうね」
きつく、眼を閉じる。
「ね、椿くん、だからこそ早く検査してもっと詳しいことを調べなきゃだめなのよ!」
「榎田さん」
「私たちが諦めちゃだめ! 何か《アマダム》を取り出す方法があるかもしれないわ! 五代君の時とは違うかもしれない でしょ?」
懸命に励ます榎田の言葉に、椿は2、3度頭を振った。

そうだ、俺がこんなところで浸っていてどうする。
椿の瞳に力が戻ってきたのをみて榎田が安心したように息を吐いた。
「一条は今、五代の部屋にいます」
「そ、なら私達も・・・」
いきましょう、という榎田の言葉は急に飛び込んできた看護婦によって遮られた。
「椿先生!!」
「どうした!?」
それは、椿が信頼する看護婦の1人でかつて五代の診察の時に傍にいた看護婦でもあった。口も堅く信頼の置ける彼女 は、今も五代の担当になっているはずだ。
「・・・! まさか・・・五代になにか・・・!」
「違います! 違うんです!! とにかく来てください!」
「だから、なにが・・・!」
「一条さんなんです!」
看護婦の悲痛な叫びに椿と榎田が顔を見合わせた。
「五代さんのお見舞いに来ていた一条さんが・・・」
最後まで言わせずに2人は部屋を飛び出した。



一条は、腕の中で眠ってしまった五代をそっとベットに横たえた。
ふと、スーツの胸元についた涙のあとを指でなぞり小さく笑う。自分の話の何が五代を刺激してしまったのかわからなかっ たが、この腕の中に五代を感じることができて、その胸に湧き上がったのは確かに歓喜だった。
一条は自覚していた。
一条の胸に激しく渦巻くこの思いは、間違いなく恋情、だ。
「・・・初めて出逢ってから僅かしかたっていないのに、どうしてだろうな・・・」
いつのまにか、なによりも大切な存在になっている。一条がこれほど強くなりたい、と思ったのも五代を護りたいと思ったか らだ。

同性だ、ということなどは気にならなかった。
それにも関わらず五代に触れたい、己の欲求を一条は正確に理解していた。

眠る五代の頬に涙の筋を見つけて一条はそっと手を伸ばした。
涙の跡を拭ってやりながら強く願う。

強くなりたい
この何よりも大切な存在を護る力が欲しい、と ――――――――― 。


まるで誓うかのように。
いつのまにか寝ている五代の唇に己のそれを重ねていた。


どくん

と。
額が脈打ったような気がした。
「・・・え?」
額が急速に熱を持ったようで、一条は顔を上げた。
自分の額に手を伸ばそうとして、一条は眠る五代の額にふと紋章のようなものが浮かび上がっているのに気がついた。

「・・・なんだ・・・?」
指を伸ばして、触れた途端。

「!!」
額の熱が一気に増した。
まるで頭蓋骨を割るかのような勢いで脈を打ち始め、その激痛に一条は床へと崩れ落ちていく。

一条の脳裏にさまざまな映像がなだれ込んできた。

いつの時代だかわからない、顔も見たことのない二人の男と女性、いや女性の顔には見覚えがあった。
B1号だ。
そして戦い。
棺に封じ込められた戦士達。

リントとグロンギ。

悠久の時の中に繰り返される《アマダム》と《グロンギ》の戦い。
時は一気に現代に流れた。

九郎ヶ岳。
顔のわからない一人の男。
その、笑顔。


炎の中の教会。

『見ていてください! 俺の変身!!』

幾つもの戦い
第0号の存在。

一条の隣には、いつも笑顔の男がいた。



そして、冬の九郎ヶ岳
冷たい、雪。


『・・・一条さんに会えたから・・・』
『・・・』
『見ていてください・・・俺の・・・変身・・・』


強くなりたい・・・!
一条は願った。
力が欲しい、と。
他には何もいらない。

ただ。
ただ、彼を護る為の力が欲しかった――――――・・・

雪にうずもれるその人の名を叫ぼうとして。
その、名を・・・


オモイダシテハイケナイ

鈴を転がすような女性の声と、柔らかな男性の声が、重なって響いた。
一条の額に激痛が走る。


嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。


これ以上、俺の記憶を、心を奪わないでくれ!!

吹きすさぶ雪の中で一条が叫ぶ。


ワスレテシマッテ・・・ナニモカモ

嫌だ!

ソレガ、アナタノ・・・タメダカラ


強固な意志が一条の脳裏を突き抜けた。
容赦のない、陵辱者の意思。

そして、再びなにもかもが消え去ろうとした瞬間


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――― ――!!


一条の、叫びに答えるように額が光を放ち始めた。



異変に気が付いたのは五代だった。
苦しそうなうめき声で眼が覚めた。慌てて起きると一条が側で蹲っていた。
「・・・一条さん?」
「五代さん、回診に・・・」
「すみません! 椿さんを呼んできてください!!」
「え?」
「早く!」
回診の為に部屋に入ってきた看護婦に叫ぶ。五代の勢いに押されたように飛び出していった。
「一条さん!!」
「・・・・」
「なんです!? どうしたんですか!?」
「・・・・・い」
「なに! 判らないよ!」
「・・・・つ・・・い・・・・」
「・・・え・・・なに?・・・どうしたんですか・・・ねぇ・・・・!」
「・・・あつ・・・・い・・・・あつい・・・!」
「熱い? どこです!? 一条さん!」
苦しむ一条の姿に涙が滲みそうになるのを堪えながら、熱い、と訴える一条の頭を抱きかかえた。
一条の薄茶の直毛の髪がサラリと流れ、その形のいい額があらわになって―――――――――。


「っ・・・・!」

小さく五代が息を飲んだ。
そこに現れた紋章に、五代の目が釘付けになる。
「・・・・う・・・・そだ・・・・!」
一条の体を抱きしめる五代の腕がふるふると震えだした。
「・・・そんなことって・・・・」


そこに現れている紋章に、五代はよく見覚えがあった。
忘れるはずもない、その紋章。

それは、かつての五代の手に、足にうかんだ紋章だったから。


4本の角の、死の紋章。


「なんで・・・なんで一条さんの額にコレが・・・!!」
「五代!」

床にうずくまる一条を抱きしめた時、部屋に椿と榎田が飛び込んできた。






よし!・・・って何がよし!なんだろう。
結構いい調子です。こんな感じで最後までつっぱしろうかと。


BY  樹 志乃


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