氷の封印 最終章(3)





自分の手をみる。
石の浮かびあがっている部分をそっとなぞると、うっすらと紋章が浮かびあがって消えた。
もう片方の手に埋まっている石に反応をしたのだろう。
見慣れない《ダグバ》の紋章。
もともと自分の身体には《アマダム》の石が埋まっていたのに、それをいまさら《ダグバ》の石を取り込もうとしているのだ。
相反する石を抱え込んで体に良いはずがない。
それでもなんとか生き長らえているのは究極体にまで進化した身体だからだ。

額と両手と両足と腹部と・・・心臓。

後のこるは心臓の一箇所のみ。
そこに石が埋まれば。


扉を叩く小さな音がした。
顔を向ける。

「具合はどうだ、五代」

自分の命より大切な人が立っていた。



「一条さん、仕事が忙しいんじゃないですか?」
「・・・それでも五代の様子を見に来る時間ぐらいはある」
「そんなことをいってるんじゃなくて・・・なんだか疲れてるみたいですよ・・・?ここにくるぐらいだったら、すこしでも休んでく ださいって、言ったじゃないですか・・・」
視線を合わせると自分の気持ちが相手に伝わってしまいそうで、五代は微妙に視線を逸らしながら抑揚を押さえて言い 切った。

――― 本当は心配している。

あと、残りわずかな時間しかないのなら少しでも傍にいたい。
けれど、一条に負担をかけたくないから記憶を奪ったのに、わずかでも接触をもって一条の心に残ることをしたくなかった。
だからこそこの気持ちに蓋をしているのに、一条の方からこうして手を伸ばされると気持ちが揺らいでしまいそうになる。
「前にも言ったろう? こうしていることが俺の一番の休みになると」
自分を見つめる一条の瞳があまりにも優しくて、五代の胸が痛む。
「それに・・・今日は五代に聞いて欲しいことがあるんだ」
「俺に・・・ですか・・・?」
「ああ・・・」
「俺は・・・いま、刑事じゃないんだ」
「・・・え?」
予想もしなかった一条の言葉に五代が驚愕して振り向いた。なによりも、その仕事に誇りを持っていた一条が刑事以外の 仕事を選ぶなど考えられなかったのだ。
「そんな、顔をするなよ」
あまりに五代が驚いた表情をしていたのか、一条が苦笑した。
「俺はそのことを後悔していないんだ・・・五代なら判るだろ?」
「一条さん・・・」
確かに、その表情には悔いはなかった。
「・・・じゃ、今、なにを・・・」
「・・・五代が日本にいなくて良かった、と俺は思っているんだ」
「は?」
まるで突拍子もないような話の展開に思わず五代が眼をまるくした。その表情を見て一条の口元が綻んだ。
「知っているだろうが五代が日本にいない時、俺たちは未確認生命体の襲撃を受けた」
「あ・・・」
五代が小さく口を開いた。
「・・・ひどい有様だった。人がまるで虫けらのように殺されて・・・警察は、手も足も出なかった」
一条の膝におかれた手がきつく握り締められて白くなっている。
「・・・地獄のようだったよ・・・大切な人を奪われた人の嘆きや無残に殺されていく者達の恐怖や叫び声・・・」
「一条さん・・・」
「不謹慎なようだが・・・そんなところに、五代・・・君がいなくて良かったと思っている」
「・・・」
一条に真正面から見つめられて五代の身体がこわばった。
まるで、五代の心を鷲づかみにしそうな一条の強い視線に引きずられそうになってしまうからだ。
「・・・偶々、俺たちには未確認生命体第4号という味方がいてくれた」
「・・・ええ」
一条が口を開いたと同時に、その視線の呪縛から解き放たれて小さくため息をつく。
「・・・それは知ってます・・・確かクウガっていうんですよね」
掠れそうな声を懸命に押さえて五代がなんとか口を開いた。
「ああ・・・いまだその正体は判らないんだが・・・彼がいなかったらもっとひどいことになっていただろうし・・・この平和はな かっただろうな」
「・・・」
「・・・だが、同時に俺はそれを悔いてもいる」
「え?」
「そのときに・・・俺達は・・・俺は何も出来なかった」
「一条さん・・・」
「手も足も出ず・・・ただ第4号が闘っているのを・・・自分は危険な場所から離れた安全な場所で見ているしかできなかっ た」

そんなことはありません、と。
叫びそうになって五代は唇をかみ締めた。
いつも背中を守っていてくれる一条の存在が、どれだけ五代を助けたか一条は知らなかったのだろうか。
あの戦いの最中、何時も一条はそんな風に思っていたのだろうか。

「・・・だから、俺はこの道を選んだ」
「・・・どんな、道なんですか?」
「自分達で、大切なものを護れる力を手に入れる。例えどれだけ辛くったってかまわない、どんなことにも耐えて、きっと、 その力を手に入れてみせる」
「・・・一条さん・・・?」
不安げな五代の問い掛けに一条は安心させるように笑いかけた。
「・・・こんなことを言っても、手に入れるのは俺じゃないんだが、な」
「・・・え?」
「・・・人間として、人間の未来を守る為にあるプロジェクトが進行している。俺の仕事は・・・そこで中心ともなる人物を育て 上げることだ」
「育てる・・・?」
「ああ、科学の粋を極めたその結晶ともいえる物がある。それを使いこなせる人間を育てるのが俺の役目だ。俺自身には それを使いこなせる力がない・・・だから、違う形で協力をする」
「そんなこと・・・俺に言っていいんですか?」
「・・・何故だろうな・・・五代には知っていて欲しい・・・俺がこんな道を選んだ訳を」
「一条さん・・・」
「俺が力を求める理由を・・・」
不意に一条が話を止めた。呆然としたように五代の顔を見つめ、戸惑いながら手を伸ばした。
「五代・・・」
「はい?」
突然手を伸ばしてきた一条を不思議そうに見つめていた五代が首を傾げた。そんな五代の頬に一条がそっと触れた。
「何故・・・泣くんだ?」
「泣く?」
五代自身は気づいていなかったのだろう、一条の言葉を驚いたように反復する、だが、一条の言葉通り、その頬には幾重 もの筋をつくって光る水滴が落ちていた。
一条に触れられて、五代は初めて自分の頬が涙で濡れている事に気が付いた。
「なにか・・・気に障ることを言ったか?」
不意におろおろとしだした一条に五代は首をふる。
「いいえ・・・ただ・・・なにか・・・」
「五代・・・?」
一条の心配そうな声が、今は辛かった。
「・・・なんでも・・・なんでもないんです・・・」
そういって俯いてしまった五代をしばし見つめる。頬に当てた手をそのままに、もう片方の手もそっと伸ばした。五代が嫌 がらないのを確認しながら、ゆっくりとその身体を抱きしめる。
「・・・五代・・・」
椅子からベットへと場所を移しても五代は逃げなかった。五代に寄り添うように腰掛ける。
その細い身体を両腕で囲んで、だんだんとその輪を縮めていく。

怖がらせないように。
おびえさせないように。

そしてその体温を感じるぐらいに身体を触れさせても五代は拒まなかった。
「泣くな・・・五代」
一条の言葉に五代の身体がピクリと震えた。・・・そして、ゆっくりと一条の方に頭を持たせかけていく。
「・・・ごめんなさい、一条さん・・・」
「・・・なにが、だ・・・?」
「・・・・・・・・・ごめんなさい・・・」
一条の問いかけに、ただ五代はごめんなさい、と繰り返すだけだった。
「・・・謝るな・・・」
「ごめんなさい・・・・・・」



(――――・・・今ごろ五代の病室か・・・)
ちらり、と壁の時計に視線を走らせて椿が小さくため息を付いた。
椿が一条に忠告してから、確かに以前の一条に戻ってはいたようだ。ただし、外見だけだけれども。
記憶を封じられたとは言えど決してなくしたわけではない。『五代をうしなった』という記憶は確実に一条を追い詰めてい る。
「だからかよ・・・あんな仕事にのめりこむなんて・・・」
椿がボソッと呟いた。かつて、同じように一緒に戦った椿にだけは打ち明けた一条の仕事。

(今度のプロジェクトが上手くいけば、もし万が一・・・再び未確認生命体のような奴等に襲撃を受けたときにも、自分達で 闘うことができるようになる。詳しい内容は言えないんだが・・・俺は前回の未確認との戦闘の経験を生かしたいと思ってい る)
(一条・・・)
椿の咎めるような響きに一条は気がついているだろうに、表情一つ変えなかった。
(俺はずっと思っていた。力が欲しい、と・・・)
(・・・)
遠い眼をしている一条の瞳は何を写しているのだろうか
(大切な人を護る力がほしい・・・もう、誰も傷つくのを見たくないんだ・・・)
(だがな・・・その、プロジェクト、何とかか?かなり身体に負担がかかることなんだろうが・・・お前の身体は平気なのか?)
(俺は平気だ)
平然とした一条の物言いが、椿の中で引っかかった。
(・・・待てよ、俺は平気だ・・・って・・・)
(プロジェクトは《G―Uレベル》に移っている。候補者は1/5になった)
その、一条の言葉の意味を椿は正確に読み取った。
(・・・・・・一条)
(仕方がない。力がない者はついてこれないんだ)
(一条!それがどういうことなのか俺には判るぞ! そんなに激しく身体に負担をかけたら廃人同様になっているはずだ ろうが!!)
思わず激昂した椿が一条の襟首を掴んでも一条は表情一つ変えなかった。
(本人はそれを承知の上で、このプロジェクトに望んだんだ)
(ふざけんな!! そいつらの家族とかはどうするんだよ!!)
(彼らに身内はない)
(・・・え?)
(家族や、愛する者を未確認に殺されている者達だ。彼らがどれだけ力を望んでいるか・・・椿、お前にわかるか)
椿を見据える一条の瞳の奥に激しく揺らめく炎が見えた。
(大切な人間が・・・奪われていくのを・・・傷ついていくのを黙って見ているしかできないのなら・・・俺は、悪魔に魂を売って でも強くなりたい)
(・・・)
(その為ならなんでもする)
(・・・一条・・・)
(軽蔑するなら、してもかまわん・・・俺とて地獄に落ちることなど判っているさ)
ふっ、と笑った一条の表情があまりにも透明で。
声もなく椿は頭を左右に振るしかできなかった。
何を言っても無駄なことが判ってしまったからだ。記憶を失っても、一条は五代の後を追って走り出している。
もう、椿の手を伸ばしても届かないところにまで彼等は行ってしまった。
(俺は後悔などしていない。途中で止めるつもりもない)
ゆっくりと、一条の襟を掴む手が落ちる。椿には何も言うことが出来なかった。
(俺は必ず成功させてみせる)
(・・・そうか・・・)


椿の耳に廊下をあわただしく走る靴の音が聞こえてきた。
「なんだ・・・急患か・・・?」
せわしない足音は椿のいる部屋の前の扉で止まった。
「椿君、いる!?」
「榎田さん」
ノックもなしに扉があけられて、随分と取り乱した榎田が飛び込んできた。
「ね! 一条君来てるでしょ!!」
「ちょ・・・ちょっと落ち着いてくださいよ」
椿の襟元に掴みかからんばかりの勢いで迫る榎田の両肩に手を置いてなんとかなだめる。
「どこにいるの! 一条くんは!!」






というとこで、きってみました。
ふふふ、どれだけ長くなっても最終章は最終章とひかるさんからお墨付きをもらったもんね
BY 樹 志乃


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