氷の封印 第四章(2)





激しい訓練に明け暮れる。
心の中が真っ白になって、ただひたすらに強さを求める。

力が欲しい。

心の中にはそれだけしかなくて。
ただひたすらに。



榎田は印字されたデーターの数値を見て眉をひそめた。
「・・・なに、コレ」
最初に声をかけられた時には受けるつもりはなかった話だった。自分の一番大切なものは家庭であり、あの戦いが終わっ た今できるだけ息子の傍にいてやりたい、と思ったからだ。
だが、椿の話が榎田を思いとどまらせた。五代が生きていること。一条が記憶を失った原因でもあること。五代の身体に 埋まっている石。


―――― あいつ・・・なにかを1人でしようとしているんですよ。
―――― なにか?
―――― ええ・・・本当は、一条だけじゃなくて、俺たちの記憶も奪うつもりだったって・・・
―――― 私たちの!?
―――― ・・・・・・ええ・・・・・・あいつ、一体、何を戦ってるんでしょうね・・・


そういった椿の瞳の色が榎田の胸に突き刺さる。

そうまでして五代が守りたがっている一条の傍にいてやってほしい、と。
椿は深く頭を下げた。

―――― 俺には、選ばれる資格がないから

たとえ、この世にたった1人の五代の担当医でも、所詮、一大学病院の医師にしかすぎない。実際に事件に深く絡んだ榎 田とは違う。榎田を巻き込むつもりはなかった、と椿が言った。それでも、五代がそんな思いまでして一条を守りたいという のなら誰か信用できる人間に傍にいて欲しいのだと、そういって土下座した椿の頼みを、榎田は断れなかったのだ。

いや、断るつもりはなかったといっていいだろう。
皆に平和が戻ってもただ1人、五代だけが孤独な戦いを続けているのに気づいてしまったから。

そうして榎田は再び修羅の道に足を踏み入れたのだった。

一条達がプロジェクトのメンバーに選ばれた時、勿論榎田も候補に上がっていた。榎田の未確認に対する観察力、分析 力、考察力は非常に高い評価を得ていたし、実際に未確認と対峙した数少ない生き残りでもあったから。
榎田自身、もし万が一同じような事がおきたとしても、自分達の手で大切な人を護れるように強くなりたい、という意思には 賛同したからでもあった。
本当は一条が指導員として参加するのには賛成しかねる気持ちもあったけれども、止められないことも理解っていたから 五代の代わりのつもりで常に一条のことは意識に留めておいたのだが。

「こんな数値がでるなんて・・・」
榎田の手元にあるのは訓練後のそれぞれの個人データーをグラフにあらわしたものだ。
厳しい訓練の為、定期的に行われる健康診断は細かい部分にまで渡って行われる。疲労によって訓練前より著しく数値 がおちている他の候補生達と違って一条の数値のみに変化が見られない。それどころか、その数値は通常の人間が持 つものよりも格段に高くなっている。
榎田が慌ててファイリングしてあるデーターを呼び出し今回の訓練後データーを読み込ませ、訓練当初の数値と比較して みた。そこに現れた数値は。
「うそ・・・倍になって・・・る・・・」
日々上向いてきている数値は人間にとしてはいささか常軌を逸している数値に近いといってもいい。もし、万が一このまま 上昇を続けるとしたら。


―――――― あいつ・・・何を戦っているんでしょうね・・・


一条の身体に異変が起きた原因はただ一つしか考えられない。

「・・・あの石のせいだわ・・・」

かつて一条の額に埋まった石の様子は、定期的な検診で変化を逐一捉えるようにしているの。埋まっている場所、物が 物だけに榎田も慎重にならざるをえない。それでもどこかで大丈夫だとたかをくくっていたような気がしていたことに、初め て気が付いて呆然としてしまったのだ。

あの、五代の身体にあったものだから。
五代が、一条を護る為に与えたと思われるものだから。

だが、かつてあの石は五代の全身に触覚を張り巡らせはしなかったか。
五代は、いつしか己の身体が未確認と同じ物に変わってしまいやしないかと不安には思っていなかったか。

多分、あの石は両刃の剣なのだ。
人間の強い意志、もしくは欲望に反応する。


――――――・・・・・・かつて五代が強くなりたいと願い、究極体にまで身体を進化させてしまったように。

しかし、五代の腹に埋まっている石はそれなりの大きさがあった。それゆえに五代の全身にその触覚を伸ばせたともいえ る。一条の額に埋まっている石は微々たるものだ。
その石にそんな力が残っているだろうか。

「もっと、詳しく調べなきゃ駄目だわ・・・もっと設備が整ったところで・・・」

そうつぶやいた榎田だったが、時すでに遅いことに気が付いてはいなかった。
一条の額に埋まったアマダムの欠片から伸びた細い細い、数ミクロンの細さの触覚は、一条の脳に複雑に入り組み、根 を張りめぐらせていたのだ。



「見つけた」
土中深く埋まっていた《ダグバ》の石を見つけたのは、この樹海に踏み込んでからすでに10日ほどがたっていた。
白いドレスの裾は汚れ、破けてしまっているがその表情には疲れの欠片も伺うことは出来なかった。
禍々しく光る石の破片を桜子に渡して五代の元に向かわせた。

―――――― コレで残りは一つだけ。

空には真っ白な満月が浮かんでいた。それを見上げると額に紋章が浮かびあがった。

白い薔薇の紋章


―――――― 薔薇のようだ


耳の奥で、甘く響くかつての恋人の言葉がよみがえる。

指を上げて額の紋章をゆっくりとなぞった。見えていないはずなのに指は的確に紋章をなぞっている。

―――――― あの御方は・・・彼に似ている。いや、彼が選ばれたからこそなのだろうか

彼も、最後の最後で兄の命を奪うことが出来なかった。本当は封印するより命を奪って、消滅させた方がより容易で、こ んなことにはならなかったはずだ。

――――― でも、彼には出来なかった・・・。

たとえ石に取り付かれ、その人格すら変わってしまったとしても、かつての親友の命を奪うことなど出来なかったのだ。
ましてや、恋人の兄の命を奪うことなど。

それゆえに彼女達は戦いながらも別の方法を探したのだ。


それは本当に偶然見つけた物だった。
グロンギが命を落としたとき、身体が腐り《ダグバ》の欠片だけが残ったのだった。《ダグバ》や《アマダム》はその破片同 士は共鳴する。それをもとに石を集めていたのだが、ある破片だけがどうしても見つけられなかった。
そして、彼女達は見つけたのだった。《ダグバ》の破片を取りこんだ不思議な石が触手を伸ばし兎に融合しているのを。
その兎は勿論直ぐに命を落とした。
兎自身が《ダグバ》とその石を取り込んでもなを生きられるほどの生命力がなかったのだろう。

彼女達はその石を徹底的に調べ、幾つかの事柄を発見した。
まず、その石には《アマダム》や《ダグバ》の力を体内に取り込む不思議な力があったということ。《アマダム》や《ダグバ》 の石を内に埋め込んだ状態で生物の身体に融合する。伸ばされた触角は石と生物との接着剤のような役目を果たしてい たらしい。驚くべきことは、単純に身体に石をとりいれるより非常に効果的に石の力を活用できるということだ。
その石を使うことによってより効果的に《アマダム》・《ダグバ》の力を取り入れることができるのだ。

――――― 《アマダム》や《ダグバ》はただの石ではない・・・あれは生きて『知性』を持つ生命体なのだ。宿主から生命エ ネルギーを得る、その見返りに石は宿主の身体を作り変え、不死の身体と力を与える・・・。

その時点で、彼女達は絶望した。
これでは《アマダム》・《ダグバ》の石の力をより強めるために過ぎないと。


だが、この世界はなんとバランスの上手く取れていることだろうか。
その石は。
ある限界点に達すると宿主と融合し、器として《アマダム》・《ダグバ》の石の効果を封印させてしまう力があったのだ。


――――― 宿主の生命エネルギーを吸収して石を封印する為の媒介となす。


《アマダム》や《ダグバ》から今まで与えた生命エネルギーを吸い上げて宿主に送り込む。そしてそのエネルギーを外に漏 らさず体内に封印する為、宿主を自分と同じ成分に作り替えるのだ。

だが、彼女達がそれを突き止めてもなにが出来ただろうか。石を封印する為には誰かが犠牲にならなければならない。
本当に、ほんの小さな石の破片でさえ兎の命は寿命がもたなかった。
だとしたら『アマダム』と『ダグバ』の本体ともいえる石を身に抱えて正気を保てるものがいるのだろうか。

そして。


限界点に到達するまで、その石を体に取り込んで正気を保っていられる人間がいるかどうか。
つまり、究極体への進化

彼女達は苦悩した。
だが、兄は既に《アマダム》を取り込んでしまっていた。

――――― 時をまとう
――――― え・・・?
――――― きっと誰か俺たちの意志を継いでくれるリントが現れる
――――― でも・・・
――――― 俺たちが今すべきことは・・・彼の体に埋まった《アマダム》を取り出すことだ、だから・・・
そういって差し出した彼の手には《ダグバ》の石が握られていた。
――――― もしかして・・・
――――― この石は・・・これだけで体の中にあるのなら・・・永遠に石の僕となって生き続けるだけだ。あの石がなけれ ば封印は無理なんだ・・・だから、俺がこの石を体に取り入れるから、君は探してくれないか
――――― ・・・いやよ・・・
――――― 俺たちの願いを告ぐ者を・・・ふさわしいリントを・・・
――――― いやよ・・・!!
今にも泣き出しそうな彼女をみる顔が歪む。一瞬目を瞑り、大きく深呼吸をしたときにはすでに平静な顔にもどっていた。
――――― ここに、《アマダム》の破片がある・・・漸く見つけた・・欠片だ
――――― ・・・なに・・・?
――――― コレを君に埋める
――――― 何故!?
――――― そして兄のところに戻るんだ
その、あまりの言葉に目を見開いた。
――――― どうして!? 私、ずっと一緒にいるって言ったじゃない・・・!
――――― 俺の望みは・・・君が彼のもとに戻る事だ
――――― !

それは、最愛の人の傍を離れるということ。

愛する男のために兄の元にいき、彼等が戦う様を見届けろと・・・。
それでも、無表情を装う彼の瞳の奥に慟哭が見えたから。血の涙を流す彼の苦しみが見えたから。

――――― ・・・・それが・・・あなたの、望みなら・・・・

最後にきつく抱き合った。
そして、その姿を網膜に焼き付けようと、涙で潤む目で見つづけた。
彼の手が上がり、その石が額に植え付けられる、その瞬間までも――――――――――


兄の元に戻ったが、兄は何も言わずに受け入れた。
彼女は彼の願い通り、戦いを見つづけた。
兄は本当はその意図に気付いていたかもしれなかったが何も言わなかった。
何年も何十年も戦いは続いた。
そして、漸く創りあげた棺に、彼が命をかけて兄とともに封印された。彼の仲間達はその周りで眠りにつき、彼女はそれを 見守った。
眠ることもせず、ただ棺を見守った。

再び兄が目覚めるとともに彼は目覚め、闘った。
その仲間も呼ばれるかのように永い眠りから蘇り命をかけて戦った。

そして封印されて。

彼女は、彼等が眠りにつくその側で石を集め続けた。
そして、漸く《アマダム》を収めるだけの石を確保して・・・器を作り出した。それが完成したのは最後の戦いのときだった。

場所は九郎ヶ岳――――――――――――――― 

そのときは 兄から《アマダム》を取り出すことは出来なかった。
なんとかできた器を彼に渡すことしかできなかった。

そして、彼が先に目覚めのた時、勿論、そのチャンスを逃さなかった。
いまだ眠る兄の腹から《アマダム》を取り出すことに成功した。

それから先は・・・


眼を閉じると五代の笑顔が浮かぶ。
彼は期待に応えて見せた。
その石に喰われる事もなく究極体にまで進化して見せた。

兄ですら、あの人ですら到達しなかった場所に五代だけがたどりついた。

だからこそ、彼だけが封印となりえるのだ。
かつてあった棺は長い間、兄と愛しい人を封ずるのだけでその力を使い古くなってしまった。もろく、力も弱まってしまった あの棺では、集めた《ダグバ》の石を封印しておく力がない。

そして、再び棺を作るぶんだけの石は、もう、この世に存在しない。


《アマダム》が破壊された今、残るのは《ダグバ》のみ。
全ての破片を集めたら、九郎ヶ岳の奥深く封印される。

二度目に命を落とした時
五代は全てを知ったという。

石のもつ記憶だろうか。
命をかけて《アマダム》の石を収めた彼の残留思念だったのだろうか。

ただ、笑って五代は究極体へと進化した。
自分の未来を知っていたのに。



『自己犠牲じゃないよ』
五代はかつて尋ねたときそういった。
『俺は我侭だからね』
その笑顔にはなんの曇りも無かった

『俺は、自分の好きな人が幸せならいいんだ、好きな人には笑っていて欲しいだろ』
眼を閉じて首を振る。


「・・・だが・・・残される者の思いを知らないだろう?」
小さく呟いた言葉が、空気に溶けて流れていった。






いやいや、間があいちゃいました。すみません。
なんとか最終に向かってまとまってきました。・・・枝広げすぎましたね、はっはっは。

BY 樹 志乃


NEXT   BACK   氷の封印 第一章から   第二章から   第三章から

TOPへ    小説TOPへ