己に呼びかける何かを感じたのは何時だったろうか。
深く沈む己の意識を揺さぶるなにかに、五代は気付き始めた。

―――――― 目覚めたくない・・・・・・

意識も身体もその闇に溶け込んで、幸せな夢をみているのだから起して欲しくはないのに。
静かに、何度も繰り返し呼びかけられて、五代の意識は再び形を取り始めていた。

―――――― 呼ばないで・・・・・

誰が呼ぶというのだろうか。
ここには誰もいないはずなのに。

だけど、なにか惹かれるものがあった。
それをきくと、五代はなぜか無性に泣きたくなってしまうのだ。

――――――― 俺を、呼ばないで

目が醒めても独りならば、ここでこうして眠っていたいのに。
そうは思いつつも、それが気になって仕方がなくて。

やがて五代はそれが人の声だと言うことに気がついたのだ。
だれかが、己の名前を呼んでいると。

―――――――― 誰が、呼んで・・・・・

意識が覚醒した。



ツキン、と石が軋んだようで一条はそこに手を当てた。今までにない痛みだ。
「なんだ・・・・?」
一条の身体の中で 石が脈動しているようだ。

―――――― まるで、なにかと共鳴しているような・・・・!!

一条は五代の側に駆け寄った。

ドクン・・・・・・・・・ドクン・・・・・・・・・ドクン
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・


二つの脈動が洞窟に響きわたる


石と化した五代の腹部・・・かつてアマダムのあった場所が光を放っていた。
その光はまるで胎動しているかのように強く、弱く点滅している。
「・・・・《ダグバ》・・・か?」
それに呼応するかのように、一条の体の中の《アマダム》も脈打っている。

二つの鼓動がゆっくりと同調していく。

ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・ドクン
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン


同じ様に一条の心臓も高鳴っていく。

手を伸ばして五代に触れると、冷たいはずのその肌に微かな温かみを感じたような気がして一条はそっと唇を寄せた。

冷たい石の唇に触れた瞬間
確かに感じて

「・・・雄介」

・・・・・・・ドクン!!

まるで、名前を呼ばれるのを待っていたかのように、その鼓動は重なった。



ゆっくりと、肌の色が変わっていく。
その肌は弾力を取り戻し始めている。

「雄介・・・・」
ゆっくりと血が通い始めているのか肌に赤みが戻ってきた。
その髪もしなやかさを取り戻している。

「雄介」

一条の視線はそこに釘つけになっている。もう片時も視線を逸らさないかのように、五代を見詰めている。
段々と、岩肌と五代の境目がはっきりしてきた。
石の脈動はまだ続いている。
それは完全に共鳴をしていた。

「・・・・・・」

ぴくり、と。
五代の瞼が痙攣をしたように見えた。

「・・・・・っ・・・」
かすかに、瞼を縁取っている睫毛がゆれて。


黒い宝石が現れた。


微かな地鳴りの音がした。
ほんの微弱だった振動は段々と大きくなっていく。五代の目覚めとともにまるで九郎ヶ岳も活動を始めたかのようだった。


「なぜ・・・・?」
「独りにしないと、言ったろう」

一条を食入るように見詰めている五代が泣きそうな声をだした。
初めて聞く五代のそんな声に一条が綺麗な笑みを浮かべる。

そっと、手を差し伸べた。

だが、五代は首を左右にふった。それでも一条からは目を逸らさない。

「判ってるんでしょ、一条さん」

《アマダム》と《ダグバ》の接触が示す事は―――――――――――

「それでも構わない、といったら?」
五代の目から涙が毀れた。
光を弾く、美しい水滴。

「おいで、雄介」

差し出された腕。
いまや、完全に岩壁と分離した五代が、一条の腕に抱きとめられた。



「愛している」










一ヶ月後・東京

「で、新しい候補者の調子はどうだ」
「ええ、目覚しいものがありますね」
報告書を見ながら桜井は杉田とならんで研究室の廊下を歩いていた。
なんの訓練もなされていない只の警官だった候補者は、遭難しかけた船に独り救出にむかったという点に目がつけられ一気に候補者に上がったのだが。
「榎田さんの方も、仕上がりは順調だそうだ、プロトタイプスーツV型・・・通称『GV』、いまは最終調整だからな」
「漸くですね・・・・・」

あの戦いから、杉田達はなにもかもこのプロジェクトに尽くしてきた。
もう、誰かが泣くのをみたくはないから。
大切な人を護りたいから、只それだけのためにひたすら頑張ってきたのだ。
「そういえば、長野の九郎ヶ岳周辺のみで感知されたっていう、地震どうなったんだ?」
「ああ、調べたんですけど・・・どうも局地的なものらしいですね」
杉田の問に桜井が眉間に皺を寄せた。
「なんせ、未確認生命体の墓場のようなものですからね・・・あの地震で万が一ってことも考えられましたからね」
桜井は脇に抱えていたファイルを杉田に渡した。その束ねられた書類をまくりながら杉田が肩を竦める。
「とりあえず、異常なしか・・・・」
そのままファイルで己の肩を叩きながら凝った首を左右に倒すとボキバキ、といい音がした。
「それにしても一条の奴、なんであんなとこにいたんだか」
「・・・・・・一条さん、未確認生命体の殲滅には熱心ですからね、なにか調べるものでもあったのかも知れないですし」
「今日退院だろ、椿君のところ」
「ええ、迎えに行くつもりですが・・・杉田さんは?」
「あたりまえだろが」
杉田の言葉に桜井は嬉しそうに笑った。
「榎田さん達も行く予定らしいですから」
「ああ」
「・・・・・・これで、俺たちの役目も終わりですね・・・・・・・・」
「・・・・そうだな・・・・・・」
二人は決めていたのだ。
コレがおわったら普通の生活に戻ろうと。
自分達が経験したことを無駄にしないために尽くしてきた。今だって、再び未確認がでたとしたら最前線にたって戦いを挑む気持ちに変わりはない。
だが、愛しい人を護ってやりたいと、側にいてやりたい、とあの戦いが終ってから切に願うようになったのだ。
「榎田も頑張ったしなぁ・・・・・」
それは、皆同じ思いだった。
杉田と桜井はこれが済めば普通の刑事に戻り、榎田は退職するという。
「・・・・・・ねえ、杉田さん」
「なんだ」
しばらく物思いに浸っていた杉田を引き戻るように桜井が口を開く。その、何かを躊躇う様子に杉田が眉を上げた。
桜井はそんな杉田にむかってポーズをとる。

サムズアップ

「これって・・・誰に教わったんでしたっけ」
「誰ってそりゃあ・・・・」
そういいかけて杉田も口をつぐんだ。
「・・・・一条、じゃ・・・なかたっけ?」
しばらく考えて反対に問い掛けるような杉田に桜井は溜息をついた。
「そうですよねぇ・・・なんか癖のようになっちゃってますけど・・・誰に教わったか思い出せないんですよ」
「・・・・・」
「なんか・・・・・大切なことのような気もするんですけどね・・・」
「そう、だな」
溜息を付きながらの言葉なれど、どこか幸せそうな桜井に杉田も微笑みを漏らす。
杉田も同じ思いなのだ。思い出せないけれど、大切にしている。
それをするたびに胸に去来する暖かい思いがここまで自分を頑張らせたともいえるから。
「ま、でも、これをするたんびに元気がでてくるんですよ!」
ばっと顔を上げた桜井の笑顔に、感じていた物が自分だけではないと嬉しくなる。
「さ、あと一寸だ!頑張るか!」
そんな桜井の背中を一つ叩いて、杉田はサムズアップを決めた。



関東医大。

「検査の結果は異常なし! お前は健康になりました!」
部屋に入ってきざまの椿の言葉に、上着をきていた一条の手が止まる。
「ったく、心配させやがって・・・大丈夫か」
「ああ、すまなかったな」
一ヶ月前、救急で運ばれた一条は漸く退院できるまで回復し、椿も口ではなんと言いながらも内心安堵をしていた。
「ったく、なんであんな所にいたんだよ」
椿の呆れたような問に一条は笑みを浮かべた。
「・・・・忘れ物をしていたんだよ」
「はあ?」
訳のわからない一条の答えに一瞬あきれたような声を上げたものの、その顔をみて椿は己の頭をバリバリとかきむしった。
「・・・・で、その顔からするに見つかったようだな」
「ああ」
穏やかな微笑み。
そんな一条の微笑みを椿は見たことがなかった。椿の記憶に残る一条は何時だってその瞳に切羽詰ったようなものを浮かべていたからだ。
言葉にしがたいそれば、あえていうなら絶望が近かっただろうか。
「・・・・忘れ物って・・・なんだったんだ」
椿の声に真摯な響きを感じて一条は振り返る。
その瞳を正面から見詰めかえした。
「俺の、命だよ・・・・それをなくしたら俺は生きていけなかったんだ」
「・・・・・・」
二人の間に沈黙が落ちた。暫し、見詰め合って、ふ、と一条が笑った。
「戻ってきただろ、俺は」
纏めた荷物を手にとり、一条は椿の肩を叩くと扉に向かう。
あわてて振り向いた一条の側に、誰かが寄り添っているように見えて椿の身体が固まった。
ゆらゆらと、まるで蜃気楼のようにゆれているがそれは間違いなく人間で。
でもむこうが透けてみえるから幽霊か!?などと頭の片隅で考えながら一条に向かって手を伸ばそうとして。

その男が振り向いた。


「!」

椿に向けられたのは笑顔だった。
それが見えていたのは、時間にしてほんの2〜3秒だったろうか。
ゆっくりと男の姿が透けて、消えていった。

椿はそのまま部屋を出る一条を見送るしかなかった。
もし、ちょっとでも動けば目に溜まった水滴が落ちてしまいそうだったから。

椿はじっと立ち尽くしていた。



病院を出て空を見上げる。
コバルトブルーの空だ。
五代がみたい、と願っていた空が今、一条の上に広がっている。

――――――― 一条さん

己の身体の中に五代を感じて、一条は微笑んだ。

――――――― これからは、ずっと一緒だ

もう、二人を引き離すものはない、死が二人をわかつまで・・・いや、例え死でも二人を引き離すことは出来ないのだ。


―――――― 一条さん


どこまでも、綺麗な蒼空が一条を包んでいた。










はい!!
長くなりましたが、ココで終わりです!!本当はもっともっと細かいサイドストーリーがあったんですけどど・・・おわりませんがな。だからココで終了、ちなみにこれは『ハッピーエンド』です!!(力説)
どうしてもかきたかった設定だったから勢いで書いてしまいましたが、見直せばボロボロと修正したくなるんだろうなぁ。
いま、暇人なので本当は見直しをした後、いろいろ手を入れて一冊の本にしようかな、とでも思ったんですが・・・・・。
こんな暗い本まとめて読みたいって人っているんか〜?って感じです。
どっちにしろ夏には何冊が本の発行をかんがえているんですが・・・・ちかぢかアンケートでも、と思っておりますのでその際は協力してくださいまし。ちなみに、『氷』の方も感想お待ちしております。

では永い間、お付き合いしていただいてアリガトウゴザイマシタ!     BY  樹  志乃





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