氷の封印 第三章(6 )





桜子はただ黙って話を聞いていた。

―――― 兄は・・・本当に最初はリントの未来を愁いていたはずだった。外敵もなくただ安穏と暮らしていては、いつか与えられた平和に溺れ、自分達の手で護ろうとしなくなり、いつかは滅びると

桜子の足下で草が風にざわめいていた。桜子の髪も風に揺れる。暖かかった風は、いつしか肌寒いものへと変わっていた。

―――― 兄に嗾けられてリントは戦いを始めてしまった。己達とは違う存在への恐怖もあった。兄に唆され、殺さなければ殺されると思い込んで・・・眠っていたグロンギを急襲した。戦いは・・・ひどいものだった。今まで一度も戦ったことのなかったリントの人々があそこまでできるのかと・・・

顔が歪む。桜子はただ痛ましげに見やった。

―――― かつての仲間に襲われ絶望したグロンギは、とうとうその牙をリントの人々に向けた。所詮力ではグロンギにはかなわない。あっというまにリントは追い詰められた。そのときだったな、兄が変身したのは・・・。

桜子の足元でかつてのクウガが次々とグロンギを倒していた。リントの人々にとってその存在は神の様に思えただろう。

―――― クウガという強い味方がいる、と信じたリントは自分達でも戦う方法を学び始めた。武器を作り、知恵を絞り・・・やがてリントの身体自体も変化し始めた。より強く、より逞しく、より戦いやすく、新しく生まれる子供達のその身体すらも変わっていった・・・これこそが兄の望んだリントの進化の現れだった。

ふと桜子が顔を上げる。
そんな永い時間の出来事を、何故、まるで見てきたかのような口ぶりで話すのだろう。
そう思って桜子が口を開く前に、その謎を解いてくれたのは本人だった。

―――― 私の、身体にも・・・《ダグバ》の石が埋まっている。・・・兄が、埋めた。

そういって、薔薇の紋章が浮かび上がる額を指差した。

―――― 若く、美しいままでいたいだろうと言って・・・な、兄は薔薇が好きだったから・・・こうなったのだろう

己では見ることのできない、額に浮かび上がる薔薇の紋章を指でなぞるその様が痛ましかった。

―――― 兄が最初に作り出したグロンギにリントの人々が勝てるようになってきたころ、再び兄は無残な行為を始めた。最初にリントに埋めた石より少し大きな石を再びリントの民に植え付けたのだ。戦いは再び熾烈を極めた。リントの民がそれに追いつくようになると兄はより大きな石をリントの民に植え付けた。

いったい、その男は何を求めていたのだろうか。何をしたかったのだろうか。最初は本当にリントの民の未来を真剣に心配していたのだろうが、いつしかアマダムという石の持つ力に溺れてしまったのかもしれない。

―――― そして永い年月の間そんな行為が繰り返されて、新しいリントの民が生まれる度にグロンギと戦っていた本当の意味を知るものはいなくなり、その石ゆえに不老不死となった兄を人々は畏怖し、神と崇め奉った。・・・いま思えば、あの時グロンギから戦いを仕掛けてくることはなかったな・・・リントの民と違い、不老不死となってしまったグロンギの民は自分達を変えたのは誰なのか・・・自分達は元々何者だったのかを忘れることはなかったから・・・反対に、兄に殺されることを救いとしていたのかもしれない・・・そうしてはじめて石から開放されるのだから・・・

―――― 互いに生き延びるためだけに、リントもグロンギも強くなっていった。弱者は滅び、強者だけが生き延びる。兄が望んだように、穏やかだったリントの民は変わった。やがて兄自身もその身体を進化させていった。そして。より逞しく強いリントの民に次々と石を植え付けては殺すようになった。いま思えば・・・兄はアマダムに取り付かれてしまっていたのかもしれない。いや、永い時を生きるうちにその心をゆがめてしまったのかもしれないな。

鈴を震わすような美しい声が輪唱のように重なり合って桜子に襲い掛かる。

―――― 私はその頃全てをあきらめてしまっていて傍観することしかしていなかった。・・・彼に出会ったのはその頃だった・

桜子の足元で、不意に場面が変わった。1人の青年が立っている。内側から生命力が光り輝き、その瞳には深い思いやりと理知的な光が輝いていた。

―――― 彼はリントの民の中でも一際輝いていた。強いだけではなく、優しさもあった。いずれ彼は指導者となりリントの民を率いていく立場だった。

突然桜子に問い掛けていた声の調子が変わる。

『どうして、そんな悲しそうな瞳をしているんだ?』

最初にそう、問い掛けられた。

『綺麗な人は笑っていた方がいいよ』

そういって、笑った彼のほうがどれだけ眩しく写ったか気づいていないのだろう。あまりにも自分が醜く思えて彼の前から逃げ出すことしかできなかった。

―――― グロンギになってしまうと、身体の一部に紋章が現れる。取り入れた動植物のな・・・だから、私のことがグロンギの民だと、直ぐに分かったはずなのに・・・彼は・・・

その男は毎日毎日出逢った場所にやってきた。そして何時間もそこに佇んで陽が落ちれば帰っていく。

―――― 私はそんな姿を、ただ黙って見ているしかなかった。・・・・・・そして一ヶ月も経ったころかな、私の方が耐え切れなくなってとうとう声をかけた


『何故、そんなところに立っているのだ。毎日毎日やってきて・・・一体何を望んでいるんだ』
『・・・やっと声をかけてくれたんだね』
『!ま、まさか・・・私がいることに気づいて・・・』
『君に、会いたかったんだ』
『・・・何故・・・』
『君に、会いたかった・・・君と、話したかったんだ・・・』

―――― こんな忌々しい体をした・・・呪われた私を美しいといって・・・

『君を綺麗だといったのはその外見だけじゃないよ、僕にはわかる。君は美しい心をしている・・・だからこそ、そんな悲しそうな瞳をしているんだ。何が君をそんなんに悲しませているんだろう・・・僕は、君を心から微笑ませたい・・・僕では・・・君の力になれないかな?』

―――― 彼の方が、私にとっては眩しい存在だった・・・駄目だと知っていたのに、私は・・・私達は恋に落ちてしまった

人目につかないように逢瀬は重ねられる。

―――― 彼は隠したがらなかったが、私が秘密にさせた。・・・兄に知られるのが恐ろしかった。いや、それよりも・・・・・・知っているか? 不死身になった場合、なにが不必要になるか

え?

突拍子もない質問に桜子の顔が呆けるのをみて、ふとその目元が緩んだ。自分はなくしたものを持っている桜子が眩しく見える。ずっとずっと、羨ましく感じていたのを、いつかは理解するだろうか

―――― 生殖機能がなくなってしまうんだ。不死身だから子孫はのこす必要がない・・・そうだろう? 種の保存は充分できる。いや、歪んだ血を残さない為の自然の摂理だったのかもしれないな。


愛しい男の子供を産むのは女の夢だ。
それは女である限り、どの種族にもいえることではないだろうか。どんなに愛しても、この身体に愛された証拠が残らない。それがどれだけ悲しく、辛いことか。

―――― そんな顔をするな・・・それでも彼は傍にいられるだけでいい、といったのだ。

『子供なんていらないよ・・・僕が欲しいのは君だけだ。君さえいれば何もいらない』

そういった男の瞳に嘘はなかった。
そして、2人は結ばれた。


―――― 私は全てを打ち明けた。彼は私を抱きしめて一緒に逃げようといった・・・嬉しかった。こんな私を愛してくれて・・・でも、それは直ぐに撃ち砕かれた。

桜子の足元が真っ暗になった。え、と思うまもなく頭の中に一気にある光景がなだれ込んできた。

―――― 兄は彼を選びだした・・・彼に・・・残りのダグバの石を全て埋め込んでしまったのだ

今までにない大きな石を埋め込まれた男は昼も夜もなく苦しんだ。
そして一週間後、男は姿を変えていた。

『なんてことを・・・兄はなんてことを』
『なかないで、俺はなんとも思ってないから』
『そんなことは嘘だ!!』
『嘘じゃないさ、だって君と同じになれた』
『・・・!!』
『もう、君を1人にしないよ、ずっと一緒にいよう』

そういって覗き込んだ目に嘘は無かった。

―――― それからグロンギの民の抵抗が始まったのだ。彼を筆頭に、リントの民への手出しは一切せずに兄にのみ攻 撃を絞った。兄がいるかぎりリントとグロンギの共存はありえないと気づいたからだ。そのあいだにも私は兄を封印する方法を探しつづけた。

リントの民もその変化に気がついた。

―――― 彼の努力でリントの民は兄の本当の正体を知った。そして、自分達がいかに愚かな戦いをしてきたかに気が付いた。そしてグロンギの民と協力して兄を倒そうとしたのだ。それは永い永い戦いだった。一人一人ではかなわなくても数で対抗している戦いの中で兄も彼も進化を遂げた。だが、石をとりこんだのが早かったぶんだけ兄は究極体への進化をいち早く遂げていたのだ。

究極体・・・グロンギの民は兄の手にかかって次々と惨殺されていく。

―――― 私がその《封印の石》を見つけたのはそのときだった。
封印の石?

―――― ああ、アマダムを包んでいる石のことだ。

そういって彼女が指差したのは五代の、ちょうどベルトを取り込んだあたりの部分だった。桜子の頭に、遺跡から発見されたものだと一番最初に一条から手渡されたベルトがよみがえる。

―――― そうだ、アマダムやダグバの石を包んでいる石はこの世でたった一つ、石の作用を抑えることができる力をもっていたのだ。私たちはそれで棺をつくり兄を封印することにした。だが、封印するにはそれだけではだめだったのだ。

え?

指差されて下を見下ろした桜子の足にあったのは不自然なほどに大きな棺だった。深い穴はまるで2人ぐらい入れそうな・・・、とそこまで考えて閃いた事実に桜子が驚愕した表情を向けると、それにかるく頷いて答えた女性の表情は穏やかなものだった。

―――― 2つの石は一緒にしておけば何の問題もないのだ。だから、もし、アマダムを封印するのなら・・・傍にはダグバを封印せねばならない。

では。
この大きな棺の意味は。

―――― そうだ、彼も封印せねばならなかった・・・

『やめて・・・! 貴方まで封印される必要はない!』
『駄目だよ、石は一緒にしておかなければならないだろ?』
『いや!いや!!』
『俺だって!・・・君を1人にしたくないよ・・・でも、このままにもしておけない・・・!』
『あ、貴方がいなくなったら・・・私は・・・私は・・・!!』
『・・・だから、君にしか・・・できないことがあるんだ・・・』

え、と顔を上げると苦しそうな瞳が覗き込んでいた。

『君には・・・俺たちの棺を見守っていて欲しいんだ・・・』


―――― 本当はそんなことなど頼みたくなかったのだろう。でも、私は嬉しかったのだ。永久に生きる命を持つ私だからこそ、こうして見守っていくことができるのだから


いつか、誰かがこの忌まわしい因縁の石を破壊してくれるまで。
それを信じて見守っていこうと。
そうして最後の戦いに望んだのだった。

―――― 戦いは・・・今までにない熾烈さを極めた。究極体までいってしまった兄はやはり強大で・・・それでもグロンギはリントの民と力を合わせて兄を封印することに成功したのだ。

そして後を愛する女性に託し、ダグバの石を持つ男も同じ棺に入った。

―――― だが、皮肉なことに《封印の石》の力はずっと持つわけではなかった。ある周期をもってその力をなくしてしまうのだ。その度に2人は目覚め、戦いを繰り返し・・・私は新たな棺を作り、封印を繰り返した。

「じゃあ・・・じゃあ・・・五代クンが見た映像って・・・古代の戦いって・・・」

―――― どちらが善でどちらが悪だったのかなど、もう、わからなくなってしまった。永い時の間に忘れ去られてしまった。リントの民もいつしか与えられた平和にかつての過去を忘れて怠惰していった・・・そのときの私の気持ちがわかるか? 一体その平和は誰の犠牲の上に成り立っているのだと・・・!!

憤るその細い肢体を五代がそっと抱きしめる。

―――― それでも不思議なことにな、兄達が目覚めるのはリントの民が平和に溺れきったときのことだったよ。これは運命だったのかな・・・リントの民を変えていくために・・・私たちは選ばれたのだろうかと・・・


不意に桜子の足元で映像がかわっていった。一気に時が移り変わり現代へ。

―――― だが、今回の目覚め方は違った。棺の封印が・・・強引にこじ開けられてしまったのだ。まだ前回の戦いが癒えていなかった。それなのに・・・

桜子がきつく目を閉じる。

――――だが、幸いなことに目が覚めたのは彼の方が先だったのだ。彼はこのチャンスを逃さなかった。まだ目覚めていなかった兄の身体からアマダムを取り出し、《封印の石》に収めることに成功したのだ。

では、あの映像に移ったベルトをたかく掲げ、その後地面に叩きつけたあの人影は。忌々しげに"クウガ"と方向したあの人影は。

―――― だが、兄の身体はすでに究極体になっていたから・・・そんなことで命を落としたりはしなかった。反対に油断してしまっていた彼の身体からダグバの石を抜き取り自分の身体に収めてしまった。彼は・・・彼の身体に入っていたのは維持の力・・・ダグバの石だ。究極体になったとはいえ、ダグバの石を取られてしまったら・・・あっという間に維持の力を失って・・・元に戻ってしまう。反対に兄は究極体にまで進化した体をダグバの石で維持することに成功した。

では、映像には写っていなかったが研究室の皆を惨殺したのは目覚めた彼女の兄の方だったのだろう。さぞかし彼は憤ったに違いない。彼の宝ともいえるアマダムを封印されてしまったのだから。

―――― 彼は・・・ダグバの石を身につけ一緒に眠りについていたグロンギの民を目覚めさせ、その力で洗脳してしまった。もっともその身体にダグバの石がなじむまで時間かかかることに気が付いていたからな・・・時間つぶしにゲームを思いついたのだろう。

また映像が変わった。
強引に目覚めさせられたことで混乱していた意識が戻り、気が付いた彼女が九郎ヶ岳の遺跡に飛び込んだときには・・・無 残な姿となった想い人が転がっていたのだ。
泣き咽びながら彼の身体にかけよる彼女の背に、弱々しく腕が回された。

『・・・し、しっかりして・・・!!』
『・・・ゴメンね・・・僕はもう、駄目かもしれない・・・』
『いや・・・いやよ・・・そんなことは言わないで・・・貴方がいなくなったら・・・私1人になってしまう・・・!!』
『・・・でも、石を取られてしまったんだ・・・僕だって君を1人にはしたくないよ・・・』
『いやよ・・・どうしても行くというなら・・・私も連れてって・・・!!』

彼女の悲痛な叫びに彼はゆるゆると首を振った。

『・・・君を今、つれていくことは・・・できない・・・』
『・・・どうし・・・て・・・!・・・いやよ・・・!』
『これを・・・』

血塗られた手に握られているのは彼が力を振り絞って取り出したアマダムを収めたものだった。

『これを・・・誰か・・・僕の意思を継ぐ人に・・・』
力なく笑う彼の身体が崩れだした。もう、何年も生きているかわからないから、命をつなぎとめていたダグバの石がなくなった今、その身体から生命が抜けさってしまうのが手にとるようにわかった。
『・・・頼むよ・・・僕は・・・待ってるから・・・』

そして

一際強く、青く光輝いた彼の身体は一瞬にして消滅した。

『・・・・・・・・・!!!!』

じゃあ、五代君が見た光は・・・

「そうだよ、彼が最後に放った・・・光だ」

五代君は選ばれたのね・・・五代君は全て知ってたのね

「うん・・・一度自分で心臓を止めたときがあっただろう? あの時にね・・・彼が出てきたんだ・・・戦いが最終に近づいてい たし・・・俺の身体も・・・究極体への変化が近づいていたから・・・」

―――― あの石は不思議なことにリントの民の身体に同化する力があった。私は石に選ばれた彼を強くするために・・・兄に洗脳された振りをしてゲームを仕掛けたのだ。

グラリ、と桜子の身体が揺れた。
今まであった桜子の身体を支えていた透明ななにかはなくなりゆっくりと降下し始める。

―――― 本当は、石を2つとも破壊して・・・私の役目も終わるはずだった。ただ一つの誤算は・・・あの男の存在だった。五代は・・・最後の最後で彼を護ることを選んでしまったから

「一条さんを護るために少しだけ力を省いちゃったから・・・完全にダグバの石を砕くことは出来なかったんだ。だから・・・俺は自分で責任を取ることにしたんだ・・・」

―――― 五代は・・・彼によく似ている・・・だから、私は・・・

いつしか意識の中、桜子は泣いていた。
知りたかった事実が、あまりにも、悲しすぎたから。

だから。
知りたかったことだけど。


桜子の頬を涙が伝っていた。






此処は一番書きたかったところなんだけど・・・う〜ん、うまく、かけなかった・・・ショック
BY 樹 志乃


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