氷の封印 第三章(5)





「おわかりいただけました? この事件が我々の管轄になったことを」


一条が意識を取り戻して杉田達と合流した後、彼らは今回の事件の真相をあかされて衝撃を受けていた。
「今回の殺人者達を人目にさらす訳にはいかないのです」
未確認対策執務部特殊課で捕獲した猟奇殺人者達を特殊防弾ガラスの向こう側に見ながら、杉田達は言葉をなくし立ちすくんでいる。
「か・・・彼らが・・・犯人だとでも・・・」
「そうです、証拠をお見せしましょうか?」
「証拠?・・・本当に彼らが・・・犯人て・・・だって」
桜井が玩具と遊ぶ殺人者と呼ばれた子供達を呆然と指差す。
そう、こんな幼い彼らを殺人者として世に発表しても誰が信じようか。
だが、彼らが見せられた実験テープには、まさしくその証拠が移っていたのだ。
手を触れることをせずに物体を宙に浮かし、伏せられたカードに書かれた数字を全て当てて見せ、遠く離れた物体を燃やして見せたのだ。
笑顔とともに。
「彼らは自分達が何をしたのか分かっていないのです。もちろん、自分がどんな力をもっているか、それが周囲にどんな脅威を与えるかなど気が付いていない」
そう、子供達はそれらの行為を楽しげに行って見せた。感情の起伏によって起こるそれらの現象を自分達が起こしているなどと本人達は少しも理解していない。だからコントロールすることも出来ないのだ。
「あなた達に引いてもらった意味がわかっていただけましたか? 彼らは危険な存在でありながら大変貴重な存在でもあるのです」
「貴重?」
同じ年頃の娘がいる杉田が敏感に聞き返した。
「彼らは近い将来日本を救う貴重な戦力になるでしょう」
「戦力って・・・」
「彼らは自分達が持つ正確な力を学び、コントロールする術を覚えなければなりません。自分達がいかに貴重な存在かを知り、その存在理由を学ばなければならないのです」
「存在理由って・・・」
「ええ、近い将来、また未確認生命体のような物が我々人間を脅かすような者達が現れた時、彼らは未確認生命体第4号にかわって我々を護ってくれる貴重な戦力になるのです」
「なっ・・・!彼らはいくら強大な力を持ってるといえどまだまだ子供ですよ!!」
「それ以外に彼らが存在できる理由はありません」
強い断言に杉田の表情が固まる。
「人は異質な存在を受け入れることができません。ましてや己より優れている存在程許すことができなくなりますから・・・このままでいけば、彼らは排除されてしまうでしょう」
「だからって・・・」
「既に彼らの戸籍は抹消してあります。この世には存在していないのです」
「!・・・なんでそんなこと!!」
あまりの言葉に今まで黙って話しを聞いていた桜井が声を荒げた。
「それが彼らを護る道だといったでしょう?」
「!」
「そして武器になるのが彼らの生きる道なのです」
「・・・聞いてられんな」
杉田が立ち上がった。
「確かに彼らは我々とは異質な存在かもしれないが、まだ自分で判断することもできないような子供にそれしかなるような道を与えない事に俺は納得がいかないね」
「同感です」
そういって立ち上がった二人をみる口元が冷笑を浮かべた。
「あんた達はあんた達で勝手にやるがいいさ。言われたとおり、我々はこの件から手を引く」
「・・・・・・いいえ、あなた達は既にこのプロジェクトに組み込まれています」
「・・・プロジェクト・・・?」
「ええ・・・唯一未確認生命体達と戦って生き延びた経験は大変貴重なのです」
杉田たちは促されて部屋を出た。
「我々はもう一つ、同時進行でプロジェクトを進めています。人間の手で人間を護る・・・そのためのプロジェクトを・・・」
銃を構えた屈強な男達が護る扉をくぐりぬけると今までとはガラッと変わった光景が目の前に広がった。
硬質な輝きを持ついくつもの計器類と表示物。
所狭しと並ぶ端末類とそれらにつながれた何本もの色とりどりな配線類。
そして、そのコードの先につながっているのは未確認生命体第四号がモデルになっているのだろうか、非常によく似た外見をしているプロテクトスーツ、のようなものが立っていた。
いや、立っているというのは間違いだろう、さらに両端から伸びた何本ものコードにつながれていた。
プロテクトスーツというよりは鎧のような硬質な輝きをしている。
「これはプロジェクトG―タイプT型です」
「タイプ・・・T型?」
「まだまだ実験段階ですがこれが完成したあかつきには選ばれた人間が装着して戦うようになります」
「人が、ですか!?」
「ええ」
桜井の叫びに力強い返事が返ってきた。
「これからも、未確認生命体のように我々を脅かすような存在が現れないとも限りません。そしてその時に今回のように我々を助けてくれる存在が再び現れる保障もないのです。自分の命は自分で護らなければなりません」
「自分の命は自分で・・・」
「そうです。私たちが今回経験した未確認生命体の襲撃は未曾有の出来事でした。辛く、悲惨で、惨めな闘いでした。私たちは殺される一方・・・・・・けれども、我々はコレを教訓にしてみせますわ」
二度と、たやすく踏みにじられない、そう瞳に決意が宿る瞳が一条達を見つめている。
「そのためにあなた達にも協力していただきます。人間の為に。私たちの未来を自分達の手で護るために」
その想いは杉田たちも同じだったから。
クウガが、五代が戦っている時になにも出来ない自分を悔いて悔いてなんて情けないと思っていた自分達だから。
杉田たちは何も言えずにただ、黙って立ち尽くしていた。


その頃。


窓から太陽の光が差し込むベットの上で五代は寝ていた。もともと五代は冒険をしていたころから陽に焼けづらい肌をしていたが、こうして病院で寝ている内に色が抜けるように白くなってしまっていた。
普段笑顔ばかりが目につくが、目を閉じていると驚くほど端正な顔をしていることに気づく。
閉じた瞼に生えている睫も長く頬に陰を落としていた。まるで人形の様ですらあったが、かすかに上下している胸だけが五代が生きているということを伝えていた。
いつの間にか1人の女性が五代のベットの傍に佇んでいた。しずかに椅子に腰掛けるその動作はあくまでも優雅だ。
白い手が伸びて、五代の額にかかる髪をそっとかきあげた。それに伴ってかすかな薔薇の匂いがあたりに漂った。
そのせいではないだろうが、五代の瞳がゆっくりと開いていく。
「・・・目が、覚めたか・・・」
「ああ、君、だったんだ・・・」
五代が身体を起こそうとするのを遮って、再びベットに押し返した。
「・・・寝ていろ・・・その方が身体にいい・・・」
「ゴメン・・・」
困ったように笑う五代をじっと見つめて、小さく息を吐いた。
「・・・あと、三つだ・・・」
「うん」
「・・・・・・・・・本当は・・・」
「・・・なに?」
「本当は・・・・・・辛いのだろう・・・・・・?」
「・・・」
静かな問いに五代はかすかに笑うだけで答えた。
「何故、もっと・・・・・・」
そういいかけて、開いた唇を閉じる。
「いや・・・・・・いい、そういっても、貴方が聞いた試しがない」
まるで母親のような言い草に今度こそ五代は思わず吹き出してしまった。
「・・・なんだ」
「ううん、なんでもない」
細く白い指がゆっくりと五代の癖のある髪をすいていく。
「・・・身体・・・辛いのだろう・・・?」
「・・・ん?」
「・・・・・・貴方が封印になる必要はない」
その声に五代が仕方なさそうに笑う。
「封印なら私が・・・」
「駄目だよ」
強い五代の声が話を遮った。
「君には・・・してもらわなければならないことがある、だろ?」
「・・・」
「あの時も・・・今も、辛い役目を背負わせてるよね・・・」
いたわりのある五代の言葉に目を伏せてそっと首を振る。
「・・・ただ、護る者として・・・長い時を1人で過ごさせてしまうよね・・・・・・」
「そんな、ことはいい・・・ただ、貴方が・・・」

五代の身体に宿る石の記憶。
眠りにつくことも許されずに永い間、この美しい人は棺をみまもらなければならなかった。

そして。
――― 今度は俺がその役目を背負わせてしまう

「・・・貴方は何も・・・愁うことはない・・・私は貴方の傍にいるのが役目だから」
「そうね、だからあの樹皮には貴方とクウガ・・・未確認第4号のマークだけ白く記してあったのよね」


五代が声のする方に顔を向けると、病室の扉のところに桜子が立っていた。
「私・・・五代君に言われたことがずっと心に引っかかっていたんだ」
「桜子さん・・・」
「五代君、言ったよね。クウガは味方だったのに何で記述がこんなにも少ないんだろうって」
かつての城南大学の考古学研究室でクウガに関する記述を石版から探しながら五代が呟いた言葉。
「・・・」
「私もそう思ったんだ。でも、あの時は神秘的な存在だから秘密を知られないようにしてあるんじゃないかって、そう言ったけど・・・本当にそうかなって思うようになったの。本当は味方だったんじゃなくって、本当に触れることの出来ないほど禁忌な存在だったんじゃないかって」
五代は桜子を見つめて身じろぎもしない。そんな五代をみてふっと、表情を緩めると五代の胸に顔を伏せたまま身じろぎもしない人に声をかけた。
「・・・貴方も・・・私にヒントを一杯残してくれたよね・・・」
不意に揺れた、泣きそうな桜子の声につられるようにその人は五代の胸元から顔を上げた、その口元には美しい微笑が浮かんでいる。
「・・・知っていてもらいたかった」
五代を見て、桜子を見つめる美しい瞳。
「・・・貴方に知っていてほしい、と・・・彼が望んだから・・・」
そういって立ち上がり桜子に近づいていく。
桜子の傍にまでいくと美しい微笑みを浮かべたまま、すっと手を上げた。
目の前で腕の皮膚が緑色に変わり、ツタが浮かんでいく。
シュルシュルと音を立てながら桜子の頭を包んでいるが、もう恐怖は無かった。ただ、黙って目を閉じる。
「・・・何故・・・気づいた?」
「・・・ずっと、思ってた。なにか、納得いかないって・・・」
「・・・」
「でも、それがなんだか気が付いたのは、ダグバの石が《進化》の石って聞いたときかな・・・」
「そう、か」
「私、クウガが変わっていくのをこの目で見たことある・・・五代君からも話をきいたわ・・・だから、気になって榎田さんに確認したの・・・五代君が榎田さんの所で変身したことあるでしょ? そのフイルムと・・・未確認生命体の武器の変化のフイルムも見せてもらったの」
いまやツタは完全に桜子の頭を包んでいた。
「・・・だから気が付いたの。ダグバの石は・・・進化の石じゃないわ。未確認たちや、0号は進化なんてしなかった。自分の身体にあるものを武器へと変えるのは・・・それは進化ではないわ。外骨殻が変わるのだって・・・"変化"でしかないもの」
桜子の身体から力がぬけ、声もだんだんと小さくなっていく。それでも桜子は話を止めなかった。
「・・・その点において、五代クンは・・・クウガは違う・・・白から赤へ変わるのは・・・あれこそ身体を進化させた証明よ。最終形態にかわったのだって・・・そう」
「・・・そこまで気づいちゃったんだね」
五代の声を遠くに聞きながら沈み込んでいく意識に逆らわずに、桜子はどうしても言いたかった一言だけを口に乗せた。


「五代君の・・・ベルトについていた石・・・アマダムこそが進化の石だったのね」


―――――――――・・・・・・そうだよ

誰の呟きだったのか、桜子の意識が暗転し、堕ちた。



ふと目を開けると目の前には青空がひろがっていた。頬にあたる風が心地よい。
「なんで・・・私?」
いつのまにこんなところで横になっていたのか、桜子は不思議に思って体をおこして、ギョッとした。
自分の身体が宙に浮いているのだ。
悲鳴をあげかけて、いままで自分が何をしていたのか思い出した。

そうか、私、研究室で。
何本もの蔦に包まれて、誰かの記憶を見ているのかもしれない。

ふと下を見下ろせば桜子の足の下に不思議な光景が広がっていた。
草原と見たこともないような遺跡・・・いや、そうではない、復元された九郎ヶ岳の遺跡が建ち並ぶ中、活気ある人々が行き 交っていた。

ここは・・・?
―――― はるか昔のことだ・・・まだ、グロンギもリントもなく、平和に暮らしていた頃・・・

柔らかな声が桜子を包んだ。

―――― 私たちは幸せだった。戦うことも知らず、ずっとこの平穏な時が続くと信じていたのだ。

突然場面が変わった。1人の男が2つの石を手にしていた。

―――― その石がどこからきたのか私は知らないが・・・それを見つけてきたのは私の兄だった。

いつのまにかその後ろに一組の男女が立っていた。女性には見覚えがあったがもう1人は知らない人だった。

―――― 兄が何を考えていたのか私は知らない。それでも人々の未来を愁いていたのは確かだった。今のままではい つかリントは滅びる、と常にいっていた。リントは争いを好む人種ではなかった。兄は、かえってその闘争心のなさが人を 進化させずに滅ぼしてしまう、といっていたのだ。

再び場面が変わった。先ほど女性に連れ添って立っていた男と向き合う、石を手にした男がいて。

―――― 兄はリントのなかから優秀な男達を選び出し・・・なにも説明せずに石を植え付けた。

・・・え?

桜子が驚愕する。

―――― 石は2つ一緒にしておくのならただの石と同じだ。互いの効果を相殺するから。だが別々になったときに、その 石独自の効果を発揮するのだ。兄は・・・幾つもの文献を紐解き解明した。最初は砕いた小さな石を植えた。もちろんそん なものを植え付けられて無事ではないリントもいた。死ねばその身体から石を取り出し再び植える・・・そんなことを繰り返 すうちにどこに植え付ければ一番効果がありリントが死なずに済むかを兄は探りあてた。


桜子の足元にその無残な光景が広がっていた。

桜子が振り返ると、いつのまにか五代達が立っていた。
五代は一番最初に外国からもどってきたばかりの服装をしていた。そばに立つ女性は白いロングドレスに身を包んでい る。

―――― 石は宿体の身体を作り変える能力を持っている。石は宿体を護るため、より強くなるため動物の能力を取り入 れていった。グロンギにいろいろな種類がいたのはそのせいだ。そして元々リントが持っていた回復能力を最大限にまで 引き出して不死身の身体にしてしまった。

とつとつと語る声に抑揚は無い。だが、かえってその調子が桜子には深い悲しみを感じさせた。
桜子の足元では石を植え付けられたリントの人々の姿が次々変化をしていた。

―――― 石を植えつけられた人々は取り込んだ動物の本能につられるように凶暴で凶悪になっていった。下手に知能 もあったから手がつけられなかった。彼らは自分達を嘆きながらも同じ仲間だったリントに被害を与えないように我々から 離脱をしていった。兄は彼らにグロンギと名前を付け、危険な存在だと声を荒げた。人々はそれにつられて彼らを危険視 するようになっていた。

それでもグロンギとなった人々は最初は目立たぬように暮らしていたのだ。たとえ大きく袂を分かっても自分達はリントな のだと、そう思って耐えていた。
だが。

―――― それはあっというまに破られた。・・・兄が戦いを消しかけたのだ。自分の身体にアマダムを取り込み、あくまでも 人々のために戦える身体になったと・・・・・・

均衡は破られた。






ということで、こんなところできってみました。
いかがですか?
順調に終わりに向けて進んでおります。

BY 樹 志乃


こんなところで切るなんて、鬼!、悪魔!、人でなし!、一条薫!
続き早めにお願いします。
from ひかる

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