氷の封印 第二章(7)





「あれは俺が殺したはずの未確認生命体だからです」

一条の冷たい言葉に桜子達が身体を強張らせた。

初めて聞く一条の、感情の篭らぬ氷のように冷たい声に辺りの空気まで凍り付いてしまったようだった。
桜子はその声に篭る響きに一条の未確認に対する憎悪を突きつけられたような気がして、五代を失った一条の心の傷を 垣間見たような気がした。
「いや・・・だな、一条さんたら・・・・殺したはずって、突然なにを言うかと思ったら・・・・」
端整なだけに驚くほど冷たくなってしまった表情から視線を逸らして桜子が俯く。
一条の言葉を軽く流すつもりで口を開いたのに、喉に声が詰まってしまった。
「彼女は未確認なんかじゃありませんよ・・・・第一、何を根拠にそんな事を言うんですか?」
ちょっとおどけたように一条をみれば、他の事など一切視界になど入っていないかのように五代を見つめている。
五代はそんな一条の視線を感じているのか、俯いて布団を握り締めじっとしたまま動かない。
「沢渡さん」
「はい?」
「彼女とは何処で会ったんですか?」
桜子に問いながらも五代を見つめたままだ。
「・・東京です」
「東京?」
「ええ、彼女とは大学に入ってからの付き合いです。」
「大学から・・なんですか?」
「ええ・・・この考古学研究室で会いました。彼女も考古学を専攻していたんです」
「失礼ですが・・ご両親は?」
「・・・・・・・本当に失礼ですよね?」
桜子が苛立った声を出した。
「なんでそんな事に答えなきゃいけないんですか?」
「あの女・・・・・・・彼女は未確認かもしれません」
あの女、と言って少し目を伏せると一条は言い直した。
桜子と会話をしてるというのに未だに一条の視線は俯いた五代へとじっと注がれている。
「それは一条さんだけが言ってるんじゃないですか?」
小さくため息をつくとそれだけ言って一旦言葉を切り、一条が自分の方を向くまで桜子はじっと待った。
やがて一条の視線が五代から桜子に移り正面から見つめる。
一条の視線から解き放たれて、五代の身体から力が抜けたのが桜子の目の端に映った。
「彼女が人間だと証明したいなら答えておいたほうが得だと思いますが?」
「その前に彼女が未確認生命体だという証拠でもあるんですか?」
「いいえ、だからこそ反対に人間であると証明しておいたほうがいいんじゃないですか?」
さらり、と一条に言われて桜子が言葉に詰まった。
二人の視線がぶつかる。
「B1号の人間体を見たのは自分だけですが、不思議な事に何度となく遭遇してるんですよ・・・・・・・・B1号の顔は、とても忘れる事などできやしません・・・・・」
「・・・・」
「私が始めて、この手で命を奪ったであろう相手ですから・・・・・」
「!!」
なんの感情も篭らない平坦な声が反ってその裏に潜む暗闇を感じさせて桜子の背筋を悪寒が走る。
「対未確認用に特別に造られた拳銃を使い、更に神経断裂弾という特殊な弾を使いました。未確認を殲滅する為に、人間が知恵を絞った最強の武器と言ってもいいでしょう」
一条の口元がふっ・・と歪む。
「神経断裂弾が身体に打ち込まれるとどういう風になるか知っていますか? 打ち込まれた弾丸は身体の中で第一回目の爆発を起こして、弾丸の中に仕込まれた無数に小さな弾を散らばせるんですよ・・・。身体の中に広がった弾丸は化学変化を起こしながら爆発を連鎖反応で繰り返していくんです・・・」
一条の瞳の奥に暗い炎が揺れている。
「・・しかし・・・それでも何発も何発も弾を打ち込まなければ倒せないんです・・・人間なら一発で即死なのに・・・・」
「・・一条さん」
「・・・・・本当のことを言えば死んだかどうかは判りません・・・・・・B1号は神経断裂弾を何発も打ち込んだのに笑っていました。そして・・・・自ら海に落ちたんです」


一条の記憶がフィードバックする。
豪雨の中、B1号に弾を放って。
笑いながら振り向いたB1号は最後になんと言ったのか。

「・・・・あの顔は・・いまでも脳裏に焼き付いてますよ。なんといっても最後まで笑っていたのですから・・・・・」


知らない間に二人にそんなやりとりがあったなんて。
桜子は無意識のうちに下唇を噛んでいた。

考えても見れば、一条はクウガを・・・つまり五代の手助けと言う形で射撃援護を行ってきた。
が、あくまでもそれは援護にしかすぎず命を奪うまでに至る事にはなかったのだろう。
それが、最後の最後に一対一で向かい合いその命を、己の手で奪ったのだ。
まして相手は人間体を、しかも女性の姿をしていたのだ。
いくら憎むべき未確認生命体とはいえどれだけ一条の精神に傷を付けたのだろうか。
ふと五代をみると俯いて表情はわからないものの、掛け布団を握り締めた手がどれだけ力を込めているのか白くなっている。

「そんな私が・・・・・・B1号を忘れると・・・見間違うとでも思いますか?」
「・・それは・・・・・・・」
一条の問いに、桜子は胸を詰まらせた。

「彼女は別人というにはあまりにも似すぎている」
「・・でも、それはあくまでも似ている、ということに過ぎないじゃないですか」
一条に気押されそうになりながらも桜子が口を開いた。
「似ているからっていう理由だけで彼女を未確認と決め付けるのはあまりにも馬鹿げています。第一一条さんの記憶のみが頼りなんてあまりにも非科学的すぎます」
「だからこそ、彼女がそうでないかを確かめるために科学的に調べましょう、といってるんです」
「それが彼女を傷つけることになるってなんで判らないんですか!?」
「もし人間と証明できるならそれが彼女の安全の保障にもなる」
声を張り上げてしまった桜子に対しあくまでも一条は冷静だ。
「今なら未だ任意と言う形を取れます。私の思い違いかもしれない・・・・・」
「・・・一条さん」
「それとも・・・未確認対策警備本部警部補として動いたほうがよろしいですか?」
一条は、容赦する気などまるでないのだろう。
五代と一緒のときの一条しかしらなかった桜子はその冷徹さに呆然となった。
「そんな・・・・・・・まるで『魔女裁判』じゃないですか・・・・・・」
「なんと言われても構いません。私の役目は一般の市民を護ることですから」
その言葉の裏に一条の五代を護ろうとする心を感じて桜子は胸が熱くなった。きっと、五代がクウガとして闘っているとき、 一条はずっとそう言いたかったに違いない。
「・・・・・・・・一条さんに其処までして頂かなくても大丈夫です」
だからこそ、そう返した五代の返事に桜子ですら目を見張った。
「五代君・・・・・・」
「一条さん、彼女は俺の婚約者です。・・・・・・彼女と俺はずっと一緒にいました。一条さんの知らない時間を俺たちは一緒 に過ごしてきたんです」
五代が真っ直ぐ一条を見詰めている。
「もし彼女が未確認だとして・・・・・・なにか被害が出たんですか? 死人が? それとも一条さんになにか危害を与えたん ですか?」
なんの抑揚もない五代の声が病室に静かに響く。五代の言葉に一条が目を見開いた。
「それは・・・・」
「なにも起きていないでしょう?」
五代が静かに笑う。
「大丈夫ですよ。もし何かあるとしたら一緒にいる俺が一番最初でしょう? それからでも遅くはないじゃないですか」
「馬鹿な事を言うな!!」
五代の言葉に真っ青になった一条が声を張り上げた。その声に篭る悲痛な響きに五代が一条の顔を凝視する。
「・・・そんな・・そんな馬鹿な事・・・・!!」
血の気が引き蒼白になっている一条を見詰め五代が一瞬泣きそうな顔をする。
「だから・・・・万が一ですよ! もし彼女が未確認だったら・・・・って」
おどけるように五代が言葉を繋いだが一条は強張った表情のままで言い放った。
「万が一でもそんな事は許さない。未確認ではないと納得できない限りは彼女の接近を許す事は出来ない」
「できないって・・・・」
「五代、君の身柄は・・・未確認対策本部の監視下に置かさせてもらう」
「一条さん!」
「君の安全の為だ」
桜子が非難を込めた声を上げても一条の視線は五代に固定されたまま揺るがない。それが五代を護ることになると信じているのだろう、一条の表情は決意に満ちていて誰の意見も聞かない、とでも言っているようだった。
それほどに、五代を失いたくないのか、と桜子は唇をかみ締めた。
記憶はないはずなのに、一条は五代がいなくなることを恐れている・・・・・・それは五代もわかっているのだろう、一条を悲しげな瞳で見詰めている。
「すまないが、判って欲しい。・・・・これ以上、万が一でも未確認による被害を出したくない・・・・」
「一条さん! 一寸待ってください!!」
それだけ言って五代達に背を向けた一条に思わず立ち上がった桜子は五代に引き止められた。腕をそっと掴む五代が小 さく首を横に振っている。
「失礼します」
「・・・・・一条さん」
部屋を出て行く間際、静かに五代が呼びかけた。一条の背中が一瞬強張る。
「・・・・・・・又・・明日来る」
それでも振り向かずに一言だけ小さく呟くと一条は病室を出て行ってしまった。



「・・・どうするの・・・・?」
一条が立ち去って、力が抜けてしまったのか溜息をついて桜子は椅子に座り込んだ。
「一条さん、本気だよ・・・・?」
「そうだね・・・」
一条が出て行ったドアを見詰めたまま五代が呟いた。
「記憶が・・ないんでしょ?」
「ん・・・そのはずなんだけど・・・・・・・ね」
一条の記憶をなくしたとき、五代はどんな気持ちがしたのだろう。
最愛の人から自分の記憶を抜き去るのはどれだけ辛かったのだろう。

――――――――――――― それでも、一条は記憶を完全にはなくしてはいなかったのだ。

それだけ、一条の胸に根付いている五代に対する思いは深いということだ。
嬉しいのだろうか、悲しいのだろうか。

「どうするの?」
五代が桜子を見て苦笑した。
「どっちにしろ、俺はしばらくココから動けないし・・・椿さんにはある程度話してあるから、検査結果もある程度ぼかして一条さんに話してもらえると思うんだ」
「うん」
そういって溜息を付いた五代が笑う。かつてのように、でも昔とは違う透明すぎる笑顔が桜子には辛かった。
「桜子さんには悪いんだけど・・・『ダグバ』の石の破片を・・・・・・」
「判っている」
石が揃ったら、封印されてしまうというのに何故五代はそんなに静かな笑顔ができるのだろう。本当ならばこんな事は手伝いたくなかった。五代をあの、冷たい石櫃の中に封印してしまう手伝いをしなければならないのかと思うと泣きたくなるほど辛い。
それでも、永遠に五代がこの世界からいなくなってしまうよりは、まだ生きているのだと思っていたいのだ。
いつか、きっとその封印が解けるときも来ると信じて。だからこそ、桜子は手伝うことにしたのだ。
なによりも、それを五代自身が望んでいるのだ。・・・・・嫌とは言えなかった。
「判ってる・・・・・」



椿は五代から聞いた話を考え直していた。
その話は荒唐無稽すぎて出来すぎた小説のようでもある。だが、馬鹿馬鹿しい。と一蹴できない事も気付いているのだ。事実、人類は未確認という想像もつかない生命体によって未曾有の攻撃を受けた。
『クウガ』の存在。『アマダム』と『ダグバ』の石の意味は。
かつて解剖したグロンギはその石を除いてほぼ人間と・・・いや、まるっきり人間と同じ構造をしていた。あの戦いの最中、一条がB1号から言われた、という言葉が不意に蘇った。
『リントもいずれグロンギと等しくなる ――――』
では、グロンギの姿が人間の進化した姿だというのか?
椿は激しく頭を降った。
いや、あの石はもう無い。それにグロンギは滅んでしまった。おそらく、レントゲンに写った五代の体の中にある石は『アマダム』ではなく『ダグバ』だろう。
でも、五代は『アマダム』が勝ったと言っていた。人間の進化は望まれてないと――――――――――――。
不意に椿の脚が止まった。なにかが、引っ掛かっている。
進化は望まれてない、と言った五代。
我々と同じになる、といったB1号。
腹に石を抱えただけのほぼ人間と同じだったグロンギ。


では、望まれてないのが、石を必要とした進化だったら?
クウガもグロンギもそれぞれの石を必要としていた。
そうではない、別の形・・・・?
精神科の塚本の顔がうかんだ。彼のレポート用紙に書いてあったことは。
「まさか・・・・」
椿は小さく呟いて机にあった電話を手にとった。





いやあ、久々の『氷』です。
個人誌の手直しにかかりっきりですのでなかなか進みませんが、
私なりに考えているクウガとしての戦いが終ってからの話ですので、
納得の行くように書きたいと思っております。
皆様、よろしければおつきあいくださいませ。

樹 志乃


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