氷の封印 第二章(4)





一人の男が小高い丘の上に立っていた。
振り向いたその瞳に浮かぶのは悲しみだろうか。
自分の運命を受け入れて、黙って静かに立つ彼のようになりたかった。

(――――――・・・・・・・・ゴメンナサイ)

胸の中の呟きが届いたのだろうか。
優しく微笑んで、『戦士』は五代に背を向けた。



目を開けると白い天井が写った。
見覚えのあるその場所は、そこが関東医大であることを悟らせた。
そっと、起き上がる。
手足を動かしてみて痛みはもう無かった。
砕け散った『アマダム』の代わりに五代の身体に封じられている『ダグバ』の石が五代の身体を驚異的なスピードで治し て、いや復元したのだろう。
「大事な器だもんな・・・・」
そっと起き上がると窓を開けた。
なにも変わらない平和な風景。
窓から下を見下ろすと小さな中庭のようになっていて、誰かの見舞いにきているのだろうか、子供達が笑い声を上げていた。
ふっ・・・、と目を細めて五代は部屋を抜け出した。



「こら、誰が起きていい、っていった」
ベンチに座って、辺りをボンヤリと眺めていた五代が隣に立つ人物を見上げる。
「もういいのか?」
聞きたい事も、言いたい事もあるだろう。
それなのになにも言わずに只黙ってくれる椿をありがたいと思う。
人間とは、まったくかけ離れてしまった自分をそれでも普通に接してくれて。
なのに、自分の方が椿達とは隔たりを感じてしまっているのだ。
「椿さん・・・・・」
五代が名を呼ぶと小さく笑って隣に立つ。
同じ方向を向き、五代が今見つめていた風景を見る。
「・・・・・とりあえず、元気になったようだな」
「ええ」
「・・・・聞きたいことは色々あるんだが」
「でしょうねぇ」
椿が頭をポリポリかいた。
「とりあえず、一つだけ確認しておきたい事があるんだが」
椿の問いに、五代が黙って顔を向けた。
「・・・・・一条の、記憶がないのは・・・・・・お前のせいなのか?」
椿の目に浮かぶのは怒りではなく悲しみだ。
それは、どちらに抱いている感情なのだろうか。
「・・・・・一条さんには、幸せになってもらいたいんです」
目を逸らさずに、言う。
それは五代の正直な気持ちだった。
他の誰かなんてどうなってもいい、一条だけ幸せであるならば今の自分に耐えらなれないことはない。
「五代・・・・・・」
ベンチから立ち上がって2,3歩前に出た。
自分の選んだ道が良かったのかどうかなんてわからない、それでも。
「五代・・お前、何があったんだ」
ゆっくりと振り向く。
「ね、椿さん」
「・・・・・ん?」
「この地球上で一番強い動物ってなんだか判ります?」
突拍子もない五代の質問に、椿が眉間に皺を寄せた。
話の流れが掴めず、五代の意図もわからない。
それでも、その瞳に浮かぶ色は椿に茶化す事を許さなかった。
「強いって・・・・、『百獣の王』って言うぐらいだから・・・・・ライオンとか・・・・いや・・・でも、生物だろ?」
突然すぎて、考えが纏められずに呟く椿に五代が笑いかけた。
「違うよ、椿さん。一番強いのは『人間』だよ」
「・・・人間?」
「そう」
五代が再び前を向く。
「人間と動物の違いって、何だと思う?」
「違い・・・って」
「考える事、創造する事・・・だよ」
「創造って・・モノをつくり出すことか」
椿の答えに五代は頷いた。
「この世界はバランスでなりたっているんだ。どの生物にも必ず『天敵』がいて増えすぎず減らしすぎず存在してバランスを保っている」
「天敵?」
「そう、そしてこの『天敵』の存在が、相対する生物の『進化』を促すんだ」
「・・・・・」
「さて、問題です」
五代が椿を振り返った。
「人間の天敵って、なんだと思います?」
「人間の・・・天敵?」
五代が頷いた。
「・・・天敵って・・・ウイルス・・とか・・・・」
五代はただ黙って椿を見ている。
そして、その五代の表情から椿は不意に閃いた。
「まさか・・・・天敵って・・・・・・・・『未確認生命体』なのか!?」
「・・・そう、人間の進化の為に生み出されたのが『グロンギ』である・・・奴らだったんだ」



―――――――――― 人間は多くなりすぎた。
電車の手すりに掴まる桜子の頭の中に昨日の会話が蘇る。

「どの生物にも存在する『天敵』という存在がなかったのが原因かもしれない。かつて人間が迎えた一回目の『進化』・・・知能の『進化』は素晴らしかった。彼等の存在を脅かすウィルスは存在できなくなり・・・・・寿命すらも伸ばしはじめて」
「・・・・・」
「おかげで、この地球上の生態系のバランスが崩れ始めたほどだ」
「バランス?」
「そうだ。一つの種族のずば抜けた進化は望まれては居ない。だからこそ彼等、グロンギ、という存在が生まれた。人間、 と言う種族を減らしすぎず増やしすぎず・・この地球上で他の生物と共存していくために」
「人間を・・・って、一体誰がそんな・・・・・!」
桜子はハッ・・として口を噤んだ。
一瞬頭に浮かんだ考えを振り払うように首を振る。
「・・・・・・・・もともとグロンギである奴等に生殖能力はないし、その数も極端に少ない」
「・・・それで?」
「ただ彼等には捕食能力があって取り込んだ生物の能力を自分のものにすることができる。いろんな生物の能力を持ったものがいただろう?」
桜子は黙って頷いた。
「それともうひとつ。彼等とリントの違いは、彼等が眠りにつくという事だ」
「ねむり・・・?」
「そうだ。『戦士』の棺を発見したのならわかるだろう。彼は死んでいたのではない。只眠っていただだけだということを。彼等は極端に数が少ないし繁殖能力もないけれど、その分長く生きるのだ。そうして、不思議な事に人間が増えすぎた頃にグロンギは復活する」
「・・・・・・・・・・今、彼等と言ったわね」
「・・・ああ」
「それって・・・・『戦士』のことも含んでいるわけ?」
「ああ」
「じゃあ・・・・『戦士』って・・・・・」
「そう、彼は・・・元はグロンギだった」
桜子は言葉を失った。


彼等は定期的な間隔で目覚めては人間の『間引き』を行った。
そして再び眠りにつく、というサイクルを繰り返していたという。
だが、ある時を境にしてグロンギの残虐性と殺傷能力が一段とが高まった。
原因は突然変異体である第0号の誕生。
同時に『戦士』が『クウガ』としてリント側へ寝返った。


「あの、『アマダム』と言う石とは反対の意味を持つ石が『ダグバ』の石だ」
桜子は声もなく話を聞いていた。
「『アマダム』は維持を、『ダグバ』は進化を意味する」
「進・・・・化・・・・・?」
「進化には2種類ある」
「・・・・・・」
「一つは生物自体の遺伝子に定められている決められた進化。もう一つは自分の命を脅かす外的要因にであったとき」
「・・・・! まさか・・・・・」
「生物は自分の命を護る為に進化をせざるをえなくなる」
「なにが・・・・・いいたいの?」
「突然変異体である0号の誕生。それは人が次の進化の段階に来た事を示している」



「でもね、今の段階で人が進化をするには早すぎたんですよ」
「五代・・・・・」
「傲慢な言い方とか思わないで下さいね? 人が『クウガ』を受け入れられなかったということはそういうことなんです。現に戦いでは『アマダム』であるクウガが勝利を収めた。・・・・・・人の進化は今は望まれていない、と言うことです」
「望まれて・・・って」
呆然としている椿を五代が笑いながら振り返った。
「運命に・・・・とか・・・地球に、とでも言えばいいんですかねぇ」
今度こそ、椿は言葉を失った。
「『アマダム』や『ダグバ』の石って、本当は石じゃないってことぐらい、椿さんは知ってたんでしょ?」
「!!」
椿の表情が硬くなった。
その考えは最初に五代を診察したときから考えていたことだった。
『アマダム』から伸びている五代の身体を覆い尽くしている神経は、形は違えどその造りは人間の神経となんら変わるところがない。
寄生する能力をもつその石が、宿主である彼等を護るために神経を張り巡らし作り変えていったのだとしたら。
五代が強くなっていったのは、只単に石が自分の命を護るためだけであったのかも知れない。
だとしたら。
なぜ、そんな石が存在するのか。
「・・・・・・・・・一条さんの額に埋まっている『アマダム』は、あれぐらいだったら何の害も及ぼしません・・・・反対にアレは一条さんを護ってるんです」
「護ってるって・・・・」
「記憶を取り戻したら・・・彼の心が耐えられないから」
「!」
「一条さんは・・・・今のままで居る事が幸せなんです」



話が終った後、桜子は突然突きつけられた真実に半ば呆然としていた。
それでも、五代が自分に何を望んだか確認するために聞かなければならないことがあった。
「いくつか、確認していいかしら」
「・・・・・・なんだ」
「いま、五代くんの身体にあるのは『アマダム』ではなくて『ダグバ』の石だといったでしょ?」
「・・・・・・」
「何故なの?」
「・・・・・・・最後の戦いにおいて、あの御方は二つの石をぶつけてどちらも消滅させるつもりでいたのだ」
「消滅・・・・・」
「しかし、出来なかった。・・・・・あの御方は己の愛しい人を護るためにアマダムの破片を飛ばさなければならなかったのだ」
「!」
桜子にはそれが誰のことか直ぐにわかった。
一条・・・のことだ。
「僅かにその質量を減らした『アマダム』では『ダグバ』の石を砕くことしか出来なかった。砕かれた『ダグバ』の石は全国に散らばってしまった。このままでは何時第2、第3の『ダグバ』が誕生してしまう」
「・・・・」
「砕かれた破片のうち3つは取り込むことが出来た。だか、残り4つが散らばってしまった」
「取り込むって・・・・・五代君の身体に・・・ってことよね」
「そうだ」
桜子はきつく目を閉じた。
「残りは・・・・4つ?」
「そうだ。私ならそれを探知できる。だが・・・ふれることが出来ない」
「ふれる事が出来ないの?」
「・・・・ふれると消滅してしまう。だから、貴方に手伝ってもらいたい」
手伝うのは構わない。
五代がそう望むなら。
でも、身体に取り込んだ後はどうなるというのだろう。
そんな桜子の心の内が読めたのか。
「・・・・全てを取り込んだ後・・・・あの御方は再び眠りにつかれることになる」
「眠りに!?」
「そうだ・・・『ダグバ』の器として・・・・・封印される」
「いやよ!」
桜子が叫んだ。
「そんな事に協力なんか出来ないわ!!」
「だったら、あの御方が死ぬまでだ」
「!!」
「あの御方は・・・・『ダグバ』の石で命を繋いでいるような物。身体の中の『ダグバ』の石が不完全なままだったら・・・・体の 方が耐えられなくなってしまう」
「うそ・・・・」
「それに、全国に散らばった石から新たなダグバが誕生してしまう。そうしたら・・・今度はどうやって戦うと思う?」
「!」
「あの御方が命をかけてまで護ったこの世界が滅びていくのを見るのは・・・・どんな気持ちがされるのだろう」
「そんな・・・・」
「『アマダム』は・・・・・もう無い。あの御方は変身する事も出来ないが、対抗できる術は知っているから・・・・・・もし、万が一 そうなってしまったら・・・・・自ら戦いへと赴いていくだろう」
桜子は頭を抱えて首を振った。
どっちにしろ、自分のすることは五代のこの世から消滅させることには違いない。
そんな事には手を貸せない。
貸せないのに。
「もとより、あの御方は貴方に無理強いなどしない。嫌ならば嫌と言えばいい」
「・・・そうしたら・・・・私の記憶も消すんでしょう・・・・?」
「・・・・・・皆には、今までの事を忘れて幸せになって欲しい・・・それがあの御方の一番の望みだ」
きつく目を瞑る。
心が引き裂かれそうだった。



「おまえはそれでいいのか?」
「・・・俺ね、一条さんが幸せなら、それだけで良いんです」
自嘲した笑み。
「ヒドイでしょ?・・・とても正義を護るヒーローじゃないよねぇ・・・・・・・・」
椿が五代の側により背中に手を廻した。
寄りかかるように五代がもたれかかる。
「・・・奪ったのは・・・・一条の記憶だけ、か?」
椿の言葉に一瞬身体を強張らせた五代が、自分よりほんの少し背の高い椿を見上げた。
「まだ・・・おやっさんと・・奈々ちゃんだけ。あんまり記憶を完全に無くしても・・・矛盾が出ちゃうんだよね・・・・」
「そうか」
「みのりの所にも、最初に行ったんだ・・・・でも、出来なかった」
「・・・そうか」
「一人ぼっちにしないで欲しいって・・・・・・記憶すらも奪って自分を一人にしないでって」
「・・・・・・・・そうか」
五代の肩に廻された椿の手に力が篭る。
この、五代の細い肩に、なぜこんなにも重いものが乗せられてしまったのだろう。
「・・・一条も・・・そう思うと・・・思わないか?」
「・・・・・だから、俺はひどいんですよ・・・・一条さんが苦しむと思ったら・・・俺は何もかもほっぽりだして側にいたくなっちゃう んですもん」
「五代・・・・・」
「たとえ誰が死んだって・・・傷ついたって・・・・・どこかに2人だけでいってしまって・・・・・」
そう言って微笑む五代の顔は殉教者の顔になっている。
もう、誰も引き止められないだろう。
「でも、それじゃ・・・一条さんが悲しむでしょ? そんなことをしたら・・・・・・きっと後悔するから」
なにもかも忘れて幸せになって。
祈るように呟いた五代の囁きが、確かに椿に届いたとき。

「椿!!」

「・・・・・・一条?」
振り向いた椿の目に、走ってきたのか肩で息をする一条の姿があった。




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