泉枯れ果てしとき… 《一》


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成田空港

早朝ともなれば人はまだ少ない。本当は朝は避けたかったが夜は意外に人が多いので安全の面 を考えたら朝を選ぶしかなかった。
自分が予約した便の搭乗時間がそろそろ表示されるころだ。
父親が愛した山をいつか見に行こうと思っていた。父の顔は記憶の中薄れてしまったけれど、 その写真に向けて語った父の言葉はなぜか一言一句覚えている。

掲示板が変わった。どうやら到着したらしい。
あと30分、搭乗時間までにはたして間に合うだろうか。

――――― 椿さん、ちゃんと判ってくれたかな・・・・・

残してきたメッセージをきちんと伝えてくれたろうか?

溜息をつく。
目を閉じて俯き椅子に深く座りなおした。

足音が響く。
一人、二人、・・・・・もっとだ。
雄介の鋭くなった聴覚が音を拾う。

顔を上げて、・・・・・ひっそりと笑う。
ゆっくりと椅子から立ち上がり雄介は待っていた人物の名前を呟いた。


(1)


あれも、確かに俺だといったら、美しいあの人は眉をひそめるのだろうか・・・・・。
目を閉じると瞼の裏に浮かぶ黒いクウガ。・・・・・きっと、俺は強くなれる。この気持を、愛し いと想う心を、明け渡してしまえば。

ときどき俺を襲う不思議な感覚。音が全て消え去って、時間も消えて、全ての人がきえて、俺 のなかから感情も消えて、目の前の存在がただの肉の塊にしか見えなくなるときがある。

それはこの頃現れるようになって―――――――――――・・・・・

サメ種怪人が倒されてから未確認はナリを潜めた。
0号は姿を表さず、仮初めの平和が続いていた。人々は恐怖の記憶を薄れさせ、反対に警察は 途切れない緊張に疲れはじめていた。

最初はのら犬だった。
・・・・・・・・野犬が消えた。次はペットになった。・・・・・・・・・・・・・・行方不明になる。
警察は0号の行方に躍起になっていて、民間からの苦情は相手にしていなかった。

たとえ、その行方不明になったペット達が、ミンチの様な惨殺死体で見付かっても。

闇は少しずつ蝕んでいた。緩慢な死が彼を覆い尽くそうとしているのに、誰も気付いてはいな かったのだ。

駅の改札口をでる。眠らない町、新宿。こんな場所を一条が訪れるのは久しぶりだった。
『今日、空いてるか?』
椿からの誘いを一条は断らなかった。椿の声が深刻な響きを帯びていたこともあったし、一条 の方にも椿に相談したいことがあったから。

「珍しいな、こんな繁華街に呼び出すとは・・・」
いつもは静かで落ちつける所でしか会わないのだが、なにを思ってこんな、雑然とした新宿の 繁華街を選んだのか。
「んー」
手をヒラヒラとさせると顎で隣りの席を進める。
「なにかあったのか」
一条の問いかけに椿が一寸考え込んだあと、口を開いた。
「・・・・・、お前、つい最近五代と、会ったか?」
「椿・・・・」
とっさに、返事がかえせなかった。それこそが、一条を悩ませていることだったから。
「五代な、定期検診にこねえんだよ」
確かに今未確認は出ていない。だからこそ、今の五代の身体を調べる必要があるのだ。
もし、平和になっても、ベルトが外れなかった時の五代の体に与える影響を知らなければなら ないから。
「・・・・俺もこの頃会っていない」
一条のセリフに椿は眉を潜めた。
「昼はポレポレで働いている。・・・俺も仕事があるし、再び未確認がでたら、あいつを呼び 出さなければと想うとできるだけ、普通の生活を送らせてやりたいと思ってる」
「・・・・」
「夜は電話してもいない・・・。おやっさんは冒険資金を貯めにバイトをてるんじゃないかっ ていってるが、もしかして、俺は避けられているのかもな・・・」
自嘲気味に笑う。心あたりなら山ほどある。彼を一人で戦わせていること、辛い思いをさせて いる事。どうあっても償いきれないことをさせている自覚がある。
「なら、会いにいくか」
「え?」
「俺も確かめたわけじゃないんだが、ココらへんに五代がいるらしいんだ」
「五代が・・・?」
あの太陽が輝くような笑顔で笑う青年が、この夜の街にいるというのだろうか。
椿は一条の返事を待たず札をカウンターに置くと立ち上がった。
「正確にはここじゃないけど」
一条も後を追って店を出る。ドンドンと歩く椿の行く先に思い当たる場所があり一条は眉を潜 めた。
「おい、本当にこんなところに五代がいるのか?」
椿が足を踏み入れたのは新宿二丁目。
「ってえことは一応ここがどんな場所が知ってんだな」
「・・・・おまえ、俺は刑事だぞ・・・」
「そういやそうだなぁ、知らなきゃ変か」
男が男を求めてくる街。どうりで自分達に纏い付く視線が違ってきたはずだと一条は軽く溜息 をつく。
スーツの自分とカジュアルな椿の組み合わせではさぞかし目立つだろう。その手の対象として 見られるならともかく、もしかしたら恋人同士なんて思われているかもしれない。
「・・・俺が見た訳じゃないんだ。医師仲間でな、ここに出入りしてる奴がいるんだよ」
「で?」
「そいつがな、ここで五代をみたんだと」
「・・・・・なんで、五代ってわかる」
「好みのタイプだったんだって。ここで見掛けて、ラッキーってなもんで声をかけたら相手が 出てきて振られちまったんだと」
「・・・・それが?」
椿は一寸言いよどみ、言葉を続けた。
「・・・・相手がなあ、ちょっとその界隈で有名な奴だったんでそいつが俺にご注進にきて な・・・・」
「なにが有名なんだ」
「う〜ん・・・・、ま、おまえは知らんでいい」
椿の言葉に黙り込む。あの、病院で、己の知らない人物が五代をそういう目で見ている人物が いると思うとなにやら腹立たしくなってくる。
ふと、椿の足がとまる。
「・・・・一条」
椿があごで杓った先に・・・・・・一条の視線がくぎ付けになる。

どこかの店のドアの前に寄りかかっている青年は、紛れもなく雄介だった。
白いザックリと編まれたセーター。V字の襟元から除く鎖骨や、少し大きいのだろうか。多少 だぶつきがちなセーターが五代をほっそりと見せている。
わざと破り目を入れているのだろう、ジーンズから除く素肌が驚くほど艶かしく感じさせる。
そして、その表情も一条の記憶の中の五代とあまりにも違っていて、ただ見つめるしかなかっ た。記憶の中で五代はいつも笑っていたのに、今のその表情は。
「・・・・・一条」
「あ、ああ」
とりあえず話をしないといけないだろう、なんなら病院に連れて行っていまから検査してもい い、と椿が言う。
一条が一歩足を踏み出したとき雄介が顔を上げた。
男が近寄ってきた。雄介の傍までくると慣れなれしく腰に手を回す。そのまま抱き寄せ首筋に 唇を寄せる光景を目の当たりにしたとき、一条は椿が止める間もなく飛び出していた。
そのまま男に近寄り引き剥がすと雄介を自分の背に隠してしまう。
「・・なんだぁ、てめえは?」
あっけにとられている雄介は突然の展開に言葉が出ないようだ。
「こいつは俺の連れだ」
「何言ってんだよ。俺が先だろ!」
自分より一回りも小さく、ましてやその端正な顔立ちやスーツ姿は一条を優男にみせたのだろ う、胸倉をつかみ上げて。
「った!!!!!」
反対にねじ伏せられる。
「ずいぶん乱暴だな」
冷静な一条の声。自分より小さな男に押さえつけら信じられないといった顔つきをしたが激痛 に教われ瞬時に表情を歪める。あまりの痛みに声もでないようだ。一条の方もまるっきり手加 減というものを忘れているらしい。ミシミシ・・・といやな音が聞こえてくる。
「・・ちょ、ちょっと一条さんてば!! 離してくださいって!!」
慌てて雄介が止めに入る。
「一条!」
椿があわてて引きはがす。
「椿さん!」
漸く一条を引き剥がすと椿は男と向かい合った。
「悪いな、先約なんだ」
肩をおさえつつ男が雄介を見る。
「・・・・ごめん。終わったら電話する」
一条の後ろから雄介が声を掛けた。納得はしていないようだったが二人相手では自分が不利と 悟ったのだろう、しぶしぶ頷くと踵を返して男は立ち去った。完全に男が立ち去ったのを確認 すると一条は雄介に向き直った。
「で、一条さんと椿さんは何でこんなとこにいるんです?」
のほほんとした雄介の台詞に出鼻を挫かれ一条が言葉に詰まる。雄介はいつもと変わる事のな い態度で一条達を見ている。
「・・・おまえは、なんでこんなところにいるんだ」
「なんでって、見て判りません?相手を探しにきたんですけど」
「相手って・・・」
「ああ、んー・・・・、できれば言わないほうがいいかなって思ってたんですけど、もう、ばれ ちゃいましたもんね。俺ってバイなんです」
あまりにもあっけらかんとした雄介に一条は言葉が出ない。
「バイ?」
「そ、男も女もOKってことです。いまは、男の方がいいってかんじかなぁ」
「なら、俺なんてどうよ?」
「椿!!」
とんでもない台詞に一条がギョッとして叫ぶ。
「ははは、安心して下さいって、一条さん。二人とも俺のタイプじゃないですから」
あっけらかんと椿の言葉を切り返す。
「最初っから二人をそんな目で見たことないし。・・・・これからもありません」
雄介の台詞に、何故か一条は傷ついた気分になる。
なにを傷つくことがあるだろうか、自分だって五代をそんな目で見たことはない。気持ち悪い か?いや、そんなことはない。五代は五代だ。同性をそういった対象で見たことはないが人そ れぞれだ。そんなもので差別するつもりはない。
「それにしてもどうして?」
「おまえが定期検診にこないから迎えにきたんだ」
「迎えって・・・・」
「全然連絡がとれないし」
「ポレポレに連絡してくれればいいのに」
「おやっさんはバイトじゃないかっていってたらしいぞ?」
「連絡をとりたいって言えば教えてくれますよ。俺、いつも連絡場所知らせてますもん」
「・・・知ってるのか?」
「別に隠してませんよ?」
「随分さばけた人だな」
「あの人も世界を回っていろんな人を知ってますから」
「・・・なぜ、検診にこなかった?」
椿と雄介の会話に一条が割って入る。
「だって、ここのところ未確認出ていないし、別に体に異常はありませんでしたから・・・・」
「それは君が判断することじゃない」
「・・・自分の体は自分が一番良く知っています」
「それはどうかな? 君は嘘をつく」
「一条」
「・・・・なにが言いたいんです?」
雄介から表情が消える。
「俺がここにいたことが気に入らないんですか? それとも黙っていた事? ・・・男とセック スするのが好きって事を黙ってたことですか?」
「五代!!」
「俺の自由になる時間ぐらい俺が好きなことしたっていいじゃないですか。俺はクウガになっ たかもしれないけれど、俺だって欲求ってもんがあるんですから」
「別にそんなことはどうだっていい。連絡をすぐ取れるようにしておいてほしいだけだ」
冷たい一条の対応に雄介が一瞬息を飲む。瞳が揺らいでいる。そんな雄介の様子をみて何故か 一条は優越感を覚えた。
何故こんなに冷たく出来るのだろう。何故こんなに胸がざわつく? 何故こんなに苛立ちを抑 えきれない?何故こんなに・・・!
黙ってしまった一条の肩を椿が叩く。
「ともかく、明日は検診に来れるんだろうな・・・。五代・・・」
「・・・・・何時になるか、判りませんけれど」
「待ってるから。・・・・おまえのことを心配してるんだ」
椿の言葉にも雄介は振り向かなかった。ただ頷いただけだった。
「いくぞ、・・・一条」
椿に促されて一条は歩き出した。最後に振り返ったが雄介はそこに同じ様に佇んでいた。
――――― なにも、声を掛けられなかった。


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