泉枯れ果てしとき… 《四》







皆にさよならを告げよう

「冒険に行く」って、言おう。皆にはそう思っていて欲しいから。
人の為とはいっても、俺のしてきたことは所詮「暴力」を振るって「殺人」をしてきたことに は違いない。
この方法でしか解決できないことだった、そうしなければ、俺の大切な人達が殺されてしまっ ていたかも知れないんだ。
どうしようもないことだった。
と自分に言い聞かせて。
けれど、俺の、この「拳」で「足」で、未確認の命を奪ってきたのは間違いなくて。
それは、未確認が人間の命を奪ってきた行為といったいどれだけ何が違うというんだろう?
大切なモノを護りたい一心で、ただひたすら強くなってきたけど、
すでに、人間で亡くなってしまった俺は、0号と戦って、
その後、どこへいくのだろうか。


保育園にいく。
一人一人の顔を覚えていこう。
この子達には、この世界が平和になったら、4号のことを忘れてしまってほしい。
自分達のことを護ってくれた人がいた、ということだけ、覚えていてくれたら嬉しい。
なにか、問題にぶちあたっても、皆で助け合って「道」を切り開いていくんだ。
その手は、振り上げるモノでなく、なにかを抱きとめられる手になって欲しい。


榎田さん、今まで本当にありがとう。
こんなことを言ったら怒られるかな? 榎田さんを見ていると母さんを思い出して
嬉しかった。この闘いを最後にきっとあなたを開放して、ただの「お母さん」にもどしてあげ る。


ポレポレに戻って。
おやっさん、ありがとう。みのりのこと、お願いします。
父が死んで、母を残して逝ってしまったように、俺はみのりを置いて逝く。
血の繋がりのない俺達にたくさんの愛情を注いでくれてありがとう。
できれば、みのりの結婚式には、父親になって、俺のかわりにみのりの幸せを確認してね。


奈々ちゃん、俺のこと思ってくれてありがとう。
でも、俺のことは思い出にして?
いつか本当に愛する人ができた時、
昔好きな人がいたんだと、時折、笑って思い出してくれるだけでいいから。


そうやって、最後まで笑ってくれたみのり。
いつもいつも、みのりがいたから俺はここへと帰ってこれた。
この世でたった一人の俺と同じ血を持つ妹。
今度はもう帰れなくって、みのりを独りにしてしまうけど、
もう、二度と帰れない旅に出てしまうんだけれど、幸せになってね。


雨の中、桜子さんと向かい合う。
いつも導いてくれてありがとう。
桜子さんの手助けがなかったら、俺はここまでこれなかったよ。
それに、桜子さんがいなかったら、俺は一条さんに会えなかった。
いつも、俺のことを理解してくれて、俺を導いてくれて、ありがとう。



「お前は知っていたんだな」
椿さんの声は掠れていて、窓を叩きつける激しい雨の音に消されてしまいそうだった。
「そうだよな、自分の身体なんだから・・・・・」
「この闘いが済んだら、冒険に行こうと思っています」
俺の言葉に、顔をあげる。
「その前に、もう一度寄ります」
「・・・・・・ああ」
椿さん、あなたってば、俺の身体の事、俺よりよく知ってたんだよ?
最後くらい自分の事は自分で知っていなくっちゃね。
この世で俺を診察できる、たった一人の俺の主治医さん。

いってきます





雪の中、向かい合って立つ。
とうとう、こんな所まできちゃいましたね、俺達。
あなたに俺の思いを告げる事はないけれど、告げる事のないまま終わってしまうけど。
これだけは知っておいてほしい。
「俺、後悔していませんよ? ・・・だって、一条さんに会えたから」
「五代・・・・」
あなたがそうやって呼んでくれるから。
「椿さんに聞いたんですけど、やっぱり石はひび割れたままですって」
人を愛しい、と思ったまま最後の闘いに向かって行ける。
「だから、狙うならココをお願いします」
酷い事をいってるね? 酷い事を頼んでいるよね?
でも、きっとあなたはそうしてくれる。そんな、あなただから好きになった。
「みていてください、俺の、最後の、変身」
背中を向け変身する。
俺、最後まで、笑えていたよね・・・・・?
全てが黒く変わる。
そのまま、歩き出せば背中にあなたの視線を感じる。
でも、もう見えないから、笑わなくても、いいよね・・・・?


何時の間にか俺は走っていた。

本当は
一緒にいたい! ずっと一緒にいたい!!
好き、好き。
あなたと別れてこうして、俺は「人」でなくなっていくけれど
一条さん、本当に、何もかも放り出してあなたと何処かに行ってしまいたいよ!!!!!

でも、でも、でも!
そんな思いを上回ってなお、一条さんに笑っていてもらいたいから、幸せでいて欲しいから、

この世界をまもってみせる。



目の前に0号が立っていた。

「なれたんだね・・・・、究極の力を手にいれられたんだ」
嬉しそうに笑う0号を前に不思議と憎しみは湧かなかった。
「待ってたよ、さあ、僕に見せて。・・・・君の究極の力」
俺は拳を振り上げた。


何時までこうして、闘えばいいのだろう。
互角になった力は、なかなか互いに致命的な傷を与えられなくて、自分たちの周りの真っ白な 雪は
血飛沫にで赤く染められていく。
そして、俺の渾身の渾身の攻撃が0号に致命的な傷を与える事ができたらしい。
0号のアマダムはひび割れていた。
変身がとけ、少年がスローモーションを見ているかのように、仰向けに雪の中に倒れていっ た。
「・・・・・・グゥウ!!」
力が抜けたら、胃の底から、一気にこみ上げてくるものがあって、
俺は蹲って吐き出した。
雪が真っ赤に染まる。
「あ、・・・・変身が解けてる・・・・」
もう、俺の中の砕かれた石に、変身を保つ力は残っていなかったらしい。
俺の身体を回復させるほうが先だってことに気付いたのかな・・・・・
俺の身体に回復の手を伸ばしたのが判る。急激な回復では、かえって俺の身体が持たないと 知っているのか、
緩やかに、でも確かに回復へと向かっている。
・・・・・・・・もう、回復なんて、しないでもいいのに・・・・・・
「・・・・・・ぅ・・・」
小さなうめき声が聞こえ、顔を向けた。
ああ、まだ、生きている。
俺は、雪の中を四つんばいでのまま0号の元に雪を掻き分けて進んでいく。
もう、立つ力なんて、ない。
傍らによって、ソレを見れば完全に砕けていた。
きっと、回復するちからすら出ないほど、俺は完全に意思を砕いたんだ・・・・・・
だって、身体の下の雪が見る見る間に真っ赤になっていく。
いまなら、彼は「普通の人間」と同じなんだ・・・・・・
ゆっくりと0号の目が開き、俺を見た。
ああ、そうだね、俺は最後まで責任を持たなくっちゃ。
「あの時」のように、置き去りになんか、しないよ?

ゆっくりと、横たわる0号の上に跨る。
「・・・・・」
俺をみて嬉しそうに笑う0号の口から漏れた言葉はグロンギの言葉で、きっと、誰かの名前だね。
震えるてを伸ばして、そっと、
目の前の細い首にまわす。
0号は抵抗もせずに俺を、じっと見ている。微笑みすら浮かべて。
「・・・・・・・」
だんだんと、指に力をこめる。指先の感じる脈動は間違いなく彼が生きている証で・・・・・・
俺は、命を奪おうとしていて。
気が付くと0号の顔の上にポタポタと水滴が落ちていた。
目の前がぼやけて見えないって事は・・・・・俺の涙だな・・・・・
首をしめているのは俺なのに、なんで、こんなに頭が痛いんだろう、ガンガンして、とまらない。
「・・・ゥ・・・・、ぁぁ・・・・」
これが俺の最後の、
もう、何も見えなくて



ふと、獣の咆哮が聞こえたような気がして、一条は顔を上げた。
胸の張り裂けそうな、その悲しい叫び声は、長く響いて雪に溶けた。
「・・・・・・五代・・・・・?」
妙な胸騒ぎがして一条は雪を掻き分けて進んだ。
行かなければ、そんな思いが胸に渦を巻いていた。
こんなに寒いのに、防寒具の下は汗をかくほどだ。
只ひたすら雪を掻き分けて進み、不意に、ポッカリと広い空間にでて、一条は凍りついた。
真っ白な雪の中に咲いた真っ赤な花とその中心に横たわる人物。
ギクシャクとする手足に叱咤しつつ転げるようにそばまで寄ってみれば、横たわっていたのは 五代ではなかった。
ふと、力が抜ける。
「こいつが、・・・・・0号か・・・?」
それ以外は考えられまい。
では五代はどこにいったのだろうか・・・・・見下ろせば、0号は微笑みすら浮かべて眠っているよ うだった。
ふとかがみ込み頤に手を当てる。
やっぱり。
「砕けている・・・・・」
誰に聞かれるわけでもないのに小声で呟く。


0号は、微笑んでいて、まるで寝ているようだった。



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