泉枯れ果てしとき… 《五》







「椿さん」


一日の仕事を終え、椿は帰り支度を始めた。上着を脱ぎ椅子にかけ、ため息をついた。
ふと、窓をみれば、いくつもの筋が後から後から流れてくる。
五代が東京をでていってからずっと雨は降りっぱなしだった。
まるで、空も泣いているようだと、ため息をつく
「?」
カタリ・・・・・・と、かすかに物音がしした気がして椿は振り向き、目を見張った。
グッショリと塗れた五代が、申し訳なさそうにドアのところに立っていたから。

「椿さん・・・・ごめんなさい、こんな遅くに・・・・」
そのありさまは酷いものだった。
洋服はボロボロに破れ、血にそまっている。半端じゃない血の量だ。良く見れば顔色も蒼白に なっている。
「何言ってるんだ!!」
「動かないで」
そばに寄ろうととして止められた。
「な、にをいってるんだ、治療しなけりゃ・・・・」
「いらないんです」
「・・・・え?」
「治療なんていらないんです」
洋服の裾を持ち上げて傷を、いや、傷だったものを椿の眼前に晒した。
「な・・・・・・」
傷は、椿の前で傷であったものが傷でなくなっていく。ものすごい勢いで肉が盛り上り塞がっ ていくのだ。
治癒能力が早いのは知っていたけれどここまでではなかった。
その人間離れした能力に、いや、すでに人間ではありえない能力に椿は生唾を飲み下した
「ね、大丈夫でしょう」
「ご・・・・・だ、」
「ね、椿さん。全て終わったんです。だから、俺最後の挨拶に来たんです」
「ごだ、い」
「俺、明日の朝一の飛行機で発ちます。多分、二度と帰ってきません」
「まて、身体は、本当に平気なのか」
イカセテハナラナイ
「今見たじゃないですか」
笑う五代を見て椿の中の何かが激しく警鐘を鳴らす。
「しかし」
「椿さんてば、本当に心配性なんだから」
「それに、そんな格好じゃ、ああそうだ。良くそんな格好でココまでこれたな」
「・・・・ゴウラムが」
「え・・・・・?」
椿が聞き返しても、ただ五代は笑っていた。
「ともかく、何か着替え持ってくるから、待ってるんだぞ!!」
部屋を飛び出してロッカーから適当な洋服をあさり取って返す。思いっきり走って看護婦に怒 られたが気にしない。
部屋に戻ってみれば ―――――――――― やはり五代はいなかった。
残っていたものは、血に塗れて、ボロボロになった、かつて上着と呼ばれていたただのボロキ レだった。
手にとってみて見れば、いまだに血に塗れてシットリとしている。
その洋服の変わり様は闘いの激しさを表していて椿は眉間に皺を寄せた。
「何故、来たんだ・・・・・」
最後の挨拶に? ソレもあったかもしれないが、それだけじゃなかった筈だ。
五代は椿に何かを言いにきたのだ。
なんだ
残された物は・・・・・・・・
「ま、さか・・・・・・?」
残された、上着を見る。
椿はもう一度椅子にかけた白衣を取り、上着を持ったまま部屋を飛び出した。




あれからどれだけ探しても、五代の姿は見つけられなかった。
「0号の死体は確認したんですが・・・・・」
『五代君は見つからないのか?』
五代の置いていったBTCSで本部の杉田と連絡をとる。
雪が酷くて、一人ではこれ以上の捜索は難しかった。
―――――― どこに行ってしまったんだ・・・・、五代
雪は一段と激しくなっている。
やはり、あの時聞いた獣の咆哮と思ったものは、五代の叫びだったのかもしれない・・・・・・・
聞く者の心を引き裂きそうな、悲痛な声。
――――――― 五代
死んだ、とは考えられなかった。
今までいくつもの現場を見てきた。あの血の量は一人分の量だ。五代は、きっと生きている。
もっとも、未確認を一人として考えられるならだが
『ともかく、0号の遺体は長野県警に任せよう。こちらから連絡をとっておく』
「・・・・・・・・」
『一条、 ともかく一度東京にもどれ。そこでは下手に動けまい。それに』
「それに?」
『・・・・いいから、もどってくるんだ』
杉田の固い声に一条は眉間に皺を寄せた。
「杉田さん、何かあったんですか?」
『・・・・・・・・4号に対して、射殺命令がでた』
「・・・・・・え・・・・?」



電子顕微鏡でソレを覗き込む。
「・・・・・・やは、・・・・り・・・・」
これは椿へのメッセージだったのだ。
おそらく自分が考えている事で間違いはないはずだった。
そして、自分のすべきことは・・・・・・・
机の上の電話に手をのばした。



「いったい、どういうことなんです?!」
あれから、TRCSで東京まで戻ってきた。
納得のいかない命令に憤りを感じている。憤り?そんな生易しいものじゃなく『憎悪』といっ ていいかもしれない。
五代に対しての射殺命令?! 一体何を考えているんだ!!
あんなに、辛い戦いを強いておいて、何も助けてやれず、最後には手のひらをかえしたように!!
一条の胸の中が怒りの炎がうずを巻いている
部屋に飛び込みざま叫んでみれば、みな一様に硬い表情をしている。
「一条・・・・・」
ドアの正面には松倉が座っていた。そのまま前に進み机に手をついた。
「なぜ、4号に対して射殺命令なんてものがでてるんですか!?」
激しい怒りが込み上げて堪らない。
闘うことを決して強制したわけではなかった。彼には闘う必要も義務もなかったのに。
なのに、彼は、身も、心もボロボロにして人間の為に闘ってきたのに、この仕打ちは!!
「・・・・・・・」
「本部長!!」
「4号が、最後の、未確認だからだ」
「なにを!!」
松倉の声もかすかに震えていた。
「今は、我々の味方かも知れない。が、その保証は何時までのものなのか?」
「まさか、そんな事を・・・・・」
一条の声が怒りに震える。
「彼が、未確認の力をもち、最強の存在である事には間違いない」
「・・・・」
「彼は、いつまで人間としての心を持っていられる? いや、いつまで彼は人間に絶望しない でいられるだろうか?」
「!!」
「4号の存在は有名になりすぎた。もし彼を悪用しようとする存在がでたら?」
そう、4号の存在は『核』にも匹敵する『人間兵器』なのだ。
「上層部はソレを恐れているのだ」
「・・・・・」
「我々は彼を知っている。・・・・・だが、民間人にとっては4号は未確認でしかない」
「・・・・」
「今は感謝もされるだろう。・・・・・だが、ソレは何時か不安に変わってしまうかもしれない。 もし、4号が牙を向いたとき、今度は誰が人類を助けられるというのだ」
一条は言葉もなく松倉を見つめていた。
あまりにも、人が愚かすぎて。
誰がだと? 五代が辛い戦いに望んでいるあいだ、そんな醜い事を考えている人間がいたとは!!
――――――― リントも我々と同じに・・・・・
バラのタトゥーの女が、かつて言った言葉が蘇る。
「特殊弾が配布された。神経断裂弾がさらに強化されている。その上、特殊コーティングがな されている」
机を見れば銀色に光るジェラルミンケースが積み重なっていた。
「・・・・・・・特殊?」
「ダイヤだ」
この世で一番硬い石。
おそらく、激しい闘いを終え、ひびが入っている今のアマダムなら割る事ができるかも知れない。
「一条、 まず、五代君を見つけるんだ」
杉田が一条の肩に手をやり、己の方に向かせる。
「他の警察にも同じ指令は下されている、我々が誰よりも先に彼を見つけるんだ」
「杉田さん・・・・・・」
「彼がそんな存在でないという事を証明するためにも、我々が見つけるんだ」
杉田達も同じ憤りを抱えているのだと、目が伝えてくる。
「・・・・・はい」
そうだ、我々が、俺が護ってやらなければ、誰が彼を助けられるというのだろう。
杉田に頷いた時、一条の携帯がなった。





早朝の成田空港は思ったより人が少なく、すぐに五代を見つけられた。
人員を配置し、民間人を非難させる。
五代も自分を見つけたようだ。
小さく口が動いたのはおそらく自分の名前を呼んだからだろう。
かすかに微笑んでいるような気がするのは自分を待っていたからだ。




『五代の肉体は完全に未確認へと変化した』
『え?』
『五代が病院まできた』
『なんだって?!』
『最後の挨拶がしたいといってな。・・・・・・上着をおいていった。それに付着していた血と細胞 組織を調べた』
『・・・椿・・・』
『・・・・完全に、変化していたよ・・・・』
『・・・・』
『・・・・あいつが、何故俺の、所にきたか・・・・・わかってるな・・・?』
『椿・・・』
『おまえにしか、できないんだ』
電話では見えるはずもないのに一条はうなだれて首を振った。
『一条』
『でき、ない。・・・・・そんなことは、できない!!』
『一条!!』



他の警官達は待機させている。ココに居るのは杉田と桜井と自分だけだ。
五代の表情はかわらない。
あんなに、豊かでクルクルと変わったのに、今は無表情で見つめている。
ワン・・・・とあたりの空間がゆがみ、五代の姿が、黒いクウガにかわった。
―――――― 美しい
素直に一条はそう思った。黒いフォルムに走る金のライン。
何の表情もわからない赤い目で一条がライフルを構えているのを見ているだろうか。


「待て!!」
待機を命じられていた筈ぶ警官が飛び出した。
銃を構える。だが、弾丸は彼のもとまで届かなかった。かざした右手の前で弾丸は勢いを無く し落下した。
かつての0号と同じ力。
クウガが右手を警官隊に向ける。
「うわあ!!」
熱風が一条たちの方までくる。
警官たちは一斉に吹き飛ばされうめいている。

「クウガ・・・・が、人間に、力を・・・?」
杉田の呟きが落ちる。
警官達は生きているようだ。
力がやはり落ちているのだろう、普通であったなら、致命傷となっていたはずだ。


『自分が撃ちます』
『一条・・・・』
『自分だけにさせてください』
『一条さん』
『約束しているんです』
『でも、いいんですか? 俺達がやったほうが・・・・』
『桜井、一条に任せよう。一条の腕の方が確かだ』
『杉田さん・・・・』


五代、誰にも、お前を殺させない・・・・・・
誰にも
ライフルを構える手がかすかに震えてしまう。
駄目だ、これでは石だけを狙えない。

一発目
弾き返される
二発目
石ではなく身体に当たってしまったがやはり弾き返された
三発目
四発目
五発目
立て続けに放たれた弾丸は全てはじき返された。

「次!!」
杉田から新しい弾倉が渡される。ねらいを定めて撃つ。
足元に空になった弾倉が重なっていく。やはり、特殊な弾丸も効かなかいのだ。
一条の頭に椿の言葉が蘇る。


『石だけを破壊できたら、助かる可能性がないわけでもない』
『椿?』
『これは、あくまでも可能性なんだ』
『・・・・・』
『石を破壊できたら、まずアマダムから伸びた神経組織が死んでいくだろう。その時が勝負な んだ』


椿には外に待機している。あきらめない。
もし、お前を助けることができたら、この思いを打ち明けようと決めた。
好きだと

弾丸を撃ち尽くした。
クウガの歩みはとまらずゆっくりと一条の方に向かってくる。

「次!!」
あきらめない、自分のできる事を自分の場所でするといった。
一条の足元に弾倉がたまっていく。
五代がクウガであるために問題にされるなら、クウガでなくなればいいだけだ。
石さえなくなれば、ただの人間にもどって

五代

クウガの歩みがゆっくりになった。
足元に落ちる弾丸の数が減っている。

「次!!」

ふと、歩みが止まった。
一条の手も止まる、何発うっただろう・・・・・手が痺れている。
クウガの姿がぶれて、五代に変わった。
「五代・・・・」
腹部に赤い沁みが広がっていくのを呆然と見つめる。

「椿医師をよべ!!」
「はい!!」
杉田の命令で走っていく警官の足音を背中で聞いていた。
ただ、ひたすら目の前の五代を見つめる。

「一条、さん・・・・」
確かに、五代は微笑んで自分の名を呼んだ。
戻ってきたのだ。
「五代!!」

ライフルを捨てて五代に走り寄る。
目の前でグラリと傾いだ。
手を伸ばして、支えようとして


受け止めた筈なのに

なんの、重みも、手に残らなかった。
いや、最初に感じた重みはどんどんと、軽くなっている。

「え?」

手に残っているのは、たった今まで五代が着ていた洋服のみで
一条の耳にサラサラと何かが流れる届く。
ふと見れば、上着の袖口や、ジーンズの裾から、流れ落ちる白い砂が小さな山を作っている。

走り寄ってきた杉田や桜井までもが声もなく見つめている。
やがて、砂は全て流れ落ちてしまったのだろうか、音は止んだ。

何がなんだかわからなかった。
「・・・うけ、とめたんだ」
五代が倒れてきたから
手に残る洋服をみる。
カツンカツン・・・・となにか硬質なものが洋服から落ちて床に散らばる微かな音がした。
弾丸だった。
五代の体に吸い込まれたはずの・・・・・・弾丸。

洋服から零れ落ちた白い砂。
五代が今まで着ていた洋服。
腹部の辺りが撃ち込まれた弾丸の分だけ穴があきボロボロになっている。
変身が解けたばかりの時は赤く染まっていたのに、今では何ともない。
ただ、白い砂がこびり付いているだけで。
「受け止めたのに・・・・」
五代は、なにも残さなかった。
その、一滴の血でさえも。
一条が覚えていたのは其処までだった。




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