泉枯れ果てしとき… 《六》







三ヵ月後

捜査本部は解散した。
最後の未確認は人間の手によって倒されたのだ。
操作本部はもう必要がない。
杉田、桜井は昇進し、一条は辞退し長野に戻ることになった。


「戻るのか」
身の回りの荷物をまとめる一条に声をかける。
「ええ」
ここにいてもしょうがないから・・・・そんな呟きが聞こえたようなしがして杉田は一条を見つめ る。
あれから、一条は笑わなくなった。
もともと表情が豊かではなかったが、何時の間にか笑うようになり、まとう雰囲気も柔らかな ものに変わっていって。
最初に比べて随分かわったと喜んでいたのに。
いまでは、あの時よりも酷くなっていて・・・・
杉田はかける言葉を見つけられず立ちすくんでいた。

「一条さん、面会人です」
桜井が入ってきて声をかける。
「私に?」
「ええ、第二会議室に通してあります」
「第二会議室ですか? ・・・・・わかりました」
手にしていた書類を置いて一条は部屋を出て行く。
「面会人?」
杉田が尋ねる。
「ええ、城南大学の沢渡さんと椿医師です」
「ああ」
五代雄介の共通の友人達、同じ痛みを抱えている人達。
だが、その傷は一条が一番酷いのだろう。なによりも、その手で直接命を奪ってしまったと悔 やんでいるから。
「・・・・でも、五代さんは、ソレを望んでいたような気がするんです」
「桜井?」
「だって、あれだけ撃たれても、五代さんはただひたすら一条さん目指して歩いていたんです よ?」
そうだ、よけもせずにクウガは一条だけを見ていた。
「それにあんな一条さんを、五代さんは望んでませんよ、きっと」
「そうだな」
どうか、一条を救ってやってくれ、みなの笑顔を護ったように、一条の心を。
窓の外の晴れた空を見上げ杉田は願っていた。



ノックして部屋にはいれば、其処に立っていたのは見知った友人達だった。
「椿・・・・、沢渡さん・・・・、何故、ココに・・・・」
「よお、久しぶりだな」
互いにかける言葉を探して黙る。
「・・長野に、帰られるんですってね」
「ええ、ろくに挨拶もできずにすみませんでした」
五代を失ってから一条はがむしゃらに働いた。
未確認を倒したといっても全てが終わった訳ではない。
人の心に残された、未確認に抉られた傷跡は生々しく傷口を広げたままだった。
抉られた傷跡は綺麗に洗い流し消毒をして縫合してこそ直ったといえる。
全てのことにけりをつけるのに三ヶ月も要してしまった。
だが、もう全て終わった。
自分以外は――――――――――――――

「今日は、何しにきたんだ」
「ああ、探し物がやっと見つかってな、お前にみせにきたんだ」
テーブルのリモコンをとってスイッチを入れるとブラインドが落ち部屋の中が暗くなった。
「おい・・・」
「大丈夫、桜井さんに許可は貰ってる。・・・・まあ、座れ」
壁が動き画面が現れる。
「・・・・・・・五代が置いていった上着のポケットに、カギが入っていたんだ」
一条が椿を振り向いた。
「どこのカギでもなくて、探すの苦労したぜ。沢渡さんにも手伝ってもらったんだ」
スイッチを入れると画面が明るくなった。
「一条さんに、見て欲しいんです。みのりちゃんも言ってました。見て欲しいって・・・・」

一条は食い入るように見つめていた。そこには



『えっと、ちゃんと、写ってるのかな・・・・・』
「ご、・・・・だい・・・・・」
部屋の中で撮ったのだろうか、いや城南大学か・・・・?
胸が疼くようにいたんでも、目が離せなかった。
しばらくして漸く落ち着いたのか、五代が話し出した。

『・・・・・へへ、なんか、恥ずかしい、かな? 一人で話すってのは。これを見てるって事は、 きっと俺はいなくなってて、椿さんにこれを探してもらう事になっちゃうけど、見つからない ならみつからないでもいいんだ』

画面の中の五代は笑っている。

『椿さん、桜子さん、今までありがとう。俺こうするしかなかったんだ、でも後悔してない よ? 桜子さんならきっと立派な考古学者になれるから頑張って。みのりのことお願いね?』

桜子が頷いた。

『みのり、俺がいなくってもお前なら大丈夫だよな? ・・・・子供達の太陽になってやるんだぞ?
いつでも、どこにいても、俺はみのりのお兄ちゃんだからな、忘れないよ』

手の震えが止まらなかった。両手をきつく握り締める。

『椿さん。俺の身体の事、俺より知ってるから、多分判ってくれるよね・・・・・俺の望む事。俺 が桜子さんに導かれて一条さんに出会ったように、一条さんを導いて欲しいんだ・・・・・・・俺の ところまで』

始めて五代に名を呼ばれて体が震えた。優しい響きが一条の魂に染み渡る。
餓えている・・・・・・こんなにも、餓えていたなんて・・・・・

『多分俺は、一条さんに、すごく酷いことをさせてしまうんだ』

「・・・・・・」

『でも、一条さんにしかできなくて・・・・・・、俺も、一条さんにしてほしい』

「・・・・・」

『もう、俺の身体、限界なんです。俺の身体、殆ど未確認と同じになってしまって・・・・・・
湧き上がる衝動も抑えきれなくなってきてるんです』

画面の中の雄介が自分の拳を見つめている

『みなの笑顔を護るためにこの手を振り上げたのに、何時の間にか倒す事が目的になって、強 くなる事になれて、いつのまにか、なにも感じなくなって・・・・・・・・・』

泣きそうな笑顔

『一条さんにはそんな、俺を知って欲しくなかった・・・・・野犬を殺したとき、確かに俺は快楽 を感じていて
・・・・・・・・もう、戻れなくなってたんです・・・・』

驚かなかった。どこかで薄々感じていたのかもしれない。
五代が苦しんでいた事は知っていた。
だが、俺は・・・・・・・

『だから、気にしないで、一条さん・・・・・あなたが苦しむ必要はないんですから』

「五代・・・・」
『優しい人だから、つい、俺は甘えてしまって・・・・・・あなたに出会えて本当に良かったっ て・・・・』

画面の中で五代は俯いて、その細い方を震わせている。
振り切るようにあげた顔はなにか、泣き笑いのようにゆがんでいて・・・・・

『おれ、・・・・・一条さんに、辛い思いさせる。・・・・・・なのに、もっと、酷い事・・・・・・』

何かを言いあぐねて迷っているようだった。言うべきか、言わざるべきか・・・・・

『これは、俺のわがままで、言えば・・・・一条さん、優しいから、・・・・・・・きっと苦しむ
でも、知っておいて、欲しいんです。・・・・俺、』

一条の中に、五代の言葉が落ちた

『一条さんのこと、好き、なんです・・・・・・』

その言葉は、硬く覆われていた一条の魂に落ち、包み込んだ。

『好き、好き・・・・・・・一条さんのこと、ずっと、好きだったんです。・・・・気持ち悪いかな?
でも、本当は、言うつもり、なくって・・・・・いえば、一条さんが苦しむって、わかっていたけど』

ゆっくりと染み渡る言葉は一条の魂の覆いを溶かし、封印していた思い出を一気にあふれさせた。

『好きです。・・・・・・・たった一度だけ抱きしめられた事、俺忘れないでいいかな』

たった一度の抱擁、あの時、一条が五代を思っていた様に、五代も・・・・・・
震える一条の手がリモコンに伸びて、巻き戻した。

『一条さんが好きなんです』

カチッ・・と音がして再び巻き戻される。

『一条さんが好きなんです』

カチッ・・・・・

『一条さんが好きなんです』

熱い雫が一条の頬を伝う。
椿達は何時の間にかいなくなっていた。

『一条さんが、好きなんです』

繰り返される愛の言葉。
何度受け止めても、反対に受け取ってもらえることはない・・・・・

『一条さんが好きなんです』

目の前が滲んでいる。
酷い奴だ、五代。お前はそうやって俺に傷を残していくんだな・・・・
好きだ、俺だって好きだ。
お前はそうやって俺に打ち明けていいかも知れないが、俺の思いをお前はどうするんだ?

後から後から涙が溢れて止まらなかった。この三ヶ月泣いた事なんてなかったのに、
こんなものを見せられたら、お前がいない事を認めなきゃいけなくなってしまうじゃないか!!
あの時、俺の手の中でこぼれ落ちたモノがお前だったと・・・・!!

「・・・・うぅ・・・・・あ、ご、・・・だぃ・・・!!」
一度、放たれたものは止まらなかった。
漏れた嗚咽が静かな部屋に響く。
「な・・・ぜだ、なぜ、お前でなきゃ、・・・・どうして!!」

『一条さん、好きです。・・・・できたら、俺のこと忘れないで?』

忘れられるものか、お前は俺の心の半分だったんだ・・・・・・!
これから俺にどうしろっていうんだ!
何故、今言うんだ! なぜ!――――――なぜ、俺はもっと早く言わなかったんだ。
お前が好きだと・・・・・

五代!!!

『ごめんね、一条さん、苦しめてしまって・・・・やっぱり忘れて・・・いいや』
忘れられないよ・・・・・! 忘れるものか!!!

『ごめんね、ありがとう・・・・さよなら』

ビデオが止まっても、一条の涙は止まらなかった。

扉の外に椿がもたれ掛かっていた。
しばらくして微かな声が響いてくると、椿は顔を伏せた。
声は・・・・・・・・・・・何時までも響いていた。




一条は退職届をだして、東京を去った



山を、眺めていた。
吐く息が白い。
――――――――九郎ヶ岳遺蹟跡
あの時と同じ光景が広がっている。
同じようにサングラスをかけ、コートを着て、もう少しすると青年がかけてきて・・・・・・・


微かに微笑んで・・・・・
遺蹟跡の洞窟に目を向ける。
全てはココから始まった。


一条は踵を返して歩き出した。

足元に転がる小さなビンが太陽の光を弾く。

『一条さん!!』



空には抜けるような青空が広がっていた。














掲示板の[201]に樹さんからのメッセージがあります。

が、たどれなくなってしまったので、掲示板からこちらに抜粋しました。
[   ]←check!


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