泉枯れ果てしとき… 《二》







『一条さん・・・・・』
なんだ、五代
『俺の事、好きですか』
ああ、好きだ
『本当に?』
ああ
『嬉しい・・・・』
五代
『じゃあ、何で抱いてくれないんですか?・・・・・いつものように抱いてください』
ねだられて、抱きしめた。


「!」
PiPiPiPiPiP・・・・・
一気に現実に戻される。なんの、夢を、見ていたのだろう。酷く、頭痛がする。
―――― ここは
自分の部屋で、俺のベット。
「なんて夢を見ていたんだ? ・・・・俺は」
はっきりと覚えてはいないが、おそらく五代の夢だ。昨日、あんなことがあったから。
人の性癖は様々だ。・・・・別に己が対象にされた訳じゃないから、嫌悪感なんて沸かない。
一条は昨日の記憶を苦い気持ちで思い出していた。
『二人をそんな目で見たことなんてありませんから』
別に俺だってないさ、と呟いて起きようとして己の身体の異変に気付く。ズン・・・・・と重い下 腹部は、痛いぐらいに勃起していて。
「な・・・・んだ・・・・・・・?」
決まっている。ただの自然現象だ。
まったくガキじゃないんだから、手っ取り早く抜くのが早い。
もう一度、横になるとパジャマのズボンと下着を一緒に脱いでベットの下にけり落とした。
そういえば、未確認が出るようになってからご無沙汰だったから溜まっていたのかもしれない な・・・なんて考えて。
そそり立つ己自身を掴んだときに、ふと、五代の顔が浮かんだ。
え、と思うまもなく、昨夜に記憶が蘇り、一気に一条の脳裏になだれ込んで来る。
『一条・・・・・さん』
その身体を自分の下に組み敷いて、貫く。喜びにくねる身体。
記憶の本流に巻き込まれて、手が、止まらなかった。夢の中でされたように、スル。
頭の芯が焼け付くような快感。
いい・・・・、凄く、いい・・・・・・
『もっと、もっと、・・・・して・・・・』
己の腹の下でのたうつ、夢の中の、身体。

――――――――――  雄介
夢の中の雄介と
一緒にイク。
「ふっ・・・・ぅあっ・・・・・!!」
あとに残るは気だるい身体。
心臓の鼓動が早く、息も荒い。
しばらくして、ボソリ、と呟いた。
「馬鹿、か。俺は・・・・・」
どうやら、身体のほうが正直だったらしい。
こんなことで気付くなんて。

濡れた手を拭いもせず、一条は深く溜息を付いた。



夕方、椿の元へ五代がやってきた。
「お、逃げずにきたな」
「何ですか、逃げるって、失礼な」
五代が笑う。その様子は今までとなんら変わりは無い。
「まったく、意外と椿さんて過保護ですよねぇ・・・・。未確認は出てないし、変身だってしてい ないのに」
「だから、調べとくんだろ? 戦いが終わったら普段の生活にもどるんだから」
椿の言葉に一瞬、雄介は表情を歪める。背中を向けていた椿は気付かなかったが。
「さ、いつものに着替えて」
「はぁ〜い」
雄介が検査着を持って隣の部屋に消えると机上の電話に手を伸ばした。


コンコン
軽いノックの音がして一条が顔を除かせた。
「よお、来たか」
モニターを覗き込んだままの椿が声を掛ける。
「どうだ、様子は・・・・」
隣に立つ一条に横の椅子を勧める。
「一通り検査はおわる。まあ、血液検査や時間のかかるのは多少あるが、レントゲンは30分 も待てば出来る」
「・・・・・」
「ここのところ変身してないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、平気だろ。変身してないなら、アマダムの進行は進んでないはずだ」
「そうか・・・」
食い入るような瞳で診察台に横たわっている雄介を見つめている。そんな一条を見て椿は苦笑 する。
「・・・・あいつ、痩せたな・・・」
「・・・・ああ」
椿の小さな呟きに答える。
「・・・・・変・・・なんだよな」
「なにが」
「・・・あんなに、痩せてきたのに、あいつの力強さは、なんだろう。瞳にある力、っていうの か・・・・」
「・・・・・え?」
椿が椅子の背もたれに寄りかかる。ギシッ・・・と椅子が軋む音が響く。
「多分、五代の身体は限界の筈なんだ」
「・・・・そうか・・・・」
「普通の患者だったりするとな、あんな状態だったら目から『生気』ってもんが失せちまう」
「生気?」
「ああ、目を見りゃわかる。生きるための『気力』ってもんが目に出るんだ。・・・・・あいつの 瞳は違う。目が強いから、貧弱な感じを与えない。本当は弱っている筈なんだ。なのに、不思 議と倒れないし、そうも感じさせないだろ? 食欲も落ちているっていうらしいし、一体どこ から栄養補給しているんだか・・・・」
一条の脳裏に、ふと犬の惨殺死体の一件が蘇って、―――――――――頭を振った。
一体、何を考えているんだ・・・・・それは一条の刑事としての勘が呼んだモノだったのかも知れ ない。
ただ、そのナニカを深く追求する前に検査が終わったので、一条の頭から消えてしまった。


「すまない!!」

検査を終えて戻ってみれば一条が立っていて、さすがに雄介はちょっと気まずい思いを感じな くもなかった。
が、それはほんのわずかな一瞬のみだった。
「昨日は俺が悪かった!」
「い、ちじょ・・・・さん」
身体を90度以上に折り曲げて深く頭を下げる一条を目にしてに言葉が出なかった。
椿すらも呆気に捕られて、ただポカンと口を開けるのみだ。
「君のプライバシーも考えず、土足で踏み荒らす様な真似をして・・・すまなかった」
「や、やめてくださいって!!」
慌てて駆け寄り、何とか頭を上げさせようとする。
「気にしてませんよ!! ぜんぜん!! これっぽっちもです」
「・・・・五代・・・」
一条の声に潜む悔恨の響き。自分を思いやる一条のその優しさに、雄介の胸にツキン・・・・と痛 みが走る。
「・・・・・俺は、自分が傷ついたから、同じ様に君を傷つけたかったのかもしれない・・・・・・」
「え?」
「・・・・・自分が一番五代の事を知っているような気がしていたから、・・・いざ、自分の知らない 君の一面を見て傷ついたんだ」
「いち、じょ・・・・・さん」
「いい、思い上がりだな。君を戦いの場にしか誘えないのに、君の一番のパートナーの様な顔 をして、君のプライヴェートなんて、
考えてなかったんだ」
「そんなことありません!!」
力強い否定の声に、一条が頭を上げる。
「俺の一番のパートナーは一条さんです!!」
「五代・・・・」
「一条さんしか、いないと思っています」
一条が雄介を見る。
澄んだ美しい瞳。責任感の強い人。だけど、それが、
「・・・・・・・あんな事いったけど、やっぱりどこか俺、男同士っての、後ろめたく思っていて」
一条と椿は黙って雄介の紡ぐ言葉を聞いていた。いつから雨が降り出したのか、窓に何本も筋 を作っている。
「知られて、一条さんに嫌われてしまうの怖かったんです」
「・・・・」
「もし、軽蔑されたら、辛いなって」
「・・・・・・・そんなことは、ない」
「俺のほうこそ、一条さんに甘えていたんですよね。戦いの場であれだけサポートしてもらっ ているのに・・・・」
「・・・・」
「・・・俺、一条さんの事、好きです。でも、そんな目で見たことないんですよ! 本当です」
「五代」
「だから・・・・気にしないでください」
そういったきり、黙ってうつむいてしまった五代にかける言葉を捜していた一条は、いい言葉 が見つからず・・・・代わりに抱きしめた。
「!!」
「・・・軽蔑なんてしない」
「い・・・ち」
「軽蔑なんてするものか」
雄介は己をきつく抱きしめる一条の、その厚い胸板に、太くたくましい腕の感触に、思わず 浸ってしまいたくなって
そっと、肩口に顔を埋めその表情を隠してしまう。
(悟られちゃいけない・・・・・、俺のこんな、汚い、思い)
――――――――――― ドクン・・・・・・・・
ふと、感じたいつもの脈動。微かに身体の奥で存在している、ソレが、活動を始める。
(・・・・・また、なのか? ・・・もう、駄目なのか・・・・・・)
泣きそうになってしまう。
己の中の石は雄介をゆっくりと食い尽くして、もう。

ゴホッ!と咳払いが聞こえて二人は我に返る。
「俺を仲間はずれにすんな」
「何、言ってんですか」
ゆっくりと、胸をそれこそ本当に引き裂かれそうな思いで一条から離れる。笑っていても、胸 が張り裂けそうに痛かった。
一条をみたら泣いてしまいそうになるのが判っていたから椿を見る。だから、離れる瞬間の一 条の表情を見ていなかった。
「それにしても。椿さん、よく、あの場所がわかりましたねぇ」
着替えながら話題をかえる。
「ああ、医者仲間がな、ソッチなの」
「へえ」
「そいつ、五代の事が気に入ってて、覚えていたらしいぞ」
「あらま」
笑う。
「なあ、一緒に居た奴、あんなのが好みなのか? よせよせ、俺の方がよっぽどいい男だと思 わんか?」
「椿!!」
突然の話題の展開に一条が言葉を挿む。
「うるさい、俺は気持ちいいなら男でも女でもどっちでもいいんだ。幸い五代はまったくもっ て俺の好みだし。・・・・どうだ」
着替え終わった五代の顔を覗き込む椿に雄介はサラリと身をかわして微笑む。
「言いませんでしたっけ? 一条さんも椿さんもそんな目で見たことないって。・・・・・・別に俺 は男も女も別にどっちでもいいんです。でも、俺、今クウガだから、女の人とはできないか なぁって思ったんですよ」
「五代」
「あ、もちろん、椿さんの診察の結果を疑っていたわけじゃないですよ。でも、女の人は、受 け入れる側だし、今何もなくても、もし将来にナニかあったら可哀想じゃないですか」
「・・・・」
「男だったら、俺が受け入れる側だし」
見かけは普通の人間なのに、その皮膚の下は人間ではない。力が強くなっただけではなく、そ の血も、筋肉も、組織も、そして―――― おそらくDNAすらも、未確認に近く、いや、同 じになっている。
そう考えると怖くて、寂しくて、眠れない。あの人しか欲しくないのに、誰でもいいから、誰 かにいてほしい。
だから、毎晩、あの街にいった。あそこは誰も素性をさぐらないから。
「それに・・・・・・こんなときなのに、したい、とか思うなんて、・・・・俺のこと、軽蔑しま す?」
「・・ばかだな、おまえは」
うつむいてしまった雄介の頭をポカッ!と椿がなぐる。
「男は自分に危機が迫っているとき性欲が増すんだと。それは動物の本能みたいなもんで己の 子孫を残して自分の"血"を残そうとする働きによるものらしいぞ。だから、別に変なことじゃ ねえ」
「椿さん」
とんでもない理屈で己を慰めてくれる椿の優しさが沁みる。
「反対に俺はおまえがセックスすることで少しでも精神的に安らぐなら、バンバンすることを 進めるよ」
「椿、いいかげんにしないか」
黙って聞いていた一条が口を挟む。まったくお前は石頭だ、いう椿に一条が憮然とする。
そんな二人を見つつ雄介は着替え終わると診察室のドアに手をかける。
「五代?」
「すいません、椿さん。今日、急に抜けてきたからあんまり居られないんです。奈々ちゃんお 休みだから、おやっさん、一人なんですよ。すぐ戻るっていって出てきちゃったんで」
そういう風に言われてしまったら、引き止められない。
「なんか、あったら連絡下さい、じゃ」
ドアが閉められ、足音が遠ざかっていく。
雄介が出て行った部屋の中の温度もつられて下がったような感覚に襲われる。
何とはなしに目を見合わせて、笑う。
「・・・・・ま、座れや」
「ああ」
雨の音がする。



走っていた。
身体の中が、熱い。冷たい雨に打たれているというのに、身体が燃えるようだった。
なんで、昨日、あんなにしたのに。いつもなら、1週間はもったのに。
ただ、BTCSを走らせる。行き先なんて考えてはおらず、ただ一条から離れる為だけに。
こんなときは、アマダムと、其処から伸びる神経組織の末端まで感じる。
自分の神経の一本一本まで絡むアマダムの糸は、もう自分の身体に溶け込んでしまっているに 違いなくて。
そして、そこから流れ出る、熱くて暗い衝動。
強くなっていく度に湧き上がる強い衝動は、すでに抑えきれなくなっていて。その塊を性欲に 置き換えて己を騙していたのに。
我慢できる感覚が短くなっている。それとも、一度覚えてしまったあの感覚はすでに誤魔化せ なくなってしまったのか。


2週間前
その日は酷く頭痛がして、眠れなかった。気持ちが昂ぶっていた。風に当たろう、そう思って 散歩にでた。
酷く静かな夜だった。なにか、夢の中にいるようだった。
犬に吼えられて、あれ、と思った。そんな事は一度もなかったから、不思議そうにみる。
野良犬だった。一匹、二匹・・・・・三匹、もいる。吼える声が不協和音で重なって、苛ついた。
―――――――― 煩い
記憶にあったのは其処までだった。
酷く、心地良かったのだけは覚えている。


気付いたら、辺りは血の海だった。
「・・・・・・え?」
ひくつく肉の塊。白く飛び散っている塊は脳の欠片だろうか
自分を見る。血に染まった両手。全身に飛び散った肉の欠片に血にまみれた身体。そして、昂 ぶった己自身。
確かに自分は快楽を感じていたのだ。
「・・・・うぇっ・・・・・・!!」
ひざまついて、吐いた。
胃が空になるまで吐いた。泣きながら、吐いた。
月が綺麗な夜だった。


あれから、ここまできてしまった。こんなに人間から離れた所まで。
あの時に知ってしまった、命を奪うときのほの暗い悦び。本能のままに振る舞い、嬲り、殺 す。
アマダムが脈打っている。体の中にある二つの脈動、俺の心臓とアマダム。
―――――― ドクン・・・・・
ジンワリと石から滲み出るどす黒くて熱い物が全身に染み渡る。
―――――― ドクン・・・・・・
ああ、全てが塗り潰されてゆく、俺の記憶、愛しいと思う心。楽しいこと、喜び、人を、好き な気持ち。
―――――― ドクン・・・・・・
桜子さん、椿さん、おやっさん、榎田さん、ジャン、奈々ちゃん、美香ちゃん、杉田さん、桜 井さん、保育園の皆、みんな、
遠のいていくよ。
―――――― ドクン・・・・・・
時間が、止まって。
全ての音が消える。BTCSから転げ落ちた。
倒れている人。燃えている車。そして
『待ってたよ』
0号
『そう、待ってたんだよ、ずっと。・・・・・ねえ、僕だけを見てよ』
声が頭に響いて、後はもう



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