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八俣遠呂智(ヤマタノオロチ) スサノオ神話

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奉納神楽 大蛇
奉納神楽 大蛇

佐比賣山神社

八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)・須佐之男命(スサノオ) 神話(しんわ)



八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)・須佐之男命(スサノオ) 神話(しんわ)




 むかし、むかし、その 昔 (むかし)、神代(かみよ)の 昔 (むかし)


 むかし、むかし、その 昔 (むかし)
神代(かみよ)の 昔 (むかし) 

 高天原(たかまがはら)で暴(あば)れすぎて、姉神(あね)の天照大御神(アマテラスオオミカミ)に、追放処分(ついほうしょぶん)された建速須佐之男命(スサノオノミコト)が、出雲国(いずものくに)の、 肥(ひ)の河(かわ) (斐伊川:wiki) の河上(かわかみ)、鳥髪(とりかみ) (現奥出雲町鳥上) に、降(くだ)ってきました。

 この時(とき)、箸(はし)が河(かわ)を流(なが)れ下(くだ)ってきました。建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、この河上(かわかみ)に人(ひと)が居(い)ると思(おも)い尋(たず)ね求(もと)めて上(のぼ)り行(ゆ)くと、老夫(ろうふ)(おきな)と老女(ろうじょ)(おみな)の二人(ふたり)が、童女(おとめ)を中(なか)に置(お)いて泣(な)いていました。

 建速須佐之男命(スサノオノミコト)は「あなた達(たち)は誰(だれ)か?」と問(と)うと、老夫(ろうふ)(おきな)は「私 (わたし)は国(くに)の神(かみ)、大山津見神(オホヤマツミノカミ)の子(こ)で名前(なまえ)を 足名椎 (アシナヅチ)、妻(つま)の名(な)は手名椎(テナヅチ)、 娘 (むすめ)の名(な)は櫛名田比賣(クシナダヒメ)といいます」と答(こた)えました。

 また「どうして泣(な)いているのか?」と訳(わけ)を聞(き)くと、足名椎(アシナヅチ)は「私 (わたし)には八人(はちにん)の娘 (むすめ)がいましたが、高志(こし)(越の国)の八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)(八岐大蛇)が毎年(まいとし)やって来(き)て、一人(ひとり)ずつ喰(くら)って行(ゆ)きました。今年(ことし)も来(く)る時(とき)なので、悲(かな)しくて泣(な)いています」と言(い)いました。

 「どのような形 (かたち)をしているのか?」と尋(たず)ねると、「その目(め)は、赤加賀知(あかかがち)(ほおずき)ように赤(あか)く、一つの身(み)に八つの頭 (あたま)と八つの尾(お)があります。またその身(み)には日陰蔓(ひかげかずら)や 檜 (ひのき)や椙(すぎ)が生(はえ)え、その長(なが)さは八つの峡谷(けいこく)と八つの尾根(おね)に渡(わた)っています。その腹(はら)を見(み)ると、いつも血(ち)でただれています」と足名椎(アシナヅチ)は答(こた)えました。

 建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、足名椎(アシナヅチ)に「八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を退治(たいじ)するから 娘(むすめ)を 私(わたし)の妻(つま)にくれないか」と問(と)うと「恐(おそ)れ多(おお)いことですが、あなたの御名(みな)を存(ぞん)じません」と答(こた)えました。

 「私 (わたし)は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の同母弟(いろせ)だ。いま高天原(たかまがはら)から降(くだ)ってきたところだ」。足名椎(アシナヅチ)と手名椎(テナヅチ)は畏 (かしこ)み、「それは恐(おそ)れ多(おお)いことを申(もう)しました。 娘 (むすめ)をさし上(あ)げます」と申(もう)し 奉 (たてまつ)りました。

 建速須佐之男命(スサノオノミコト)はすぐに櫛名田比賣(クシナダヒメ)を隠(かく)すために、櫛名田比賣(クシナダヒメ)を櫛(くし)に変(か)えて角髪(みずら)に刺(さ)しました。

 そして足名椎(アシナヅチ)と手名椎(テナヅチ)に「何度(なんど)も醸(かも)した、八鹽折(やしおり)の強(つよ)い酒(さけ)を造(つく)り、また、垣(かき)(囲(かこ)い)を作り廻(めぐ)らし、その垣(かき)に八つの門(もん)を作(つく)り、門毎(もんごと)に桟敷(さじき)(棚(たな))を作(つく)り、桟敷毎(さじきごと)に酒舩(さかふね)を置(お)き、舩毎(ふねごと)に八鹽折(やしおり)の酒(さけ)を盛(も)って待(ま)て」と命(めい)じました。

 命(めい)ぜられたように備(そ)えをして待(ま)っていると、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)が本当(ほんとう)に現(あら)われ来(き)て、八つの頭 (あたま)を酒舩(さかふね)ごとに垂(た)らし入(い)れ、その酒(さけ)を飲(の)み干(ほ)すと、強(つよ)い酒(さけ)に酔(よい)いが溜(たま)(回)り伏(ふ)して寝(ね)てしまいました。

 すかさず建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、腰(こし)に帯(お)びた 十拳釼 (とつかのつるぎ)を抜(ぬ)いて「遠呂智(オロチ)」を切(き)り散(ち)らすと、肥(ひ)の河(かわ)は「血(ち)の河(かわ)」に変(へん)じて流(なが)れ下(くだ)りました。

 その内側(なか)の尾(お)を切(き)った時(とき)に、御釼(みかたな)の刃(は)が欠(か)けました。怪(あや)しいと思(おも)い御釼(みかたな)の先(さき)を使(つか)い刺(さ)し割(わ)って中(なか)を見(み)ると、都牟刈之大刀(つむがりのたち)があり取(と)り出(だ)しました。

 この不思議(ふしぎ)な大刀(たち)を天照大御神(アマテラスオオミカミ)に、 白上(はくじょう) (献上) しました。この大刀(たち)が草那藝之大刀(くさなぎのたち)です。

 さてこうして、建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、宮作(みやつく)りの地(ち)を出雲(いずも)の国(くに)に求(も)めました。そして須賀(すが)の地(ち)に着(つ)くと「この地(ち)に来(き)て我(わ)が 心 (こころ)は、すがすがしくなった」と申(もう)され、その地(ち)に宮(みや)を作(つ)られました。それでこの地(ち)を今(いま)でも須賀(すが)と云(い)います。

 この大神(おおかみ)が、初(はじ)めて須賀(すが)の宮(みや)を作(つく)られたときに、その地(ち)から雲(くも)が立(た)ち騰(のぼ)りました。ここに御歌(みうた)をお詠(よ)みになりました。その歌(うた)は、

八雲立(やくもた)つ 出雲八重垣(いづもやへがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣作(やへがきつく)る その八重垣(やへがき)を


八雲立(やくもた)つ 出雲八重垣(いづもやへがき) 妻籠(つまご)みに

八重垣作(やへがきつく)る その八重垣(やへがき)を



 足名椎(アシナヅチ)を、お喚(よ)びになり「我(わ)が宮(みや)の 首(おびと)」に任(にん)じ「稲田宮主 須賀八耳神(イナダノミヤヌシ スガノヤツミミノカミ)」と名號(なず)けました。
 建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、櫛名田比賣(クシナダヒメ)と共(とも)に暮(く)らし出雲国(いずもこく)の基礎(きそ)をつくり、子孫(しそん)の大 國 主 命(オオク二ヌシノミコト)が、葦 原 中 國(あしはらのなかつくに)を平定(へいてい)し治(おさ)めました。

ヤマタノオロチ スサノオ神話(しんわ)はここまで。

 建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、櫛名田比賣(クシナダヒメ)と共(とも)に暮(く)らし出雲国(いずもこく)の基礎(きそ)をつくり子孫(しそん)の大 國 主 命(オオク二ヌシノミコト)が
葦 原 中 國(あしはらのなかつくに)を平定(へいてい)し治(おさ)めました。

ヤマタノオロチ スサノオ神話(しんわ)はここまで。


 奉納神楽 大蛇(おろち)

奉納神楽 大蛇

奉納神楽 大蛇(おろち)


奉納神楽 大蛇

奉納神楽団:多根(たね)神楽団

X(建速須佐之男命 八俣遠呂智)

X(素戔男尊 八岐大蛇)

X(須佐能袁命 須佐能乎命)

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スサノオのご縁
プロバスケット 島根スサノオマジックはこちら

スサノオのご縁・プロバスケット

島根スサノオマジックはこちら



大蛇(だいじゃ)は、おろち、 
 蛇(へび)は、くちなわ、
 〃は、なげもん、
 蝮(まむし)は、まもす、 
と言(い)います

横田弁「大蛇退治の昔話」
(出雲弁の泉さん)

 和銅3年(710)
  元明天皇が平城京(奈良)に都を移す(遷都)
 和銅4年(712)
  古事記(Wiki)が太朝臣安萬侶によりによって献上される。日本最古の歴史書・文学書

・アマテラスオオミカミ:天照大御神
・スサノオノミコト :建速須佐之男命
・アシナヅチ(老夫與):足名椎命、稲田宮主須賀之八耳神
・テナヅチ (老女) :手名椎命
・クシナダヒメ(童女):櫛名田比賣
・ヤマタノオロチ:八俣遠呂智
・クサナギノタチ:草那藝之大刀、天叢雲剣(Wiki)
  和銅6年(713)
 
元明天皇の詔により風土記編纂が命ぜられる

1.諸国の郡郷の名に”好字”をつける、
郡郷山野の名を3文字なら2文字に、
凶音をもつ名は好文字に変えるように
 →佐比買山は三瓶山に
 →五十猛村は磯竹村に
2.郡内の産物の品目
3.土地の肥沃の状態
4.山川原野の名の由来
5.古老(ころう)が伝承している旧聞異事
 養老4年(720)
  日本書紀(Wiki)が完成する。奈良時代に成立した日本の歴史書(全30巻)
・アマテラスオオミカミ:天照大神
・スサノオノミコト:素戔男尊、素戔鳴尊
・アシナヅチ(老夫與):脚摩乳
・テナヅチ(老女):手摩乳
・クシナダヒメ(童女):奇稲田姫、稲田媛、眞髪觸奇稲田媛(まかみふるくしいなだひめ)
・ヤマタノオロチ:八岐大蛇
・クサナギノツルギ:草薙劒、天叢雲剣(Wiki)
 天平5年(733)
  出雲国風土記(島根県)が編纂され、聖武天皇に奏上される
・「意宇郡(おうのこほり)と名づけたのは…」で始まる国引き神話が記載されている
・スサノオノミコトは「須佐能袁命」(最多)や
「須佐能乎命」や「神須佐乃袁命」等
・クシナダヒメは
「久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめのみこと)」
 延暦13年(794)
  桓武天皇が平安京(京都)に都を移す(遷都)

須我の宮(すがのみや) 須我神社(すがじんじゃ)



須我(すが)の宮(みや) 須我神社(すがじんじゃ)




・八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を退治(たいじ)した建速須佐之男命(スサノオノミコト)は、櫛名田比賣(クシナダヒメ)を連(つ)れて出雲(いずも)のこの地(ち)にきました

・「気分(きぶん)がすがすがしくなった」ことからこの地(ち)を「須賀(すが)」と名(な)づけて宮殿(きゅうでん)を造(つく)り共(とも)に暮(く)らしました

・宮殿(きゅうでん) (神社(じんじゃ)) の場所(ばしょ)は、島根県雲南市大東町須賀(しまねけんうんなんしだいとうちょうすが)ですが「須我神社(すがじんじゃ)」です (須賀(すが)と須我(すが)の違(ちが)い)

須我神社 須我神社
須我神社

須我神社

須我神社

須我神社


・須賀(すが)の宮(みや) は日本(にほん)で初(はじ)めての宮(みや)であり 日本初之宮(にほんはつのみや) と云(い)われています

・建速須佐之男命(スサノオノミコト)は雲(くも)の立(た)ち騰(のぼ)るのを見(み)て歌(うた)をよみました

八雲立(やくもた)つ 出雲八重垣(いづもやへがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣作(やへがきつく)る その八重垣(やへがき)を

夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁


八雲(やくも)立つ 出雲(いづも)八重垣(やへがき) 妻籠(つまご)みに
 八重垣(やへがき)作る その八重垣(やへがき)を


夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾
夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁



と31文字(もじ)で歌(うたい)いました.

これは 日本(にほん)で最初(さいしょ)の和歌(わか) 発祥(はっしょう)の地(ち)といわれています.

「やまとうた」さんのHP

須我神社さんのホームページ

須我神社(youtube:4分)

須我神社の場所:地理院地図

 八雲山の場所:地理院地図


 YouTube 8分

[須我神社参拝ガイド] 須我神社を地元民が解説
よくわかる須我神社   前編

よくわかる須我神社奥宮 後編

X(須我神社 須佐神社 八重垣神社)


船 通 山(せんつうざん)・鳥 上(とりかみ)


建速須佐之男命(スサノオノミコト)が、出 雲 国(いずものくに)の肥(ひ)の河(かわ) (斐伊川) 上流(じょうりゅう)の
鳥髪(とりかみ) (奥出雲町鳥上の船通山) に降(くだ)ってきました

天叢雲剣出顕地の碑

船通山 山頂(せんつうざんさんちょう)・天 叢 雲 剣 出 顕 之 地(あめのむらくものつるぎしゅつけんのち) 地理院地図

毎年7月28日 船通山宣揚祭(せんつうざんせんようさい) (奥出雲町観光協会)
 建速須佐之男命(スサノオノミコト)が、出雲国(いずものくにく)の肥(ひ)の河(かわ) (斐伊川) 上流(じょうりゅう)の鳥髪(とりかみ) (奥出雲町鳥上の船通山) に降(くだ)ってきました

天叢雲剣出顕地の碑

天 叢 雲 剣 出 顕 之 地(あめのむらくものつるぎしゅつけんのち)

船通山(せんつうざん)山頂


船通山宣揚祭(せんつうざんせんようさい) 毎年7月28日

奥出雲町観光協会・地理院地図

亀石コース登山口

亀石コース登山口
地理院地図
鳥上滝コース登山口

鳥上滝コース登山口
地理院地図


・登山口の温泉・日本三大美肌の湯(wiki)





天 叢 雲 剣(あめのむらくものつるぎ)


奥出雲町鳥上 天叢雲の郷



・熱田神宮のご祭神・熱田神宮さん

X(草那藝之大刀 草薙劒 草那藝剣)


三 角 縁 神 獣 鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)



神 原 神 社 古 墳(かんばらじんじゃこふん)


神原神社古墳・三角縁神獣鏡




神原神社古墳、地理院地図

神原神社古墳・三角縁神獣鏡









神 楽(かぐら) の 宿(やど)



須我神社門前(すがじんじゃもんぜん)の「神楽(かぐら)の宿(やど)」

・松江市内(まつえしない)の旧家(きゅうか)を移築(いちく)し神楽(かぐら)の伝承拠点(でんしょうきょてん)として整備(せいび)された施設(しせつ)です。「神楽(かぐら)の間(ま)」の戸(と)や障子(しょうじ)を取(と)り払(はら)い座敷(ざしき)で舞(ま)います
・奉納神楽(ほうのうかぐら)と共(とも)に地域(ちいき)の家内安全(かないあんぜん)や五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈(いの)ります

神楽の宿

開催案内(かいさいあんない)のポスターには、香具山(かぐやま) 、日本武尊(やまとたけるのみこと) や 簸(ひ)の川大蛇退治(かわおろちたいじ)などの演目(えんもく)が記(き)してありました
神楽の宿 うんなん旅ネットHP
神楽の宿
・松江市内(まつえしない)の旧家(きゅうか)を移築(いちく)し神楽(かぐら)の伝承拠点(でんしょうきょてん)として整備(せいび)された施設(しせつ)です。「神楽(かぐら)の間(ま)」の戸(と)や障子(しょうじ)を取(と)り払(はら)い座敷(ざしき)で舞(ま)います。 奉納神楽(ほうのうかぐら)と共(とも)に地域(ちいき)の家内安全(かないあんぜん)や五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈(いの)ります

・開催案内(かいさいあんない)のポスターには、香具山(かぐやま) 、日本武尊(やまとたけるのみこと) や 簸(ひ)の川大蛇退治(かわおろちたいじ)などの演目(えんもく)が記(き)してありました


須 佐 神 社(すさじんじゃ)


出雲国風土記「飯 石 郡(いひしのこほり)」の記述から

須佐郷(すさのさと)。郡家(ぐうけ)の正西(まにし)一十九里(さと)の所(ところ)にある
 神須佐能袁命(すさのおのみこと)詔(の)り給(たま)われるには「この国(くに)は小(ちい)さき国(くに)といえども国処(くにどころ) (良い国) である。我(わ)が御名(みな)は木(き)や石(いし)に着(つけ)けじ」と詔(の)りたまひて、己(おの)が御霊(みたま)を鎮(しず)め置(お)き給(たま)われた。
 そして大須佐田(おおすさだ)、小須佐田(おすさだ)を定(さだ)め給(た)われた。それで須佐(すさ)という。



須佐神社 須佐神社
須佐神社 須佐神社
クリック表示: 上左、 上右、  下左、 下右
須佐神社

須佐神社

須佐神社
クリック表示: 上、中、下

祭 神(さいじん)
須佐能袁命(スサノオノミコト) : 八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を退治(たいじ)し須賀(すが)で宮殿(きゅうでん)を造(つく)る
稲田比売命(イナダヒメノミコト) : 櫛名田比賣(クシナダヒメ)、建速須佐之男命(スサノオノミコト)の妻(つま)
足摩槌命(アシナヅチノミコト) : おじいさん(老夫與)、アシナヅチ(wiki)
手摩槌命(テナヅチノミコト) : おばあさん(老女)、テナヅチ(wiki)
・神社内(じんじゃない)の参拝路(さんぱいろ)は通常真(つうじょうま)っ直(す)ぐですが須佐神社(すさじんじゃ)さんは「くの字」に何度(なんど)も折(お)れています
・不思議(ふしぎ)な光景(こうけい)を、神主(かんぬし)さんにお尋(たず)ねしました
・参拝(さんぱい)・祈願後(きがんご)の帰路時(きろじ)に、神様(かみさま)にお尻(しり)を向(むけ)けないようにとのことから「くの字」になっているそうです

祭 神(さいじん)
須佐能袁命(スサノオノミコト):八俣遠呂智を退治し須賀で宮殿を造る
稲田比売命(イナダヒメノミコト):クシナダヒメ(スサノオの妻)
足 摩 槌 命(アシナヅチノミコト):おじいさん(老父)のアシナヅチ(wiki)
手 摩 槌 命(テナヅチノミコト):おばあさん(老母)のテナヅチ(wiki)
・神社内(じんじゃない)の参拝路(さんぱいろ)は通常真(つうじょうま)っ直(す)ぐですが須佐神社(すさじんじゃ)さんは「くの字」に何度(なんど)も折(お)れています
・不思議(ふしぎ)な光景(こうけい)を、神主(かんぬし)さんにお尋(たず)ねしました
・参拝(さんぱい)・祈願後(きがん)の帰路時(きろじ)に、神様(かみさま)にお尻(しり)を向(むけ)けないようにとのことから「くの字」になっているそうです


須佐神社さんHP、 地理院地図

X(須佐能袁命 稲田比売命 足摩槌命 手摩槌命)


出 雲 大 社(いづもおおやしろ) 大 国 主 命(おおくにぬしのみこと)


出雲大社神楽殿

出 雲 大 社(いずもおおやしろ) 神楽殿(かぐらでん)

大国主命 大国主命

波(なみ)にのる玉(たま)をさずかる大 国 主 命(おおくにのぬしのみこと)
出雲大社神楽殿
出 雲 大 社(いずもおおやしろ) 神楽殿(かぐらでん)

大国主命 大国主命

波(なみ)にのる玉(たま)をさずかる大 国 主 命(おおくにのぬしのみこと)

大国主大神(だいこくさま)


・別名:大穴牟遅神(オオナムチノカミ)・大穴牟遅(オオナムチ)、大 物 主 神(オオモノヌシノカミ)、八千矛神(ヤチホコノカミ)など多数(たすう)
・別名:大穴牟遅神(オオナムチノカミ)、大己貴命(オホナムチ)、大物主神(オオモノヌシ)、八千矛神(ヤチホコ)、など多数
・先妻(せんさい):八上比売命(ヤガミヒメ)、大穴牟遅神(オオナムチ)の兄(あに)たちが求婚(きゅうこん)したが弟(おとうと)の大穴牟遅神(オオナムチ)を選(えら)び妻(つま)となる
いなばの白兎(しろうさぎ):出雲大社(いずもおおやしろ)HP
・正妻(せいさい):須勢理毘売命(スセリヒメ)・須世理毘売命(スセリヒメ)・・・建速須佐之男命(スサノオノミコト)の娘(むすめ)

出 雲 大 社(いづもおおやしろ)さんのHP

案内地図:出雲大社(Mapion)、 出雲大社銅鳥井 (地理院地図)




全国のスサノオノミコト神社


全国のスサノオノミコト神社



素 盞 雄(スサノオ) 神 社(じんじゃ)


(御祭神:素盞雄大神、東京) 素盞雄神社

素盞雄神社

素盞雄神社(東京荒川区):上、下


須我神社 須佐之男命 島根県雲南市大東町須賀:JR松江駅
須佐神社 須佐能袁命 島根県出雲市佐田町須佐:JR出雲市駅
八重垣神社 素盞嗚尊 島根県松江市佐草町:JR松江駅
熊野大社 素戔嗚尊 島根県松江市八雲町熊野:JR松江駅
日御碕神社 素盞嗚尊 島根県出雲市大社町日御碕:JR出雲市
彌榮神社 須佐之男命 島根県鹿足郡津和野町:JR津和野駅
素鵞神社 素戔嗚尊 茨城県小美玉市:JR石岡駅
氷川神社 須佐之男命 さいたま市大宮区高鼻町:JR大宮駅
素盞雄神社 素盞雄大神 東京都荒川区南千住:JR南千住駅
須賀神社 須佐之男命 東京都新宿区須賀町:JR四ツ谷駅
津島神社 建速須佐之男命 愛知県津島市神明町:名鉄津島駅
八坂神社 素戔嗚尊 京都市東山区祇園町:京阪祇園四条駅
須賀神社 素盞鳴尊 和歌山県みなべ町:紀勢線南部駅
祇園神社(神戸・平野) 素盞嗚尊 神戸市兵庫区上祇園町:JR三ノ宮駅
廣峯神社 素戔嗚尊 兵庫県姫路市広嶺山:JR姫路駅
素盞嗚神社 素盞嗚尊 広島県福山市新市町:JR上戸手駅
小倉祇園八坂神社 素盞嗚尊 北九州市小倉北区:JR小倉駅
須佐能袁神社 素戔鳴尊 福岡県久留米市草野町:JR筑後草野駅
 須我神社 須佐之男命
  島根県雲南市大東町須賀:JR松江駅
 須佐神社 須佐能袁命
 島根県出雲市佐田町須佐:JR出雲市駅
 八重垣神社 素戔嗚尊
 島根県松江市佐草町:JR松江駅
 熊野大社 素戔嗚尊
 島根県松江市八雲町熊野:JR松江駅
 日御碕神社 素盞嗚尊
 島根県出雲市大社町日御碕:JR出雲市
 素盞雄神社 素盞雄大神
 東京都荒川区南千住:JR南千住駅
 須賀神社 須佐之男命
 東京都新宿区須賀町:JR四ツ谷駅
 氷川神社 須佐之男命
 さいたま市大宮区高鼻町:JR大宮駅
 津島神社 建速須佐之男命
 愛知県津島市神明町:名鉄津島駅
 熱田神宮 素盞嗚尊
 名古屋市熱田区神宮一丁目:JR熱田駅
 八坂神社 素戔嗚尊
 京都市東山区祇園町:京阪祇園四条駅
 須賀神社 素盞鳴尊
 和歌山県みなべ町:紀勢線南部駅
 祇園神社(神戸・平野) 素盞嗚尊
 神戸市兵庫区上祇園町:JR三ノ宮駅
 廣峯神社 素盞鳴尊
 兵庫県姫路市広嶺山:JR姫路駅
 小倉祇園 八坂神社 素盞嗚尊
 北九州市小倉北区:JR小倉駅
 須佐能袁神社 素戔鳴尊
 福岡県久留米市草野町:JR筑後草野駅
X(須佐之男命 素盞嗚尊 素盞雄大神)


全国のクシナダヒメ神社



八 重 垣(やえがき) 神 社(じんじゃ)


(御祭神:素盞嗚尊、稲田姫命)
八重垣神社 八重垣神社
八重垣神社
八重垣神社(松江市佐草町):左、 上右、 下右
八重垣神社

八重垣神社

八重垣神社

八重垣神社 (松江市佐草町)
上、中、下

 YouTube

八重垣神社の巫女舞(5分) 鏡の池占い(4分)
 YouTube

八重垣神社の巫女舞(5分)

鏡の池占い(4分)
須我神社 稲田比売命 島根県雲南市大東町須賀:JR松江駅
須佐神社 稲田比売命 島根県出雲市佐田町須佐:JR出雲市駅
八重垣神社 稲田姫命 島根県松江市佐草町:JR松江駅
稲田神社 奇稲田姫之命 茨城県笠間市稲田:JR水戸線稲田駅
氷川神社 稲田姫命 さいたま市大宮区高鼻町:JR大宮駅
六所神社 櫛稲田姫命 神奈川県中郡大磯町:JR二宮駅
櫛田神社 櫛稲田姫命 富山県射水市串田:JR新高岡駅
木田神社 稲田姫命 福井市西木田:福武線商工会議所前
八坂神社 櫛稲田姫命 京都市東山区祇園町:京阪祇園四条駅
須賀神社 櫛稲田姫命 和歌山県みなべ町:紀勢本線南部駅
祇園神社 櫛稲田姫命 神戸市兵庫区上祇園町:JR三ノ宮駅
廣峯神社 奇稲田媛命 兵庫県姫路市広嶺山:JR姫路駅
櫛田宮 櫛稲田姫命 佐賀県神埼市神埼町:JR神埼駅
 須我神社、稲田比売命
 島根県雲南市大東町須賀:JR松江駅
 須佐神社、稲田比売命
 島根県出雲市佐田町須佐:JR出雲市駅
 八重垣神社、稲田姫命
 島根県松江市佐草町:JR松江駅
 稲田神社、奇稲田姫之命
 茨城県笠間市稲田:JR水戸線稲田駅
 氷川神社、稲田姫命
 さいたま市大宮区高鼻町:JR大宮駅
 六所神社、櫛稲田姫命
 神奈川県中郡大磯町:JR二宮駅
 木田神社、稲田姫命
 福井市西木田:福武線木田四辻駅
 八坂神社、櫛稲田姫命
 京都市東山区祇園町:京阪祇園四条駅
 須賀神社、櫛稲田姫命
 和歌山県みなべ町:紀勢本線南部駅
 祇園神社、櫛稲田姫命
 神戸市兵庫区上祇園町:JR三ノ宮駅
 廣峯神社、奇稲田媛命
 兵庫県姫路市広嶺山:JR姫路駅
 櫛田宮、櫛稲田姫命
 佐賀県神埼市神埼町:JR神埼駅
 YouTube 9分


X(稲田比売命 稲田姫命 櫛稲田姫命)


奥出雲おろちループ



ヤマタノオロチをイメージした日本最大規模の二重ループ方式の道路
とぐろを巻く大蛇(おろち)のようですね



奥出雲おろちループ

国道314号 福山市~三刀屋町 総延長140km
左方は 道の駅 奥出雲おろちループ
右方に鉄の彫刻美術館、三国ロッジがあります

奥出雲おろちループ

紅葉に映える三井野大橋(みいのおおはし) 10月31日
紅葉見頃情報:日本気象協会

奥出雲おろちループ

一重目のループ橋

トロッコ列車 奥出雲おろち号

トロッコ列車「奥出雲おろち号」道の駅から遠望

(標高564m)出雲坂根駅←JR木次線→三井の原駅(標高726m)
標高差162m:距離約6.4km:ニッポン旅マガジン
出雲坂根駅の愛称は「天真名井(あめのまない)」出雲の國・斐伊川サミット
三井野原駅の愛称は「高天原(たかまがはら)」 出雲の國・斐伊川サミット


ヤマタノオロチをイメージした日本最大規模の二重ループ方式の道路
とぐろを巻く大蛇(おろち)のようですね



奥出雲おろちループ

国道314号 福山市~三刀屋町
総延長140km

奥出雲おろちループ

紅葉に映える三井野大橋(みいのおおはし) 10月31日
紅葉見頃情報:日本気象協会

奥出雲おろちループ

一重目のループ橋

トロッコ列車 奥出雲おろち号

トロッコ列車「奥出雲おろち号」
道の駅から遠望
出雲坂根← JR木次線 →三井の原
標高564m   標高726m
標高差162m:距離約6.4km
ニッポン旅マガジン
出雲坂根駅の愛称は 天真名井(あめのまない)
三井野原駅の愛称は 高 天 原(たかまがはら)



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もう一つの スサノオ神話(しんわ)

島根県 大田市 五十猛町(いそたけちょう)




・高天原(たかまがはら)で暴(あば)れすぎて追放処分(ついほうしょぶん)された須佐之男尊(スサノオノミコト)は、 五 十 猛 命(イソタケルノミコト)を従(したが)え、 新羅國(しらぎこく)に天隆(あまくだ)り曾尸茂梨(そしもり)に住(す)みました
・しかし、ここに居(い)たくないとのことで、埴船(はにふね)(土(つち)でつくった船(ふね))に乗(の)り日本(にほん)へ戻(もど)るときに、 大浦(おおうら)の島(しま)(神島(かみしま))に船(ふね)を泊(と)めて、上陸(じょうりく)したと伝(つた)えられています
・半島(はんとう)から舟(ふね)で戻(もど)る場合(ばあい)、ランドマークの佐比賣山(さひめやま)(三瓶山(さんべさん))を目指(めざ)し、五十猛(いそたけ)に上陸(じょうりく)したのでは(かってな推測(すいそく))・・・

神 島(かみしま) と 神 上(しんじょう)


神島(かみしま)と神上(しんじょう)


神島と神上 佐比賣山
クリック表示: 左、 右
神島と神上

佐比賣山
クリック表示: 上、 下

・半島(はんとう)から埴船(はにふね)で上陸(じょうりく)し舟(ふね)を繋(つな)いだ島(しま)で、浜(はま)の岩礁(がんしょう)(神上(しんじょう))から浜辺(はまべ)に上陸(じょうりく)と伝(つた)えられています。ランドマークの佐比賣山(さひめやま)(三瓶山,1126m)が浜(はま)の奥(おく)にえます

・726年(神亀(しんき)3年):佐比賣山(さひめやま)は三瓶山(さんべさん)に改名(かいめい)(三瓶山 歴史と伝説 石村禎久著)、麓(ふもと)の佐比賣村(さひめむら)は昭和29年市制時(しせいじ)に三瓶町(さんべちょう)に改称(かいしょう)

・726年(神亀(しんき)3年):五十猛村(いそたけむら)は磯竹村(いそたけむら)に改称(かいしょう)(石見八重葎(いわみやえむぐら))、明治22年の町村制時(ちょうそんせいじ)に五十猛村(いそたけむら)になる:(ふるさと読本 西部ブロック推進協議会 2005年5月)

五十猛 (地理院地図)

 YouTube 島根県大田市五十猛町

神島(かみしま)・灯台神話絶景(とうだいしんわぜっけい)コース(7分)

和田珍味本店からの眺め


国土交通省とるぱの全国人気ランキング第1位

「VIEWCAFE&SHINWA」からの眺めは最高です
カフェでコーヒを頂きながらの眺めは、日中はもとより
夕日の眺めはすばらしい!
ご参考:松江の夕日時刻
松江観光協会
是非一度の眺望をお勧めします

神 別(かみわか) れ 坂(さか)


神別れ坂 神別れ坂
神別れ坂 坂から見る神島・神上

・海岸(かいがん)に上陸(じょうりく)した神々(かみがみ)は、砂浜(すなはま)を東(ひがし)に向(む)かい汐吹(しおふ)きの坂(さか)で別(わか)れました

・須佐之男尊(スサノオノミコト)は西(にし)に向(むか)って韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)に、
五 十 猛 命(イソタケルノミコト)は東(ひがし)に向(む)って湊 宮 山(みなとみややま)の五十猛神社(いそたけじんじゃ)に
それぞれの住(す)まいを設(もう)けました

・ここを拠点(きょてん)に樹木(じゅもく)の種(たね)を大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)と抓津姫命(ツマズヒメノミコト)の協力(きょうりょく)で、全国(ぜんこく)に植(う)え、植林(しょくりん)、製材(せいざい)、建築(けんちく)を起(お)こしたとのことです
神別れ坂

神別れ坂

・海岸(かいがん)に上陸(じょうりく)した神々(かみがみ)は、砂浜(すなはま)を東(ひがし)に向(む)かい汐吹(しおふ)きの坂(さか)で別(わか)れました

・須佐之男尊(スサノオノミコト)は西(にし)に向(むか)って韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)に、
五 十 猛 命(イソタケルノミコト)は東(ひがし)に向(む)って湊 宮 山(みなとみややま)の五十猛神社(いそたけじんじゃ)に、
それぞれの住(す)まいを設(もう)けました

・ここを拠点(きょてん)に樹木(じゅもく)の種(たね)を、
大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)と抓津姫命(ツマズヒメノミコト)の
協力(きょうりょく)で、全国(ぜんこく)に植(う)え、
植林(しょくりん)、製材(せいざい)、建築(けんちく)を起(お)こしたとのことです
上:坂から~上陸した神島・神上
左:神別れ坂、地図:地理院地図


韓 神 新 羅 神 社(からかみしらぎじんじゃ)


韓神新羅神社 韓神新羅神社
韓神新羅神社

大田市五十猛町(いそたけちょう)の韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)、背後(はいご)の山(やま)は韓郷山(からごやま)

祭神(さいじん)
・須佐之男尊(スサノオノミコト)、 三神を連(つ)れて新羅(しらぎ)の国(くに)に天隆(あまくだ)り五十猛(いそたけ)に上陸(じょうりく)する

・大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)、須佐之男尊(スサノオノミコト)の娘(むすめ)で姉神(あねがみ).全国(ぜんこく)の山々(やまやま)に木種(きだね)を撒(ま)いた林業(りんぎょう)・建築(けんちく)の女神(めがみ)

・抓津姫命(ツマズヒメノミコト)、須佐之男尊(スサノオノミコト)の娘(むすめ)で妹神(いもうとがみ).姉神(あねがみ)と同(おな)じ林業(りんぎょう)・建築(けんちく)の女神(めがみ)


左、右、 Mapion、地理院地図
左、右、 Mapion、地理院地図

五 十 猛 神 社(いそたけじんじゃ)


五十猛神社 五十猛神社

・主祭神(しゅさいじん)は、五 十 猛 命(イソタケルノミコト)

・創立:延長3年(925年)

・須佐之男尊(スサノオノミコト)の息子(むすこ)、全国(ぜんこく)の山々(やまやま)に木種(きだね)を撒(ま)きそのご紀伊国(きいこく)へ

・木(き)の国神話(くにしんわ)の社(やしろ) 伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)…和歌山県(わかやまけん)

左、右、地理院地図
五十猛神社

五十猛神社

・祭神(さいじん)は、五 十 猛 命(イソタケルノミコト)、須佐之男尊(スサノオノミコト)の息子(むすこ)
・全国(ぜんこく)の山々(やまやま)に木種(きだね)を撒(ま)きそのご紀伊国(きいこく)へ
・木(き)の国神話(くにしんわ)の社(やしろ) 伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)…和歌山県(わかやまけん)
上、下、地理院地図

逢 浜(おうはま)


逢浜橋 逢浜橋

・神々(かみがみ)がいつかここで逢(あ)おうと話(はな)された逢浜川(おうはまかわ)と逢浜橋(おうはまはし)

・今(いま)はコンクリートの橋(はし)ですが当時(とうじ)は丸太(まるた)でしょうか
左、右、地理院地図
逢浜橋

逢浜橋

・神々(かみがみ)がいつかここで逢(あ)おうと話(はな)された逢浜橋(おうはまはし)と逢浜川(おうはまかわ)

・今(いま)はコンクリートの橋(はし)ですが当時(とうじ)は丸太(まるた)でしょうか
上、下、地理院地図


大 屋 姫 命 神 社(おおやひめのみことじんじゃ)



逢浜橋(おうはまばし)から上流 6kmの神社(大田市大屋町)
逢浜橋(おうはまばし)から上流 6kmの神社
(大田市大屋町)

大屋姫命神社 大屋姫命神社

・祭神(さいじん)は姉神(あねがみ)の、大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)・大屋都比売命

・当地において建築に務められといわれる


・場所:地理院地図
大屋姫命神社

大屋姫命神社

・祭神(さいじん)は姉神(あねがみ)の大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)

地理院地図

X(五十猛命 大屋津姫命 抓津姫命)

鬼村の鬼岩

大田市大屋町 鬼村の鬼岩
鬼村の鬼岩 ふるさとおにみむらづくり委員会

・鬼岩(おにいわ)の紹介(しょうかい):鬼村の鬼岩 (島根のジオサイト百選)
・鬼岩の場所:地理院地図

・明治22年 町村制(ちょうそんせい)の施行(しこう)により鬼村は、迩摩郡大屋村(おおやむら) (大国村の一部、大屋村、鬼村) となる
・昭和31年9月 大田市第3次合併で、大田市大屋町鬼村となる
・全国(ぜんこく)で鬼村(おにむら)と名(な)ずくのはここだけ
・石見銀山神楽連盟 大屋神楽社中


 YouTube 大屋神楽社中-「田村」


ダイジェスト 鬼岩祭り (15分)

鬼村の鬼岩はこちら


国引(くにびき)き神話(しんわ)(三瓶山西の原の看板)


国 引(くにびき) き 神 話(しんわ)
(三瓶山西の原の看板)


三瓶山西の原 三瓶山西の原の看板 三瓶山西の原の看板

「八束水臣津野命(ヤツカミズオミツノミコト)が、国々來々(くにこくにこ)と引(ひき)き来(き)・・・」
国引(くにび)き神話(しんわ) はこちら、三瓶山(さんべさん)西(にし)の原(はら) はこちら
三瓶山西の原 三瓶山西の原の看板 三瓶山西の原の看板

「八束水臣津野命(ヤツカミズオミツノミコト)が、国々來々(くにこくにこ)と引(ひき)き来(き)・・・」
国引(くにび)き神話(しんわ) はこちら 
三瓶山(さんべさん)西(にし)の原(はら) はこちら

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