sleeping beauty (1)

その2  その3  その4    .




 目がさめたら、見知らぬ部屋だった。

「あれぇ……?」
 見慣れない白い天井に首を捻る。
 おかしいな。確か昨日は……未確認と戦った後、桜子さんの研究室に転がりこんでそのまま 寝てたはずなんだけど……。この寝心地の良いベッドから察するに、また椿さんとこの病院っ てわけでもなさそうだし。
「ここって……」
 周囲を確認すれば、ベッドの向かいにはデスクトップタイプのパソコンの置かれた机と、そ の横には書棚とCDデッキ。クローゼットは作りつけだろうか? 驚く程モノが少ない、とも すれば殺風景になりかねない程にきちんと片付けられた部屋がそこにあった。
 ふとサイドテーブルにおかれた紙が目に入る。ペーパーウェイト代わりのように、銀色の鍵 の乗せられた白いメモ用紙。そこには書き手の性格を匂わすかのように、やや角ばった綺麗な 字でこう書かれていた。

   『よく眠っているようなので、起こさずに行きます。
    冷蔵庫の中にあるものは、好きに食べてかまいません。
    できればそのまま休んでいてほしいのですが、
    外出するようなら、この鍵を使ってください。
    予備の合い鍵なので、返す必要はありません。
                           一条』
「………………」
 これって、これって、これって………
「えぇ〜〜〜〜!」
 のどかな昼下がりに、雄介の悲鳴が響き渡った。


 トゥルルルルルル〜。
 しばし唖然としていた五代の耳に電子音が響き渡った。音源は?と、あたふた周囲を見渡せ ば、パソコンの横に備え付けられた電話が着信ランプを点滅させている。もしかしたら一条 からかも、と思いつつも、とるべきか否かと悩んでいるうちに、セットしてあったのだろう、 留守番電話へと切り替わった。
「ただいま留守を───」
『五代くん、まだそこにいる? いたら電話とってくれない』
 おきまりのメッセージを遮った聞きなれた声に、五代は慌てて受話器をとった。
「桜子さん?」
『良かった、まだそこにいたんだ』
「そ…そこにって、どうして俺がここにいることを、じゃなくてそもそも研究室にいたはずの 俺がどうしてここにいるわけ」
『あれ、一条さんから聞いてないの』
「聞いてない。俺、さっき起きたばかりだから」
『さっきって……もう10時過ぎよ』
『うん、本当もうぐっすり寝たってかんじ。で、どういうわけ?』
『五代君が眠りこんでから、そうねぇ……1時間ぐらいたった頃かな、一条さんから五代くん がどこにいるか知らないかって連絡あってね、ここにいるって言ったらすぐ行きますって…… 本当に10分かからず来たから驚いちゃった。それで五代くんがそこで寝てるのを見て、ここ じゃあ休めないから連れて帰るって……で、一条さんなにしたと思う?』
「……なにをしたわけ?」
 くすくすと笑みを含んだ口調に、とっても怖い予感がするけれと、念のため聞いてみる。
『なんと、いわゆるお姫様抱っこで五代くんのことテイクアウトしちゃった』
「えぇぇ〜〜〜」
『さすが警察官よね。いくら五代くんが細身だとはいえ、同じくらい身長の男性を軽々持ち上 げちゃうんですもの。ちょっと見とれちゃった』
「あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜」
 聞くんじゃなかった。よりによって『お姫様抱っこ』。はう〜〜、連れて帰るにしても他に 色々と方法があるでしょうに。これはもしかして、『一生の不覚』の意趣返しだろうか。そも そも今度会ったらどんな顔すれば………
『頭抱えてるとこ悪いんだけど、そろそろ現実に戻ってきてくれる』
「あ、ごめん。で、なに? わざわざ連絡くれるなんて」
『碑文で、ちょっと新しいのが出たから見てほしいのよ。出られる』
「判った。今から行くから……あ!」
『どうしたの?』
「桜子さん、ここどこだと思う? 俺、一条さんのこの部屋の住所知らないんだけど」
 一条さんに連れてこられたってことはTRCSもないだろうしどうしよう…と頭を抱える俺に 桜子さんの言葉はなぜかとっても冷たかった。
『ゴウラムにでも、迎えにきてもらったら』
「桜子さぁん〜〜〜」






「そういえば、つい呼んじゃったけど、身体大丈夫?」
 場面変わって、城南大学の研究室である。
「平気、平気。一晩ぐっすり眠ったら、もう疲れなんてふっとんじゃった」
「それが誰かさんのベットでならなおさらよね、じゃなくて私が言ってるのは、身体が辛くな いのかってことよ」
「へ? 俺、別に怪我なんかしてないけど」
 昨日は緑で戦ったから疲れはしたものの、特に怪我をしたおぼえはない。ついでになにかさ らりと怖いことを言われた気がするが、気にしないでおこう……
「そうじゃなくて、腰の方。やだ、仮りにも女の子になに言わせんのよ」
「へ? 腰? 腰って………さ…桜子さん」
 と、思ったのだが、ちょぉ〜っと待て。
「なに?」
「もしかして、とんでもない誤解してない」
「え? 誤解って?」
「だから俺と一条さんのこと」
「誤解もなにも、そういう仲なんでしょう。いいのよ、五代くん隠さなくても。私そういうの に偏見ないから」
 やっぱりしてる。
「だぁかぁらぁ〜、違うんだって」
「え? あ、もしかして上下関係逆だった? そうなの、意外だわ。私はてっきり五代くんの 方が下かと───榎田さんとも話してたのよね。そりゃあ確かに一条さんは綺麗だけど。ほ ら、体格とか性格とか考えるとやっぱりぃ」
「stop! ちょっと待った、桜子さん」
 怒涛のような言葉の奔流にかろうじてちょっと待ったコールをかける。このまま放っておい たら、結婚式まで話が進んでしまいそうだ。
「だいたいやっぱりってどういうこと。俺と一条さんのことどういう風に見て……今、榎田さ んって言ってなかった?」
「言ったけど」
「なに話してんですか!? 榎田さんと!」
「え? いやその……お互い徹夜続きでしんどいから、潤い欲しいなぁって」
 笑ってごまかす。この様子だと、それにみのりちゃんも加わってることは言わないであげた ほうが良いだろう。
「人の人間関係を勝手に潤いにしないでくれる。そもそも俺と一条さんはただの友人であっ て、上下問題が発生するような関係じゃないんだから」
「えぇ〜〜! 嘘!」
 そこまで驚くか。
「本当だって。まぁ確かにクウガのこともあるから、普通の友人よりはちょっとは親密かも知 れないけど」
「ちょっとはって、そういうレベルじゃないわよ。普通する? その普通の友人相手にお姫様 抱っこ」
「そ…それは、きっと俺がクウガだから身体のこと気遣って──」
「いいえ、あれはそういう抱き方じゃなかったわ」
 雄介の言い訳をドきっぱりと遮って、桜子が断ずる。どうやらかなり煮詰まってるらしい。
「抱き上げ方だろ」
「同じようなものでしょ。一条さんてば、とっても心配そうな顔で入ってきたのに、仮眠用 ベットで(あんまり徹夜が多いので、諦めて設置しました。←桜子)ぐっすり寝てる五代くん を見たら、あっという間に表情柔らかくしちゃって。そのまましばらく寝顔を見てたかなっと 思ったら五代くんのこと、とぉっても大切そうに抱き上げたのよね」
「寝顔って……止めてよ、桜子さん」
「そんな野暮なことできますか。それに五代くんも五代くんよ」
「え? 俺?」
 いきなりふられて焦る。なんかしたっけ? 俺はただ寝てただけのはずなんだよな。
「そうよ、一度目ぇ覚ましたの憶えてない?」
「憶えてないけど」
「じゃあ、あれは無意識ってことか。ならなおさら危ないんじゃない」
「なにやったわけ? 俺」
 いったい無意識に何をやらかしたんだろう、俺。だんだん自分自身も信用できなくなってきた五 代雄介であった。
「一度目を開けたのよ、確かに。で、一条さんの顔を確認するとまた眠っちゃったのよね、安 心したみたいに微笑って」
「えぇ〜〜〜、嘘、俺そんなことしたの」
「した。おまけにそれを見た一条さんの嬉しそうだったこと。よっぽど帰ろうかと思ったわ よ。なんであたし、こんなところで一人で、しかも徹夜までして碑文なんか解読してんだろ うって。見せ付けてくれるわよねぇ」
「えぇ〜! えぇ〜! えぇ〜〜〜〜!」
「あぁ、うるさい。ここまで人前でいちゃついといて、何もないとは言わせないわよ」
「えぇ〜、でもっ! でもっ!」
「でもは一度でよろしい。好きなんでしょう、一条さんのこと。さっさと認めちゃいなさい」
「でも………やっぱりそうなのかな」
「そうなの! って、やだ。本当に自覚してなかったの」
「うん」
 今度は桜子の方が驚く番である。あれだけのことを人前でやらかしといて、自覚がなかった なんて。他人だったら絶対、後ろからド突き倒してるぞ。
「けどねぇ、あれは傍から見てたらもう完全にできあがってますって雰囲気だったわよ」
「でも俺も一条さんも男同士だし」
「好きになっちゃえば、そんなこと関係ないでしょ」
「でもさぁ」
「往生際が悪いぞ、五代雄介! ……なにか理由があるわけ?」
 らしくもなくゴネる雄介に桜子が問いただす。彼女の知ってる雄介は事実は事実として認め るし、恋愛においても性別などに拘るような性格はしてなかったはずなのだが。 
「うん。俺的にはすご〜くまずい」
「まずいって、なにが?」
「あの人って、なんか無茶苦茶独占欲強そうな気しない」
「言えてる。そんな感じよね。責任感とかも強そうだから、自分の恋人は目の届くとこにおい といて、なおかつきっちり独占しそう。あぁ、確かに。束縛されるのが嫌な五代くんとして は、恋に落ちるにはとってもまずい相手なわけだ」
「ご名答」
 うっかりあんなタイプにとっ捕まった日には、おちおち冒険にも出かけられない気がする。
「けどねぇ……だからって好きになるのを止められるわけでもないし。実際、好きなんで しょう。一条さんのこと」
「なんだよねぇ。だからほんと、まずいんだけど……ねぇもしかして、俺の片思いって節は」
「ないわね。まぁ五代くんみたいに、自覚があるかどうかは別にしても、あれは絶対、一条さ んも五代くんに惚れてるわよ」
「あぁ〜〜やっぱりぃ〜〜。あ、でも自覚ないって?」
「可能性としてだけど……でも五代くんの話聞いてたら、自覚ナシの行動ってのも、あの人な らアリって気がするわ」
 自覚ナシであの行動ってのも、それはそれでかなりな問題だと思うんだけど。まぁあの一条 さんだし、無自覚の独占欲ってのもありそうよねぇ、とは桜子の内心である。
「だとすると後は一条さんが気付かないでいてくれるのを祈るだけだかぁ。このまま戦いが終 わるまで気付かないでいてくれればなんとか───そうすれば距離もおけるから」
「また冒険に出ちゃうつもり? けどそう上手くいくかなぁ」
 あの一条さんが、狙った獲物を逃がすとは思えないんだけどねぇ、とは桜子の…以下同文。
「じゃあしばらく会わないでいるとか」
「未確認が出たらどうするのよ」
「一条さんとの接触は最小限にして、終わったら速攻で逃げる」
「ま、努力はしてみれば。無駄だと思うけど」
「桜子さん、冷たい」
「当然でしょ。相思相愛の恋愛問題なんて、誰が親身になって聞けますか。追い出されないだ けありがたく思いなさい」
「ご迷惑をおかけしてます」
 と、ぺこりと雄介が頭を下げたところで視線が合い、二人して真顔に戻る。
「さ、本題に入ろうか」
「うん、碑文で新しいのが出たって言ってたよね、どれ?」
「これなんだけど……五代くん、それなに?」
「え? あ、これ?」
 胸のポケットからはみ出していたのは今朝方一条が置いていったメモ用紙。
「………ねぇ、五代くん」
「なに? 桜子さん」
 それに目を通した桜子が、深ぁくため息を付いた。
「本当〜に五代くんと一条さんってなにもないわけ? これってどう見ても。恋人に宛てた手 紙にしか思えないんだけど」
「え? え? どうしてぇ? ただの伝言メモじゃない」
「もぅ五代くん、深読みしなさすぎ。ここの『休んでいてほしいって』のは、自分の帰りを 待っていてほしいってことだし、『合い鍵を返す必要がない』ってのは、合鍵を持っていてほしいってことなのよ。だいたい出だしの『よく眠っているようなので、起こさずに行きます』ってことは、ばっちり寝顔を堪能されちゃったってことでしょう。あぁ、『冷蔵庫の中を勝手に使っていい』っていうのは、食事を作ってほしいって意味にもとれるわね」
「えぇ〜〜そうなの?!」
「そうなの! これじゃあ一条さんも苦労するわ」
 ここまであからさまに好意を示されても気付かないんだから。
「えぇ〜〜でも」
「でももかかしもありますか。こういうとこから、ちゃんと相手の出方読んでおかないと、逃 げるものも逃げられないわよ」
「はい、判りました」
「判ればよろしい。いい、何かあったらちゃんと相談するのよ」
「はい」
「で、この碑文なんだけど……」
 こくりと頷く雄介に満足して、ようやく桜子は本題に入った。
 内心、『後で榎田さんやみのりちゃんにも教えなくっちゃ☆』なんて考えていたことは、雄 介には秘密である。


    
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