sleeping beauty (3)






『失敗した』
 それが雄介の今の心情だった。
 一条の運転する車の助手席で、しみじみと後悔する。
 直帰するはずだった───予定では、未確認を倒したらすぐにポレポレへと。
 予めさりげなぁく、今は店が忙しいことをアピールしておいて、戦いが終わったらすぐにT RCSで、逃げ出すつもりだったのに……なのにこのざまだ。
「傷は痛まないか?」
「大丈夫ですよ、もうぜんぜん」
 そう、失敗の原因はこれ。うっかり未確認生命体の攻撃を避け損ねてしまい、肩を痛めてし まうというドジを踏んでしまったのだ。結構ひどくやられたが、我慢できない程ではなく、そ のままバックレて店に戻るつもりだった。TRCSを動かそうとして、うっかり肩に力を入れ るまでは。


「痛っ」
「怪我をしてるのか?! 五代!!」
「あ、いえ、なんでもないです」
「嘘を付くな。ここか?」
「あ! 痛ぅ…!!」
 痛めた場所を押さえられて、声を殺しきれない。これはヒビでも入っちゃったかな。
「かなりひどく腫れてるな……椿のところに行くぞ」
「え? そ…それは」
「これではバイクは無理だ。科警研に連絡すれば、移動のついでにメンテもしてくれるだろ う。俺の車に乗っていろ」
「いや、俺、大丈夫ですから。一人で帰れます」
「どこが大丈夫なんだ、グリップも握れないんだろう」
「それは、うっかり力を入れちゃったからで…本当、平気ですから」
 どうせしばらくすれば、アマダムが治してくれるだろうし。なにより一条さんの車の助手 席ってのは、今は遠慮したい。
「それのどこが平気なんだ」
「でも俺、店もありますから」
「ばかを言うな。その肩で、働けるわけないだろう。ちょっと待て」
「え? 一条さん?」
「もしもし、いつもお世話になってます。一条です。実は五代がちょっと怪我をしてしまいまして──」
「やめてください!」
 まさか直におやっさんに電話するなんて。携帯を奪いとろうとするが、あっさり片手で制され てしまう。怪我で俺の片手が使えないにしても、ここまで簡単に動きを封じられてしまうなんて。
「えぇ……はい……とりあえず医者に診せに連れていきますので、店の手伝いの方は……は い、すみません、よろしくお願いします」
 話を終えた一条さんは携帯を切り、俺へと向き直った。
「店の方には連絡を入れた。しっかり診てもらってくるようにとのことだ」
「だからって…でも……」
「これでもまだ帰るというなら、本当のことを連絡するぞ。今の電話ではたいした怪我ではな いと言っておいたが、本当なら入院を必要とする大怪我だとな」
「卑怯です、一条さん」
 そんな言い方をするなんて。
「卑怯でもかまわない。五代の体の方が大事だ」
「………」
「一緒に行くな」
 俺は答えず、黙って一条さんの車へと向かった。


「すまない」
「え?」
 俺の意識を一条さんの声が現実に戻す。
「結局は店を休ませることになってしまった。忙しいと言っていたのに」
「それは……」
 言葉を濁す。本当は、以前とさほど変わらない。『忙しい』は、一条との接触をできるだけ 避けるための口実だから───本当に卑怯なのは俺の方。
「大丈夫ですよ、一条さん。おやっさんも理解ってくれてるから」
「だが……」
「本当に心配性ですね。あんまり色々と気にしてるとハゲますよ」
「ハゲるはひどいな。だが心配くらいさせてくれ。結局は五代一人に戦わせてしまってるん だ。俺にできるのは、心配することぐらいだからな」
「そんな! そんなことないです。俺は一条さんがいてくれるから戦えるんです。一条さんが 俺を信頼して、色々と助けてくれるから──俺一人じゃ戦えません」
 俺は一人じゃないから───それが俺を今まで支えてきた。一条さんだけじゃない。桜子さん や、椿さん、みのり。色々な人が俺を支えてくれている。その人たちがいるから俺は戦い続け ることができた。そしてこれからも、支えてくれる人たちの笑顔を護るためなら、俺は戦い続 けられるから。
「そう言ってくれると、少しは気が楽になるな」
「本当ですよ。……あ、そういえば、この間のお礼言ってませんでしたね」
「この間?」
「えぇ、緑になったときです。なんか一条さんの家に泊めてもらったカタチになってしまって」
 ふと思い出して口にする。結局なんだかんだと逃げ回っていたせいで、ちゃんとお礼も言っ てなかった。
「別に…あれは俺が勝手にしたことだ。君が礼を言う必要はない」
「でも……」
「言ったろ。ただでさえ、五代にはなにかと負担をかけてしまっているんだ。あれくらいで礼 を言われてしまっては、こっちが困る」
「あれくらいって、でもわざわざ研究室からから運んでもらっちゃいましたし……あぁ! 思 い出した」
 ついでにいらんことまで思い出してしまった。心なしか顔が熱い。
「五代?」
「ひどいですよ、一条さん」
「? なんのことだ? いきなり」
「よりによって、どうしてやお姫さま抱っこなんです」
 そうだ、これは一度言っておこうと思ったんだ。でないとこの人、またやりかねないし。二 度目は遠慮したい。桜子さんならまだしも、椿さんなんかの目の前でやられちゃった日には、 末代までからかいのネタにされそうだ。
「? それがどうかしたのか?」
「俺は男なんですよ。なのに女の子にするみたいに抱き上げることないじゃないですか」
「だがあれが一番安定がいいだろう」
「だからって、桜子さんの前ですることはないでしょう」
「……彼女の前だと、なにか都合の悪いことでもあるのか?」
「あの後、さんざんからかわれたんですからね。どうせ俺は貧弱ですよ」
 そう、桜子さんは根にもつタイプじゃないから、『お姫さま抱っこ』についてはあの場だけ ですんだけど、あの後『痩せすぎ』だの『薄い』だの、果ては『貧弱』とまで、さんざん言わ れて、結構ぐっさりきたんだから。
「確かに、五代は少し痩せすぎだからな。俺としても、もう少し肉が付いた方がより好みだ し」
「なんの話ですか!」
「体力をつけるためにも、もう少し体重を増やしたほうがいいぞ」
「しかたがないでしょう。体質なんです。食っても身に付かないってのは」
「それは女性の前では口にしないほうがいいぞ」
「知ってます。前に桜子さんの前でそう言ったら、分厚いファイルが飛んできましたから」
「それは過激だな。あぁ、そろそろ着くぞ」
 なんとなく、あちらこちらに引っ掛かる会話をしつつも、俺と一条さんはお馴染みとなった 関東医大病院へと入って行った。







「言っておくが、くれぐれも余計なことはするんじゃないぞ」
 そう椿さんに言うと、一条さんは診察室を後にした。
 俺を病院に送り届けるというイレギュラーを片付けたあとは、当然のように警察の仕事が 待っている。一服する間もなく踵を返した後姿に、罪悪感が沸いてしまう。俺がゴネさえしな ければ、すぐに一条さんは杉田さんたちに合流できたはずなのに。
「相変わらず忙しいやつだな」
「俺がちょっと、我侭言っちゃったから」
「なんだ? 一人じゃ淋しいから、一緒についてきて、とでもねだったのか」
「逆です。俺がここに来るのをごねたから、一条さん心配してここまで着いてきてくれて」
「ごねなくてもあいつはおまえに着いて来たと思うが。なんだ? そんなに俺のところに来る のが嫌だったのか」
「違いますよ。ただ大袈裟にされるのが嫌だっただけで」
「なにが大袈裟だ。これは確実にヒビが入ってたぞ。まぁほとんど回復しかけてるが」
 レントゲン写真を見ながら椿が溜息を付く。せっかくの理想的な肩骨なのに。
「でしょう。だから大丈夫だって言ったんです」
「おまえ、俺の言うこと聞いてないだろう。ヒビの方が骨折よりもやっかいなんだぞ」
「でももう治ってるんでしょう」
 クウガになって以来の、自分の身体の回復力から言えば、もう治ってるはずだ。痛みももう ほとんどないし。
「ヒビ自体はな。そこからくる発熱はまた別だ。身体がだるいだろう」
「…………」
「今夜は泊まっていけ。俺も一晩付き合ってやるから」
「その言い方、なんかやらしいです」
 そういえば、心なしかだるいような気がする。でも帰れないほどじゃないんだけど。
「その気があるなら本当にやらしいこともOKだぞ」
「遠慮しておきます」
「だな、俺もまだ一条に殺されたくはないし」
 椿さんの場合、本気でやりそうだから怖いんだって。なんてことを思いつつ、首をぷるぷる と振ってるとクラリと眩暈がした。やばっ。
「お泊り決定」
 きっちり宣告されてしまう。そして強引に連行された病室にはもう点滴まで用意されてい た。
「なんです、それ」
「解熱剤と栄養剤。さっき一条から連絡貰ったときに、こうなってるのは予想が付いたからな 用意させといた」
「俺、注射とかそういうのはちょっと……」
「子供みたいなことを言ってんじゃねぇよ。さっさと横になれ」
「はい、はい」
 溜息を一つついて上着を傍らの椅子に引っ掛ける。どうやら逃げられそうにないらしい。横 になったシーツはまだ冷たかった。針が左腕に通されて、ゆっくりと液体が落ちてくる。じっ と見つめていると眠くなりそうだ。
「………で、おまえはどうする気なんだ?」
「なんのことです?」
 一応、とぼけてみせる。なんか最近条件反射になってる気がする。でもこのときは本当にな んのことか気付かなくて……だから俺、桜子さんに鈍いって言われるんだよな。
「しらばっくれられると思うのか? おまえ、また痩せたろう」
「否定はしませんけど、それって──」
「一応、自覚はあるんだな。まったく……おまえみたいなタイプが、ほんとは一番やっかいな んだよ。自分は普通に生活してるつもりでも、精神が安定してなけりゃ、露骨に体調に出るだ ろ」
「………」
 図星なだけに、言葉に詰まってしまう。一条さんを避けるために神経を使う日々が、身体に いいわけないのだから。
「気にしてたぞ、あいつ。五代に避けられてるんじゃないかって」
 やっぱり、ばれてたんだ。思わず溜息がこぼれる。しかも椿さんに相談してるし……やっか いな人を巻き込んでくれて。
「おまえも惚れてるんだろう。なのになぜ避けるんだ?」
「直球ですね」
「おまえたちに関してはな。まったく……単純なやつが二人揃っていて、どうしてこうも拗れ るんだ? 俺はおまえらの恋愛相談所じゃねぇんだぞ」
 どうやらそれが言いたかったらしい。
「で、理由はなんなんだ。言っておくが半端な言い訳しやがったら、速攻で一条呼び戻すぞ─ ─ん? なに笑ってんだ」
「あ、すみません。なんか今の言い方、一条さんに似てたから」
『中途半端に関わるな』
懐かしい台詞が思い出される。あれはまだほんの数ヶ月前のことなのに、あの時はこんな想い を持ってしまうなんて思いもしなかった。
「で、どうなんだ?」
「たぶん……俺は怖いんですよ」
「一条がか?」
 それは確かに正解だが。
「いえ、俺自身が、です」
「おまえ自身?」
「えぇ」
 一条さんの視線が怖い。そう感じるようになったのはいつ頃からだろう。まっすぐに俺を見 つめる、射抜くような視線。そしてたまに見せる柔らかなそれは、俺をゆったりと絡めとって 身動きできなくなりそうなほどに優しくて……。
 だから怖い。
 その想いに流されてしまいそうな俺自身が。一条さんになら、束縛されても構わない。そう 思う自分がどこかに確かにいるから。
『冒険に出られなかったら、俺は俺じゃなくなる』
 そう言って『人』と別れたことさえあったのに。
「俺は、今のままの俺が好きなんです」
「だから一条に変えられたくない…か?」
「いえ変えられるのを許したくないんです」
「………やっかいだな」
「自分でもそう思います」
 俺の言いたいことが解ったんだろう。椿さんが苦笑する。
 変わるのは構わない。どう足掻いても人は変わってゆくものだから。だけど変えられるのは 嫌だ。どうしても。だから聞こえないふりをする。どこかで叫んでる自分の心にもふたをして。
「それにしても……」
「なんだ?」
「椿さん、誘導尋問が上手いですね、一条さんと職業取り替えたらどうです?」
 溜息がこぼれる。言うつもりはなかったのに、いつのまにか喋らされてたきっと口にしな かったことさえも薄々気付いているんだろう。ほんと、油断できない人だ。
「ばか言え、怖くてあいつに医者なんかやらせられるもんか。それにあいつだって、こうい うのは上手いぞ。なにせプロだからな」
「えぇ、本当ですか? そういうの苦手そうに見えるけどな」
 それはおまえの前ではあいつが猫を被ってるからだ。とは言わないでおく。余計なことを 言ったら後が怖い。いくら秘密にしておいても、五代に関することは、どこからともなく嗅ぎ 付けてくるからな。だがまぁ…この位は言ってもいいだろう、とさりげなく椿は忠告してやっ た。
「本当だって、なにしろ誘導尋問されてるって相手に気付かせないくらいだからな」
「えぇ!? ……なんか信じられないな」
 なんてしきりに首を捻っているようでは、本人の気付かないうちに色々喋らされていそう だ。
『これは時間の問題かねぇ』
 どうやら防衛に手一杯で、他に気の回ってない患者兼親友の将来の恋人は(すでに椿の中で は決まっている)、着々と一条が五代雄介包囲網を狭めていっていることに気付いてないらし い。
『とりあえず俺に被害がなけりゃ、それでいっか』
 などと気楽に考る椿であった。

 が、事体は彼の思惑を大きく超えて動いていくことになる。





鈍いって、五代くん。一条さんはすでに捕獲モードに入ってる気が。(ひかる)


    
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