sleeping beauty (2)






 そして数日が過ぎた。

「どうした? 一条」
 軽いノックとともに入ってきた友人に、その部屋の主・椿秀一法医学士が問い掛ける。
 場所はすでにお馴染みとなった関東医大病院の一室。
「五代はまだ検査か?」
「いや、もう帰ったぞ」
「帰った? もうか?」
 確か予定ではこの時間からだったはずだが。
「あぁ、店番があるからって、いつもより早くしてほしいって言われて……おまえ、聞いてな かったのか」
「……聞いてない」
「今日来ることは聞いてたのにか?」
「いや。だが定期検診が今日だということは知っていたから、いつもと同じ時間だろうと思っ たんだが」
「つまり五代からは何も聞いてないってことか」
「………」
「この間、未確認出たんだろう、その時はなにも言ってなかったのか?」
「いや、あの時も店を途中で抜けてきたからと、倒した後は先に帰られてしまって……」
 未確認が出るたびに、本来の仕事であるポレポレのバイトの方はおろそかにさせてしまって いるのだ。そう言われては、引き止めるわけにもいかない。
 眉間のしわを深くする一条に、こりゃ長くなりそうだなと、椿は座るよう即した。
「おまえ、もしかして避けられてないか?」
「………」
「言い返さないところを見ると、自覚はあったってことか」
 薄々そうかも知れないと思いつつも、言われたくはなかった言葉。
 ポレポレに電話をかけても留守がちだったり、会いに行ってもまるで図ったかのように留守が 重なる。未確認が出て、内心不謹慎なと思いつつもこれでようやく会えると思ったのもつかの 間、あっという間に去られてしまい、あげくに今日のこれだ。
 どう考えても避けられてるとしか思えないだろう。
「喧嘩でもしたのか? だったらさっさと謝っちまうことだな」
「するわけないだろう、喧嘩なんて。だいたいもし喧嘩していたとしても、なんで謝るのが俺 なんだ?」
「五代が好き好んで喧嘩する奴だと思うか?」
「それは思わないが」
「だろう。その点おまえはなぁ、時々妙にがんこになるから」
「…………」
 当ってるだけに、なにも言えない。まったく、付き合いの長いのも考えものだ。
「で、なにをやったんだ」
「だから喧嘩なんてしていないと言ってるだろう」
「まぁどうせ、その気にならない五代をむりやり犯っちまったってところか? そらあいつも 怒るわ」
「やるって、なにをだ?」
「決まってんだろ、今さら隠すなって。まぁ己の欲望のままにつっ走るのもほどほどにしてお けよ。そのうち愛想つかされるぞ」
「欲望って、おまえいったい何を考えて…」
「だからもう、ばればれなんだって。だいたいなぁ、あんなに二人で雰囲気だしやがって、少 しはこっちのことも考えろよ。まったく、誰のおかげで彼女にフラれたと思って───」
「いいかげんにしろ、椿」
 色々と言いたいことも溜まっていたのだろう、立て板に水のように述べられる言葉の洪水に かろうじて待ったをかける。どさくさに紛れてなにやら聞き捨てならないことも言われたよう な気がするが、それについては後ほどゆっくり話を付けることにしよう。
「なんだ?」
「さっきから一人で納得しているようだが、いったいなんの話をしてるんだ?」
「なんの話って、おまえらの………まさか、おまえ……一条」
 そこまで言いかけてようやく気付く───よもやまさか。
「おまえらって、できてたんじゃなかったのか」
「できてた? 誰がだ?」
「おまえ」
「誰と」
「五代と」
「できてた?」
「そうだ。恋人同士じゃなかったのか? おまえと五代は」
「俺と五代が……恋人…同士……?」
 ゆっくりと椿の言った言葉が耳を通り、脳に至り、ようやく理解に至る。そして……
「!!!!!!!!」
 一条は見事に赤面した。いったい何を想像したのやら。
「なっ…なっ…なっ……」
 ついでに言語中枢もパニックに陥ったらしい。
「なんだってぇ〜!」
「ったぁ〜〜〜、マジかよ」
「だ…だいたい俺も五代も男同士だぞ、そ…それがどうして恋人になるんだ」
「って、おまえ、その顔と態度で言っても、少しも説得力ないぞ」
 顔を赤くして、半ばパニくってる一条薫なんて。いや実に珍しいものを見たもんだ。
「だが…しかし……」
「まさかおまえらが、できてないどころか自覚もなかったとはね。さすがの俺も予想付かん かったわ」
 だが、とすると、なんとなく五代の行動の謎も見えてくる。
「……そんなに、判るか?」
「背中に看板しょってるようなものだな」
「まさかとは思うが、おまえ以外のやつにも……」
「そう思われてると思うぞ。うちの看護婦も怪しいって噂していたぐらいだからな。あぁそれ は適当に誤魔化しておいた。これ以上お喋り雀の話のネタにされるのはごめんだからな」
 なにせうっかり聞いてしまったそれでは、すでに『できてる』段階を通りこして、自分を巻き込ん での三角関係にまで発展していたのだから、否定するのにも力が入ってしまうというものだ。
「ということは五代も気付いているということか」
「たぶんな」
「だから俺を避けているのか」
「ん〜〜〜、そこが判んねぇんだよな」
 溜息を付いて頭をかく。
「? なにがだ?」
「言ったろ、できてると思ったって」
「あぁ。そうおまえに思わせるほど、俺の態度があからさまだったってことだろう」
「それもあるけどな『できてる』ってのは、おまえだけじゃなくて、五代もおまえに気がある ように見えたんだ、俺にはな」
「五代が? 俺を?」
 納得できないという表情の一条に、二人の仲を確信してしまったときのことを話してやる。
「あぁ、一度、おまえが会議であいつの定期検診に間に合わなかったことがあったろう。それ を聞いたときのあいつは、まるで主人にはぐれた迷い犬みたいだったからな。で、その後おま えが駆けつけたときは、全力で尻尾ふっておまえに逢えて嬉しいって、感じだったぞ」
「だが今は俺を避けているのは事実だ」
「なんだよな」
 そこがどうも今一つ判らない。
 あれほど態度で好きと言っておいて、どうして今になって避け始めたのか───追求するに しても、かなり相手が悪いような気がする。けしてポーカーフェイスというわけではないが、 言うまいと決めたことに対するしらばっくれ方は、一条など比較にならないだろう。
 あの笑顔と『大丈夫』という言葉───それにどれだけのものを押し隠してきたのか。
「椿?」
「あ、すまん。ちょっと考え込んでた」
「おまえでも、あいつの考えは読めないか」
「おまえの想いに気付いて避け始めたってのは、間違ってないと思う。思うが問題はその理由 だろう」
「あぁ、そうだな」
 冷静になれば、一条にも椿の言う意味が判った。常識というフィルターに目隠しされて、今 まで見ないふりをしていた数々の出来事。それら一つ一つを思い出してみれば、確かに五代が 自分に好意を持っていてくれたことが感じられる。そしてたとえそれが自分の片想いだったと しても、五代はそんな理由で一条を避けるような人間ではないはずだ。
 ならばいったい……
「まぁ、いいさ」
「一条?」
「嫌われてないのならそれでいい。あいつにもなにか理由があるんだろう」
「おまえはそれでいいのか?」
「良くはないが、ここで考えていても始まらん。とりあえずは待つだけだ」 
 そう、待つことには慣れている。
「まぁ、いつまで持つかはあまり自信はないが」
 なにせここまで本気で人に惚れたのは───相手を思いやって、待つことができるほどに─ ─はじめてなのだから。
「……犯罪者にだけはなるなよ」
「努力はする」
 まぁ実際の話、クウガである五代相手に、犯罪者になれるかどうかは難しいところだろう… ……たぶん。
『大丈夫かねぇ』
 なまじ友人の性格をよぉっく知っているだけに、椿としても頭が痛い。一見、自制心の塊の ように見える一条薫という人間が、その実自分の欲望に対しては、もの凄ぉく素直で、しかも 手段を選ばない性格なことを知っているだけに………
『これは一荒れあるな』
 椿は両思いのはずの親友と患者の先行きの前途多難さに、深く溜息を付いた。


    
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