sleeping beauty (4)







「五代〜〜!!!」
 唇を蒼白にして倒れ伏し、苦しむ五代の姿。

「馬鹿野郎おまえ、死なせねぇぞ!」
 心停止した雄介に、椿が必死に蘇生措置を施す。

「7時44分……死亡を確認した」
 世界が壊れる音を確かに聞いた。

「私……それでも兄は戻ってくるような気がします」
 なぜ信じられる?

『やられる!』
 五代の仇も討てないままに?

「遅いぞ、五代」
 それ以上は言葉にならなくて……




 目がさめたら、見知らぬ部屋だった。

「あれぇ……?」
 見慣れない白い天井に首を捻る。
 見慣れない? いや、違う。ここはおぼえがある。あれは確か───
「気が付いたか?」
「! 一条さん!」
 そうだ、ここは一条さんの部屋だ。前にもこうして目覚めたことのあるあの部屋。慌てて俺 はベッドから身を起こした。
「あ、すみません、俺、また眠っちゃいました?」
そうだ。あの26号の変異体を倒した後、一条さんの車で待っているうちに、なんか急に眠く なって……まずいと思ったんだけどそのまま寝ちゃったんだ。
「無理もない。一日で二回も変身したんだ。ましてや君は今朝まで仮死状態だったんだから な」
「すみません、色々と心配かけて」
 関東医大病院で椿さんに言われた。
俺が死んだと聞かされて、どれだけ一条さんがショックを受けていたかって。
あれは一条さんが本部に電話をかけるために、席を外したときのこと。
「いや、別に君を責めてるわけじゃない。ただもう二度とごめんだとは思ったがな」
「すみません」
 溜息混じりの言葉が痛い。どれだけこの人の心を傷つけたのかが解るから。
やっぱり俺、この人の近くにはいないほうがいいのかも知れない。これからも俺は戦い続ける ことでこの人を傷付けてしまうだろう。たぶん誰よりも俺を護りたいと思ってくれている人だ から………だけど、俺は戦うことを止められない。誰よりもこの人を護りたいから。
───矛盾がメビウスの輪になっている。永遠の堂々巡り。
「本当に心配かけてすみませんでした。俺、帰ります。昨日帰らなかったから、おやっさんも 心配してるだろうし」
「それはだめだな」
「一条さん?」
 一条が立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
「ポレポレの方には、昨日君が病院に運ばれた時に連絡してある。どうなるか解らなかったか ら、しばらく帰れないと」
「そうだったんですか? すみません、気を使わせてしまって」
「だから帰る必要はない。いや、帰さない」
「え? ……!」
 ふいに視界が反転した。背中に柔らかな衝撃。強い力で掴まれた二の腕。そして俺を見下ろ す一条さんの視線。
「おまえが好きだ」
「! な……一条さん? なんです、急にそんなこと言い出して。あ、解った。俺に驚かされ た意趣返しですか? 解りましたから、もう悪ふざけは止めましょうね」
「それでごまかせると思っているのか?」
「ごまかすって……俺、別に」
「俺の気持ちは知っていたはずだな。違うとは言わせない。おまえが俺を好きなことももう、 否定させない」
「一条さん……」
「待つつもりだった。五代が迷っていたことは解っていたから。だがそれも止めだ。もう待た ない」
 ふいに首筋に口づけられ、強く吸われる。チリリと痛みを覚えるほどに強く。
「おまえを俺のものにする。誰にも渡さない。おまえ自身にもだ」
 強い視線が俺を射抜き、俺のすべてを絡めとる。動くことも、呼吸することさえ忘れさせる かのように。
「逃げたいなら逃げればいい。何度でも追って捕まえてやる」
 耳に直接囁かれ、歯を立てられる。甘い毒が全身に回ってゆく。
「二度とおまえを俺から奪わせない。もう二度と」
 眩暈を覚えて目を閉じた俺の唇を一条さんが奪ってゆく。
 深く熱く、なのにどこか痛くて……俺はただ一条さんの想いに流されることしかできなかっ た。



 その夜、俺は幾度も一条さんに抱かれた。
 俺がどんなに泣いても頼んでも解放してはもらえなかった。
 だけどそれこそが一条さんに負わせてしまった傷の深さを見せつけられているようで、逃げ ることも拒否することもできなかった。
ようやく明け方頃に、気を失うように眠りについて、目が覚めたのは翌日の昼過ぎ。一条さん はまだ眠っている。俺を腕に抱いたままで。
力強い暖かな腕。俺をすべてから護ろうとするかのように。
その腕から逃れるように身を起こす。
見下ろした端正な顔に浮かんだ安らかな表情が胸に痛い。

「だから……いや…だったんだ」
 気付きたくはなかったのに。
「だから……逃げるつもりだったのにね」
 目を背けていたかった。なのに、
「あなたに、こんなにも囚われてしまってたなんて」
 あなたの腕の中に俺は居たがっている。
「あなたを傷付けると知っていて」
 そして自分も傷付くと判っているのに。
「もうどこにもいけない」
 一条の想いに囚われて、どこにもいくことができない。

 もう目覚めてしまったから。

「ずっと……眠っていられれば良かったのにね」
 あなたへの想いを胸に沈めて眠らせて、眠り姫のように永遠の眠りの中に。
 だけど……

「ん……」
 身を起こしていた俺を一条さんが抱き寄せる。まるでその腕の中に閉じ込めるかのように強 い力で。

「愛してます」
 小さくつぶやく。

 そして俺は……その腕の中で眠りについた。





とにかく終わった、めでたい!(ひかる)


    
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