愛のばかやろう  《1》

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「一条さんて、綺麗な顔してるよねぇ・・・・・」
桜子の端末を覗き込みながら、思い出したようにうっとり呟く男が一人。
「それでいて、あんなにカッコいいんだよ? 素敵だよねぇ・・・・」
「また、悪い癖がでたな。五代くんてば!」
端末に向かいながら桜子が笑った。
五代 雄介と言う男は、やたらめったら綺麗なものが好きな男だった。



五代雄介は、優しくって、気が利いていて、顔だって悪くないし性格だっていい。
たけど、彼氏にするには向いていない男だった。
ちらりと隣で物思いに耽っている五代を見て桜子はそんなことを考えていた。
桜子が自分の事を考えているのでも感じたのか、不意に桜子のほう見てニコリと笑った。
「・・・桜子さんも、この頃ますます綺麗になってるよね、好きな人でもできた?」
「ぷっ! なんでよ」
ほやぁ〜、と笑いながら出た突拍子も無い言葉に思わず笑ってしまう。
「だってさ、よく言うじゃん? 好きな人ができると綺麗になるってさ」
「そう? 好きな人なんていないけど?」
「ふうん?」
不思議そうな五代に桜子は心の中で呟く。
五代クンがそうやって誉めてくれるからね、綺麗になれるのよ。と心の中で思う。
五代の言葉には本当に心がこもっていて、キラキラ光って桜子に降り注いでくる。
そんな光を浴びてるから自分は綺麗になれる、とニッコリと笑う。
「みのりも可愛くなったろ?」
「そうよねぇ」
「・・・・・もし好きな人がいたりしたら・・・・どうしよう・・・・」
「はははは! 大丈夫よ、心配性ねぇ」
そんなところはやっぱり兄なんだと思う。
「奈々ちゃんも可愛いし」
「うん」
「俺って幸せだよな」
綺麗なモノがいっぱいで、と嬉しそうにニコニコする五代に桜子が苦笑する。
(彼女は本当に五代クンのこと好きなんだけど、判ってないよねぇ。五代クンてニブチンだし・・・・)
軽く溜息をついて桜子は五代を見た。
でも。
コレだけのセリフを聞いているだけなら確かにタラシと言われても仕方ないか、と桜子は友人に言われた言葉を思い出しながら考える。
(五代くんてさぁ、一歩間違えたらすっごいタラシになれるわよねぇ)
桜子と五代の共通の友人で、やはり五代と付き合いの長い彼女のセリフに思わず笑ってしまったものだ。
(五代くんに誉められるほうが、彼氏に言われるより嬉しいときがあるっての、一体どう思う?)
まあ、五代クンの言葉には裏表がないからね、とそのときは答えたっけ。
五代の言葉には本当に綺麗なモノに対する賞賛しかこもっていないから心地良いのだ。
植物だって綺麗だと愛情をかけられれば綺麗な花を咲かせるし、それは人間だって同じことだと桜子は思う。
偽りのない五代の言葉は人に影響を与える。
自分は五代が帰ってきてから綺麗になったと思う。
みのりも、あの奈々っていう子も。
自分の側でニコニコしている五代を見る。
桜子の、とても大好きで大切な五代雄介。
(・・・・・・かといって、五代君を男として好きってわけじゃないところがミソよね・・・・・)
五代は海外での生活が長いせいかスキンシップが結構、いやかなり好きだったりする。
本人にはその行為が日本ではあまり受け入れられていない、という事に気付いてないから隠しもしないし堂々としている。
桜子だって、五代のその行為がただの純粋な挨拶だと知っているから軽いキスぐらいは全然平気だし、側にピットリくっついていたりしても全然気にもならないし、嫌でも無い。
なぜなら、五代が桜子の事を女性として意識していないからだ。
(う〜ん、女性じゃない、っていう事じゃあ、ないのよね)
女性として大切にされている自分を知っている。
(そう、恋愛対象な女性としてこれっぽっちも意識されていないって言う事だわ、うん)
五代にとって桜子は女性というより大切な一人の人間で。
だから、桜子の方も五代を男として意識できないのだ。
その証拠に、長い付き合いのなかで桜子は五代を同じ部屋に泊めた事もあるが、まったく甘い雰囲気になどならなかった。
(まわりは私達のことカップルだと思っているようだけど・・・・・実は全然違うなんて笑っちゃうわ・・・・・・)
「あ、そういえば!」
五代が突然顔を上げた。
「ね、桜子さん、ちょっと前から口紅の色変えたよね?」
「よく、春の新色なの。どう?」
「うん、そのピンク色良く似合ってるよ。前から思ってたんだ。ちょっとパールがかかっているのがいいよね」
言いながら五代はポケットを探る。
「ね、桜子さん、コレ」
ポケットから取り出したのはシルバーチェーンのネックレス。
その先に揺れているのは桜子の口紅と同じ色の宝石でつくられた小さな花。
「桜子さんにはさ、いっつも解読でとかでムチャなお願いしてるし」
「五代君」
「俺、こんな事ぐらいしかできないし、それに桜子さんに似合うと思ったんだ!」
俺のお手製なの、といって本当に嬉しそうに笑う五代を見て・・・・・桜子は胸が詰まるような思いをした。
本当に大変なのは五代のほうなのに、そうやっていつも人のことばっかり考えて。
「へへへ、どう?」
「・・・・・うん、綺麗ね。嬉しいよ!」
自分の喜ぶ顔が一番五代を喜ばせると知っているから満面の笑みを浮かべる。
笑う桜子をみて五代は本当に嬉しそうだ。
「じゃあ、付けて」
「うん!!」
丁度五代が桜子の後ろに回りネックレスをつけようとしたとき、研究室のドアをノックする音がして一条が入ってきた。



「失礼しま・・・・・す」
ドアを開けてまず真っ先に目に入った光景に一条は思わず言葉をなくしていた。
桜子の後ろでネックレスをつける五代雄介の姿。
「あ、一条さん!!」
五代が一条の姿を見つけて笑う。
「あ、一条さん。いらっしゃい」
桜子も笑う。
「付けたよ。うん、似合う!」
「そう?」
「ね、一条さんもそう思いますよね」
突然ふられて、一条は、ええ、まぁ、と頷いた。
「じゃ、俺、コーヒー入れるね」
「うん、一条さんも、どうぞ。解読の事ですよね」
「は・・・・・あ」
全然テレもなにもない二人の態度を見て一条は戸惑いながら勧められた椅子に腰を降ろした。
今の光景を見るとやっぱり二人は恋人同士なのかと思われるが。
だが、五代は自分にあの瞳を向ける。
いま、桜子に向けているのと同じ瞳を。



一条 薫という男は、実は見かけよりずっと俺様な性格をしていた。
一条は自分の容姿に対する世間の評価を良く知っていた。
そしてその端整な容姿ゆえに、小さい頃から言い寄る不埒な輩は多かった。
そんな輩を排除するために、必然的に強くならざるを得なかった。
自分を見る目に宿る欲望にはうんざりしていたし、なにか媚びるような光を宿した瞳にも飽き飽きしていた。
おかげで恋愛や女性に対して夢も希望もなくなってしまった。
いまでは、そんな女性ばかりではないと知ってはいるが、多分凄くシビアになっているだろうとは思う。
現在は未確認の問題があるから私的なお付き合いは後回しになってはいるが、まがりなりにも健全な成人男性、一応理想の女性像なんて者もあったりするが、悲しいかな今の今までお目にかかったことはなかった。
が、あくまでも、そんなふうに考えられるようになったのは人生経験をある程度積んで、大人になったと思われる今でこそだからであって、若い時には結構傍若無人に振舞ってきたとも思う。
そんな荒んだ(?)学生時代を過ごす中でも得た椿 秀一 という男は掛け値なしの親友だったし、今の職場では、自分の実力を認められた己の天職だと思っている。
今では、自分を見つめる瞳にどんな感情がこもっていても受け流して対応できるようになったし、時には己の容姿を武器にすることもできるようになった。
が、最近出会ったこの五代雄介という男は、一条にとって今まで一度も会ったことのないタイプだった。
一番最初に出会った時、五代雄介が自分を見て瞳に浮かべた輝きに、一条はまたか、と思ったが、やがて違う事に気付いた。
五代の瞳には、一条の容姿に対して賞賛の光しかなかったのだ。
他人が己を見るときに浮かぶ歪んだ欲望の色がこれっぽっちも無かったのだ。
だから、一条は五代に興味を持った。
その動向を観察するうちに、どうやら五代という男はただ単純に綺麗なものが好きな男らしいという事はすぐに判った。
桜子やみのり、奈々を見つめる時、青く澄んだ空を見る時、花屋に飾られた綺麗な花を見るとき、道端に咲く小さな花に気付いた時、人の優しさに触れたとき、思いやる心を感じたとき。
そんなものを見つめる瞳と一条を見るときの瞳の色は同じだったから。
いままで、会った事のない男に接して、最初は新鮮な気持ちだったがすぐに変わったことに気付いた。
なにか、面白くない。
自分と他のものを見つめる視線が同じという事は、五代にとって自分も他人も同じ一線に並んでいるという事だ。
現に今も、一条を見る瞳と同じような賞賛の篭った瞳で桜子を見つめている。
ソレの何が悪いのか判らないが、はっきりいって、自分がそのことに対して不満を持っていると一条は気付いていた。
二人の間に恋愛感情が無い事など、色恋沙汰など百戦錬磨な一条にはすぐに判った。わかっているが・・・・・・。
「一条さん?」
不思議そうに問いかけられてわれに帰る。
「コーヒー入りましたよ。どうぞ」
五代が一条の前にコーヒーを置くと桜子の隣に腰を下ろした。
「まだ、特に新しい解読はできていないんですけど」
桜子が申し訳なさそうに頭を下げると一条が慌てて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ無理なお願いばかり言ってしまって、・・・・・私達の方でも未確認の解明につとめているのですが何分資料が少ないものですから」
「そうですね・・・・・。遺跡にあった古代文字ぐらいしか残されてませんものね・・・・」
しばらく桜子とそんな会話をしていた一条は、ふと、五代の視線を感じてそちらを向いた。
「・・・どうした?」
「一条さん、ちゃんと休みとってます?」
「は?」
「目の下にクマできてますよ?」
五代が自分の目の下に指をあてて眉をひそめた。
確かに、言われて見ればここ2週間ばかりロクな睡眠はとっていなかったような気がする。
だが、自分より明らかに体重が落ちているだろう五代に言われたくないなんてちょっと思ったりもして。
心配されるのは、嬉しいけれど自分はそれなりの訓練を積んでいるし体力だって明らかに五代より上だ。
「・・・べつにたいした事は無い」
だから、つい返事がぶっきらぼうになってしまう。
「食事はどうですか?」
が、五代はそれにめげた様子も見せず畳み掛けるように重ねて尋ねてきた。
「・・・・・・・」
そういえば、食事はというと朝はもちろんそんな暇はないし、昼はホカ弁か栄養補強食が多い、夜は捜査本部に詰めているから・・・・・・・。
「ダメですよ!! ちゃんとご飯取らないと!」
「仕方が無いだろう、そんな時間はないんだ」
そんな時間があったら少しでも未確認を・・・・、言外の言葉を感じて五代は唇を尖らせた。
「でも、もうちょっと自分を大切にしてくださいよぅ。一条さんが、倒れちゃったら本末転倒じゃないですか」
下唇を噛んで上目遣いに見つめてくる五代の表情を表面から見つめてしまって、一条は不意に臍の下でズクン・・・・と疼く熱い塊を感じてしまった。
もちろん、こんな場所でそれを表に出したりはしないけれど久々に感じる明らかな欲望にちょっと驚いてしまったりして。
まちがいなく、自分の男としての身体が五代雄介という存在に欲求したのだという事。
「こら、それは反則よ」
桜子が五代をたしなめる。
「え?」
「いえ、こちらの話です」
一条の不思議そうな問いに桜子が笑って答える。
――― 言えない、五代のその表情に落とされた男が何人もいるなんて、それもまったくノーマルの男が。
また本人に何の自覚もないから困るのよね・・・・ま、でも、一条さんだったら・・・・・。
チラリと一条をみて。
いっかな、と思う。みのりも反対しないかも知れない。
「・・・・それより、今日はたしか椿のところに行く日だったろう?」
今一納得していない表情だったが、一条に話題を切り返されて、五代はヤバイと言う顔をした。
「あ! 五代君。サボる気だったわね!!」
桜子に突っ込まれて肩をすくめた五代を見て一条は溜息をついた。
「そんなことだろうと思ったぞ」
「だって、別におかしいところ無いし・・・・・」
「その判断は椿がする」
「・・・はぁ〜い・・・」
二人の会話を聞いていて桜子が笑う。
「ここはもういいから五代クン、行ってくれば?」
「え?」
「解読はまだでないし、ね? ちゃんと調べて貰って? 心配だよ、私」
桜子に見つめられて五代は頷いた。
「うん、わかった。ちょっと行ってくるよ。桜子さんも無理しないでね」
すでに一条は立ち上がっている。
五代が立ち上がり一条の隣に立つと促すように腰に一条の手が回った。
「いくぞ」
その手は無意識なものなんだろうな・・・・と桜子は思う。
出て行く二人に手を振ると桜子は再びパソコンの前に座り直した。
一条の五代を見つめる瞳。
五代が桜子にネックレスをはめる姿を見たときの瞳。
「アレは女性に向ける瞳じゃないわよね」
思わず笑ってしまう。
きっと本人は気付いてないが、おそらく一条は五代のことを。
「でも、五代君にはアレぐらいの人のほうがいいのかもね・・・・・」
桜子は知っている。
一条が超俺様な性格だって事を。
警察という閉鎖的な組織に所属しながら自分に、いわゆる部外者に解読を頼んでいるという事、話に聞いただけだが上層部に対しても五代の正体を伏せていること、TRCSを、恐らく己の独断で与えていること、ここにきていることもおそらく単独の行動であること、五代の身体を椿医師に任せているという事もそうだろう。
五代との会話が蘇る。
『一条さんが綺麗なのは顔だけじゃないんだ』
桜子が、五代君て本当に面食いなんだから、とからかった時に言ったこと。
『一条さんの、理不尽なことには屈しないっていうのかな? その気高さが内面から輝きを与えてると思うんだよね』
『気高さ?』
『うん、なんて言うのかな、正しいことを貫き通す強さ?かな、上手く言えないんだけど、あんなに心の強い人は見た事が無いよ、俺』
『・・・・よく、わかんないな』
『そうだね、例えば王様ってさ、皆の意見を聞いて纏めなきゃいけないから、受け入れる広さを持ってなきゃいけないと思うんだ。反対に女王様ってさ、人の上に立つ気高さって必要だと思うんだ。他人を従わせるなにか、みたいな』
『うん』
『一条さんてさ、他人を従わせるようななにかがあると思わない? それはあの人自身持っているなにかや、今まであの人が努力してきたことに対しての自信みたいなものだと思うんだけど』
『・・・・それって、一条さんが女王様ってこと?』
『う〜ん、うまく言えないな。あの人は常に正しいことをしようとしているし、その都度ベストを尽くそうとしている。そのためには自分を犠牲にすることは躊躇しないし・・・・・でも、それをあたりまえに受け入れててさ』
『・・・・・・』
『その強さが、精神の気高さっていうのかな、素敵だなっておもうんだ』
『憧れてるんだね』
『うん』
そのときの笑顔が今までの五代の笑顔と微妙に違うのも気が付いた。
きっと五代は一条に惹かれていくだろう。
一条も、本人は気付いていないようだか五代に惹かれているのは間違いない。
「椿さんも言ってたものね」
ふとした拍子に会話を交わして二人の話題になったときに椿が面白そうに言ったっけ。


『一条の理想はね、素敵な笑顔を浮かべられる人なんですよ』
『素敵な笑顔?』
『五代の奴、まったくその通りだと思いませんか? ましてや・・・・・』
おかしそうに笑う椿を不思議そうに見る。
『・・・・いえね、下世話な話なんですが、あいつアレだけ整った顔してるじゃないですか、だからめったに反応しないんですが、唯一『おいしそうな唇』ってのに弱くってね』
確かに、五代の唇は、本人は嫌いらしいが十分魅力的だと思ってはいたが。


別に、男同士だなんて事は気にしない。
五代に幸せになってもらいたいから、五代を幸せにできるのが一条であるなら早く一条には自分の気持ちに気付いてもらいたいものだ、と思う。
この際、五代の意思は無視しよう。
だって、五代が一条のことを好きなのは間違いがないし、・・・・・その「好き」のレベルに差があっても・・・多分大丈夫。
多分、五代は幸せになれるだろうから。
「はあ、素敵な彼氏がほしいなぁ」
一条が五代を見つめるように、自分を見つめてくれる存在が欲しいなんて思ってしまいぼんやりと呟いた。


後で、自分が五代でなくってよかった・・・・などと思うことなんて知らずにのほほんとすごしていたりする桜子であった。






ふふふ、ちょっと違った二人を書いてみました。
でも、しょせん一条さんは一条さんなんだけど。もちろんコレには続きがあって・・・・・・・
by 樹


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