木星奪還部隊ガイアフォース

第27話「火星の風に吹かれて」


 キリカは、薄汚れたスチール製の回廊を歩いている最中でも、話をやめなかった。

 それは、ゲイツに話しかけるというよりは、独り言に近かった。

「モイは、すごく優しいんだ。クルップも優しいけど、ときどきうるさいのよね。

 昔は連邦軍の兵士だったんだ。ゲイツと同じ様にRMのパイロットだったらしいけど、事故にあって軍をやめたんだって。

 この基地の大人たちは、殆どが元軍人。でも、今のジュピトリウスの軍人とは大違いで、みんないい人なんだ。だから、わたしも協力してあげてるってわけ」

「おう、キリカ」回廊の角を曲がったところで、キリカが見上げるような男にぶつかった。「基地内で大声でしゃべるなっていわれてるだろ」

「ご忠告感謝するわ。でも、今日は新入りクンにいろいろ教えてやらなきゃならないのよ」

 キリカの振る舞いは、ゲイツには生意気としか見えなかったが、男は特に気にしているそぶりを見せなかった。

「新入りって、ブルーハウンドのパイロットか」

 男は、ゲイツを品定めでもするようにマジマジと見た。

「そ、ゲイツっていうのよ」

「ゲイツ・バロンだ」

 ゲイツは、これから仲間となるであろう男に握手で挨拶しようとした。

 しかし、男は手を差し出してはこなかった。両腰に手をあてたままだ。

「ふん。“青い5号機”のパイロットか。あんたが切り札ってわけだ」と言ってから、はじめて手を差し出してきた。「よろしく頼むぜ。ドーマル・エリガルソンだ」

 ドーマルは、ゲイツの手をきしませるような力で握手をすると、ゲイツの目を見て、ニヤリといやらしく笑った。

「よろしく……」

 ゲイツは、オーディンズの人間が、みなクルップの様に紳士的ではないことを肌で感じつつ、ドーマルの手を握り返した。

「キリカ、ゲイツ“さん”は、モイに逢ったのか」

「これから部屋に行くところだよ」

 キリカは、ドーマルがわざわざゲイツ“さん”と嫌味に言ったことには気にせずに応えた。

「モイは、マデラーのところだ。警備がいるから気をつけろ。おしゃべりは舌を抜かれるからな」

 ドーマルは、そう言うとゲイツとすれ違いざまに「ホント。頼むぜ」と耳打ちしながら格納庫の方に歩いていった。

「私、ドーマルって嫌い。屈折してるよの、あいつ」

 キリカは、しかめっ面で言った。

「みんないい人だって言ったじゃないか」

「みんなといっても全員じゃないわ」

「なるほどね」

「ちょうどいいわ。マデラーとモイに一度に逢えるなんて、ついてる証拠だよ。行こう!」

 キリカは、おそろしく早い気分転換のできる娘なのだな、とゲイツは思った。

「マデラーは、どんな人なんだい?」

「謎の人物ね。私も映像でしか見たことがないけれど、“やさしいお爺様”って感じね。楽しみだわ」

「レジスタンスのリーダーだろ。左目は狙撃されて失った、って歴史の授業で習ったな」

「真実の人には、敵が多いのよ」

「モイに教わったのかい」

「マルチェロからよ。ゲイツもいろいろ教わると良いわ、彼女は物知りだから」

「そうなんだ」と言いながら、ゲイツは、クルップが“いい女”といったマルチェロにも早く逢ってみたいと思った。

「この上のブロックにマデラー専用の部屋があるわ」

 キリカは、基地内のことはすべて知り尽くしているかのように自慢げに指を指した。

 

 

 来客用の小さな湯飲み茶碗に注がれる、中国茶の高級な香りは、緊張した心を和ませ、話のきっかけを作り出すには充分な演出だ。

「四川の茶葉ですが、お口に合いますかな」

 白いポットを胸の位置まで引き戻しながら、小柄な老人は語りかけた。

「すてきな香りです。こころが和みます」

 ラスティー・ブレナーは、茶碗を両手のひらで軽く抱きかかえるようにしながら言った。 

「よく訪ねてこられました。このあたりは、まだ開拓時代のように嵐が絶えないというのに」

 老人は、テーブルの向かいに座り、ラスティとメアリの目を見つめて言った。細く小さな瞳が優しく微笑んでいた。

「ラウ先生こそ、ご家族のところでお暮らしになっていると、お聞きしていました」

 ラスティは、両手を膝に戻して訊いた。メアリは、沈黙のまま、二人の会話を見守った。

「ホホホ、先生とは、私も偉くなったものだ」ラウは笑い、話を続けた。「官制センターに長く携わると言うことは、人類の宇宙進出を見守ることであり、それは、愚かな戦争の生き証人ということでもある。――生き証人というだけで「先生」と呼ばれるが、それは文字通り、先に生まれたに過ぎないことですよ」

「なら、アジアの世界では“仙人”という表現もあると聞きますが」

 ラスティは、ユーモラスに言った。

「仙人か。ハハハ、それは良い。辺境の地に一人住む爺という意味ではぴったりだ。ハハハ」

「でも、先生と呼ばせてください。先生のお書きになった教科書で学んだこともあります」

「おはずかしい」

「いえ、特に中国の古典の紹介は今でも読み返しています」

「そうですか。――歴史の研究をするには、人里離れた荒野が一番。嵐も静寂もよき友となり、大きな月は、無き父母の慈愛を思い出させてくれる。息子たちとはリアルヴィジョンで会うこともできる。ここは、私の仕事にうってつけなのです」

「今後は、どう過ごされるおつもりですか」

「――他でもない、メサドを、あなたのおじいさんを救いたいと思います」

 ラスティもメアリも、ラウの目に鋭い光が走ったように見えた。

「おじいさまを――救ってくださる?」

「そう。どのみち、あなたは、私にそのことを頼みにきたのではないかな」

 ラウは、一口、茶をすすった。

 ラスティは、言葉を挟もうとしたが、ラウは、遮るでもなく続けた。

「――メサドは、優秀な人間です。恩義にも厚い。しかし、今は人の道を外れてしまっている。執念と孤独に打ちひしがれて、自分をわざと、より強い存在へと追い込んでいる。ある意味、純粋で、正直過ぎる男です。だからこそ、救ってあげたい。辺境の木星をあそこまでにしたのだ。彼はまだ若い。あなたたちの世代には必要な男なのです」

「そ、そこまで、おじいさまをを……」

 ラスティは、祖父であるメサドの暴虐を、旧知のラウ・チェンに諫めてもらおうとしていたが、ラウの慈愛は、メサドを“必要な人間”として思索していたことを知り、憎しみしか抱けなかった自分を恥じた。

「メサドは、古代中国に精通しているが、一部をいいように自身に取り入れているのです。――どんなに忠義に優れていようとも、衰退は免れない。地球連邦歴を待たずして、王朝文明はもはや過去の遺跡です。謀反と戦乱の果てに大陸を制したと言っても、複雑な現代社会でそれを実行するというのは、時代錯誤でしかない。まして、木星には忠義を守り団結する仲間などいない。それを知っていながら独裁をやる。メサドは、孤独に負け、心を閉ざしている。それを開いてあげたいと思っています」

「――はい」

「私は古い人間です。結局は結縁の強さを信じたい」

「ですが、ですが祖父は既に私の言葉を聞き入れてはくれませんでした」ラスティの脳裏に、あの日の父の顔がよぎった。「現に、先日もいくつかのコロニーが武力制圧されています」

 ラスティは、祖父に対する怒りと、亡くなっていった人々を思うとき、何もできない自分に腹が立ち、涙を流さずにはいられなかった。

「お嬢様は、答えを探しています。メサド様が戦争をやめる方法を」

 メアリは、ラウに問いかけた。

「私も無力であることには変わりはない――しかし、希望はある」

「どのような希望ですか?」

 ラスティは涙を拭きながら訊いた。

「マデラー・ソジャナーという男を存じているかな」

「オーディンズの創始者です。一級のテロリストではありませんか。そのような人物が希望なのですか」

 ラスティは、半分食ってかかるように言った。

「ハハハ、一級のテロリストとは。ハハハ」

 ラウは、愉快に笑った。

「冗談を言ったつもりはありません」

 ラスティは、怪訝な顔をしてラウを見た。

「確かに地球連邦にとっては、目の上のたんこぶ。しかし、嫌われたものだな、マデラーも」

「分かりません。どうしてオーディンズが――」

「オーディンズは、反戦組織です。そして、マデラーは、私の親友。彼の率いるオーディンズなら、メサドも、そして、この戦争の元である地中連邦政府の腐敗も解決できると信じています」

「失望しました。ラウ先生も、武力行使を容認するのですね」

「もっと、早い段階なら対話による解決も可能だったでしょう。大人の言い訳かもしれませんが、ミサイルやレーザー兵器が、子供たちに放たれたとき、もはや生身の言論では防ぐことはできないのです」

 小さな茶碗から出ていた湯気は、もう立ち上っていなかった。

「――目には目を、では、戦乱は収まりません」

 さっきまでの和やかな雰囲気はどこかに消えていた。

「今度の戦争は、文明社会が安定期に入ってから行われてきた政治的なものではない。個人の憎悪が、巨大な権威権力をもってしまった、悲劇的な出来事なのです――とどめを刺すとか、差し違えということは考えてはいない。これ以上、戦死者を出したくない。故にオーディンズがすべてを請け負うというのです」

 ラウは、悲哀をたたえた表情で言うと、付け加えた。

「マデラーから連絡がありました。木星に突入する目処がついたそうです。私も木星に出向きます。メサドの心を開くために」

 ラスティは、うつむいて、何かを考えているようだった。そして、数秒の沈黙が流れた。

「ラウ先生。私も行きます」

「お嬢様」

 メアリが、どうしてまた、というふうに言った。

「祖父とは、二度と会わないと決めていましたが、それは、この戦争から逃げているだけだと、どこかで思っていました」ラスティはテーブルを立った。「でも、結局、祖父が戦争をやめなければ、この葛藤から逃れることはできないし、死んでいった友人たちや、その家族に約束したんです。私が、この戦争を終わらせると」

「いいでしょう。あなたはメサドの孫娘。誰にも止める権利はありません。参りましょう。木星へ」

 かくして、ラスティは、オーディンズの協力者として、再び木星へと向かう決意を固めたのだった。

 火星の荒野に吹く嵐が、静まり返った夜の向こう側で、ツメを研いでいるかのような、美しい星の瞬く夜だった。


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