木星奪還部隊ガイアフォース

第25話「わざわいの惑星」

 ゲイツは、冷たく暗い空間で見知らぬ声に遭遇し、慌てた。

「誰だっ!」ゲイツは素早く、ブーツに仕込まれた拳銃を手にした。「どこにいる。ずっといたのか」

「私はクルップ・ガルツェ。オーディンズのメンバーだ」

 姿は見えないが、無線で呼びかけてくる。ヘルメットについている近距離用回線を使っていた。すぐそばにいると感じた。

「オーディンズ?!反乱分子か」

「反乱分子とは、ひどい言われ様だな」

 ゲイツは、クルップ・ガルツェと名乗る男の慣れ親しんだ態度に、警戒心がほころびそうになったが、引き金から指を離すことはなかった。

「君を助けると言っているのだ。銃はしまってくれないか。それに、コクピットの中からでは私を狙うことも出来ないだろう」

 クルップは、銃を持っていることを知っていた。見えているハズはなかった。

「どこにいる!」

 ゲイツは、巨人の纏う鋼鉄の鎧に守られているにも関わらず、生身の人間の恐怖を感じ、小刻みに震えた。死んでしまうと思ってはいたが、殺されるという別の恐怖に襲われた。

「銃を構えるのは基本動作だ。見えてはいない」クルップは安心させるように言うと「仕方ない。姿を見ないと安心してはくれないか」と加えた。

 声がすると、GB5のコクピットハッチが引き剥がされた。人間の力でできることではなかった。

 それは、見たこともないラウンドムーバーの仕業だった。

 目の前の神々しいまでの白いラウンドムーバの前に、スーッと人間が浮かび上がってきた。

 白い宇宙服を着て命綱をつけていたが、思いも寄らぬ場面での宇宙遊泳を見るのは不思議な感じだった。

 白い宇宙服は、軽装だが見慣れないデザインで、左腕に何かのエンブレムらしきマークがあるのが判った。

 クルップと名乗る男なのであろう、目の前に浮かぶ白い宇宙服が、右手を差しだし握手を求めるポーズをとってきた。

「ここは戦闘空域だ。こんな所に潜んでいて、急に馴れ馴れしく寄ってくる。心配するなと言う方が嘘だろ。それに、オレとアンタはこうやって会話している。連邦軍のデジタル回線に割り込めるというのでは、信用できるハズがない」

「さすが、ガイアフォースだ。冷静な判断力を維持している。しかし、時には疑いを持たずに身をゆだねるということも学んでもらいたいな」

「純粋に信じすぎると、正確な判断は出来なくなる」

「連邦軍兵士の台詞とは思えないな」

「わかってる……わかってるさ。デクセラだって、レクシャムたちだって信じて戦ったんだ。地球連邦の正義を」

 ゲイツは緊張感の中で、ふと命を散らしていった仲間たちを思い出すように言った。

「それは正義ではなく、権力者の傲慢と思わないか」

「傲慢?そ、そうかもしれない。この戦いは、もともとブレナー家とギュフォード家の確執から始まっているのだから……」

「そうだ。ただし、ジュピトリウス帝国が人類の驚異となっていることには間違いない。それを生み出したのは地球連邦政府だ」

 クルップは、ゲイツの思いを確かめるかのように話していた。

「だからオレは戦うことを決めたんだ。みんなを守るために」

「その命を助けようというのだ。君の命を――君の使命を果たすために」

 クルップはゆっくりとゲイツに手を差し伸べた。

「オレの使命……」

 ゲイツは、不思議とクルップという男を信頼することが出来た。

「若者たちに無駄死にを強いるだけの連邦では地球圏を救えない。来たまえ、オーディンズに。我々とともに戦おう」

 ゲイツは、いままでのわだかまりから開放されるようにコックピットシートをけり出し、クルップの手を握っていた。

 

 

 ガイアフォースの砦エンデバー号は帰艦グレートバリアリーフの格納庫に収容されていた。

「ご苦労だった、と言うべきだろうか」

 副艦長リングマン・テーラーの言葉には嫌味があるのがわかった。

 艦長室には、リングマンと艦長タリスマー・ラリオス、そして、ガイアフォース隊長ジェファソン・デミトリーがいた。

「申し訳ありません」

 ジャファソンは、リングマンの苦悩を承知していたから、ただ頭を垂れるしかなかった。

「5号機のゲイツ・バロンはアラン・マークスについで反応値が高かったのだ。なのに、またしても事故で失った。シグマプロジェクトは呪われているのだ」

 リングマンは表情を強ばらせて言った。

「副艦長」タリスマーは、リングマンを諫めるように言うと、言葉を続けた。「レッドスナイパー3機にブルーハウンドが1機。我が軍にとってはあまりにも大きな痛手だ。しかし、ジュピトリウス帝国の脅威が去ったわけではない。否、何一つ打撃を与えていない今、必要なのは早急にして有効な勝利の作戦の展開以外にない」

「レッズ4号機の修復が終了しています。パイロットは負傷中ですが、アランを乗せましょう。彼ならレッズに耐えられるでしょう」

 リングマンは早口に提案した。

「アランは、シグマフィールドの力を過信している。かえって危険を増長させるだけです」

 ジェファソンは強く反対した。

「だが、5号機を欠いた今、ガイフォースの戦力を維持・強化するには、レッドスナイパーを再投入し、アランに頑張ってもらうしかないだろう」

 タリスマーは、デスクに肘を立て、祈るような姿勢で静かに言った。

 ガイアフォースの戦士たちは、そう広くはない控え室にいた。

 壁に寄りかかる者、小さな窓から遠い星空を見つめる者、イスに座り頭を抱えている者と、思いおもいではあったが、空気は重く沈んでいて、ときにすすり泣きの声さえ聞こえた。誰も言葉を失っていた。

 数ヶ月前、訓練飛行のさなかにジュピトリウス帝国の偵察隊と遭遇し、皆の大切な友人であったデクセラ・ネガートの死を目の当たりにして、そして今、ゲイツ・バロンを失った。

 これが戦争と知りつつも、この非情な現実を容認できないでいた。

「こうやってるうちに」立ったまま壁に向き合っていたブランドル・バーゴが口を開いた。「こうやっているうちに、みんな死んでいくのだろうか」

 ブランドルの声は、かすかではあったが、皆の耳に届いていた。

 しかし、誰も応える者はいなかった。

「殺ったり、殺られたり、きりがねぇ。なんだって、ジュピターは戦争なんかはじめやがったんだ。ちくしょう」

 アランは、ゲイツを思うと怒りがこみ上げてきたが、それを何にぶつければいいのか分からずに、苛立つばかりであった。

 小窓から見える宇宙は、およそ戦争のおぞましさは鼻にも掛けず、むしろ人類の愚行を静観しているようようだった。

 宇宙戦艦グレートバリアリーフを中心とした地球連邦軍の艦隊は、冷たい宇宙から嘲笑をあびて萎縮しているかのように、それぞれの白い船体で、太陽光を鈍く反射していた。

 


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