経済原則がほかとは異なる世界

だまされて。 涙のメイド・イン・チャイナ』 ポール・ミドラー 著 サチコ・スミス 訳 2012年 東洋経済新報社

 2009年、アメリカで発行されたノンフィクション作品、『Poorly Made in China』の邦訳版である。著者は、ペンシルバニア大学ウォートンスクールでMBAを取得したのち、中国に移り住み、主に南部を拠点に、地元の製造業者とアメリカの業者との仲介役をビジネスとして展開している。滞在歴はすでに20年というベテランである。
 そんな著者が描くのは、そのコストの安さから、今や世界の工場となった中国の製造業者。そして、彼らに翻弄されるアメリカの輸入業者たちだ。
 シリア系ユダヤ教徒のアメリカのビジネスマン、バーニーは、はじめ低コストに惹かれて中国での製造に踏み切る。ほとんど利益が出ないのではと思えるほど安く製造できる工場にめぐり会ったのだ。「提携先もシリア系ユダヤ教徒で、アメリカの主要なスーパー、ドラッグストア、1ドルショップにはすべて通じている」と豪語するバーニーは、本国での営業に注力し、次々と販路を拡大、そのビジネスは順風満帆……のはずだったのだが……。
 バーニーの取扱品目は、衛生管理を含め、なにかと品質に気をつかうヘルスケア商品だが、中国の製造業の対応は、よろずおしなべてアバウトだ。これを“監視”するのも現地エージェントたる著者の重要な役割となっていく。
――なんとなく胸騒ぎがして、僕はある作業員を工場内で追けてみた。この作業員は空のボトルを両手に3本ずつ、ボトルの口に指を入れて運んでいた。
 これが衛生的になぜ問題かを僕が説明すると、よくわかったので手を打つと姉さんは答えた。
 「あなたが工場にいるときには、ボトルの口に指を入れないようにと作業員たちに伝えます」
 「僕が工場にいるとき? 僕が工場にいようがいまいが関係ないよ」
 姉さんはボトルに指を入れる件を真剣にとらえてはいなかった。――
 文中の「姉さん」は、製造工場の経営者夫妻のひとりだが、彼らの引き起こす問題は、はじめはこうした衛生管理上の問題だった。これは文化の問題かもしれない。だが、やがてその行動は、製品の容器の質を落としたり、商品の原料をすりかえるといった、常軌を逸したものになっていく。すべては原価を落として利益を確保するためだ。そして、度重なる値上げ要求がバーニーに追い打ちをかける。そこでバーニーは、ある対抗手段に出るのだが……。
 「ビジネスのことも消費者もそっちのけ」の工場運営、思考方法、発想の差異の埋めがたさ。そして「あまりに多くのものがニセなので、事業の何がどうなっているのか白日の下にさらすのはほんとうに難しい」中国の製造業のありようを、著者は「経済原則がほかとは異なる世界」と呼ぶ。そして、彼らが「政府との共生関係」にあることにも触れている。
 なお、これを書いてるのは、本が出てひと月もならない時点だが、公立図書館のデータベースにアクセスすると、そこそこの数の図書館がすでに購入し、いずれも貸出中。それどころか、複数の予約者が待っているというところが多い。
 欲している読者が少なからずおり、各図書館もその要望にこたえて冊数を増やしつつあるというところらしい。つまりは売れている本だと考えてよい。中国ビジネスへの関心の高さの現われだろう
 だが、書店の店頭ではあまり目立たず、中規模の書店でも見つからないところが多い。かなり大きな書店にはあるが、扱いはさほどよくもない。書店で目立つ本ばかりが売れている本でもないということだろうか。

 (2012.4.19)

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