骨太の清貧

『土光のおじさま』 金田洋子 著 1983年 大正出版

 もう四半世紀前、第二臨調(第二次臨時行政調査会)の活動、とりわけその会長を務めた土光敏夫氏が話題になっていたころの本である。
 第二臨調は、のちの国鉄、電電、専売の3公社の民営化など、中曽根内閣時代の「行政改革」・「民営化」路線の露払いの役目を果たした。現在でも、それらはおおむね評価されている。(ただし、その進め方、とりわけ国鉄改革における強引な手法、また電電公社民営化にともなうNTT株の放出など、その手法において意見の分かれるところもある。)
 その当時、行政改革の行く末そのものもさることながら、土光会長の人柄、暮らしぶりも注目を集めていた。石川島播磨重工の社長から業績不振の東芝に社長として招かれ、社の再建を果たしてのち経団連の会長に就いた財界の重鎮、土光敏夫の夕食は、毎晩、大根の葉の味噌汁と目刺であった。こうした骨太の清貧ぶりが話題の中心だった。
 この『土光のおじさま』は、第二臨調が答申を出して解散した1983に刊行された、一風変わった土光敏夫の解説本である。どこが変わっているかと言えば、著者が、文筆にも経営にも、まったくの素人の親戚の娘というところだ。娘といっても若い娘ではない。子育てが一段落した家庭の主婦である。「土光家にまつわるさまざまな事柄を、私の手で子どもたちに書き残しておきた」い、そう考えた主婦が、知人の出版社社長の勧めで、親戚の「土光のおじさま」を軸に、近代以降の土光家についてまとめたのが本書である。話の出所は主に土光敏夫夫妻を含む親戚筋である。
 したがって、構成にはこなれないところがあるものの、経営者モノにありがちな阿諛追従本とは一風違った読み物となっている。
 夫婦二人、月4万円で暮らしてきたという土光家の生活費を、諸物価高騰から「六万円に値上げしてやらにゃならん」と語る土光敏夫の姿に著者は、自分たちは、何もなかった戦後の混乱期を忘れているのではないかと感じる。その問いかけは、現在でもまったく通用するものだろう。
 本書の後半は、江戸英雄、本田宗一郎といった今は亡き財界人たちへの著者による取材のまとめとして構成されている。その内容は、取材対象者の知る土光敏夫、そして第二臨調、行政改革についての考え方といったところ。親戚からの聞き取りをもとに組まれた前半ほどのおもしろみはないが、素人がよくもまあこれだけの人に会えたもんだと感心する。
 なお、著者は現在70代半ば。日本画を手がけ、画集の出版や個展の開催など、活躍中である。
 (2011.10.6)

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