被害者
大昔の話である。
さる誘拐事件の取材に東京の近県に出向いたおりのこと。誘拐されたのは幼稚園の女児。安否は不明という段階。ただしそのころ女児をねらう誘拐事件が続けて起きており、いずれも解決をみていなかった。
女児の通う幼稚園を訪ねると、園長が応対してくれた。園長は初老と呼ぶには少し歳をとった、しかしまだまだしっかりとした、そして上品な老人であった。
「できることなら早く無事に帰って欲しい」
園長は、そんな意味のことを静かに、しかし涙声で語り続けた。こちらもほろりときた。そんなとき、園長の口からこんな言葉が出た。
「も、よろしいですか?」
声も表情も普通に戻っていた。
そういえば。私が訪ねたとき、すでに新聞記者の先客がおり、その取材が終わるのを待って取材に取りかかったのを思い出した。
この人、事件が明るみに出てから数日間、同様の趣旨の取材の繰り返しだったはずだ。そのせいで取材への受け答えもパターン化してしまったのだろう。
こなさなければならぬ日常業務だってあるだろうに、この人はこの人で立派な被害者だな、そう感じた。
(2011.9.21)
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