2010年5月の短歌

鳥取からバスにゆられて逢いに来た 昔の部下の懐かしい顔
一面のレンゲ畑に彩られ 五重の塔立つ安らぎの里
薄紅のレンゲ畑の寺で聞く 若紫が心に残る
千年の恋を叶える京ことば 桜の衣のかたりべ妖し
中国の景色にも似て鮮やかな 高梁川の五月の緑
佇んで橋の向こうに落ちる陽に 手合わせお別れ倉敷の町
最後かと思えば何でもいとおしい 鉄橋渡る一輌の汽車
肩の荷が下りたらふわと飛んでゆけ 紙飛行機のように身軽に
2010年4月の短歌

胸の奥紅き想いは秘めやかに 鬱金桜の小路を歩く
さくら花行きつ戻りつする春が 別れの言葉ためらっている
ここで見る最後のさくら色薄く 四月の雨に濡れて散りゆく
桜雨フロントガラスに貼りついた 花びらを見て弁当にする
花びらが町を流れる川染めて 柳青める白壁の町
菜の花の黄色い絨毯敷きつめて 五重の塔に夕陽が落ちる
ゆったりと時が流れる吉備の里 心の中の写真に残す
蕎麦打ちと鬱金桜で打ち上げて これで終わりか岡山の春
2010年3月の短歌

まだ暗い朝の世界に飛び出せば 昼間と違うにおいがしてる
竹藪を渡る風音びょうびょうと 胸騒ぎして今日の夜明けを
また少しまどろんでいたバスの中 京都の町は朝靄の中
さぁ行くぞ東寺の市に飛び出した 君は私を足手まといに
何を買うあてもなくただ居る私 市の活気に置き去りにされ
目の中に大きな仏ぐるぐると 駆けめぐってる東寺曼陀羅
赤々と燃える夕陽に国分寺 もうすぐ終わる吉備路の旅に
菜の花が桜にそっとささやいて 今春がきた五重の塔に
2010年2月の短歌

瀬戸内の平山郁夫美術館 シルクロードがここから始まる
何もかも捨てた砂漠の青い色 ラクダの隊列明日は何処へ
あの時の鳴沙山の砂の色 平山郁夫の絵ハガキを買う
定年はやはり一つの死ぬことか 次はどこの世界で生きる
これからは毎日翡翠(かわせみ)追いかけて カメラ片手に夢のよな暮らし
暖かい春の日のよな年寄りに なって生きたい梅三分咲き
今年から煙草をやめてみたけれど 楽しみ一つ消えてしまった
目の前に翡翠とまり向こうでは ヌートリアたち泳ぐ日溜まり
2010年1月の短歌

キッチンの花瓶に挿した野牡丹が 洗いかけてる茶碗に落ちる
野牡丹は都会の香り紫が 自由が丘の街に咲いてた
のんびりと初詣の客境内で お神楽など見る佳き一日
正月に大吉引いて先ずは良し 人間ドッグの結果次に良し
店先で牡蠣を焼いて売る店の 匂いに誘われお昼にするか
牡蠣以外何もないけど店先で 焼いて食べてる大振りなやつ
愛犬の小春が妻の顔舐めて 大丈夫かなと心配してる
もうすぐに仕事を辞めて暮らす日が 近づいてくる期待と不安
2009年12月の短歌

頬にあたる風の冷たさ小波を 立てて流れる寒色の河
明けやらぬ12月の空凍てついた 鴨を抱えて川は流れる
霜枯れの河原の景色どうすれば 希望ここから見つけられるの
倉敷に二年住んだがまだ何も 見つけられない心の焦り
今はまだこの上にあるオリオンが 傾くまでの少しの休み
ぽっかりとお湯に浮かべる柚子の香に 手足を伸ばして年の瀬近く
突然に血圧上がるまぁそんな 事もあるさこの年になりゃぁ
白壁に映す水面に病葉が 漂い流れて二年目の秋
2009年11月の短歌

だんだんと深くなってく霧の中 迷い込んだか思考の迷路
東へと定期航路の飛行機が 飛び去っていく夕暮れの空
しんしんと寒さが足に巻きついて 二日の月が薄く尖るよ
石鹸の香りがついた芳香剤 学生時代の君のようだね
団栗の実を踏み歩く寺の道 紅葉すでに終わりて鳴く鳥
刈り入れの済んだ田を見る日暮れ時 背筋震わす風吹き抜ける
刈り入れの済んだ田んぼはひと休み 来年までは鳥の楽園
これからの生甲斐などと理由つけ デジタルカメラ思い切って買う
2009年10月の短歌

亡き父が帰りたがってた故郷へ 還暦過ぎた私が訪ねる
在りし日の父が語ったそのままの 情景ここに立ちつくす我
この海を毎日眺め暮らしてた 子どもの頃の父を偲んだ
いよという言葉の響きなつかしい 私の生まれた海沿いの町
どこまでも続く海岸酔芙蓉 夕焼け小焼けロードを走る
今はもう併合されて大洲市の 私の生家も取り壊されて
つい買ってしまう心を抑えつつ 伊部の町の陶器市見る
有名な作家の拙き習作が 割られもせずに店先に並ぶ
2009年9月の短歌
キラキラと光り輝く沙美の海 穏やかな日が明日も続け
窓開けて時雨のような虫の声 聞きつつ車家路を急ぐ
無花果の甘い香りが幼い日 悪戯したこと思い出させる
この夏は何本胡瓜食べたろか 感謝をこめて最後の水遣る
この苗を抜けば蛙の隠れ家が なくなってしまう胡瓜の葉っぱ
ハキハキと受け答えする若者の 大きな声に圧倒される
真っ直ぐに前向き語る若者の 笑顔眩しい採用試験
2009年8月の短歌

息子らや孫に囲まれ濃厚な 時を過ごした後の寂寥
孫たちは我が遺伝子を受け継いで 荒波の中どう生きるのか
しまなみの小さな島の砂浜に 羽を休める揚羽が一羽
孫叱る子供の姿見るたびに 思わず妻と顔見合わせる
この町にこの海にまたよく来たね 大きくなって思い出してね
この子らにこの孫たちに思い出を メダカザリガニ捕った夏の日
映し出す木々の緑がさらに濃く 高梁川に夏の陽昇る
2009年7月の短歌

ひと昔前の時代のフォークかけ ゆっくり走ろう大山(だいせん)の道
黒塗りの塀を映した堀川の 水に溶けゆく小泉八雲
高梁川大きくうねった濁流が三日たってもまだ衰えぬ
一日の疲れを癒す夕焼けを 窓いっぱいに取り込み走る
あぁ今日は暑かったよと田んぼから 蛙が歌う大きな声で
定年後住む家のこと悩みおり 梅雨まだ明けぬ蒸し暑き夜
思い出がいっぱい詰まったこの家が 化粧ほどこし他人の家に
沈みゆく陽を追いかけてゆく列車 忙し過ぎた旅の終わりに
2009年6月の短歌
十年も前と同じ品物が 並ぶ高知の日曜の市
川渡り路面電車の駅近く ここが昔住んでたマンション
昔来た植物園の中庭で やっと見つけた白花タンポポ
開け放つ窓の下からふんわりと 蚊遣りの香りが漂う夕べ
讃岐路のお寺を覆う夏木立 源氏を語る人涼やかに
瀬戸内の小島の地下の美術館 光に揺れるモネの睡蓮
この街は誰もが皆ストレンジャー 異人の館に足踏み入れる
淡路から眺める街は蜃気楼 ゆらゆら波に漂いゆれる
2009年5月の短歌

音もなく船の灯りがゆらめいて 平家の霊を鎮める海峡
大型の船が行き交う海峡は あまりに近い九州との距離
いざゆかん武蔵になった心境で 小舟に乗って巌流島へ
久々に懐かしい人と逢う場所は 芝居がかって巌流島で
山あいをぬければ一面竹の秋 移ろう季節車窓に残し
黄緑の新緑眩しい国分寺 胸の中まで新しい色
燃えるよな赤い夕陽が沈む時 ただひとときの優雅なためらい
ケーキには共に白髪の絵皿出し 三十七回目の結婚記念日
2009年4月の短歌

少しだけ冷えてきたけど夜桜は 月が出るまでも少し待とう
堤灯の明りの下で赤み増す 桜散る夜を妻と二人で
有名な桜を訪ねる渋滞は 岡山に来て初めてのこと
落合という田舎の公園で 枝垂れ桜に弁当広げる
山は今眠りから覚め黄緑の 衣を纏い動き始める
新緑の木々を映してゆったりと 流れる河に従い走る
今年また新入社員の季節になって 去年と同じに流れてゆくか
一斉に花咲き競い鳥が啼く 吉備高原に春加速する
2009年3月の短歌

特別なことなど無いが誕生日 来年のことはなんとかなるさ
倉敷の焼き鳥店のカウンター 妻と二人で祝うバースデイ
子供らに老後の心配かけるよな 歳になったと自覚すべきか
この紙がたぶん最後の契約と 思えば朱肉たっぷりつける
ようやくに私の名を呼ぶ孫の口 嬉しくなってまた聞き返す
この歳になってもまだ目背けてる 原爆ドーム見えているのに
やさしさは芽吹く青葉に受け継がれ 原爆ドーム見上げる柳
宮島の社を守る鹿の背の 毛並み優しく冬の日溜まり
2009年2月の短歌

見なくても肌の痒みですぐわかる 今日の冷え込みマイナス四度
世の中のニュースよりも今日の月 この大きさに心奪われる
久々に絵など描きたくなった午後 五重塔を遠くから見る
笠岡の海岸べりの牡蠣祭り 殻をこじあけ熱い汁吸う
殻あけばジュッとこぼれる焼牡蠣に 遠い昔の海の香をかぐ
投げ捨てる貝殻一つゆらゆらと 小春日和に沈みゆく海
まだたった一年過ぎただけなのに もう東京が遠くに見える
新しい息子の家を訪れる 孫の笑顔と喜びを見に
2009年1月の短歌
満月の高梁川に光立ち 今宵うれしいかわうそ祭り
四合の酒を二人で楽しめど 空けられなくて老いの始まり
もうすぐに子供ら乗せた汽車が着く 期待と喜びいっぱい詰めて
他人からおじいさんと言われれば やはりそうかと孫の手を引く
この町で初めて迎える正月は 初詣さえもの珍しい
手袋の上からギュッと雪女に 掴まれるよな畔道の風
赤茶けた雲の腹裂き真白な 雪がひらひら舞い落ちてくる
雲低く山にかかった総社では 雪の便りも近く聞こえる
2008年12月
雄大に広がる瀬戸の島々を 王子ケ岳で眺めて二人
ぽっかりと開いた空の隙間から ひかり差し込み波間に遊ぶ
妻と拾うもみじば楓の枯れた実が 今倉敷で暮らしてる証
薄暗い朝の畦道霜白く 犬にも足袋を履かせたくなる
川霧が行く手を塞ぐ朝の道 このままそっと消えてしまおうか
道端の公孫樹のようだね誰ひとり 見てないけれど黄色くなって
一本の冬の公孫樹は役目終え 枝に残した二、三枚の葉
だんだんと輝きを増す星の下 かさかさ音立て公孫樹の葉散る
2008年11月
もみぢ葉を透かして高い青空に 遠く飛んでく飛行機光る
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都会では気付かなかった里の秋 柿と夕焼け桜の落ち葉
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毎日の外気が2度を下回り 高梁川に朝霧が立つ
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帰りには行く手の星が道標(みちしるべ) 高梁川に寄り添い走る
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鳥取から松葉の蟹がやってきた 今夜の酒は吟醸にする
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良寛が昔遊んだ円通寺 やさしい日ざしおだやかな風
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見おろせば幾万粒のさざ波が 光り弾ける向こうは四国
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艶やかに夏の思い出閉じ込めて 冬の陽に舞う桜の落ち葉
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2008年10月
赤々と焼けた窯の中眠る 備前の焼きもの炎の祭り
ビール飲む器と焼酎飲む器 ペアで揃える備前の祭り
それぞれの家に一つの登り窯 伊部の町のレンガ煙突
楷という大きな二本の木の上が 少し赤りて秋の訪れ
久々に食べた無花果岡山は こんなものまでおいしい所
畦道で摘んできた花眺めつつ 酒酌み交わす夕暮れもある
都会人の歩く速さに追い越され たった半年離れただけで
飛行機の窓に飛び込む横浜の イルミネーションしばしの別れ
2008年9月
漸くに一つの墓に入れたと 喜ぶ母の骨覗き込む
骨壺から出されてじかに入れられた 母のお骨は白くて太い
久々に帰る実家の床の間に 二つの遺影母の微笑み
だんだんと家近づけば半分の 懐かしさあり加納西丸町
父と母墓に入ってこれからは 故郷に帰る口実できた
初めてのウエスティの会合に 並ぶ小春は少しおどおど
ウエスティまたウエスティ次々と 集まり小春おとなしくなる
予告なく突然壊れた冷蔵庫 おれの体もいつかそうなる
2008年8月
子規が居た勇もあった尾道の 芙美子に続く文学の小道
歯の欠けた櫛でとかせば倉敷の 暮らしの中に埋もれていく
ラジオから流れる曲が懐かしく 借りてきて聴く大塚博堂
明けてゆく庭園の前座禅する 割れは一つの石塊となり
うとうとと座禅を組めば蝉しぐれ 今日も暑くなるぞと告げる
あの島の向こうが四国手を引いた 孫に教える私のふるさと
しまなみの島を巡って大三島 台(うてな)という名の海水浴場
孫たちが帰り疲れた身を休め うたた寝すれば秋の夕風
2008年7月
採れたての胡瓜肴に酒を飲む こんな暮らしが今の幸せ
毎朝の出勤前の我が勤め 庭の胡瓜とトマトもぐこと
雪舟が鼠を描いた寺の庭 雨音さえも木々に溶け込み
座敷から眺める庭のしんしんと 枯山水に雨降りそそぐ
生きがいはあなたにとって何ですか 若き講師に聞かれとまどう
残業で疲れた目癒す満月が 高梁川の川面を照らす
この川に生きてる人は歩をゆるめ 夏の日差しの大橋渡る
この川で生きてみようかふとそんな こと思いつつ車走らす
2008年6月
薄暗い道延々と井倉洞 久々お前と手つなぎ歩く
人住まぬ古き町並ベンガラの 赤き瓦は何を見て来た
高梁の武家屋敷など地図を手に 歩けどここも死にたる魚
上向きのヘッドライトが真っ暗な 闇を切り裂きどこまで走る
木にとまるホタルの灯りひとりでに 同調し始めイルミネーション
庭に植えた茄子に漸く実がついて 落ち着いてきた倉敷ぐらし
お土産は新幹線の700型 無理に起こして孫に手渡す
2か月も逢わないうちに一段と 可愛くなった孫抱きあげる
2008年5月
お早うさん高梁川の川霧に 声かけ走る初めての道
望んでた田舎暮らしに近いもの 思いがけなくここで始まる
四国まで遥か見渡す鬼の城 渡る風にも古代のロマン
買い物も自転車じゃなきゃ行けぬから 雨の降る日は残り物食う
東京に帰る友を送るとき 残る寂しさ花水木咲く
倉敷に住民登録これからは この街並みがオレの故郷
美作(みまさか)の津山の城の天守跡 杖つき妻と登る石段
人一人歩かぬ町並み小京都 津山の町まで訪ねてみたが
山道を車で行けばここもまた タイムスリップしそうな予感
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