皆さんは、JIS型アンカーと呼ばれるアンカーをご存知でしょうか?JISとは日本工業規格の事で、その規格に指定されているアンカーをJIS規格アンカーと言います。
現在、日本では「ストックアンカー※1」と「ストックレスアンカー」(「JIS型アンカー」「AC-14型アンカー」※2)をJIS規格アンカーとしており、中でもストックレスアンカーの2種類は、ヨットやボードの様な小型船ではなく、貨物船やタンカー、客船などに使用される事から本船用アンカーと呼ばれ、日本を代表する錨になっています。 ここでは、日本を代表する錨でありながら、あまり知られていないJIS規格本船用アンカーについて、「いかりとは?」ということも考えながら述べていきたいと思います。 まずは、JIS規格化された「JIS型アンカー」と「AC-14型アンカー」がどのような形の錨なのか下の写真を見てください。
それから数十年後イギリスで開発された右の錨「AC-14型」アンカーが日本において多く使用される様になった事を受け、平成13年にJIS規格化されます。(アンカーの性能など詳しくはこちら「いろいろな錨」) さて、皆さんは日本工業規格とはどのような規格なのかご存知でしょうか。イメージとしては、「JIS規格化された製品は安全で堅牢、効果や性能などがしっかりと規格・保障された製品」といった「安全なイメージ」だと思います。確かにこの規格は、製品の形、寸法、重量、材質などなど様々な事項を標準化し、この規格に従って製造を行えば、どの工場でだれか製造しても同じものができるような規格で、錨においては落下試験や耐力試験など堅牢さを確認し、大きな力が加わっても壊れないことをJIS規格として保証しています。 しかし、「錨」として最も重要な点は、「どのぐらいの力(把駐力※3)を発揮し、安定して船舶を留めておくことができるのか」と云う1点になりますが、JIS規格はあくまで工業規格(堅牢さの規格)なので、本来の安全性についてはルール化もされませんし、基準も持ちません。 にも関わらず、JIS規格されている「錨」なので上述の「安全なイメージ」が先行してしまい、実際には洞爺丸事故や海王丸座礁事故など、多くの海難事故の一因としてとして、錨の性能の低さが問題視される結果となる訳です。 そもそも、JIS型やAC-14型がJIS化された経緯は、上述したように「長い間使用していた」とか「多く使用されている」などで、安全が確認されたから使用していたのではなく、それしか売っていないので多く使用されていた結果なのです。 では、なぜそれしか売っていなかったのか。これには2つの理由が挙げられます。 第1に JIS型の原型となるホールスアンカー及びAC-14アンカーの開発元である欧州のネームバリュー が挙げられます。 ホールスアンカーは、まだ日本で大型鋼船(戦艦など)が建造出来ず海外の造船所(殆どが欧州)に発注していた頃から船舶と共に安全な錨として輸入され、メーカー側の性能説明を鵜呑みにしてしまった事と、AC-14はイギリス海軍が海軍標準錨として世界に発表し、ホールス同様性能説明を鵜呑みにしてしまったため広まって行きます。まさに、海洋国家のイギリスや欧州のメーカーが説明しているのだから信用できる。という感覚であり、そのネームバリューに騙されてしまったのでしょう。 第2に、 日本における独自アンカー開発の失敗 が挙げられます。 海上自衛隊が発足されると同時期に、実は日本を代表しシンボルとなる錨の開発が始まります。 また、昭和29年(JIS型アンカーがJIS規格されて3年後)に洞爺丸が走錨座礁事故を起こし、1000人を超える犠牲者を出す海難事故が発生したため、運輸省や海難防止協会が主導し、これまた日本を代表する高性能アンカーの開発が始まります。 さらに、AC-14型アンカーを使用していた大型船が数多く海難事故を起こしている事を背景に、海洋関係の行政や教育機関、企業などがこぞって錨の開発に手を出していきます。 これらの開発は、始まる時期は異なりますが、年号が平成になっても続いており、実に半世紀以上に渡って、日本を代表する高性能アンカーの開発が行われ、そこには莫大な資金(補助金などの税金や企業からの投資)や多くの人の労力や時間が使われて行ったのです。 しかし、皆さんも錨と言えばJIS型アンカーを思い浮かべるように、「日本を代表する錨」の開発は全て失敗に終わってしまい、東京商船大学(現東京海洋大学)の教授が「JIS型アンカーは反転して走錨するのが宿命なのです。」と云う酷評を受ける錨が日本を代表する錨となっているのです。 性能から言えばAC-14はJIS型に比べ良くなっているので、「さすがイギリス海軍が開発しただけの事はある」と思われるかもしれないですが、元々海軍が使用する艦船用に開発しているため、爪が薄く、錨にかかる力(艦船から受ける力)もタンカーやコンテナ船に比べればずっと小さい力を想定している為、実際に大型商船で使用すると、JIS規格化されているにも関わらず、爪が曲がったり折れたりする事故が幾度も起きてしまうのが現状なのです。 錨が効かなくて危ない目に遭うのは私たちです。だから私は、錨について真剣に考えようと思うし、考えて来たつもりです。昔、上記の内容とほぼ同じことを旧運輸省の各担当者の方々に集まって頂き、自らの錨の研究成果も交えながら講演会を行いました。その時運輸教官のお一人が「あなたは誰の許可を得てこんな事(JIS規格の批判)を言っているのか。どの研究部署か言いなさい。」と烈火のごとく怒られた事もありましたが、まさにJIS型アンカーが日本を代表する錨であり、権威のシンボルになっている事を表しているのです。 しかし、役人の名誉だの権威では人の命は守れません。JIS規格は人が勝手に作ったルールであり、台風や荒天と云った大自然の現象にはなんら関係の無い話で、その自然の脅威と対峙する「錨」と云う道具は、真剣に取り組み考えて行かなければならないのです。 シーマンシップの考えに沿えば、今現在目の前にある道具で最善の策を考え、様々な問題を想定し対応しなければなりません。上述する様に「JISに規格化されているから安全」と云ったあいまいなイメージではなく、明確に性能を把握し、どう対処すれば安全性が高められるかを考えなければならないのです。 「JIS規格アンカーは効かない」
この事を前提に、日々大変な労力が必要である事、そして今現在も多くの船員や港湾管理に携わる方々が努力している事を思えば、いち早く「真に日本を代表する錨」が開発され、人命と財産を守り、さらには世界に日本が真に海洋国家である事を示すべきだと思っています。錨は何のためにあるのか?どんな性能を持っていなければならないのか?その本質を見極め、JIS規格アンカーが抱えている問題の大きさをご理解いただければ幸いです。 *1 コンモンアンカーやドラッグアンカーなどの4種類のストックアンカー *2 JIS型アンカーをTYPE-A、AC-14型アンカーをTYPE-Bとしています *3 把駐力:錨が留まろうとする力。錨の前にある底質(海底の土)から受ける抵抗力 |
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