密  談  5






平和、だわぁ・・・・・・
順子は清清しい気分で窓から晴れた空を見上げた。
梅雨の合間の晴れ間に、いつも働いている喫茶店で。
ふと、例の席を見る。
――――――― たまには、掃除でもしようかしら・・・・
そこは、例の奴等の席になってしまっていて常連は誰も座らない・・・・たとえ席が一杯でも。
だって、もし万が一でも、自分達が座っているときに彼らが入ってきたら・・・・・・!!と思うと怖くて座れないのだ。
だから誰も近寄らない。
不思議な事に新しい客も、そこには座りたがらなかった。
まあ、そこに誘導されないというのもあるのだが・・・・そこに近寄るとなんとなく周りから漂ってくる"座っちゃいか〜〜ん!!" というオーラを感じたりするせいだ。
結構常連もいたりして人気のある喫茶店の中にある"ダーク・ゾーン"
でも、いつまでもそんな事許しておけないし!!と決心して。
「そうよ、今日はなんかいいことありそうだもん!!」
布巾で綺麗に拭いたその瞬間。

カラ〜ン♪

と軽やかに来客を告げるベルの音がして。
「いらっしゃいま・・・・・・!!」
笑顔がフリーズ ―――凍結―――― する。
馬鹿! 馬鹿! ・・・・・私の馬鹿〜〜〜!!!!!
思わず心の中で後悔の涙を流しても遅く。
その精悍な顔つきをした美丈夫はスタスタと歩いて勝手に例の席に座ってしまった。
だって、其処が彼らの指定席だから。
ああ・・・・でも、今日こそ一人だけかも・・・・・!!
「あ、コーヒー2つね」
順子の心に浮かんだ僅かな希望もニッコリ笑顔で打ち砕かれた。
「・・・・かしこまりました」
滝涙を流しながら振り向けば、すでに他のウエイトレスがお盆にお水とお絞りを乗せていてくれて。
「・・・いってらっしゃい」
「・・・・ええ」
掃除なんかをしてしまった己の迂闊さをのろいつつ。順子はお盆を手に椿へと近寄っていった。


店内に何故か緊張感が走る。
何故なら片割れがまだ登場していないからだが。
コーヒーが二つ椿の前に並ぶ頃・・・・・・・彼はやってきた。
カラ〜ン♪
と、来客を告げる鐘が。
「いらっしぃませぇ〜!!」
やはりきたか・・・・と店全体はガックリきたが、順子などは既に腹が座っていてなんでも来やがれ!!の心境だったので笑顔 全開でお出迎えだったりした。


「遅い」
「・・・・・遅れてないだろうが」
椿の第一声に一条が自分の腕時計を見て眉間に皺を寄せた。
「待ち合わせにはピッタリだ」
待ち合わせたのは2時丁度。
一条のデジタルは今正しく14:00:00に変わったばかりだった。
「お前が呼び出したんだから、たまには先に来て待ってみろって・・・・・」
ふと、椿が一条の格好を見て眉をひそめた。
確かにいつも通りスーツ姿だったりするのだが、なにかが微妙に違う。
「なんだ、お前のその顔」
「ん?」
顔のつくりは変わらないのだがこの表情は。
なにかに満たされたような顔に、少し潤んだ瞳がこう・・・・男の色気、みたいな?ものを纏いつかせていて。
「お待たせいたしました・・」
コーヒーが2人の前に並び、いい香りが立ち上る。
一条が手にとりカップに口を付けた。
「お前、やってきたな」
し〜ん・・・・・。
周囲の客が一瞬凍りつく。
やって・・・・? やって・・・って、やっぱりこいつ等の言う事だから、あっちの"やった"なんだろうなぁ・・・・と。
「わかるか?」
「わからいでか! 満ち足りた顔しやがって・・・・ん? ・・・ということは・・・・」
「今日は、半休、午後出勤だ」
「半休?」
「ああ、有給」
コーヒーを飲む姿すら優雅に。
「おまえ、それじゃ税金ドロボーじゃねぇか」
「聞き捨てならん事を言うな、失敬な。俺ほど国民の皆様の為に働いている奴はいないぞ」
「・・・・・どの口でそんな事を」
「この口」
「・・・・漫才するために呼んだんだったら、俺は帰るぞ」
「まあ、まて」
満ち足りているせいかスッカリ余裕な一条。
心が広くなっているのかもしれない。
背広の内ポケットから小さく折りたたまれた物をスッ・・・とテーブルの上に差し出した。
「なんだ、こりゃ」
椿の疑問に一条は笑うだけで答えない。
ビラビラッと。
手にとって広げてみればそれは。
ひっ、じょーに! 可愛らしいエプロンだった。
なにが可愛らしいって言ったら。
椿の眼前に広げられたそれは薄いブルー地の、そうそれはまるで新婚さんが使うようなエプロン。
胸元の正方形の布の左右には幅広の布がついていて首の後で止めるようになっている。
勿論レースの縁取りつきだ。
腰から下の部分は半円形のひも付きの前掛けになっている。
紐は後に廻して・・・きっとチョウチョ結びかなんかで止めるのだろう。
こちらも、もちろんフリフリのレース付きだ。
もう、乙女チック、以外なんと言えばいいかわからない程乙女なエプロン。
「良かったぞ」
一条の満足げな言葉に対しての椿の言葉が響き渡った。
「裸エプロンか!!」
ガタアッ!!
椿の声が届く範囲の人間が椅子から転げ落ちる。
ふっふっふ、と。
一条は黙って笑うだけで。
「前? 後?」
「後、・・・・洗濯済みだぞ」
「ちぇ〜〜」
椿がなぁんだ、といってエプロンをたたむ。
「・・・・・お前、それでは変態だ」
そんな一条の言葉に椿は鼻で笑って一言。
「馬鹿言え。俺ぐらい顔がよけりゃ全て許されるんだよ」
自身満々な椿の言葉に周囲の男性陣は何か納得できないものを胸に抱いて、女性陣はそうかも・・・なんてちょっと納得 なんかしちゃったりして。
「第一、お前にだけは言われたくない」
椿の切り返しに、そこばっかりは一同心の中で一斉に頷いた。


すっかり、周りのことなど頭から消え去っている2人の凶悪な会話は進んでいく。
「しかし、本当に五代、よく着たな〜」
「ああ、最初は嫌がってたがな」
「だろうな〜」
「ああ、『絶対いやだ〜!!』とか、涙ぐんですらいたのに・・・・」
それが又可愛くて・・・・などと、そのときの状況を思い出しているのか、ニンマリと笑いながら呟く一条は本当に楽しそうだっ たりする。
・・・・・・凶悪すぎる・・・・。
すっかり五代に同情している周囲一同。
「しかし、一体どうやったんだよ」
身を乗り出して聞く椿の背後にワクワクと言う字が見えそうなぐらい興味深々な有り様で。
「それは企業秘密だ」
「・・・いいじゃんかよ」
「駄目だ」
「きっかけぐらい」
椿のおねだりに一条はしばし考え込んで、一言。
「・・・・・ポルノ雑誌・・・かな?」
「は?」
「しかも金髪、無修正・・・・だったか?」
「へ?」
「五代が見ててな・・・・」
一条もよく覚えていないのか首を傾げつつ話すが、聞く椿の方も今一理解が出来ないでいた。
ポルノ雑誌?
無修正?
五代が?
「・・・・・どこで手にいれたんだよ、五代」
「知らん」
「知らん・・・って」
「ロクに見とらん」
「えー・・・」
椿が眉をしかめる。
「しかし・・・・金髪、ねぇ・・・・・俺はどっちかっていうと日本人の方がいいんだが」
五代の好みは金髪だったのか・・・まあ、冒険野郎だしなぁ・・・・などと、ちょーっと、ずれて感心している椿。
「あ!!」
突然大きな声を上げた椿に一条が眉を顰めた。
「わかった、それをネタに脅したな」
「馬鹿言え、そんな事はしとらん。・・・・・・言っとくがな、今回、五代は自分から着たんだ」
「えええっ!!!?」
椿が驚きの声を上げた。
「五代が自分から?」
「ああ」
「お前がさせたんじゃないのかよ」
「ああ」
「本当かよ・・・・」
信じられない、といった雰囲気が椿の言葉の端々に漏れる。
「・・・・・ま、お願い、はした」
「お願い、かよ」
椿の顔にやっぱり!! と安堵の表情が浮かぶ。
「どうせ、言いくるめたんだろ? 五代がお前に口で適うはずが無いからな」
それは正しい。
「あー、良かった。てっきり五代がお前に染まったのかと思ったぜ、焦ったぁー」
「染まっちゃわるいのか?」
「えー? いや、いいんだけどさ、そうしたら面白く無いじゃん」
ニンマリ、と椿が笑う。
「いや、っていうのをいかにして落とすか! ・・・・っていうの、良くない?」
「確かに」
「で、どうやったんだよ」
「・・・ま、それはおいおいな」
ふっ・・・と口元だけで笑う。
椿が興味津々で聞いてきても一条はサラリと交わすだけだ。
漸く、コーヒーを飲み干して喉も潤ったのか一条が思い出すように呟いた。
「それにしても」
「んー?」
「五代があそこまでエプロンが似合うとは思わなかった」
「俺のセンスもよかったんだろ」
「ああ、まさしく、俺のツボをついていた」
一条が感嘆の溜息を付きながら頷いた。
伊達に付き合い長くないからな〜などと2人して頷いて。
「・・・・・・五代、毛が薄いんだよなぁ・・・・」
一条がポツリと呟く。
「毛?」
「手足なんて、殆どないぞ。」
「あー・・・そういえばそうだな」
椿が診察の時の五代を思い返してみる。
「肌なんて滑らかでシミ一つないし」
「うんうん」
「尻なんか、むきたてのゆで卵みたいにつるつるだ」
ガタアッ!!
その言葉に何人が椅子から落ちたか・・・・ま、本人は気にしていないけれども。
「ほう、美味そうだな」
「俺は今まで、あそこまで綺麗な肌にお目にかかったことがないな」
一条の言葉に椿が考える。
五代は北国特有の色白の肌をしており、もともとの素質がいいのか肌がきれいだったけれど
「・・・・やっぱり、石のせいかな」
ぼそり、と呟いたあと椿は手を頭の後ろで組んで椅子をにもたれかかった。
「ま、栄養がいいっつうのもあるんだろうけどなー!」
「栄養?」
ニヤリ、という言葉がピッタリな椿の微笑。
「おう、高蛋白物質、毎晩五代に飲ませてんだろー」
「?・・・・・・・! あー・・・・・蛋白質、な」
最初、一瞬なにを言ってるか判らなかった一条だがすぐに理解したようだ。
「ときには顔面パック・・・とか」
「お肌ツルツルってな」
しばし見詰め合い、
「いいなぁー・・・・」
椿、うっとり。
「男の夢だろ」
等としたり顔で答える一条、この2人はどちらもケダモノには間違いない。
「しかし・・・裸エプロンかー・・・」
ウットリとした椿の呟きに一条の訂正がはいった。
「椿、間違うなよ」
「ん?」
「俺がいい、といっているのは裸エプロンが、ではなくって、五代が俺のためにしてくれた、と、いうことだからな」
「ほう」
「あの、五代がだぞ?」
「一条・・・・・」
確かに、自分の恋人が自分のためだけに其処までしてくれたら男冥利に尽きるというものだよな・・・と、男性客が、うんう んと頷く。
それ以前に、五代の性別をすっかり忘れ去っているようだが。
「・・・・でもさ」
「?」
「お前好きだろ」
ずばり、とした椿の突っ込みにコックリ、と頷く一条。
ああ・・・・・顔が良くってもやっぱり男だ・・・などとこれまた安心しちゃってる男性陣。
・・・・・・・・だから、五代って人は男だっちゅうねん!!
と、心の中で突っ込みを入れる順子は表向き表情をこれっぽっちもくずさない。
「ま、裸エプロンもいいけどさぁ、・・・・今後、制服シリーズなんてどうよ」
「制服?」
一方、椿達の爆走は続く。
「おう・・婦人警官、とか」
「・・・・・どこがいいんだ」
一条が眉間に皺を寄せて答える。
職業柄、しょっちゅう目にするものに興奮なんぞするわけがない。
「ミニスカポリス、とかってさー、五代、脚の形いいじゃん。似合いそー」
「脚の形は確かにいいし、ミニスカもいいかもしれんが、が」
「やなのかよ」
「好みではない」
「そーかー?」
椿の返事にしばし考えて
「・・・・看護婦、とか」
「飽きた」
サラリと椿が答える。
「同じ理由だ」
一条がそれ見ろ、と言ったふうに片眉を上げて見せる。
「・・・じゃあ、あとは一般的なものとして・・セーラー服とか・・・」
「却下」
「うーん、スチュワーデス?」
「・・・・今一、イメージと違う」
「・・・チャイニーズ・・・・」
「制服じゃないだろう」
「えー・・・後何があったよ?」
そのまま考えこむ二人に、店内の男性客も一緒に考えちゃたりして。
すっかり店内の雰囲気が2人のカラーに染まってしまっている。
「すいません」
椿の低くハリのある声が店内に響く。
破天荒な会話にもスッカリなれてしまって、いまやなんとも思わなくなったしまった順子がちろり、と隣をみればすっかり怯 えたウエイトレス達にやっぱり私なのね・・・と軽い溜息と共に椿達のテーブルへむかう。
「コーヒー、もう一つ頼めるかな?」
「かしこまりました」
と頭を下げ、空いたカップを下げようとして・・・・・手が止まった。
「・・・・あの、なにか?」
視線を感じて顔を上げて見れば極上のいい男2人に無表情のまま見つめられて。
・・・・・・こっ・・こわい!!
順子は無限に感じたりしたが、時間にして数十秒・・・いや数秒だったのだろうか。
「・・あの〜・・・・」
「・・・・あ、いや、ごめんね」
順子の訝しげな様子に我に返った椿がにっこり笑ったのを期にそそくさと下がる。
「・・・・・一条」
椿の呼びかけにコックリと一条が頷く。
視線があって。
――――― 男達はわかりあったのだ!!!
「やっぱりこれしかないだろう」
「ああ・・・定番中の定番だよなー」
すっかり忘れてたぜ、と椿が舌打ちをする。
「となると・・・・・・・」
「やっぱり、アレしかあるまい」
「そう、だな」
ニヤリ、と笑いあう二人の声がハモる。
「ア○ミラ」
ウェイトレスの制服といったら。
胸を強調したエプロンと超ミニのスカート、ハイソックス。
そうと決まれは。
2人が一斉に立ちあがる。
「と、言う事で、頼むぞ。椿」
「えー、俺かよ」
「お前しかできないだろう。あんなベタなエプロン見つけるぐらいだからな」
確かに、今時何処で売ってるんだ、こんなエプロン、と思われるようなものを見つけたのは椿だ。
「毎回毎回、何処で見つけて来るんだか」
「秘密」
たのしそうな椿に一条の冷たい視線が向けられる。
「俺はね、楽しみのためなら労力を惜しまない男なのさ♪」
そして目下の対象は五代、ということなのだろう。
「・・・・・なぁ・・・椿」
「ん?」
「俺なぁ、今度挑戦してみたい事があるんだが・・・・」
一条が顎に手をあてて考え込むふりをする。
「なんだよ」
「・・・・・・・・・・ハメ撮り・・・・?」
ガシッ!!
「協力させていただきましょう」
ぽつりと呟かれた一条の言葉に両手をつかんだ椿が真面目な顔して頷いた。
それも瞳がキラキラ輝いていたりする。
「なんでも言ってくれ、一条。俺に出来ることならなんでもしよう」
「そうか?」
言ってる内容はともかく聞いているだけなら友情っていいなぁ・・・なんて言葉でも。
「やはり、持つべきものは親友だな」
一見、感慨深げな一条に
「俺とお前の仲じゃないか、ま、この俺様にかかれば揃えられないものなんてないからな」
超自信満々な椿。
爽やかな、極上の微笑を浮かべつつも、自分達のいたテーブルからレジまでの僅かな距離でそんな極悪な会話で辺りに 死人をだしつつ、2人はレジの前に立った。
「あ、ごめんね、注文しちゃったんだけど」
と椿はレジにいる順子に笑いかけた。
「これ、釣はいらないから」
と多めに札を置いて二人は出て行った。
後に残るは・・・・・・・・・。


核弾頭投下による死々累々屍の山。


ふっ・・・いいの、もう、いいのよ
どうせ、このあと又来て結果報告してくれるんでしょ・・・・そう胸の内で呟く順子の言っていることは正しい。
後日、再び揃って訪れる一条達を迎えたのはやっぱり彼女なのでした。





ひさびさの密談シリーズ。
どちらにしろ、ケダモノってことで

BY 樹 志乃


ちなみにこの"エプロン"についての詳細は『朝食タイム』というタイトルで、
屋根裏部屋にすでに掲載してます。
(案内:ひかる)


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