最終回ネタ その3 

外堀から






「じゃ、芝居の稽古に行ってくるわ、おっちゃん」
 青空を見上げていた奈々が、エプロンを外し元気良く出て行く。
「おう、車には気をつけろよ」
「判っとるって」
 笑顔を残して、奈々が出かける。
 ポレポレに残ったのは、マスターであるおやっさんと、雄介ブレンドを飲みに来た神崎先 生、そしてジャンである。

「奈々ちゃん、元気そうですね」
「あいつ、雄介に貰った笑顔でオーディションに合格できたことが、よっぽど嬉しかったんだ ろうなぁ……あ、そういえば、先生。知ってますか?」
「なんですか?」
「雄介のやつ、とうとう結婚するらしいんですよ」
「ワォ、ワンダフル! 本当デスカ?」
「それはおめでたいですねぇ」
「本当、本当。まぁ奈々の前では言えないんで、黙ってたんだけどね」
 いまだ雄介に憧れているらしい姪にはショックが大きいだろう。
「そういえば、あいつももう26ですか。そろそろ帰りつく巣を持ってもいい頃ですね」
「ですよねぇ。それにしても驚きましたよ。この間いきなり、先方の親御さんが尋ねてきまし てね。挨拶と結納品置いてったんです」
「結納品ですか? あれは確か、夫側がお嫁さんの家に対して送るものではありませんでし たっけ」
「いや俺もそう思ってたんだけどねぇ、女性側から贈ることもあるんだねぇ。聞けば名古屋か ら来たって言うじゃない。ほらあれだよ。『娘三人持てば身上潰れる』って、だからなんだ」
「ソウでしたっけ……?」
 違うと思うぞ。
「念のためみのりっちに確認してみたら、かなり前から付き合ってたって言うじゃないです か。雄介のやつ、水臭いよなぁ、俺に紹介もしてくれないで。いや確かにね、外泊が多くなっ たなぁとは思ってたけど、そういうことだったのか、うんうん」
「どんな人なんです?」
「みのりっちの言うには、警視庁に勤めている一つ年上のとってもかっこいい人らしいです よ」
 はて、どこかで聞いたような……
「あいつ、見かけによらず淋しいがりなところがあるからね、一つくらい年上で丁度いいんで すよ。ほら、先生、言うじゃないですか」
「『一つ年上の女房は、金のわらじを履いてでも探せ』ってやつですね。しかし警視庁ってことは、 クウガになってから知り合ったんでしょうか?」
「だとしたら、あいつがクウガになったのも、悪いことばかりじゃなかったってことでしょ う」
「そうですね」
 けして一人ではなかったのだと。
 彼らの大切な存在が、独りきりで戦っていたわけではなかったのだと、そう知ることができ たのが嬉しい。
「それにね、先生。その人はかなりの美人らしいですよ」
「ほぉ〜〜」
「みのりっちもすごい綺麗な人だって言ってたし、挨拶に来たお母さんが、また綺麗な人で ね、女優の…なんて言ったかなぁ……木下監督の映画に出ていた……あぁ名前が思い出せな い」
「そういえば、なんていう名前なんです?」
「あぁ…こう喉元まで出掛かってるんですけど……」
「いや女優さんじゃなく、相手のお嬢さんの名前です」
「あぁ、それは思いだせます。薫さん。一条薫さんて名前ですよ」
 ブゥ───ッ! ジャンが見事に珈琲を噴いた。
「うわっ、大丈夫かい? ほら、おしぼり。これで拭いて」
「あ、ス…スミマセン」
 渡されたおしぼりで、吹きこぼしてしまった珈琲を拭う。なんか今、とんでもない名前を聞 いたような。
「薫さんですか、綺麗な名前ですね」
「一条薫もいいけど、五代薫もいい名前だよね───ん? どうした? ジャン」
「ア…アノ…マスター、今、一条って言いましタ? イマ」
「? 言ったけど、なに? 知ってるの? ジャン」
「イエ…ソノ…マスターは会ったことないんデスカ?」
「ん〜、残念だけどねぇ、なんでもまだ、未確認の事件の後始末で忙しいらしくてね、一緒に 来られなくてすみません、ってお母さんが謝ってたよ。なんでもその若さで警部で本庁勤務 で、未確認のときは最前線にいたらしいから」
「それは優秀な人なんですね」
 いや、問題はそういうことじゃなくて。
「あれ、そういえば」
「どうしました?」
「確か、コートのハンサムさんも一条って言わなかったっけ」
 ギクゥ〜〜!
「ソ…ソウですけど」
「コートのハンサムさん?」
「神崎先生は会ったことありませんでしたか? 去年辺りからうちにも来るようになった、雄 介の冒険仲間なんですけど、トレンチコートの似合うハンサムさんなんですけど」
「残念ながらないですねぇ。五代の友人なら、ぜひ会ってみたいんですが」
「えぇ、生真面目そうないい友人ですよ。そういえばそのコートのハンサムさんもえらく綺麗 な顔をしてたけど、もしかして親戚かなんかなのかね、知ってる? ジャン」
「あ……イエ、僕は…その」
 言えない。ここまで盛り上がった状態で、まさかそれがその本人ですなんて。
「それにしても楽しみだね。あいつも早く帰ってくればいいのに、その時は盛大に祝ってやら なくちゃ」
「そのときにはぜひ私も呼んでください」
「もちろんですよ。みんなであいつを祝福してやりましょう」
 いや、されたくないと思うぞ、雄介は。
「あいつ、和服着るには今一つ貫禄がねぇからなぁ、やっぱり式は教会ですかねぇ」
「新婚旅行はとんでもないところに行きそうですよね」


 和気藹々。
 今は旅に出ていない雄介を肴に、二人の年長者の会話は盛り上がる。
 話題は帰国&婚約記念パーティを通り越して、結婚式、果ては子供に付ける名前にまで話題 は及んでいる(誰が産むんだ?)。

 真実を教えるべきか否か。
 その横でジャンは笑顔を引きつらせながら、悩んでいた。




BACK       NEXT

TOPへ    小説TOPへ