最終回ネタ その2 なんのために…
「それでもみんなの笑顔のために戦ってくれた」
溜息のように呟いて、椿はレントゲン写真に背を向けた。
「未確認達が……自分の笑顔のためだけにあんなことをしたお陰で……あいつは自分の笑顔を
削らなくきゃならなくなった……」
誰よりも暴力を望んでいなかった雄介が、戦うことで、戦い続けることで、どれだけ傷付いて
いたのだろう。
「なぁ、五代は今、笑顔でいると思うか?」
そう問い掛ける椿の後ろには眩しいほどの青空が広がっている。
「だと…いいな……」
そう、あの青空の下、どこかで………
「ところで、だ。椿」
「なんだ?」
「さっきから気になっていたんだが、やけに机の上が片付いてないか?」
机の上に広げられているのは一条に見せるために用意された雄介に関するカルテ類だけで、
やけにこざっぱりとしている。確か以前に来たときは、司法解剖の報告書などでもっと雑然と
していたはずなのだが。
「さては勝手がすぎて、とうとう首になったか?」
「人聞きの悪いこと言うな、おまえじゃあるまいし。憧れの長期休暇だよ」
「いい身分だな」
「ようやく未確認関連もかたがついたからな。溜まりまくった有給を期末までに消化してく
れって、庶務の方からも催促されたことだし」
「で、どれくらい休むんだ」
「10日間♪もぎ取ってやった♪♪」
「よく許可が出たな、10日も。いくら休めと言われたにしても長すぎるだろう」
文字通りの長期休暇に、さすがの一条も驚く。よく上が許したものだ。
「休ませてくれねぇなら、止めてやるって言ったからな」
「人非人」
「海外行くんなら、そのくらいはとらねぇと」
「優雅でいいよ、おまえは」
まぁ担当患者のいない、監察医だからこその荒業だろう。
「おまえも休暇ぐらいとったらどうだ? 働きづめだったんだろう」
「馬鹿言え、そう簡単に休めるか」
「そうか、休めねぇかぁ、そうなのかぁ、残念だなぁ」
「なにが言いたい」
「これなぁんだ?」
そう言って椿が懐から取り出したのは一枚の絵葉書。
ただどこまでもどこまでも続く青い空と限りなく広く青い海が写されている。
文面はない。宛て名とAIR MAILの文字と、ただ『G.Y.』のイニシャルが書かれ
ているのみ。
『G.Y.』の……
「! おい! まさか! これは!!!」
「ピンポ〜ン♪」
「何故、おまえがこれを! 五代からのエアメイルを持っている!」
「あいつがくれたからに決まってるだろう」
「だからどうしてだと聞いている!」
今にも椿の胸元を掴まんばかりである。これが以前ならマグナムを取り出していたところだ
ろうが、未確認関連の事件が終了した現在は携帯を許されてはいない……はずである。
「冒険に出ても、居場所は知らせるようにって言っておいたからな───挨拶にきたときに。
ということで、これから俺はキューバに行ってくる。向こうで五代が俺を待っていてくれることだし」
「俺も行く!」
「休めるのか? 言っとくが、往復だけで3日は使うぞ」
「!!!!!!!!!!」
所詮は宮仕え、盆暮れGW以外に長期休暇などとれるはずもない。
「あいつ、本当に可愛いよなぁ。俺が山より海が好きだって言ったこと、ちゃんと憶えていて、
こんな絵葉書くれるんだから♪ じゃあ、行ってくるな♪♪」
「………邪魔してやる」
ぼそりと一条が呟いた。
「ん〜〜、なにか言ったかな、一条君」
「通報してやる、空港に」
「なにをだ?」
「おまえのことを不信人物だと成田空港に通報してやる。検問で引っ掛かって国外脱出は不可
能だ」
「おまえ、そこまでするか!」
職権乱用って言わないか? それは。
「なんとでも言え。この前は失敗したが、今度はちゃんと全国に手配してやる」
「というと五代のときもやったんだな。つくづく鬼畜なやつ。でも逃げられたわけだ」
「まさか名古屋空港から発つとは思わなかったんだ。成田には手配しておいたんだが」
「あいつも、おまえのことが判ってきたよなぁ」
「ほっとけ。だが同じ失敗は二度としない」
そう言って不敵に笑う。聞いたのがこの台詞だけなら、本当いい男なんだけどねぇ。
「どうしても俺を行かせない気か?」
「当然だろう。おまえ一人にいい目を見させてたまるものか」
「そうは言ってもなぁ……おまえには悪いが、生憎そうはいかないんだ」
「? 何かあるのか?」
「そもそもなんのために俺が五代に居場所を知らさせていたと思う」
「そういえば……なぜだ?」
ふいに椿が表情を変える。これは医者としての顔だ。
「あいつの身体のせいだ。俺はあいつの、たった一人の主治医だからな」
「それは……」
「五代のやつ……0号との戦いの後、そのまま国外に出ちまっただろう。結局あいつの身体が
どこまで変わっちまったのか、実際はまったくわからないんだ。三ヶ月たった今まで大丈夫
だったってことは、とりあえずすぐにはどうこうというのはなさそうだが」
懸念がなかったわけではないのだ。あのまま五代が自分たちの知らない場所で、自分たちの
手の届かないところに行ってしまうのではないのかと。
それだけはさせたくなくて、居場所を教えることを約束させた───強引に。
「今回、俺があいつのところに行くのは、その辺りのこともあってな。簡単な検査の器具ぐら
いはもっていくつもりだ」
「俺が悪かった」
「いいさ、俺もちょっと調子に乗りすぎた」
自分だけがあの青年の居場所を知っているという優越感。彼の一番にはなり得なかった自分
のちょっとした意趣返し。
「なんか伝えることがあったら、メッセンジャーぐらいはしてやるぜ」
「そうだな……『待ってる』と───いや、いい。きっとあいつは判ってるだろうから」
「だな」
ここに…五代の帰りを待つ人間がいること。自分だけじゃなく、みのりや桜子、若葉保育園の園児たち。皆が五代の帰りを待っている。そのことを五代はけして忘れはしないだろう。
だから、自分は待てばいい。きっと五代は帰ってくるのだから………が、
「で、だ。椿、提案なんだが」
「なんだ?」
「山形の純米吟醸 雄町という酒があるんだが」
「おい、それはまさか、あの十四代のか! 幻と言われた! あの超入手困難な!!」
そのための努力はするに越したことはないだろう。
「帰国するよう説得できたら、やるぞ」
「誠心誠意、努力しよう」
ここに商談は成立した。
私も一瞬、蝶野くんの手紙が、雄介からの絵葉書に見えたもので(ひかる)
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