最終回ネタ その6 

頑張れば……






 カーテンが風に揺れる。城南大学の考古学研究室の一室。
 柔らかな午後の陽射しの中、桜子と一条は向かい合っていた。

「…でも、ゴウラムは今も…科警研にちゃんとありますよね」
 確認をとるように問い掛けた桜子に、一条が頷いた。
 長野に戻る前に、挨拶に来た一条。自然、話題は『彼』と『あの戦い』のことになってしま う。
「…ってことは五代くん、身体は黒の4本角になって、凄まじき力を手に入れたけど、いつも のあの優しさはあのままで、失くならなかったってことですよね」
「そういえば、五代は幻影の中で見た『凄まじき戦士』のことを全身が黒かったと言ってまし たけど、実際には、目はいつものように赤い目でした」
 あの日のことを思い出しているのだろう、一条の表情が僅かにせつなさを滲ませる。
 今はここにいない大切な人が、最後の戦いへと向かったあの日。
 必ず、自分のもとに帰って来る。いや、帰って来させる───そう…思いながらも自分の力 のなさに歯噛みをしたあの日。
「五代くん、みんなの笑顔を護りたいっていう優しい気持ちを力にして、『凄まじき戦士』に なったんですよ。憎しみの力でしかなれなかったはずの『凄まじき戦士』に」
 ふいに桜子が立ち上がり、窓辺へと向かった。大きく開かれた窓から広がるのは、眩しいほ どの青空。
「伝説を塗り替えちゃったんですね」
 彼へと続くそれを見上げると桜子は振り返り、微笑んで言った。
「憎しみの力に任せるのは簡単だったはずだけど、五代くんは優しさで、心の力で最後の最後 まで頑張って………頑張れば願いは叶えられるんですね」
 その言葉に、一条も深く頷く。
『頑張れば、願いは叶えられる』
 そんな奇麗事ともとれる言葉を、雄介はやり遂げたのだ。ならば一条にできないわけがない。 誰よりも雄介が大切で、そのためにはどんな努力だってやってのける自信はある。だから……

「五代くん、絶対笑顔を取り戻して帰ってきますよね」
「五代は信じてますからね……世界中、みんなの笑顔を」
 桜子とともに窓へと立つ一条の視界に果てしのない青空が映る。この世にただ一人の、大切 な彼を思い起こさせる美しい青空。それを見上げながら一条は清々しい笑みを浮かべた。
「だから帰ってきますよ、五代は。笑顔を取り戻して」
「そうですね」
「絶対に五代は帰ってきます。いや来させます」
「え? あの……一条さん?」
「来なければ、来るように手を打つまでです。だから帰ってきます、五代は───私のもとに」
「一条さん………」
 桜子は深ぁく、溜息を付いた。
 こういう男だと解っちゃいたが、ついついあの清々しい笑みに惑わされた自分が情けない。
「とりあえず居場所は椿のおかげで解りましたから。今はまだ焦ることはないでしょう」
 『まだ』って……。その『まだ』が過ぎたらどうする気なのやら。
「その間にこちらも色々とやることがありますからね」
「『色々』ですか……」
 不幸にしてその『色々』が何を指すのか知ってしまっている桜子としては、溜息を付くしか ないだろう。このまま知らないふりをできたら、本当に楽なんだけれど……雄介の親友として は、そうも行くまい。
「でも一条さん」
「なにか?」
「確かに五代くん、伝説を塗り替えちゃったけど、常識は塗り替える気はないと思いますけど」
 とりあえず言うだけ言ってみる。
「常識? ですか?」
「えぇ、常識です」
「? なにか五代が常識も塗り替えるようなことをしましたか?」
 あんた、本気で言ってんの!と突っ込みたくなるのをかろうじて押さえる。
 いや、きっと多分本気だろう。雄介が絡んだときの一条の思考&行動には『常識』の二文字 が消え去っていることは、彼女もよぉっく知っているのだから……と、再度の溜息を付いて桜 子は続けた。
「今のところはしてませんけど」
 というか、したくないから逃げまわってるんだろうけど。
「今のところというと、これからする予定があるということですか?」
「五代くんが、じゃなくて、五代くんに、ですけどね」
「…………」
 妙なところで鈍い一条には、桜子の言葉はまったく通じてないらしい。しかたがない。
「一条さん、はっきり言います。日本の常識というか、法律では男同士は結婚できません」
「知ってますが」
 腐ってもキャリア警察官。それぐらいの法律は一応、知っていたらしい(いや、キャリア じゃなくても知ってると思うが)。
「なら止めてくれますよね、五代くんとの結婚式」
「? 何故止める必要があるんですか?」
「!!!!!」
 ひとぉつ、ふたぁつ……心の中で数を数える。ここで熱くなったら、一条のペースに乗せら れてしまう。今はここにいない雄介のためにも、自分が踏ん張らねば。
「今一条さんも知ってるって言ったじゃないですか。法律で男同士の結婚は認められてないって」
「えぇ、言いました」
「なら、なんで!」
「確かに婚姻は認められてませんが、禁止されているわけではないでしょう」
「!」
 一条はさらりと言った。
「実際、『養子縁組』や『内縁』というような形で黙認されている、というのが日本の現状で すからね」
「!!!!!」
「ましてや式を挙げることに関しては、法律的になんの問題もないはずです。違いますか?」
「!!!!!!!!!!!!!!」
 こいつは〜〜〜。ほんっと、腐ってもキャリア警察官だわ。あぁ言えばこう言う。手八丁口 八丁。さっきも絶対に解っていて、とぼけていたに違いない。
「まあ、たとえ法律的な問題があったとしても、五代を諦める気はありませんが」
 えぇえぇ、そうでしょうとも。
「とりあえず、六月ぐらいには私もまた東京に戻ってきますので、式はその頃にと思っています」
 にっこりと、あくまで爽やかに一条は笑った。
「雄介の友人として、是非とも出席していただけますよね」
 しかし…その笑顔の裏で悪魔がにやりと笑ったように見えたのは……きっと桜子の気のせい ではないだろう。



『今度は私たちががんばらなきゃ!』
 機嫌良く帰って行った一条の後姿を睨みながら、桜子は心に誓った。
『多分、すごく大変なことだと思うけど……心の力で』
 そうでもなけりゃ、とてもじゃないが、あの暴走刑事は止められないだろう。
『五代くんが笑顔で帰ってこられるように』
 頑張れば…願いは叶えられる………きっと…たぶん……
『まずはみのりちゃんに相談して……』


 しかし彼女は知らない。
 そのみのりこそが、『一条&五代の結婚式推進委員会』の委員長とでもいうべき存在であった ことに。

 頑張っても叶えられない願いもあるのよねぇ……と、彼女が溜息を付くことになる日は、そ う遠くはなかった。





終わった☆ なんとか終わりました。
(すみません、先にこの後の話を書いてから、これを書いたもので)
しっかし本当、うちの一条さんって、知能犯だわ。(ひかる)


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