最終回ネタ 最終話 

誰がために鐘は鳴る







 湿った風が夏の気配を運んでいた───六月。
「ひさしぶりだよなぁ」
 到着ロビーに降り立ち、雄介は背伸びを一つした。成田空港第2ターミナル。シーズンの狭 間のせいか、人影は少ない。
 ふと一年半前のことを思い出す。
 インドネシアから降り立った自分を迎えたのは、刺すような冷たい一月の風だった。

 それが嵐のようなあの一年の始まり。

 あれはもう五ヶ月も前のことになる。
 0号との戦いを終えて、文字通り逃げるように日本から離れた自分。
 どうしてもあのまま日本にはいられなかった。
 あの……感触を抱えたままでは。
 気付いてはいた。戦うことは、みんなを護ることではあるけれど、同時にそれは相手を傷付 け、殺すことだということに。未確認を一人倒すごとに少しずつ澱が心に溜まっていった。手 に足に絡み付き、染み込んでいく。けして慣れたくはなかったあの感触。今でも忘れることは できない。
 そして0号との戦い。
 最後には生身で殴り合った。0号は笑っていた。息途切れるその瞬間 まで、楽しそうに、いっそ無邪気に。まるで子供のような笑顔で。
 とうとつに気付く。彼らは、未確認は人間を殺すことを悪いことだとは思ってなかったとい うことに。むしろ楽しいことだと感じてたのだということに。
 彼らにとってそれがゲームだということは知っていた。それをまざまざと思い知らされた瞬 間。
 けして彼らは人類に敵対するものではなかったのだと。
 ───ただ楽しいから、ゲームだから人間を殺していただけで───

『リントも我々と等しくなった』 

 ふいにB1号が言っていたという言葉が頭を過ぎる。

『むかついたから』
『有名になりたかったから』
『人を殺す経験がしてみたかったから』

 そんな理由で人を殺す人間たちがいる。
 彼らと未確認生命体と、どこが違うというのだろうか?
 確かにB1号の言葉は正しいのかもしれない───それでも、

「俺は…護りたかったんだ」

 そんな人間ばかりじゃないと知っていたから。

『それが私の役目とはいえ、こんなもん作っちゃっと良かったのかな』
 殺す武器を作り続けることを悩んでいた榎田さん。
『夢や希望や、可能性に満ちていたその人達の命がもう戻らないと思うと、どうしようもなく 腹が立った』
 人の可能性を信じ、それが奪われたことに憤っていた椿さん。
『みのり先生がその分、頑張るから。…笑顔でバイバイしよ、ね?』
 みのりは今も子供達に笑顔を与えつづけていることだろう。
『いってらっしゃい…』
 すべてを理解していて、それでも桜子さんは笑顔で送り出してくれた……そして

『君に…こんな寄り道はさせたくなかった』
 誰よりも俺を支え続けてくれていた人。

 遠い異国でも彼らのことを思い出すたびに、心は温かくなった。
 戦うことでついた傷はけして消えることはないだろうけど、彼らの思いが包帯のようにそれ をそっと押し包んでくれていた。
 過ぎ去ってゆく風景の中、いつでも自分の心の傍にいてくれた。
 旅先の子供たちの笑顔がみんなの笑顔と重なる。
 その笑顔を自分は護ることが出来たのだと。
 そう思えるようになって、ようやくこうして日本へと帰ることができた。


「怒ってるだろうなぁ」
 結局、0号との戦いの後、一言も交わさずに旅立ってしまった自分。
 引き止められることは判っていたから、逃げるようにあの場所を離れた───『行くな』と 言われる前に。
 引き止める腕を振り払えるほど、強くない自分を知っている。あのままあそこにいたら、壊 れてしまうと判っていても───それでも、あの人に望まれたら───誰よりも大切な人。
 だからこそ……

「とりあえず、ポレポレかな」
 ふっと息を付く。
「おやっさんには、心配かけちゃったよなぁ」
 結局、ろくに事情も話さずに、0号との戦いに行って、そのまま日本を出てしまった。
「先に電話入れておいたほうがいいかな」
「その必要はないぞ」
「え?」
 ふいに背後からかけられた声。と、同時にガチャリとなにか手に冷たい感触。
 なんか以前にもこんなことがあったような………
「あぁ〜〜!」
「ポレポレのマスターには俺から連絡してあるからな」
 記憶通り、そこにいたのはやっぱり……
「い…い…一条さん」(はい、ここからはギャグバージョンです)
「お帰り、雄介」
 違うのはあの時のしかめっ面とは正反対の満面の笑みで立っていたことで。
「あ、ただいま…です。一条さん……じゃなくってぇ、どうしてこんなところにいるんです!?  長野に転勤したんじゃあ」
「したぞ。よく知ってるな。あぁ、椿か」
「ならどうして」
「今月付けで戻ってきた。もともとあれは残務整理と残りの研修期間を終わらせるための移動 だったからな。6月からは晴れて本庁勤務だ」
 聞いてない〜〜〜〜! 知ってたら、せめて別の空港からもっとこっそり戻ってきたの にぃ。
「だいたいこの手錠はなんなんですか!? さっさと外してください」
「着いたらな。さぁ行こうか」
「い…行くって、ど…どこに!?」
「ホ・テ・ル♪」
 にっこり笑顔に抵抗する気力が萎えてく。ンなきっぱり嬉しそうに言わなくても。
「やっぱりホリディインだな。近いしなによりあそこはベットが広い」
「あ…や…でも、まだ早いですし、チェックインなんてできませんよ。だからとりあえず東京 に戻りましょう」
 そうすれば、その間になんとか逃げれるかも知れないし。
「あぁ知らないのか? 最近は便利でな。アーリーチェックインというやつで今からでも入れ るんだ」
「えぇ! あ……でも…でも……」
「ついでに言うと、レイトチェックアウトというやつもあってな、明日の午後三時まで延長で きる」
 さらりと言われて青褪める。ってことはもしかしてこれから24時間以上、ぶっ通しで×× ××……じょ…冗談じゃない!
「あ、そうだ、一条さん。仕事は?」
「休暇をとった」
「みのりや桜子さんにも連絡しないと」
「大丈夫だと言ったろ、おまえが今日帰ってくることは知らせてあるからな。ついでにそのま ま泊まると連絡してある」
「椿さんにも検診に来いって言われてるし」
「あいつもゆっくりしてからでいいと言っていたぞ。それともなにか? 五代は俺より椿に逢 いたいってわけじゃあないだろう?」
 さも冗談のように言っていても、瞳はぜんぜん笑ってなかったりして………
「冷たいな、雄介は。俺と一緒にいるのがそんなにいやなのか?」
「い…一条さん!」
 ふいに夜用の声で囁きかけられる。耳元で響く甘い声。背筋が震え足から力が抜ける。抗議 する声も上擦ってしまう。身体はまだ一条のことを覚えていた。
「愛してる」
 そうしてくちづけられてしまえば、もうあとはなにも考えられなくて…………



「………えぇ、空港で確保しました」
 遠くで、一条の声が聞こえる。
「××くんに調べてもらった通りでした」
 相手の声は聞こえない。電話で?話しているのだろうか? ゆっくりと意識が覚醒してゆ く。
「夕方までにはそちらに着けます」
 仕事の電話かな……とぼんやり思う。全身が泥のようにだるい。幾度も抱かれ、意識を失 い、そして……
「荷物はとくにないようです」
 外に出ることもなく、食事はすべてルームサービス。離れていた時間を埋めるかのように独 占され続けた。
「例の手配は? はい、そうですか……はい」
 まだ全身に甘い余韻が残っている……
「教会の方にはもう連絡は? えぇ…お願いします」
 教会? ふいに嫌な予感が雄介の背筋を走る。
「サイズはだいたい以前に戻ったようですね。えぇ上から88、58、68です(セーター ブック参照&ウエストは想像)」
 サイズ? サイズって……
「そうですね、私としてはやはりブーケはバラより百合がいいかと………えぇブートニアの 方もそれでお願いします」
 ブーケ? ブートニア? 嫌な予感がますます増殖してゆく。
「あぁ、もう母には連絡しました。もう新幹線に乗ってるはずです」
 母? お母さん? 確か名古屋にいるはずの? どうして一条さんのお母さんが新幹線に?
「えぇ、指輪はもう用意してありますから」
 こ…これはもしかして……
「はい、ではそのようにお願いします」
 小さな電子音がして、電話が切られる。そして一条がゆっくりと振り返った。
「あぁ、目が覚めたのか? 五代」
「あ、はい。……じゃなくってぇ、なんです! 今の電話は!!」
「なんだ聞いてたのか」
「聞いてたのか、じゃないでしょう。いったいなんなんですか! 今の電話は! 教会だのブーケ だの指輪だのって……え? 指輪ぁ!」
 ちょぉっと待て。掠れきった声で抗議しながらも、はたと考える。『教会』『ブーケ』『指 輪』……これはよもやまさか。
「無論、式の手配に決まってるだろう」
「し…式ってなんの式です」
 聞かなくても判ってる気がする、気がするけどもしかしたら、違うかもしれない。うん、 きっと……
「結婚式に決まってるだろう」
 あ゛ぁ゛ぁ〜〜〜、やっぱりぃ〜〜〜神様のばかぁ〜〜〜。
「なに考えてるんですか!」
「雄介のことに決まってるだろう」
 そう言って笑う一条はこの上もなく幸福そうで。
「幸せになろうな、雄介♪」
 抱き締められた雄介の頭の中では、教会の鐘が世界の終末を告げるかのように高らかに鳴り響 いていた。





   まぁ最後はやっぱりこれでしょう。最終回ネタの最終話です。
   その〇と付かなかったのは、間にまだ書きたいネタがあったからだったりします。
   (実は、4や5より、こっちを先に書いた)
   がんばれ、私。                      (ひかる)


BACK       

TOPへ    小説TOPへ