BOY FRIEND 《4》






雄介を迎えに行って、思わずみのりは飛びついてしまった。
だって、遠眼にみてもやっぱり雄介が一番素敵だったから。
この人が自慢の兄だと(流石に今は言ってはまずい事は判っているので)叫びたいのを堪えて 抱きついてみたら、まだ人が立っていたのでそこを見てみれば・・・・・・・。
「・・・・・・あれ?」
「・・・・・・え?」
やはり、というべきか、自分のことに気付いたのは椿のようだった。
みのりはといえば、一目で二人が判ったけど、・・・・・判ったけど、
(知らない人のフリしたいなぁ・・・・)
などと考えていた。
(なんで・・・・そんな格好してるの・・・・・・?)
みのりの素朴な疑問は正しい。
たーしーかーに! カッコいい!
みのりだって年頃の女の子だ。
カッコいいお兄さんは好きですか?と聞かれたら、大好きって!って答えること間違いなし だ、が・・・・・・
まるでスーパーモデル並といってもおかしくないかもしれない二人を前にしても考えるものが ある。
こう、TPOっつうもんが・・・・・・と思わずには入られない。
こういうカップルが多くて、ロマンチックな観覧車とかあっちゃって、かわいいスケートリン ク場とかなんかもあっちゃって、辺りはラブラブカップルがいっぱいな場所に来るような格好 ではないと思うのだが・・・・・・。
ましてや!!いい男二人連れ!! 女性連れだけではなくカップルできているはずの女性に視 線ですら釘つけにしているのに本人達は丸っきり気付いてないのだから。
(まだこれで"ナンパにきたんだぜぇ!"とかっていうんならまだしも・・・・・)
「えっと・・・・もしかして」
椿は自分をじっと見つめているが、隣の一条はといえば・・・・・
(あ、お兄ちゃんのことそんなフウに見つめてぇ・・・・・)
いや、これは睨んでいるといったほうが正しいでしょう。
五代を見据えてびくともしない。
はっきり言って自分の事はアウト・オブ・眼中、といったところだろうか。
一方五代はといえば、――――――― 固まっていた。
(蛇に睨まれた蛙かしら・・・・・・・?)
五代から一条との事は聞いている。
二人が付き合っているという事も、そういった関係になっちゃっているって事も。
それを聞いたとて別に反対するつもりない。
男同士といったことにもこだわるつもりは無い。
兄が幸せならいいのだ。
妹や母の幸せばかり考えて自分の事を後回しにしてきていたたった一人の兄は、今は"クウガ" になってしまって皆のために戦っている。
だからいつも誰よりも幸せになってもらいたいと思っているし、そのためにはなんでもするつ もりだった。
たとえ、どんな人を連れてこようと、兄が決めた人なら反対すまいとも決めていた。
皆が反対しても自分だけは祝福してあげようと。
だから、五代が一条をみのりに紹介したときも反対はしなかった。
しなかったが、多分雄介が苦労するだろうなぁ、ということは見抜いていたのだ。
(だって、おにいちゃん、一条さんに夢持ちすぎなんだもん)
この付き合いの間に、みのりですら本当の一条の姿を見抜いたというのに・・・・・・
五代の中の一条像にはいまだフィルターがかかっているらしい。
(まあ、好きになったほうが負けって言うし・・・・・・しっかし、気付かないものなのね・・・・・)
とシミジミ硬直している五代を見上げる。
(おにいちゃん、かーなーりー面食いだしなぁ、一条さんて、顔だけなら100%、お兄ちゃんの好みだし・・・・・)
深く溜息を付く。
まあ、いつまでこうしていても仕方あるまい。
やっぱりココは自分が動かなければならないのだろう。

ニッコリと。
まるで今始めて気付いたかのように笑いかける。
「椿さんに一条さんじゃないですか。一体こんな所でどうしたんです?」
そんなことわざわざ聞かなくったって見当が付くけれど。
(ど〜せ、お兄ちゃんを追ってきたに違いないし・・・・・・椿さんは面白がって、かな?)
・・・・・・いつもなら別に気にしないんだけど・・・・・・でも、今日は違う。
みのりは更に雄介に抱きついたまま離れない。
―――――― きょうはみのりのための一日なんだから!! 今日のお兄ちゃんはみの りのなんだから!!
一条は自分の名前を呼ばれて怪訝そうに始めてこちらを向いた。
「やっぱり、・・・・・みのりちゃんかぁ!」
椿が感心したように叫ぶ。
「・・・・え?」
どうやら、一条の頭の中のみのり像と今の姿が中々重ならないらしい。
「へえ! 可愛いなぁ! 女の子は着る物や化粧ひとつで変わるね!!」
(さすが椿さん、ツボははずさない・・・)
一方一条といえば漸く納得したようだった。
が、
「みのりさん?・・・・」
続けて口を開こうとした一条の先手を取ってみのりが、私なぁんにも知りません、といった風 情で尋ねる。
「お二人揃って今日はどうしたんですか? こんなところに」
ちょっと小首を傾げる。
だが、声に込められたモノにどうやら椿が気付いたらしい。
「どうしたって・・・」
「もしかして・・・・・・デートですかぁ?」
「「違います」」
はからしずも二人の声が揃う。
「私は今日はデートなんです」
「あああああ! み、みのりぃ!」
「デート?」
敏感に一条が反応する。
慌てた雄介が口を押さえる前にみのりは爆弾を落としたのだった。
「ええ! 雄ちゃんと!」
オロオロする雄介にギュット抱きつく。
ドッシャァァァァァァンンンン!!!!

何処かで雷が落ちたような音がする。
(きょうのお兄ちゃんはみのりのなんだからね!! みのり、負けないんだから!!)
一条の眉が上がる。
が、さすがに愛しい(笑)人の妹にはいつもの態度は取れなかったらしいが。
椿は感心して二人の対決を見ていた。
(う〜ん、あの一条にタメはれるとは・・・・・すばらしい)
暗雲立ち込める一条に真っ向と立ち向かうみのり。
一条の視線は組んだ腕に注がれている。
はっきりいって妖気すら漂っているような状態なのに、みのりは負けていなかった。
くるり、とみのりが振り向き雄介の顔を覗き込んだ。
「ね! 雄ちゃん!」
声の出ない雄介をみのりが笑顔で追い詰めていく。
「あ、あ、あ」
「ね!!」
ある意味で恐いみのりの満面の笑み。
雄介には、頷く事しかできなかった。
(だって、だって、『一生のお願い』なんだもん・・・・)
「・・・・・うん」
微かに雄介が頷いたとき・・・・・
ビシィィィィッ!!!!!!
と、生木を引き裂くような音がした・・・・気がする。
なにか、すっごい人目を引く筈の連中なのに、どんどん人が遠ざかっているような気もする。
「お、ひっさびさ!って感じかぁ?」
「・・・・・・・・楽しそうですね、椿さん」
「おうよ!」
恐くて一条を見る事ができないので、妙に楽しそうな椿に会話をふってみる。
「なんてったって、楽しい事があるっていって引っ張ってこられたからな!」
「・・・・良かったですね・・・」
もう泣いてしまいたい雄介である。
「・・・ねぇ? 雄介君、この人達は知り合いなの?」
この、一条の前で、雄介と名を呼んで呼びかけた男、安部和弘は竹田と並んで大物かも知れな い・・・・。
「え、あ、ええ、ま、ぁ、・・・うん」
側に寄ってきた阿部からさりげなく雄介をみのりが引き離した。
ついでに阿部に威嚇する事も忘れない。
(もう、下心見え見えなんだから!!)
兄に劣らずの面くいな妹であった。
自分が納得のいく相手でなければ兄の隣に立つのを許さないと決めている。
一条、椿、雄介とそれぞれ路線は違えどいい男の見本のような3人を見てきたみのりの審美眼 は他の人よりはるかにレベルアップしていて。
安部和弘とてそれなりにいい男ではあるのだが、何分比べる相手が悪かった。
(おにいちゃんの隣に立てるのは一条さんだけなんだから!!)
二人が並んで立っているのを見るのが結構好きなみのりだったりする。
今は、ダメだけど。
今はそれを許さないけれど。
(・・・・・・ま、いっか、3人揃っているなんて滅多に見れないし・・・・ふふ、なんだか面白くな りそうだし・・・・)
ふふ、と笑ったみのりを見て雄介は嫌な予感に襲われた。
昔からこんなふうに笑うみのりは大体ろくなことを考えていないのだ。
みのり、と、雄介が口を開く前にみのりは一条たちに向かってニッコリと笑って見せた。
「もし、良かったら、一緒に遊びませんか? こんな広い場所で偶然会うのも何かの縁です し」
ニッコリと。
みのりの後ろに黒くて先の尖った尻尾が見えた瞬間だった。



「で、こちらは?」
坂下里奈は突然現れた二人のいい男に眼を輝かせた。
「私は椿 秀一 といって関東医大に勤めています」
「じゃあ、お医者様なんですか!?」
「ええ、で、これは一条 薫といって、ま、腐れ縁でね・・・・・こいつ、警察官ですよ」
「椿」
「いいだろ、別に」
職業をばらした椿を咎めるように睨むが椿は軽く流してしまう。
「じゃ、雄介さんやみのりさんとは一体どんな・・・・・」
「・・・・・・・・雄介さん?」
安部和弘が質問してきたなかの言葉に一条が反応を返す。
「ああ、あ、俺の友達が!」
これ以上、ゴタゴタを起したくない雄介が割ってはいる。
「関東医大にお世話になる事があって! たまたまその人が椿さんのタイプの人で!ね?」
慌てて雄介が口を挟む。
「おう」
そんな雄介を椿は面白そうに見つめる。
「椿さんがその人と仲良くなって、なんだかんだでね!」
もう、雄介必死である。
「一条さんは椿さんは高校時代からの同級生だから何度か顔を合わせてるうちに皆で仲良く なったんですよ!」
なんとか話を繋げられて雄介はホッとして、一条の前で安部和弘に満面の笑みを向けるという 失敗をしてしまった。
「へえ、そうなんだ!」
ちょっと赤くなって嬉しそうに笑う阿部を見て雄介は己の失敗を悟った。
「雄介」
「は、はいいっ!?」
優しげな呼びかけに、ビクウッ!!と身体が硬直する。
「それだけじゃ・・・・・」
右斜め45度に顔を傾け下から視線をゆっくりと上げる、一条必殺の笑顔で、プラスして髪なん かかきあげちゃったりして
――――これで落ちない女はいない!とアノ椿に言わしめさせた笑顔だったりする――――― ―で雄介を見る。
「ないだろう?俺達は・・・・」
「それだけです」
にっこりと、笑ってみのりが一条の言葉を遮ってみせた。
「ね? 雄ちゃん」
ボーっとしかけた雄介が我に返る。
「み、みのり・・・」
「一条の笑顔をアップでみて動じない女の子は初めてだな・・・・」
椿が感心したように呟く。
「雄ちゃん、みのり、喉渇いちゃった」
くるりと雄介のほうを向き可愛くおねだりをしてみせる。
「あ、なにが飲みたい?」
「カフェオレがいいな」
「いいよ、他には?」
「ううん」
ウェイターを呼び注文をする。
その間にみのりはむっつりしている一条の方に向いてニッコリ笑って、
「一条さんて、まだ彼女、いないんですよね?」
と言ってくれた。
―――――――― 彼女がいない!!?
女性陣の間に緊張が走る。
「・・・・みのりさん・・・・・確かに私は今、彼女はいませんが、・・・・」
最後まで言う前に、一条は女の子達に囲まれてしまった。
一条の纏う不機嫌オーラもなんのその、女の子達の質問攻撃が始まった。
忘れ去られた男性陣は呆然としている。
「みのりさん・・・・?」
「はい?」
その様子を眺めている椿が視線は一条たちに向けたまま問い掛ける。
「一条と五代のことは・・・」
「知ってますよ♪」
明るく言われて、一寸考える。
「もしかして、反対とか・・・」
「いいえ? なんでですか?」
「だって、いま・・・・」
「恋人はいるかも知れないけど、彼女はいないでしょ?」
「・・・・・・・・」
「私、嘘はついていませんよ」
といって、面白そう椿に笑いかける。
「そういえばそうですね」
「あれ、助けないでいいんですか?」
一条を指差す。
「・・・・」
「女の子相手ですから、お手柔らかにお願いしますね?」
可愛い女の子と思っていたら、・・・・・一条最大の敵になるかもしれないなんて。
(とりあえず、あっちを何とかするか)
ここで一条が切れてしまったら元も子もない。
もっと、みのりとバトルを繰り広げてもらわなければ
(ああ、面白くなりそう♪・・・・・・)
あくまでも己の娯楽を追及する男であった。



ふと、みのりが雄介をみると、女の子に囲まれている一条をちょっと心配げに見ている。
みのりが唇を尖らせた。
「みのり?」
その様子に気付いた雄介が不思議そうに覗き込む。
「どうした? みのり」
「・・・・・気になるんでしょ? 一条さんのこと・・・・」
「!あー・・・・・、いや、なんていうか、こんなとこで会うなんて思わなかったからさ」
「でも! 今日はみのりのだもん!」
「みのり?」
「みのりの『一生のお願い』のためなんだもん! ほかのこと考えちゃダメ!」
そういって頭を雄介の肩にのせる。
「・・・一条さん、ずるい。普段、お兄ちゃんのこと、独り占めしてるのにぃ・・・・」
「みのり・・・・」
「今日は、みのりのなんだから・・・・」
ふと自分を見つめる兄を見る。
たった一人の優しい兄。父や母が死んでから自分には兄しかいなかった。
もちろん、みのりの初恋は雄介だった。
いままで、雄介より素敵な人をみのりはみたことがないし、雄介が付き合った人たちに脅威を 感じたことなどなかった。
だれも本当の雄介を理解していなかったからいずれ別れてしまうのが判っていたし事実その通 りになってきた。
でも、一条は違う。
間違いなく一条は雄介をみのりから取り上げてしまうだろう。
―――――――――――――― でも。
(・・・・・・ま、でも、ほかの人に取られるよりいっか)
一条と雄介の間にはどう頑張ったって子供はできないし、雄介のとって一番大切な女性は間違 いなくみのりのままだ。
(そうよ、一番側にいられるなら妹のままでいいもんね!)
などと、物騒なことを考えていたりする。
一方、雄介はみのりがそんな事を考えているとは微塵も思っていなかった。
時々みせる、子供のような我侭。
小さい頃から物分りが良かった子供だった。
どれだけ我慢をしていたのだろう。そんなみのりが漏らす我侭はできるだけ聞いてあげたいと 思っていた。
思っていたが、
「・・・・・・・でも、みのり、煽ってるだろ」
「・・・・・・ばれた?」
顔をあげぺロリと舌を出す。
「・・・頼むよ、みのりぃ」
「だぁってぇ、みのり、小姑になるんでしょ? 一条さんの」
「・・・・小姑って」
「だったら、一寸位、意地悪したっていいでしょ? これ位で挫けちゃったらお兄ちゃんはあ げられないんだから」
「一寸って・・・・・」
今も、背中に刺さる視線が痛いというのに・・・・
「ほどほどにしてくれよ?」
「うん」
と、答えるみのりの目が笑っている。
「一条さんも、みのりは妹なのに・・・」
雄介の呟きにみのりが真剣な顔になる。
「ね、一条さんが何でごきげん斜めか知ってる?」
「本当は、今日、一条さんに誘われていたんだ」
「あら」
「あらって・・・・・・・・だからかな?」
雄介の答えに、みのりは仕方ないなぁ、というように肩をすくめて見せた。
「おにいちゃん、まだまだ恋愛の経験が足りないみたいだね」
「みのり!!」
妹に痛い所を突っ込まれて真っ赤になる。
「一条さんも大変だなぁ、男の気持ち、全然わかってないよ、お兄ちゃん」
「・・・・・おまえが、男の気持ちなんていうな」
ちょっと恥ずかしい雄介だったりする。
「自分の好きな人が綺麗な格好してたら、真っ先に見たいって思うんじゃないかな?」
「え?」
「好きな人に一番いい格好見せたいって思うのと同じ事だと思うよ。お洒落した姿とか、普段 とは違う格好したときとかに、真っ先に自分に見せたいって、思って欲しいんじゃないのか な?」
「・・・・・そ、なの?」
「みのりは一条さんじゃないからわかんないけど。どうせ、会えなくなった理由も話してない んでしょ?」
「ん」
「お兄ちゃんにとって一条さんが一番だって事、一条さんだって知りたいと思ってると思う よ?」
「一番て?」
「一条さんにとっての一番はお兄ちゃんだって、見ててわかるし」
「う・・・」
みのりの面白そうな表情に言葉に詰まる。
「まさか、みのりに恋愛相談に乗ってもらうとは思わなかった」
「ふふん」
雄介にほっぺたをつつかれて笑う姿が、端から見たら自分達の世界に浸りきっているカップル に見えている事に気付いていない雄介と知っているみのり。
一条の煮詰まり具合も十分判っている。
「ま、苛めるのはここらへんにしとこうかな」
「なにが?」
「ううん♪なんでもない!」
みのりが皆のほうに振り返った。
どうやら会話は聞かれてはいなかったらしい。
「ねえ、みんなスケートしましょ?」
すっかりみのりのペースで進んでいた。



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