BOY FRIEND 《2》






「で、取り合えずどうすればいいのかな」
「あ、今日寝るときにこの化粧水付けて、あ、たっぷりパッティングするのよ?次この保湿ク リーム、それから最後にこのナイトシーリングを薄く塗ってね」
「・・・・・・こんなこと、しなきゃいけない訳?」
「そうよう!いくらアマダムの力があるっていったって下準備は必要なのよ!!」
そんなものなのかな、と半ば桜子の勢いに押し切られた形で雄介は手に持たされたいくつかの 小瓶を眺めた。
「ま、判った。とりあえず寝る前にこれを言われたとおりに塗ればいいんだね」
「そ」
「じゃ、俺行くわ。とりあえず店の手伝いしなきゃいけないし。明日待ってるから」
「判った、じゃね」
「うん」
研究室を出て行く五代の背を見送って桜子は軽い溜息をついた。
「いいわよねえ、五代君てば。もともと肌は綺麗な方なのに、アマダムがあるんだもの、シ ミ、そばかす、ニキビ、傷なんてあっという間に直しちゃって、さらにお肌つやつやなんです もの」
先日買い物に付き合ってもらった際に化粧品のコーナーに立ち寄ったらお肌のチェックなんて モノを進められた。
確かにそのときは一寸徹夜続きでお肌が荒れていたけど実際に出された肌年齢にショックを受 けてつい化粧品をそろえて買ってしまった。だが、もっとショックだったのは、ついでに計っ た五代の肌年齢が十代って診断された事だ。
『まあ、男性の方でこんなに綺麗なお肌されてる方初めて見ましたわ!』
店員が雄介を誉めたとき、そのときは、ちょっとアマダムって欲しいかも・・・・・・と思ってし まった桜子であった。
――――― これが、アノ日の前日の夜の会話。



ポレポレで大きな荷物を広げている桜子とみのりを
「おお、きてるね。あれ、またするのかい」
と買い物から帰ってきたおやっさんは面白そうに笑って見せた。
「スイマセン、お邪魔します」
「おう、みのりっちだろ?また、無茶いってんの」
「だってぇ! 今回は、負けられないんですう!!」
そんな3人の会話を奈々が不思議そうに聞いている。
「桜子さぁん!! できたよう!」
二階から五代が桜子を呼んだ。
「はぁい!! じゃ、先に五代君準備しちゃうから待っててね」
「はい、お願いします」
桜子が勝手知ったるなんとかで2階にあがっていくのを奈々が不思議そうに見つめる。
「なあ、なにがあるん?」
「ま、いずれわかるよ」


「五代君、いい?」
「あ、入って」
ドアを開けて入った桜子の足がとまった。
「・・・・どしたの?」
「・・・・・・・本当に、五代君て、女の敵よね」
「ええ!?」
化粧品の効果もあるのだろうが、桜子の指示通り睡眠を十分取ったのだろう
目の下のクマも無く、その、肌の、ハリ・艶、輝きと言ったら!
「ま、いいわ、パッパとしちゃうわよ!!」
「はぁい・・・・・」
手早く化粧品を並べていく。
「その前に着替えちゃって」
「うん」
桜子のカバンから洋服を取り出す。
「あ、これ下着つけちゃ駄目なんだっけ」
「そうよ、ラインが出ちゃうでしょ」
「・・・こっち、見ないでね」
「見ないわよ、そんなつまんない身体」
「ひでぇ・・・・・」
「いいから着替えて」
「はいはい」
白いレザーは滑らかで、一寸抑えた光沢感が高貴さを感じさせる。アンダーの感触も素晴らし く、五代の身体にフィットした。
「着たよ、どうかな? サイズはいいんだけど・・・・・」
「そうね、サイズは問題なしと・・・・」
振り向いた桜子が満足げに頷いてみせる。
「ちょっと、後ろ向いてよ」
「こう?」
「うん! 後のラインも完璧!」
雄介の小さなヒップにジャストフィットしたレザーは、腰から脚への美しいラインを醸し出しだ している。
「・・・・自分ではみえないからわかんないけど、桜子さんが言うんなら」
と、呟いて五代は桜子の前に座った。
「さあ、桜子様の腕の見せどころよね!」
どこか嬉しそうな桜子を雄介が訝しげに見つめる。
「・・・・なに?」
「いや、・・・・俺、男なのに化粧する必要ってあるわけ?」
「やあね、化粧って言ったって、眉を整えたりとかするだけよ。今時の男性は皆してるんだか ら!」
「・・・・ふぅん、日本も変わったんだね」
いまいち、納得の行かない表情をしながらも雄介は桜子の前に大人しく座ったのだった。



階段から足音がして奈々はパッと其方をみる。
「五代・・・・さん!?」
「なに?」
奈々はポカンと口をあけたまま見とれている。
「・・・・・・まるで、別人、やねぇ・・・・・。綺麗・・・・やわぁ」
「そう? 俺ってわかんない?」
なにも言わずコクコクと頷く。
ブラッシングされ艶のでた髪の毛先がジェルで遊ばれていて、顔の周りで踊る様が可愛らしい。
綺麗に整えられた眉も、艶々な肌も、軽く揃えられた意外に長い睫毛や、そして最大のチャー ムポイントである男にしてはふっくらとした唇が輝く様も、あくまでもナチュラルさを失わず にいながら綺麗に整えられていて、普段の雄介とは丸っきりの別人のようで。
「・・・やっぱり、メチャメチャ、キュートでラブリーなハンサムさんやわぁ・・・・・」
「そう? 別人にみえるならそれでいいんだ♪」
ショート丈の、奈々からみても一目で高価なものだろうとわかるファーのコートをきっちり と着こなし、雄介は脹脛半ばまである、グレーのブーツを履いて雄介は顔を上げた。
「どう、みのり」
「うん、おにいちゃん、かっこいいよ!! みのりも鼻が高い!」
「ちぇ、調子いいんだから、さ、次みのりの番だろ。桜子さん待ってるぞ」
「じゃ、いってくるね」
みのりが雄介と入れ替わりで2階に上がっていくのを見送ると、奈々がもどかしげに雄介に質問 をする。
「なあなあ、五代さん! なにするんですか? 教えてくださいよう!!」
「みのりとね、デートなんだ、今日」
「はあ?」



30分後おりてきたみのりをみておやっさんと奈々が賛辞の声を上げる。
「めっちゃ、かわええ!!」
「いいよ、みのりっち!! オッケーグー!だよ!」
「どう? 腕によりをかけてみました!」
後から降りてきた桜子が自慢げに笑って見せた。
いつもストレートな髪はクリンとパーマが掛けられお洒落なピンで留められている。
顔にも綺麗に化粧を施されて普段のみのりの面影も無い。
雄介とは反対の黒のレザーのロングタイトスカートとレザージャケットが大人びた雰囲気を出 している。
ジャケットと同じ黒のハイネックのカシミアのセーターにプラチナのネックレスが輝きを添え ている。
そんな、対照的な二人が並んで立つと、本当にお似合いのカップルそのものだった。
「どう、お兄ちゃん?」
「うん! 可愛い! 俺が今まで見た女の子のなかでみのりが一番可愛い!」
「よかったぁ」
「みのりっち、かりにも恋人同士だったら"おにいちゃん"って呼んだらまずいんでないか い?」
おやっさんの指摘にみのりは舌をだす。
「そうだよね、じゃ、雄ちゃん、って呼ぶことにする」
「なつかしいな! その呼び方。俺はみのりでもいいんだよな?」
「そうね、普段から呼んでるほうが間違えないだろうし、名前で呼ぶなら問題ないんじゃない かしら」
桜子が頷く。
「ね、それより時間いいの?」
「あ、もう行かなきゃ! じゃ、桜子さん! 頑張ってくるから!!」
みのりの意気込みに雄介と桜子は顔を見合わせ苦笑した。
「じゃ、おやっさん、すみません! ちょっと行ってきます!」
「おう、頑張れよ!雄介!」
「行くぞ、みのり」
「うん」
二人が出て行く。
しばらくして奈々が口を開いた。
「・・・・・なぁ、おっちゃん」
「ん?」
「なんか、めっきり、カップルぽいと思われへん?」
「・・・・・・」
「ほんまに、兄妹、なんよねぇ?」
奈々の問いに、思わず黙ってしまった二人であった。

これが、その日のポレポレでの平和な会話。
で、時間は少し下って、警視庁では。



「で? 最初から話していただけますか?」
氷の微笑を顔に浮かべている一条を前に杉田・桜井・竹田は固まっていた。
(ひ、ひどいぃ〜! お、俺、なんにもしていないのに!!)
(そりゃあ、俺のセリフだ!!)
逃げようとした所を竹田に捕まってしまった。
――――― 一人にしないでくださいよう!!!
「竹田君?」
「い、いや、はは、たまたま!! ええ、たまたま見かけたんですよ!! 別に話しかけたり してませんから!!」
「ナンパ・・・・・されてた?とか」
「あ―――――・・・・・・。いや、ええ、まあ、その、なんていうか」
「・・・・・・・・」
はっきりしない竹田を前に一条の目が据わったのをみて桜井は竹田の椅子に蹴りを入れる。
「いてっ!! なに済んだ・・・・!!」
「・・・・・・」
黙って前に座る一条を指さされて、竹田は自分の置かれている立場を思いだした。
「あ、ナンパっていうか、本人は気付いていなかったみたいなんですが」
「・・・・・・」
「なんか、五代さん、今日はいつもと一寸違っていて妙に、綺麗っていうか色っぽいという か」
一条の片眉が上がったのにも気付かず竹田は己の記憶を辿って話し出し・・・・・・大分口が滑らか になってきた。
「中性的なイメージっていうんですかね。綺麗なんだけど、可愛らしいって言うか・・・あ、あ れだ」
「・・・・」
「笑ったときは凄く可愛いのに、黙っているとハッとするような綺麗な表情をするんです よ!」
竹田がドンドン調子に乗って話す度に部屋の中の空気が重くなってくるのに、気づかないのは、 ある意味大物かも知れないと思う杉田と桜井だった。
「皆駄目もとで声掛けてたんじゃないかなぁ、ま、本人はなんで掛けられてるかわかんないみ たいで」
「ほう・・・・」
「ま、あんな子が一人で立ってればねえ、誰でも声掛けたくなると思うんですよ、どっちかつ うと男の割合が高かったかな?」
杉田と桜井が天を仰ぐ。
「おと、こ・・・・・・」
「そうしたらですね、かっわいい女の子が駆けてきて"ゆうちゃん!"なんていって」
ビシィイ!! と、何かかが裂けるような音を聞いたような気がしたのは・・・・・
(俺の幻聴かな・・・?)
(はは・・・・、偶然ですね、なんか俺も聞いちゃいました・・・・・・)
すっかり一条からは表情が消えている。
「腕を組んでい行っちゃったんですよ!」
と、満面の笑で言い切った竹田は、己の目の前の無表情な一条をみて
「あ・・・れ? あは、は」
どうやら、逆鱗に触れてしまったらしいことに漸く気が付いたのだった。
「で、もちろん、その二人がどこに行ったのか判ってるんですね?」
コクコクと無言で頷く。
「な、なんか、○×遊園地とか行って・・・・」
「ああ、あそこか」
と、遊園地の名前を聞いてうかつにも杉田は―――― つい先日娘に連れて行って、とおねだ りされたため覚えていたのだが――― 会話に参加してしまった。
「杉田さん、ご存知なんですか?」
(ひぃいいいいいいい!! 俺の馬鹿馬鹿!)
「杉田さん?」
「あ、いや、なんだ。なんかスケート場があって、観覧車があって、レストランがあって、な んか昼はそうでもないんだが、夜は有名なデートスポットらしいって・・・・!」
杉田は自分が地雷を踏んでしまった事に気が付いた。
「デート・・・・・スポット」
(はああああああああ!!)
(すぎたさああんんん!!)
一条がゆっくりと立ち上がった。
「・・・・杉田さん」
「はいいっ!?」
「自分はこれで上がろうとおもうのですが」
「あ、ああ! そうだな! うん! そうしたほうがいいぞ!! 今日は休みなんだし な!!」
そのまま部屋を出ようとする一条を
「一条さん」
と竹田が引きとめた。
「なにか」
「もし行くんでしたら着替えた方がいいですよ?」
「着替え、ですか?」
「ええ、結構スーツは目立ちますから」
「そうですか・・・・・、ありがとうございました」
そのまま一条は部屋を出て行った。漸く杉田たちは溜息をついた。
―――― 恐かった。まったくもって恐かった。・・・・下手すりゃ未確認より恐い・・・・・・・
「・・・・それにしても竹田よ、お前度胸あるよな。あの状態の一条さんに声かけるんだから」
「そうか? だって俺悪い事してないし・・・・・」
喉元過ぎれば熱さ忘れるのか竹田はケロッとしている。
「お前は大物だよ・・・・・」
杉田に肩を叩かれて竹田はいまいちわかっていない顔で首を傾げていた。


一方、一条はと言えば。


「ああ、椿か、俺だ。ちょっと悪いんだがいつものヤツ警視庁まで持ってきてくれないか?  ああ、そうだ、あの時着てたヤツだ。ああ、今必要になってな、・・・・・ああ、そうだ。なんならお前も行くか? ああ、いつもの格好してこいよ。うん。じゃあ、着いたら携帯鳴らしてくれ。じゃ」


すっかりブラック一条モードに入っていたりするのだった。






うーん、これもおわらなかったわ。もう一本打ちたかったんだけどねぇ
この次は!!やっぱり!!危なくなったりしちゃうのよぉん!!


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