BOY FRIEND 《1》

全7話    .




「おにいちゃん!!」
みのりが勢い良くポレポレの扉を開けた。
昼時もすぎ、店内に客の姿はない。
奈々は芝居の稽古、主人でもある『おやっさん』なる人物は雄介に店を任せ外出していた。
めずらしく勢いある様子に雄介は笑顔で迎える。
「どうした? みのり」
「・・・・・・・・」
雄介のそばまでくると、ちょっと唇を尖らせ上目遣いに見上げてくる。
その様子に嫌な予感を覚え雄介は少し身体を後ろに引いた。
「あ・・・・・、なんだ」
「・・・・・・おにいちゃ〜ん・・・・・・」
なんとなく予想がつく。
「一生のお願い〜!!!!!」
「ええええええ――――――!!」
顔の前で手を組んでみのりの『一生のお願い』攻撃が始まった。
「お願〜い!! お兄ちゃんにしか頼めないんだもん!!」
「駄目!! もうやんないって言ったろ!?」
「一生のお願い!!」
「みのりの『一生』って何回あるんだよぉ!」
「今日の分だもん!! 今日の分の『一生のお願い』だもん!!」
「またあ・・・・」
「だって、おにいちゃんが言ったんだよ!! 一生のお願いは一日一個だって!!」
「みのり・・・・・・」
「おにぃちゃぁ〜ん」
雄介の手を取って左右に振る。
「もう、他に頼める人いないの?」
ココまでくればみのりの『お願い』は半分叶えられたも同然だからみのりにも力がこもる。
「おにいちゃん以外いないもん!!」
「・・・・・・一条さんとか、・・・椿さんとか」
「・・・・・・・できると思う?」
「できない」
「うん、私も嫌」
「なんで? 見た目にはいいじゃん?」
「離れて見るぶんにはいいかも知れないけど、自分が一緒にいるのは嫌」
「・・・・・・」
みのりの返事にしばし絶句する。
「カッコよくない?」
「みのりはお兄ちゃんのほうがカッコいいと思う!!」
「そっかぁ?」
ブラコンにシスコンな兄妹である。
なんのかんのと言っても、やっぱり、雄介は可愛い妹の頼みは断れなくて自分が折れることに した。
「もう・・・・・、しょうがないなぁ。今度だけだぞ?」
「やったああ!!」




「で、またするんだ」
ポレポレを一寸早めに閉めて、片付けが終わる頃大きな荷物を抱えてやって来た桜子に、五代 雄介特製コーヒーをだす。
「うん」
「でも、よく、する気になったわね」
「・・・・・・『一生のお願い』攻撃された」
「あははははは、それじゃあ、言う事聞くしかないわよねえ」
唇を尖らせる五代に桜子は笑ってみせる。
「ま、あんまり、兄貴らしいこと、してないし。それぐらい、しょうがないかなって・・・・・・」
仲のいい兄妹だ。桜子は微笑ましく思う。
並んで立っていれば、下手すりゃ自分よりカップルらしく見えてしまう(のもある意味問題だ とは思うけれど)ぐらいで。
「で、今回はなんなの?」
「んー、なんか、地区で集まりがあったらしくって・・・・・・」



『でね、幼稚園の方が絶対いいっていうの』
『うん』
『みのり、そんなのはなんとも思ってないの。保育園には保育園のいいところあるし、幼稚園 には幼稚園のいいところあるでしょ?』
『うん、そうだね』
『みのりがダサいっていわれても、本当の事だからいいの』
『みのりはダサくないぞ! 十分可愛いぞ!!』
『ありがと、そういってくれるのおにいちゃんだけだよ』
『・・・・で?』
『でもね、、子供達のこと言われるのは許せない!!』
『そうだね!』



そういう経緯があったらしい。
で、どうやらそのメンバーが再び集まって親睦会なるものが開かれるらしく、そこでご自慢の 彼氏の見せびらかし大会となったらしかった。
みのりの性格なら本当はそんなのには見向きもしないだろうが、さすがに今回は子供達をバカ にされて頭にきて。
そこで、五代の出番となったというわけだ。



「そっか、じゃ、今日は特別リキ入れなきゃね!!」
「頼むね!」
「まかせて!」
というと、桜子はカウンターの上にカバンの中身を広げ始めた。
「今回はレザーにしてみようと思って」
「レザー?」
といいつつ桜子が取り出したのは真っ白な光沢のあるレザーの洋服だった。
光沢があるといっても決して下品にならず、まるで積もりたての雪を思わせるような色で。
「五代クンには結構白が似合うと思うのよね」
「それはいいけど、これ、下になにも着れなくない?」
「大丈夫、裏に結構厚手のアンダーがついてるし、第一、下着なんか履いたら線が出ちゃって みっともないわよ」
受け取ってみてみればそのとおりで。
身体のラインにピッタリになるであろうその服を着る際には下着の線が出たらみっともないだ ろう。
「でもこれ、前ファスナー一個で上下繋がっていて、トイレどうすれば・・・・」
「あ、それも大丈夫、これ、ダブルファスナーだから。下からもあくし、アンダーも下着見た くなってるでしょ?」
確かに、着れば臍の下まで着そうなファスナーは下からも空くようになっていたし、アンダー もちゃんと臍の部分で2枚に分かれていた。結構、裏地はしっかりしていてレザー一枚でも寒 くなさそうだ。
「で、そのレザーの上にはこのミンクの毛皮ね」
「・・・・これ本物だよねぇ」
その毛皮はレザーにあわせて綺麗な白い色をしていた。
ショート丈で、だが、決して華美にはならず上品のなかにも存在感をかもしだしていて、そん じょそこらのガキンチョ共には着こなせない代物だった。
「これ、高いんじゃない?平気なの」
「あ、大丈夫。レンタルだし。某アイドルが着てたんだけど、五代君同じぐらい細いから大丈 夫だと思って」
「相変わらず、桜子さん交友関係ひろいよねえ」
「うふふん、で、最後はメイクねぇ。・・・・あ、とりあえずお風呂入ってきてよ。その間にみの りちゃん、来るだろうし」
「わかった」
じゃあ、と五代が2階に上がってしばらくするとみのりがやって来た。
「桜子さん!!」
ドアを開けて桜子の姿をみつけると、みのりは嬉しそうに駆け寄った。
「今日はすみませ〜ん!」
「みのりちゃ〜ん、また、五代クンに『お願い』攻撃したんだってぇ」
「だってぇ、今回ばっかりは、みのり、負けたくないんですぅ!」
可愛い園児達をバカにされればいくら温厚なみのりでも腹に据えかねたのだろう。桜子が苦笑 する。
「だから、お願いします! 桜子さん!!」
「任しといて、腕によりをかけて仕上げてみせるから!!」




その日、一条ははっきり言って機嫌が悪かった。
大人なので表情には出さなかったが、態度には出ていたりしたけれど。
その日は本来なら久々の一条の有給がとれた日だった。
せっかくの休みの日、何故一条が警視庁に来てるかといえば。
(なんか、急に五代さん、用事ができたとか・・・・・)
(なにぃ、そりゃまた・・・・・)
一条の不機嫌なオーラに覆われて既に部屋には杉田と桜井しかいなかった。
何時何時(いつなんどき)なにがあるかわからないので、流石にその二人は他の者の様に部屋 を脱出するわけには行かなかったのだ。
「一寸、横になっていいですか?」
と、一条に言われたときは無言でコクコクと頷いたりした。
休みを取る為に無理をしたのだろう、ソファに横になった一条からあっという間に静かな寝息 が聞こえて来た。
「ま、あいつも大変だよな・・・・・」
「ええ・・・・、今日、このまま、何もなければいいんですが」
しかし、杉田や桜井のささやかな願いを神様は聞き届けてはくれなかった。
しかも、ささやかな願いを破ったのは未確認ではなく。
それは人間で、しかも身内である竹田(桜井と並び通称警察学校のkinki kids と呼ばれて いる)だった。



「よう! 桜井、ちょっといいか?」
「なんだよ」
竹田がご機嫌で部屋に入ってきた。
今、一条さんが寝てるんだから静かに、と桜井が注意をする前に竹田は話しだした。
「いま、パトロールから帰ってきたんだけど、意外な人物に会ったんだ」
「意外?」
「おう、誰に会ったと思う?」
「誰・・・・て」
ふと、二人は嫌な予感に襲われる。
「第4号、五代雄介」
やっぱりぃ!!!!
「いやさ、最初見たら誰だか判んなかったんだよ」
「あ」
「結構、可愛い系かと思ってたら綺麗だったりするんだなぁ、俺驚いちゃったよ」
「おい」
自分の話に必死で、止めようとしている二人の様子が入らない。
なにせ、竹田からは一条が横になっているのは見えなかったのだ。
だが、しかし・・・・・・。
寝てても一条は五代のことは聞き逃さない。
そして部屋の中に不穏な空気が渦巻き始めたのを気付かない竹田は実は大物かもしれない。
「ああいう格好始めてみたけど、五代さんて、ケツちッちぇのな! しかもキュッ!っとあ がっててさ、いいよなあ」
(ひいっぃ!)
「なんつうの、待ち合わせでもしてたみたいだったんだけど」
もう、恐くって言葉すらでない桜井の様子に竹田は気付かず話しつづける。
「綺麗っていうか、中性的っていうか、・・それにしても今回やけに色っぽかったよう な・・・・・」
もう、桜井なんて、キリモミで飛んでってしまいたい状況である。
「唇なんかつやつやでさあ、また、あの白いレザーも似合ってて!」
ヌッ・・・・とソファの背もたれに手がかかったのを杉田は見た!!
(きゃあ――――――――――!!!!!!)
「ま、アレだけになると男でも男にナンパされるもんなのかね?」
一生懸命目配せしても気付かない。
「ま、本人は判って無いみたいだったんですけどね」
「ほう・・・・」
「俺、てっきり一条さんと待ち合わせだとおもってたんだけどさあ」
(逃げたい、ここから逃げ出してしまいたい・・・・・!)
ゆっくりと立ち上がった一条を正面から見てしまった桜井は蛇に睨まれた蛙状態でもう、ピク リとも動けない。
「違ってたんだな?」
「おう、しばらくしたら、これまたカッワイイ、子がかけてきてさ」
「・・・・・で?」
「ソン時の五代さんの顔っていったら、見せてあげたかったですよ!」
「どんなのでした?」
既に杉田と桜井は俯いてしまっている。
「こう、なんつうの? 花がほころぶっていうか、ありゃあ、俺でも惚れちゃうかもね!」
「そうですか?」
「ま、それは、おいといて・・・・あれ?」
漸く、竹田は目の前の二人の様子に気がついたらしい。
「あれ、なんで、俯いてんの?」
「で、二人はどこへ行くって言ってました?」
「あれ、なんで、後・・・・・から・・・・声が?」
ポン!と肩に手を置かれて
「・・・・?」
目で桜井に尋ねれば、竹田に目で返事を返す。
「竹田くん、ジックリ聞かせてもらえますか・・・・?」
一条薫その人の、妙にやさしげな声が部屋に響く。
サアァァァ――――――――・・・と竹田から血の気が引いていく。
(神様の馬鹿・・・・・・・)
思わず呟いてしまう杉田であった。


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