BOY FRIEND U その4





とても、良い天気だった。
海風が心地よく、陽に照らされて火照った肌を冷やしてくれる。
海の照り返しは眩しく煌いて。
穏やかな波の音しかしない静かな世界は、まるで夢の中にいるようだった。
車や電車の音、雑踏のざわめき、人の声、そういったものがまったく聞こえない穏やかな世界。
見渡す限りなにもなくて、今までの記憶が夢のように思えるほど平和な世界。
「ね、ね、お兄ちゃん」
目を細めて遠くをぼんやり眺めていた五代を覗き込んで。
「・・・・楽しい?」
そっと尋ねてくるみのりの瞳の奥に揺らめく感情が、五代の胸を暖かくする。
「・・・うん、楽しいよ」
ニッコリと笑って返した五代の返事に、みのりの表情が綻んでいく。
「よかったvvv! ね、いっぱい、いっぱい、あそぼうねvvvv」
今までの時間を取り戻すように。
お兄ちゃんが何時冒険にいってしまっても寂しくないように、楽しい思い出を作っておこう、と。
そんなみのりの気持ちが痛いほどわかってしまっているから。
「そうだね」
腕にしがみついてくる可愛い妹に五代は笑いかけた。



「いやあ、ラブラブだよなぁ〜」
椿が感心した様に呟く。
今時のあんなスキンシップを行う兄妹なんているだろうか・・・・・・・いや、いない。
しかし、2人の持つ雰囲気からだろうか、全然変ではない。
みていて、微笑ましくなってくるくらいで。
ほんとに、兄妹じゃなくて恋人同士でも通じるくらいだよなぁ・・・なんてぼんやり考えながら、椿は海に浮かぶ小さな浮きを 見つめていた。

それにしても。

「・・・・おい」
「なんだ」
「みのりさんは妹なんだ、っつうの」
「・・・・・だから、なんだ」
釣り糸をたらして並ぶ二人が互いに目を見て会話する。
「その、一点集中型で殺気だすのやめろっつうの」
「・・・・・・」
「魚が逃げる」
椿の言葉にフン・・・・・と鼻を鳴らして。
「自分の腕が悪いのを人のせいにするんじゃない」
「なにぃ? よし、そうまでいうなら勝負しようじゃないか」
「・・・・・・馬鹿らしい」
椿の提案を相手にしない一条に椿は「そんなこと言っていいのかなぁ?」と笑う。
「俺が勝ったら、毎晩パーティー開いちゃうもんね、みのりさん誘って」
「・・・・・・」
この抜けるような青空の中、一条の背景だけ暗雲が立ち込め始めたような。
「ぜってぇ、2人っきりにさせねぇ」
「・・・・・・・・・貴様」
言葉ともに落ちた雷なんて、椿は全然気にしない・・・・・・・慣れてるから。
「そんかわり、お前が勝ったら・・・・・・俺が、みのりさんを引き受けようじゃないか」
「よし」
椿の無謀とも思える提案に一条の即答が返る。
特筆すべきは、そ〜んな会話をしつつも2人は穏やかな表情を浮かべながら視線は前方を見つめたまま、と言うことだろ うか。
こうして、男達の勝負は始まったのである。



「一条さん達、釣にもえてるみたいだね」
2人を見て五代が呟く。
「そうだねぇ」
そんな五代の肩に抱きついているみのりが笑う。
「じゃ、釣の邪魔しないように反対側で泳ごうよ」
ねぇねぇ、と五代の腕を引きみのりが強請る。
このために買ったオニューの水着を来ているのだから、泳がずにいてどうするか。
みのりは早速着ていたワンピースを脱いだ。
小さな花柄がプリントされている黄色ベースの可愛いビキニ。
「どう? この水着」
「うん、よく似合ってるよ」
「へへ」
と、振り向いたみのりの笑顔が硬直した。
みのりの視線の先にいるのはTシャツを脱いだ雄介。
バミューダー型の水着を履いた雄介が立っている。
じっ・・・と雄介をみて、自分を見る。
・・・・・・・・・・自分が太ってはいない事を知っている。
そりゃあ、スーパーモデル、とまではいかないかもしれないけれど出ているところは出ているし、へっこんでいるところは へっこんでいる。
暴飲暴食はしていないし、適度な運動も欠かさない。
だから、いい体型を保てていると思う。
まして小さな子供達相手の体力第一の現場だ。
下手にダイエットしたら大変な事になってしまう。
それに今の自分のプロポーションを不満に思ったことなんてないし、けど。
「わひゃっ!?」
突然、腰を掴まれて雄介は奇声を上げた。
「なっ、なんだよっ!?」
慌てて手を振り払って振り返れば、今度は自分のウエストに手を当てたみのりが立っていて。
「・・・・・・どうした?」
「黙って」
「・・・はい」
思いもかけない迫力に素直に頷く。
そのまま、又自分のウエストに手を当てるのを黙って見守っているとみのりが手で輪ッカを作っている。
「・・・・・・・・みのり?」
雄介の問にみのりは大きな溜息を一つ付いて。
「お兄ちゃんの馬鹿っ!!」
「ええええっ!?」
「おにいちゃんてば、女の敵よ!!」
「なんでっ!? そ、そんな事言われたってわかんないよ」
「ふんだ!」
「みっ、みのりってば! なにっ!? なんなの?!」
口を尖らせてそっぽをむいてしまうみのりを慌てて宥めて。
「なに怒ってんだよ」
本当にわからない、といった表情の雄介を睨みながらみのりが口を開く。
「みのり、お兄ちゃんの事好きだけど」
「・・・・うん」
「これだけは絶対許せないんだかね!」
「だから何をだよ〜・・・・」
突然ビシッ・・・!と雄介を指差して。
「お兄ちゃんてば肩幅があるからそのせいでウエストが細くみえるんだろうな、なんて思っていたのに実は本当に細いこと や、男は骨太だから細くみえても結構あるんだよ、なんていってたくせに本当に腰が細かったことや、おにいちゃんは脚な んかみせる必要もないのにどうしてそんなに細いかなって思うような脚してること!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そんな事言うなんて、みのりも一応女だったんだなぁ」
「酷い! お兄ちゃん! 乙女心傷つけて!!」
一息に言い切ったみのりを見て感心したように呟く雄介にみのりが口を尖らせる。
「あのな、みのりこそ、俺のことけなしてんの? 誉めてんの?」
「誉めてるんじゃない」
「そうは思えない。一条さん達に比べたら貧弱だってことだろ?」
「気にすることないよ。おにいちゃんはそれぐらいで十分!」
「・・・・・・・・一応、否定するふりするぐらいしろよ」
「あっ! そんな事無いよ! お兄ちゃん、細く見えても結構筋肉ついてるし! 逞しくないけど、しなやかって感じだし!」
「・・・・・・・・」
みのりの言葉に結構グサグサきている雄介だったりする。
「もう、どうやったって変わんないんだから、泳ご!!」
「・・・はいはい」
諦めたように立ち上がって雄介は小さく溜息をついた。
あのポヤポヤした容姿のせいか、みのりは結構人当たりがよい印象に見られやすいが、実はそうではない。
付き合いが深くなればわかるのだが、みのりの人当たりのよさはその相手が本人にとってどうでもいい対象であるからに 過ぎない。
心を許した人物にのみ、みのりはキツク本音で当たるようになる。
もっとも、それは愛情がベースになっているのだけれど。
(・・・・・・仕方ないのかな・・・・・・)
下手をすれば自分より世間を知っているみのりのあの笑顔は自分を護る為の防御壁でもあるから。
ふと、釣に集中している2人をみる。
いままでみのりが心を許したのは雄介の知る限りおやっさんと桜子さんだけ、だ。
(そのみのりがなぁ〜・・・・)
なにがあったのか、みのりの中で一条と椿が別格扱いになっているのには気付いていたけれど。
二人でいる空間に今まで第三者の存在を許さなかったみのりがこの休みに自分から誘ったとは。
(・・・ふむ。進歩したってことかな)
もう少しすれば、誰か知らない男を連れてきて紹介なんてされちゃうんだろうか。
などと、これまた全然的外れな事を考えていたりする雄介は。
(・・・ちゃんとお兄ちゃんが見極めてやるからな!! みのりをしあわせに出来る奴じゃないと・・・・!!)
――――――― その肝心の妹が考えてることなんておそらく考えもつかないんだろうなぁ、と。
(・・・しかし、椿さんに声をかけるとは・・・・椿さんか・・・・っ!! まさか、椿さんなのか!?)
しかも見当ちがいな点にまで到達していた。
(駄目だ!! 駄目だぞ!! 椿さんだけは駄目だ〜!!!)
もし2人が結婚、なんて羽目になったら。
(椿さんが俺の義弟になんてなったら・・・・椿さんに「義兄さん」なんて呼ばれたら・・・・怖すぎる〜〜・・・!!)
頭をブンブンふって怖い考えを振り切ろうとするが、なにかと椿と一緒にいるみのりに気付いてしまって。
(あ゛――――――――っ!!!!!!)
・・・・・・・・・・・・だから、2人の本当の目的に気付いてない雄介は幸せ者だ。
(・・・・・・・あ・・・・・でも、椿さんて、みのりの好みじゃないような気がする!!)
迷いの中に一筋の光を見つけて思わずすがりついてしまう雄介は。
しかし。
(うん、そう、そうだよ!・・・・・っ!! す、すると・・・・・もしかして・・・い、一条さん・・・か? 一条さんだったりするのか!!ええ〜 〜〜〜!!!!?)
うがあっ!!と頭を抱えて仰け反りながらあまりにも恐ろしい考えに至ったりする。
(駄目っ!! 一条さんは俺んだから駄目なんだ〜〜!!!!)
なんて、一条が聞いたら滅茶苦茶喜びそうなことを雄介が考えていたときに。
「・・・・・・・ちょっと、お兄ちゃん! みのり、椿さんも一条さんもそういった目で見たことないからね」
と、さすが兄妹、雄介の考えていることを正確に見抜いたみのりが後ろから雄介を現実に引き戻した。
「もう!! おにいちゃんてば考えすぎ!! すぐ一人でグルグルしちゃうんだから!」
「・・・・・ゴメンナサイ・・・・・・」
「みのり、まだお嫁になんて行かないからね!!」
腕を組んで立つみのりに雄介が真っ赤になってうな垂れる。
「仕方ないなぁ!」
といいながらも、呆れたように笑って。
「・・・・みのり、このまんまでもいいんだから」
そっと腕に抱きついて。
「みのり」
「おにいちゃん以上に好きな人ができたら、きちんと紹介するから」
みのりの言葉に安心したように笑う雄介を見ながら
――――――― そんなことはないけどね
そっと、心の中で囁いて。
「さ、泳ごうよ」
「ああ」
今度こそ。
みのりに誘われて雄介は煌く海に飛び込んだ。



「おう、そろそろ上がれ! メシができたぞ!!」
ビール片手に椿が泳いでいた雄介達に声をかける。
「あれ!? もうそんな時間ですか?」
それに気付いた雄介とみのりが顔を上げて笑う。
「おうよ!」
取っ手に手をかけて甲板に上がって雄介達が眼を見張った。
「うわあ! 凄い!」
熱くなった鉄板の上で肉や野菜が美味しそうな匂いをさせながら焼けている。
「どうだ、美味そうだろう」
「男の料理って感じですね」
「これがいいんだ、又」
おおざっぱに切られた野菜を見てつぶやいたみのりによく冷えたビールを飲みながらにぱあ、と椿が笑う。
「五代、何か飲むか?」
追加の野菜や肉を持った皿を手に一条が階段を昇ってきた。
「あ、手伝います!」
パーカーを羽織って雄介が一条の手から皿を受け取る。
辺りを手際よく片付けながら皿に適当に盛り合わせて。
「みのりさんは何飲む?」
「何があります?」
「なんでも、サワーとかがいいのかな?」
クーラーボックスを覗き込んでみのりが感心したような声をあげた。
「すごい。何でも揃ってる」
「酒は好きでね、一通りそろえてあるし」
自慢げに胸をはる椿を見やってみのりは小さなサワーの缶を取り出した。
「お兄ちゃんは・・・最初はビールでいいの?」
「うん」
雄介に缶を手渡し、取り合えず4人で輪になって。
「じゃあ、最初は乾杯から!」
椿が缶を持った手を上げる。
次々にプルトップを開ける音がして、皆同じ様に手を上げる。
「楽しい夏休みに乾杯!!」
「「「乾杯!」」」
楽しげな声が海の上に響いた。



皆で食べる食事は美味しかった。
お酒も、真昼間から飲んでしまうのもたまにはいいのかもしれない。
いろんな話で盛り上って。
その後はお昼寝。
パラソルはって、デッキチェアを倒して横になる。
確かに太陽は熱いけど海風が心地よくみのりも雄介も、ちょっとのアルコールが手伝ってぐっすり寝てしまった。
その間、一条と椿は再び釣に励んでいて。
夕方目が覚めるころには、2人の肌がちょっと火照っていた。
みのりが自分の腕を刺すっているのをみながら雄介が痛い?と心配そうに尋ねる。
「みのりはあんまり焼けないみたいだな」
「でも、徐々に焼けば大丈夫だと思うんだけど、お兄ちゃんは平気みたいだね」
みのりの肌がほんのり赤くなっているのに大して雄介はそうでもないようだ。
「俺はあちことで歩いてたし・・・慣れてるからかな?」
ま、取り合えずローション塗っとけよ?と手渡して。
甲板を片付けるとシャワーを浴びに船内にはいる。
そのころ、一条達は釣った肴を料理していた。



夜は新鮮な魚料理とそれにあわせた白ワインを楽しんだ。
「椿さん、魚下ろせたんですねぇ」
雄介の感心したような呟きに椿が自慢げに胸を張った。
「ナイフ裁きは得意なんだ」
「・・・・・・・」
何かが違うと思ったのは黙っておく事にした。
「いっぱい釣れるんですか?」
「ああ、大漁だ」
一条の質問にふうん、と頷き何気なく。
「どっちが釣れたんですか?」
と聞いたら。
「俺だ」
と、妙に嬉しそうな一条の返事が返ってきた。






ああ・・・・!! こんなところで!!
う〜・・・ん、みのりと雄介の会話が楽しくって。
ほんとはこれで終る筈だったのに!!   続きはすぐ上げられると思うんですが・・・・・・。
だって暑くって、すっかりグロッキーな私。
体調不良なんです・・・・シクシク・・・ああ、年なのかしら

BY  樹  志乃


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