BOY FRIEND U その3





ゆらゆら、と、ゆっくり揺れている。
まるで、揺り篭で揺れているような感じ。
全身が温かい光りに包まれていて暖かい。
遠くに、寄せてはかえす波の音が響く。
まるで眠りに誘うように。
ザァ・・・・・、と。

そう、ココは海。
海にうかぶヨットの上。



海。
海、海、海。
前も海、後も海、横も海、下も海・・・・・いや、正確にはそうではないけれど。
上は・・・・・抜けるような青い空だった。
思わず溜息を付いてしまった五代に後ろから声がかかる。
「なんだ、五代。溜息なんかついちゃって。こうやってみんなでバカンスを楽しんでいるっていうのに、雰囲気壊すような真 似するなよ」
「そうよ、お兄ちゃん。折角椿さんがヨットに乗せてくれてるのに」
「・・・・・・・俺は乗りたい、なんて言ってないよ」
五代がふてたように呟いた。
「なにを拗ねてんだよ」
「〜〜〜あんな酷いことしといてよくそんなこと言えますね!?」
「酷い?」
五代の言葉に椿が訳のわからない表情を浮かべた。
それが作った物でなく心底わかってないだろうから余計に腹が立って。
「なにトボケた事いってるんですか! 人を獣扱いして!!」
「あ! あれね! すっげぇだろ!? 榎田さんが開発したんだぜ」
スッゴク嬉しそうな椿の言葉に五代がこけた。
「そう! みのりも感心しちゃった!! あっというまにお兄ちゃん捕まえちゃうんだもん!!」
怒るどころか、それを一緒に感心するみのりの言葉に追い討ちをかけられて完全に沈没する。
(――――――― 俺、なんか悪いことしたっけ・・・・・)
思わず心の中で呟いてしまった五代だった。



話は少し前に遡る。

ヨットは快適に海の上を滑るように走っている。
「さて、何処にいるかな〜♪」
双眼鏡を手にしながら椿が楽しそうに呟いた。
五代は何も知らない。
もちろん、みのりにもはっきりと言った訳ではないが、きっと彼女も自分達が参上するのを判っているだろう。
「ここはやっぱり劇的に登場しなきゃ駄目だよな♪」
しばらくして、目標の海岸が見えてきた。
その端の方には防波堤がある。
ふと、その上に見覚えのある白いものが閃いたのが見えたような気がして、椿が双眼鏡を覗き込んだ。
「あ、いた♪」
見覚えがあったのはみのりの着ている白いドレス。
買い物に付き合ったときにみのりが買った物だから当然覚えている。
その横にいるのは、勿論、五代だ。
「おーい、一条、いたぜぇ」
椿の呼びかけに運転を自動にかえると操縦室から一条が出てきた。
「ほれ」
双眼鏡を手渡す。
「どうする?」
椿がおもしろそうに問い掛ければ一条は視線を例の物に流した。
「折角、榎田さんが改良してくれたし、使わなければ勿体無いだろう」
「そうだよな」
椿がうんうんと頷く。
「データも取るように頼まれているし、丁度良い」
(それに、素直に五代が乗るとも思えないし)
一条のセリフに椿は胸の中で囁く。
―――― まったくそれは正しい判断で。
自ら獣の檻の中に入るような真似はしないだろうし・・・・・と自分のしていることを棚に上げている椿である。
一条がデッキの片隅に置かれている白い布に包まれたソレを担ぎ上げた。
白い布が落ち、姿をあらわしたそれは。

全長2メートル弱程だろうか、太陽の光を弾いて黒く光る重量感のある物。
対未確認捕獲用強化ネット弾使用携帯型グレネードランチャー砲。
携帯型だから小型だとはいえ恐らく100キロ近くはあるだろうと思われるソレを片手で軽々と持ち上げて右肩に担ぎ上げ る。
「・・・・・・・・一条、お前、似合いすぎ」
思わず呟いてしまうほどその立ち姿は様になっている。
チラリ・・・・と視線を向けられて、椿は肩をすくめ口を開いた。
「榎田さんが密集地でも目標物のみを捕らえられるように改造したって言ってたぞ」
「随分詳しいな」
「実験に付き合ったからな」
「飛距離は?」
「以前のものより2倍増、って感じ♪・・・・・って」
「被弾率も上がってるのか?」
「あ、それに関してはこれを使えって」
椿から放られたものをキャッチする。
「なんだ?」
「照準スコープ内臓型アイカバー、だと。装着してからランチャーの照準スイッチを入れれば連動されているから画面に表 示されるってよ」
顔の半分を覆うようなソレを装着しスイッチを入れると、ピピピ・・・と軽い電子音がして全面黒でしかなかった一条の視界 に辺りの景色が写る。
「赤外線スコープのようなものか・・・・それよりは断然性能がいいな・・・・・」
一条の視線にあわせ、内側に浮かぶ照準が移り自動的に目標物に合わせられる。
「前回使用したものより照準は合いやすくなってるらしいぞ。しかも今回は捕獲に重点をおいているから弾に追尾装置が ついてるらしい。目標のみを捕獲するようにできてるって」
椿がのんびりと呟く。
一条が小さく感嘆を示す口笛を吹いた。
「いた」
スコープが、五代とみのりの姿を捉える。
なにやら、立ち止まって話しているらしい姿をしばし見守ると、不意に五代が顔を上げた。
「どうした?」
しばし佇ずんでいた五代がクルリ、と背を向けると突然走り出した。
「どうやら、気付いたらしいな」
砂浜に向かって走る五代は人ごみにまぎれようとしているらしい。
防波堤をおりて砂浜に向かって走っている。
「丁度良い。試してみるか・・・・・」
一条が軽く頷くとヨットの縁まで移動する。
足場を固定し、ランチャー砲を構える。
持っている物さえ忘れてしまえば、黒いシャツが海風にはためき髪が靡く様子は格好いいんだが、その立ち姿が(ラン チャー砲込みで)ちっとも違和感がなく辺りに溶け込んでしまっているというのはどういうことだろうか。
「距離にして・・・・・・500弱・・・か」
ピピピピ・・と電子音の鳴る間隔が狭まり・・・・照準があう。
「ロック・オン・・・と」

ドン!!

と音がして。
一瞬一条の上半身がぶれて。
ランチャー砲が発射された弾は弓なりに宙を飛んでいく。
一条と椿の視線がその後を追う。
暫くすると弾丸を覆っていたカバーが外れて海におちた。
中から現れたそれは、軽くなった為か一段とスピードを増し五代の頭上に来ると。
ボン!・・・と破裂して姿を広げた。
直径5メートルほどの円形のネット。
その端端に取り付けられている追尾装置が五代をとらえ。

バサッ・・・・と。

「あ、捕獲した♪」
椿が楽しそうに笑った。
「しかし、捕獲したはいいが外されてしまわないのか」
スコープをはずしながら一条が振り向くと椿がニヤリと笑った。
「榎田さんが、そこんとこぬかると思うか? あれな、付いてるのは追尾装置だけじゃなくって目標物を捕らえると強力な磁 力を発生させて互いにくっついちまってな、ちょっとやそっとじゃ外れなくなるんだな」
「磁力?」
「おう、クマで実験済み」
「そうか、ならば安心だな」
どうやらクマと五代は一緒らしい。
・・・・・・・・・・なにせクウガだから、クマでもねぇ・・・と榎田が呟いたことはこの際忘れておいておく。
「ま、それより早く五代を迎えにいってやれよ。人ごみん中であれじゃ恥ずかしいだろ」
確かに、ネットに捕らえられた五代が懸命にもがいている。
変身すればもしかしたら外せるだろうけれど、まさか海水浴に訪れている人ごみのなかでそれもできまい。
もっとも、そう思うのなら最初からそんなもの使用しなければいいんじゃないかぁ?・・・・・・と言うことはこれっぽっちも2人 の頭に浮かばなかったみたいだが。
「ほれ」
椿から放られた小さな銀の鍵はキラキラと光を弾きながら一条の手に収まった。
「水上ジェットの鍵。これであそこまではいけないからな、五代拾ってこいよ」
俺はそのあいだにみのりさん迎えに行ってくるから、と携帯を取り出す椿に一条は頷いた。



一方、砂浜では。

「あー!! もう、なんだよ、これぇ!?」
ネットに捕らえられた五代がもがいていた。
そんな五代を見て呆然としているのは、家族や友人達、もしくは恋人と海水浴を楽しんでいたその場に居合わせた人々で ある。
突然、ドン・・・!となんかの音がしたと思ったら、頭上のほうで何かがはじける音がして・・・・ネットが降ってきた。
しかもそれだけではなく、そのネットは走っている男の上に降り注ぎ・・・・バシュッ!と音をたてて捕獲してしまったのであ る。
その勢いで転んでしまった男が懸命に起き上がり、なんとかそれを外そうともがいているのをただ眺めている・・・という現 状にいたるのだが。
何分、奇天烈な出来事すぎて誰も動けなかったりした。
その内になにやら海の方からモーターの響く音が聞こえて来た。
「?」
ネットでもがいている人物が視線を向けたので、ソレを眺めていた人達も自然にそちらを向いてしまい見たものは。
こちらに向かってくる水上ジェットスキーとそれに乗る一人の男。
慌てて人がよけた砂浜に乗り上げて、男が砂浜に降り立った。
その男の美形っぷりに。
女達の視線が一気に注目した。
そりゃあ、もう、極上の良い男を目の前に一気に目がハートマークになる者、頬を赤らめる者、気付いて欲しくてわざと聞 こえよがしに友人と囁きあう者などいたりしたけれど、肝心のその男はそんな者には目もくれず。
スタスタとネットに包まれてもがいている者のところまで歩み寄り膝をついた。
「どこも怪我はないようだな、五代」
恥ずかしさとで真っ赤になっている五代に向けた一条のその嬉しそうな笑顔と言ったら。
こーんな酷い目に逢っている五代が思わず見惚れてしまう程の極上の、五代にしか向けない笑顔で。
「迎えにきたぞ」
「それより解いてくださいってば」
あんまりにも絶品な一条の笑顔に挫けそうになりながらも、懸命に怒ってるんだぞ!という表情を作ろうとしている五代 は、自分でも無駄な抵抗かも・・・なんて思い始めてはいるもののここで負けると後がない!とふんばってはいるのだが。
「それは無理」
「なんでですか!!」
とあっさり却下されてしまって思わず叫んでしまった。
「解除のスイッチはアッチ」
とヨットを指す一条を上目使いで睨むのが精一杯な五代が黙ってしまったすきに、一条はひょい、と抱き上げてしまった。
「なっ!!」
突然、しかもお姫様だっこをされて五代も周囲も固まってしまう。
いくらその人が細くて可愛い顔をしていても男でしょ!! お姫様抱っこって・・・何!?・・・・・・と周囲は、特に女性の心の叫びは 一条には届かない。
「なっ! ちょ、ちょっと、一条さん!!」
「落とすぞ」
ぼそりと一言囁かれて五代が固まった。
とたんに大人しくなった五代を抱えて、一条は人々の注目をこれっぽっちも気にしない。
そのまま自分の前に五代を座らせるとエンジンをかけ、ジェットスキーを発進させた。
あっという間に姿が小さくなって。


「なんだったの?・・今の」
思わず呟いてしまった人々に罪はないだろう。



そんな展開があって。
ヨットに乗せられてしまった五代が拗ねても無理はないだろうけれど。
「・・・・・・・・なんで、お兄ちゃん、そんなに怒るの・・・・・」
ポツリとしたみのりの呟きに五代がぎくりとする。
慌てて振り向くとみのりが上目使いで五代を見上げていた。
「お、怒ってないよ」
「・・・楽しくないの?」
「いや、楽しいとか、楽しくないとか、そういうことじゃなくってね?」
じっと、見つめてくるみのりに五代は何度か口を開いたり閉じたりして・・・・・・・はあ・・、と大きく溜息を付いた。
「・・・・わかったよ」
「ほんと・・・・・?」
「本当」
五代のセリフにみのりの表情が笑顔に変わる。
「お兄ちゃん、大好き!」
「ったく、げんきんだぞ、みのり」
五代とて、いつまでも怒りを引きずれるような性格ではない。
それに、どこかこの環境を楽しみたい、と思っている自分を感じているだけに。
素直になってこの状況を楽しむことにした。
「うふ♪じゃ、なにする?」
大好きな兄と過ごせることにみのりが輝くような表情を浮かべている。
「なにするって・・・船のうえだろ?」
椿に視線を流せば、釣でもするか?と竿を振る真似をした。
「釣? したい!! みのり、一回もしたことない!」
はい!と元気に手を上げたみのりに椿と五代が視線を合わせて笑いあう。
「じゃ、お姫様のいうとおり、釣に致しますか」
「どうした?」
そこに、ジェットスキーを片付けて一条が上がってきた。
「一条さん」
一条の普段からは想像もできない姿に五代が一瞬見惚れる。
「みのりが釣したいって」
「そうか、五代はしないのか?」
柔らかな笑みを向けられてほんのり頬が赤くなる。
「あー、あっつい、あっつい、ただでさえ暑いのに溜まらんね」
「つ、椿さん!!」
「さっ、俺達邪魔者みたいだし、向こうで釣でもしませんか?」
「そうですねぇ」
「ちょっと、椿さん! みのりは駄目ですからね!!」
「なにが駄目なんだ!」
「みのりも気をつけろよ? 2人っきりにはなるたけなっちゃだめだからな?」
「はあいvvv」
「あっ! 酷い!! みのりさんまで」
「2人の判断は正しいな」
「煩い! お前に言われたくないぞ! 俺は!」
騒がしく楽しいやり取りがつづいて。


4人の夏休みが始まった。






はあ、漸く4人がそろいました。
それにしても自分で書いときながら、あんな事されてすぐに許してしまう五代。
可愛すぎる・・・・。
ったく、一条にされること、なんでも許しちゃうんだからvvvvvv

BY  樹  志乃


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