BOY FRIEND U その2





「やっぱり、夏は海だよな」
うんうん、と目の前で頷かれて一条は眉を潜める。
五代の事で話があるから・・・・と言うからなんだと思えば。
「・・・・・・・・・なに、馬鹿な事いってるんだ、用件はそれだけなのか?」
「なんだよ、冷てぇな。折角迎えにきてやったのに」
一条の冷ややかな対応に椿が思いっきり憤慨してみせた。



椿からの電話に、待ち合わせの約束をしたものの例によって例のごとく仕事が終らなかった一条は時間に間に合いそうも ない、と椿に連絡を入れた。
そんな一条に『じゃあ、そっち行くわ』と、椿が明るくのたまって電話を切ってから20分後。
「よう!! 邪魔するぜ!!」
と、堂々と警視庁のど真ん中、一条達が所属する警察本部捜査第二課暴力団対策室に入ってきた男、監察医 椿 秀 一。
一体誰が通したんだ、とか、よく入ってこれたな、とか。
杉田や桜井はもう、諦めてはいるものの極々一般の警察の皆様方はそうは思わない。
不信そうに己を見つめる視線に頓着もせず、一条の側までやってきて隣に腰を下ろした。

閑話休題

未確認対策本部が解散して一条達は、普通の犯罪者相手に日々業務をこなす普通の警察官に戻ったわけだけれど も。
今までの感覚をすぐに戻せ、といわれても其処は(一応)人間、ちょっと無理があって。
普通の犯罪者相手では犯罪者の方が可哀想だという判断により、一条達は即配属移動となった。
―――――――――――― 暴力団対策本部へ。
松倉の判断は正しい。
以来、過去最高の取締率の数字が日々更新されているという。
まあ、いくら強面の兄ちゃん達とはいえど所詮普通の人間ですから、外見だけならばそれこそトップモデル 並の一条や、細身の桜井をみて(まあ、多少杉田には面識はあったものの)鼻で笑ったのは最初の数時間だけで、その日が終るまでには一条、杉田、桜井の三人はあっというまに別格扱いになっていたりした。

という、事を踏まえて。

「お前の知り合い、って言ったらそのまんま通してくれたけど?」
椿のセリフに杉田達が深い溜息をついた。
――――――そういわれたら、誰も止められまい・・・・・怖くって。
類友・・・・・類は友を呼ぶ。
この言葉、正しく彼らの為にある言葉。
あの一条の友人、ということは椿もそういう目で見られたという事だろう。
その判断は正しい。
まるっきり本人は気にしていないけれど。
「・・・・・で?」
なにか言いたい事があるなら早く言え、と視線で促す一条に椿は突然遠い目をして宙を見つめた。
「なあ・・・一条、もう夏だな・・・・・」
「・・・・・・」
もしもし?・・・と周りの人間は、一気に自分の世界に入ったらしい椿に引き気味だが一条はなれているのか全然気にしな い。
「去年の夏は・・・色々大変だったよな・・・・」
なにやら乗りに乗っている椿、ふっ・・・・と憂いな表情を作って俯いてみせちゃったり。
「・・・だが、今年は違うぜ!! 平和な夏が戻ってきたんだ、これを満喫せずにどうするよ!!」
がたん!と椅子からたちあがり握り拳を作る。
「青い空! 白い雲! 熱い砂浜!! 輝く海!! そして、そこに浮かぶ白いヨットにのる俺達!! どうよ!」
最後にびしっ!! とポーズを決めた椿に向かって。
「・・・・・・・・・・・・・楽しいか・・・・・?」
と、一応最後までセリフを聞いてから一条がポツリと呟いた。
「なんだよ。折角人が臨場感だしてやろうと思ってんのに」
全然のってこない一条にノリが悪い、等と一通り文句を言ってから、椿は再度誘い文句を口にする。
「新しいヨットがあんだよ、休みとって行こうぜ。マジで楽しいから」
「興味ない」
あっさりきっぱり切って捨てる。
そんな一条に椿がちっちっち、と指を振る。
「俺に任せろ、きっと楽しい」
「仕事だ」
それでも全然乗り気でない一条に対し、いつもならここで引いたりしないのだが今回は違っていた。
自分の方を見もせずに断る一条を見て椿はニヤリと笑うと背を向けて、いかにも残念そうな声で呟いた。
「そうか・・・・・。ま、仕事ならしょうがないよな、仕方ない、俺達だけで行ってくるか・・・」
「待て」
去りかけた椿のベルトをしっかり掴んで。
一条が椅子から立ち上がった。
「なんだよ」
「『俺達』・・・・・?」
「そっ! 俺達♪」
しばし一条が思案する。
「それは・・・・」
「そっ! お姫様が白いヨットを所望なさってるんだよなぁ〜!」
一条にみな迄言わせず椿がニンマリとする。
「もちろん、かなえた折には素晴らしい御褒美がつくんじゃないかな〜・・・と」
しばし、見詰め合って。
それこそ、ニヤリ・・・としか表現の仕様がない不敵な笑みを一条が浮かべた。
「・・・・・判った。喜んで付き合わさせてもらおうじゃないか」
「さっすが、一条君。伊達に俺の親友やってないね」
椿が満足気に頷く。
「で?」
「ま、いろんな用意は俺のほうでするし。あ、日にちも確認しておくわ・・・・・そうだな、後は・・・・一週間もありゃあいいんじゃ ねえの?」
「判った」
一条が頷くと椿が用は済んだ、とばかりに立ち上がると「お邪魔しました〜」と足取りも軽く部屋を出ていった。
その間に一条は自分の手元の書類を手早く纏めるとおもむろに課長の机に向かう。
「課長」
「なっ、なんだ」
突然目の前に立つ男の迫力に、思わず逃げ腰になってしまったりして。
「と、いうことで、申し訳ないのですが一週間ほど休みを頂きたいのですが」
なにが『ということ』なんだか、聞くだけならば下手にでた言い方でも態度がまるっきり裏切っているんだが、哀れな課長に 残された選択はコクコクと頷くしか残されていなかった。
「ありがとうございます」
ふかぶかと頭を下げた一条は、顔を上げるとニッコリ笑って恐ろしい事を言ってくれた。
「それまで、全力で仕事に励みますから」
「―――――――― え?」
課長が思わず聞き返したときには一条は既に背中を向けて部屋を出るときで。
その日から一条が休みを取る日まで。
犯罪者には地獄の日々が訪れたのであった。



ある晴れた夏の日、ヨットハーバーに一人の男が現れた・
いわゆるハイソサエティな人々の象徴の一つである個人の豪華ヨット船が並ぶ港に。
男は辺りに視線を流し、とある一点で目的のヨットを見つけ颯爽と歩き出した。
その男は、女性達が思わず振り返るほどの端整な顔立ちをしていて。
周りが華美な感じが否めないものが多い中、男のシンプルな服装はより一層本人の美貌を際立たせるものだった。
白いヨットが取り囲むなか、濃紺のスリムストレートのジーンズが形のよい脚をより一際長く見せている。
身体にフィットした黒のノースリーブのシャツが鍛えられた体の線を顕わにし、中央のボタンを2個ほどしか止めていない ためにシャツの裾が海風にたなびき時折引き締まった腹筋が覗く。
開かれた襟元から覗くシンプルな細めのネックレスはプラチナだろうか、嫌味ではなく男の上品な色気を醸し出している。
眩しい夏の日差しから色素の薄い瞳を護るためにかけている青みの帯びた、細身のサングラスはその端整な顔立ちを損 なうことなく中央に存在している。
不意に悪戯な風が崩した髪をかきあげる手首にあるホワイトゴールドの時計はカルティエだろうか、日差しを反射して光を 弾く。
その、正しく完璧 ―――― パーフェクト ―――――― な男っぷりな一条はといえば、周りから寄せられる熱い視線に 気付きもせず目指すヨットまでくると、船の上で準備をしている男に声をかけた。
「椿」
「おう、来たか」
振り向いた椿といえば。
黒が基準な一条と違い、いい具合に色あせたブルージーンズをはいていた。
所どころ破けてはいるものの、みすぼらしい感じがないのはそれが恐らく高価なビンテージ物だからであろう。
丈の短い白いTシャツは、医者にしては鍛えられている体にフィットし、短い袖から浅黒く日焼けした引き締まった二の腕が 覗いている。
「準備は出来てるから、あがってこいよ」
一条を見下ろす椿のがっしりとした首からかけられている認識票タイプのヘッドが長めのチェーンに揺れて光っている。
トータルで言えば、どちらかというと椿は野性味のある感じで、一条が洗練された感じだろうか。
その2人が並ぶと互いの相乗効果でその男っぷりが際立つこと極まりない。
そりゃあ、一気に辺りの雰囲気が濃密なピンク色に変わっちゃったりなんかしてるのだが、本人達がぜーんぜん気付かな い。
熱い視線を送る者、ピンク色の溜息をついちゃっている者なぞまるでアウト・オブ・眼中!
ようは自分の目的のもの以外は目に入らないって言う事だ。
一通り準備がすんで、一条が思い出したように椿に尋ねた。
「椿、アレ、どうした」
「あぁ?・・・ああ、アレね、ちゃ―んと積んであるぜ」
顎で指し示された方の甲板の上に白い布に包まれた物体がおかれていた。
「榎田さんはなんていってた?」
「おう、『ばっちり!!って感じ!』って」
「そうか」
椿の言葉に満足気に頷くと操縦室にはいる。
「もういいのか?」
「おう、O・K!!」
椿がヒモをとくと一条がエンジンをかける。
そのスムーズなかかりと静かなエンジン音に一条が眉を軽く上げる。
「新型のエンジンだぜ? 榎田さん、お墨付きのな♪」
「それは、それは」
一条の滑らかな運転にヨットは静かに発進して港を出ていった。



その頃



五代とみのりは防波堤を歩いていた。
流石に平日は人が少ない。
けれど、まず散歩したいとおねだりされて、五代は砂浜を歩きながら端まで来てしまった。
それまで、本当に取り留めない話をしながら歩いてきて、又戻ろう、といって笑う、
そんな幸せな時間をみのりは過ごしていた。
「ねえ、お兄ちゃんは、やっぱり白が似合うね」
雄介の格好を見てみのりが納得したように大きく頷いた。
「そっかぁ・・・?」
そんなみのりに雄介は自信なさ気に自分の格好を見降ろす。
今風の股上の短い白のスリムジーンズに太めのベルトがより腰の細さを強調している。
タンクトップ風のヨットパーカーは丈が少し短めで風でなびく度に形のいい臍が覗く。
全体的にホッソリとして、どちらかといえば中性的で、フェミニンな・・・といったところだろうか。
みのりも、白のワンピースは背中を大きく開いた形に裁断してあり、前身ごろから伸ばされた2つの布の端を首の後ろで結ぶことによって上着を押さえている。
フレアのロングスカートの裾が風邪に揺れる感じが小さい頃に夢見ていた白いウエディングドレスを思い出させて、みのりのお気に入りにだ。
すっかり御満悦なみのりの様子に、なんだかんだいいつつも、来て良かったな・・・と雄介は思う。
「楽しいか?」
「うん!!」
ニッコリと笑うみのりに雄介が申し訳なさそうな顔をした。
「ヨットはないけどな」
俺、冒険野郎だから貧乏だし、なんて笑う雄介にみのりが首を振った。
「ううん♪ おにいちゃんには必要ないよvvvv」
「え?」
「みのりもお兄ちゃんも、ヨットを持ってなくったって平気だよ♪」
と、にっこり笑われて。
思わず雄介の動きが止まってしまった。
「・・・・・みのり?」
「もう、そろそろ来るかなぁ」
首を傾げながら海を見る。
「・・・・・今日、他に誰か誘ったの?」
「ううんううん。誰も誘ってないよ?」
秘密って言ったじゃない、と不思議そうに雄介を見上げてくる瞳にどこか面白げに輝く光りを見つけて、雄介は思わず一歩 後に引いてしまった。
「誘ってない?」
「うん、誰も誘ってないけどぉ・・・・・」
「けど?」
「話しちゃった」
「誰に!?」
「椿さんに!!vvvv」
ニーッコリ、と。
笑顔100%で言われても、今回ばっかりはちっとも可愛く写らなかったりする。
椿に知られたのなら。
必然的に彼にばれるのも同然で。
今回、ポレポレでなるべく働くのを理由に夏休みをはっきりとっていない雄介がみのりとココにこうして海に来てしまってい るなんて判ったら。
――――――― 怖くって考えられない。
「みのりぃ!!」
思わず叫ぶ雄介にみのりは、うふっ、と笑ってみせて。
「みのり、椿さんに話しただけだよ?」
「そしたら、一条さんまでいくにきまってるだろ?」
口を尖らせて自分を睨んでいる(つもりなんだろう)兄が何故か可愛らしく見えて、みのりは心の中で舌を出した。
「だって、船の上なら誰にも邪魔されずにゆっくりできるかなーって」
「そりゃ、そうだけど・・・・・」
「おにいちゃんが又冒険に行っちゃう前に、みのりだけの思い出が欲しかったんだもん」
「うっ・・・・」
その点に触れられると結構つらい。
言葉に詰まった雄介に更にみのりが言葉を重ねる。
「それはさ、一条さんだって同じだと思うなぁ」
みのりの言葉に雄介は、判っている事だけになにも言えなくって。
だって、一条さんに休みとって一緒に行こう、なんていえないし・・・となんて思っていると
「それに一条さん、働き尽くめなんでしょ? 少しは休まなきゃ」
とみのりに言われてしまった。
まあ、みのりの言う事はもっともだけどさ・・・・・などとブツブツ考えて、はっと、恐ろしい点に気付いてしまった。
そうだ、海の上にでたら誰の邪魔も入らない。
入らないってことは、誰も一条さんを止められないって事だ。
もともと止められやしないけれど、海の上は完璧に逃げ場がない。
一気に頭から血の気が引いた雄介の耳にみのりの楽しげな呟きが届く。
「それより・・・あれ、椿さん達じゃないかなぁ」
ふと見れば、段々近づく白いヨットが。
「あ、おにいちゃんてば、無駄な事をvvvvvv」
と、多分条件反射で走り出してしまったであろう雄介の背中を見て楽しげに呟いた。






いやあ、ピグのリクエストにそったつもり。どうよ。
一見爽やかなケダモノ2人、登場・・・・って感じかしら。
              BY 樹 志乃

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