愛のばかやろう×2 《4》





「みのり先生、お客様よ」
園児達のお迎えが滞りなく済み、全員帰帰宅した後の片付けも終わり漸く一息ついたころ、同僚の元城恵子が頬を紅潮さ せながら走ってきた。
「お客様、ですか?」
「そう! 前にも来た事のある、凄みのあるハンサムさんよ!!」
やっぱり。
そろそろ来る頃かと思っていたけど。
「もう、いつの間に! 隅に置けないんだから!!」
なにやら浮かれてる同僚に首を傾げる。
よくわかんないけど。
そんな元城に遅れる事数十秒、一条が入ってきた。
「お邪魔します」
どうぞ、ごゆっくり、と何か勘違いをしたような同僚は去っていった。
「どうも・・・」
と軽く頭を下げた拍子に髪がサラサラと流れて落ちるその様子をみて心の中でみのりは満足気に頷いた。
―――― う〜ん・・・・素晴らしいってかんじ?
本当に、一条はビジュアル的にみのりを満足させてくれる素材でならない。
(やっぱり、一条さん、外見はパーフェクトよね・・・・)
などと思っているみのりの思考でも読んだのか、一条が手土産を差し出した。
・・・・・・・椿の忠告だったりする。
(必ず手土産はもっていけよ? ポイントは値段は高くなく、希少価値にあるもの、だな。ちなみに花はやめておけ)
以上の言葉を考察するに・・・・ケーキとなったわけである。
もちろん、そこらに売っているようなケーキではない。
「あ、コレ・・たいしたことありませんが」
と差し出されたのは、みのりですら知っているいつも行列ができて手に入れることが難しいとされている、超有名ケーキ店のパッケージ。
ちなみに桜井から仕入れた情報だったりする。
「そんな、気を使わないでください!!」
「いえ、自分達の方こそ五代には迷惑をかけっぱなしで・・・・」
押し付けがましくなく、さり気なくケーキの箱を手に取らせてしまう優雅なその動きに思わず心の中でサムズアップをしてし まうみのりであった。
―――― うん! 外見だけじゃなく、気配りっていう点でもOKかな!
もっとも、一条がそんな気配りをするのはあくまでも極々一部の人間に対してだけであるが、みのりはそれを十分良く知っ ていてなお、それでも別に構わないと思っていた。
みんなに平等にではなく、大切な人にとことん、であればいいのだから。
(女の子の正直な気持ちだよね)
そんな事を思いつつ差し出されたケーキの箱を受けとった。
「どうぞ、食べてください」
「ありがとうございます。・・・うわあ、凄い・・・ここのお店、中々手に入らないので有名なのに!!」
中を開けてみのりは2度ビックリ。
「うっそぉ・・・!!
なかに入っていたのは。
「コレ・・・いつも限定販売で手に入らないのに・・・・・!!」
やっぱりみのりも女の子だから、甘いものは大好きで。
雑誌に紹介されていたそのケーキを一度は食べたいと思っていたのだ。
「どうしてコレを?」
「いえ、前に一度五代がそんな事を言っていたのを覚えてまして・・・・・」
さすが一条さん、お兄ちゃんの言った事を忘れていないなんて。
「喜んでもらえてなによりです」
ちょっと照れたように笑う様子に一条のポイントがみのりの中で更にアップ!!
「・・・あ、スイマセン、椅子も勧めないで・・・立ちっぱなしもなんですから、どうぞ」
近くにあった椅子を勧め、お茶を煎れに部屋を出るみのりの後姿をみて。
(・・・つかみはOKだな・・・)
心の中で握り拳を作る一条であった。


暫くは、他愛もない話をしていたけれど互いにそんな事を話したいと思ってる訳ではない事を知っているので。
とりあえず、今回はみのりから話を振ってみた。
「・・・・で。今日は一条さん、どうしたんです?」
みのりの言葉に一条は椅子に座り直すとみのりに向きなおる。
こんな事を話にきたんじゃありませんよね? と言外に匂わせたのを感じ、一条は素直に乗ることにしたのだ。
「・・実は、五代のことなんですが」
「はい」
「五代・・・は、今、付き合っている女性とか、もしくは将来の約束でもした女性でもいるんでしょうか?」
「・・・何故ですか?」
おおかた一条の聞きたい事など検討がついていたけれど、知らないふりをして可愛らしく首を傾げて聞いてみる。
どういう態度に出るか、その態度によってはみのりも対応を考えねばならない。
「この前、五代と椿と三人で飲んだんですが、その、椿が帰った後に、どうやら自分は五代と関係を持ったようなんです」
「は? ・・・なんの関係ですか?」
思わず聞き返してしまったみのりである。
「肉体関係です」
実にきっぱりと爽やかに、臆面もなく言い切ってくれた一条であるが。
みのりといえば、そんな告白を聞いてなお
(・・・・・こ〜んな笑顔、私初めてみるなぁ、私・・・・一条さんたら、お兄ちゃんといるときには、いつもこんな顔してるん だ・・・)
等とまるっきり別の事を考えていたりする。
「・・・・・驚かないようですね?」
一条は自分の告白にビクともしないみのりを不思議そうに見つめた。
(もしかしたら、なにか五代から聞いているのか・・・?)
だったらそれはそれで話は早いのだが。
だが、
「ええ、たいしたことじゃありませんから」
みのりとて、伊達にあの五代雄介の妹をしてきたわけではない。
「だって、今までのお兄ちゃんの恋人には男の人もいましたし。一条さんがはじめて、と言うわけじゃないので特には・・・・」
兄に良く似た笑顔を浮かべつつも言う事は言う。
「・・・・・」
「・・・・・」
互いに笑顔で向き合う。
沈黙がしばし支配したが、まずはみのりに一本とられたのを一条は感じていた。
さらに、みのりが攻撃にでた。
「確かに、今、お兄ちゃんはフリーみたいですけど、それが一条さんになにか関係あるんですか?」


(意外・・・・だな・・・)
みのりの言葉に一条はそんな事を考えていた。
いまのみのりの言葉からは、みのりの中に"肉体関係=お付き合い"という方程式はなりたっていない事を示している。
(人は見かけによらない、と言う事か・・・)
もっと乙女なみのりを想像していただけにちょっとやっかいだ。
(・・・・・やはり、みのりさんが最大の壁と言う事だな・・・・)
"肉体関係=お付き合い"という方程式がみのりの中にないということは、なにか決定打となるものが他に存在してるとい うことだ。
ということは、そこを掴めなければみのりは一条を認めないだろう。
(・・したからには、責任とってくださいね!! なんて言われればもっと楽だったろうが・・・・)
そうしたら、喜んで!!・・・・の一言で済んだろうに。
しかし、一条とて初めての、そして最後の本気の恋なのだ。
引くことはできない。
(・・・・長丁場になるかな・・・・)
年下だから、女性だから、大切な人の妹だから、そんな事には関係なく一条は腹を据えてかかることにした。
この人に認めてもらわねば、自分の明るく楽しい未来は訪れない・・・今、はっきりと悟った一条である。


(あら)
自分に向き合っている一条の瞳に力が篭ったのを感じてみのりはちょっと感心する。
今まで雄介とお付き合いした人達(・・・恋人なんて認めないもんね)とは違って、どうやらみのりを雄介の付属としてでは なく、雄介の家族として対応してくれるらしい。
(ちょっと見直したな)
一条の視線の中では自分は雄介の妹、としてしか写っていないと思っていたのに。
(でも、ソレぐらいじゃダメなんだから・・・・・・たかが、身体の関係なんかで認めることないもんね)
確かに、一条は今までみのりが出会った中では最高ランクに位置する男であるには違いない。
(とりあえず、人間性はおいといて・・・・・)
でも、あくまでもみのりの一番は、兄 ――― 雄介 ―――― である。
(おにいちゃんが本気ならなおさら、みのりがきちんと見極めないとね!!)
「ひとつ聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう」
「関係をもったらしい・・・というのはどういうことでしょう?」
一条に記憶がない事は知っている。
だから、それについてどう思っているのか知っておきたい。
「はっきりとした記憶はないんですが、身体が憶えていました」
「身体が・・・・・。そういうものなんですか?」
「はい、五代の事との事を自分が間違えることはありませんから」
「そうなんですか?」
一条はちょっと考えて、再び口をひらいた。
「・・・自分は、恋愛面といいますか、情緒面において疎いところがありまして・・・・今回も、こんな風に関係をもってから気付 きました」
「・・・・・」
「誰かと関係を持つと言う事は、自分にとって別にたいしたことではありません。勿論、その都度本気の付き合いをしてきた つもりでしたが・・・・もちろん、その行為の行き着く先を考えた事なんてことはありませんでしたし、その時その時がよけれ ばいいと・・・・」
「兄は・・違うんですか?」
みのりの言葉に一条がしっかりと頷いた。
「・・・・・五代と結ばれてから、今までの自分がしてきた事が所詮おままごとみたいな物だったと知りました・・・・・・。五代は 私にとって"たった一つ"なんです」
「・・・・」
「もう、五代以外と・・・・なんて考えられません」
微かに笑う一条の瞳が細くなる。
「もちろん、五代にとってもです。自分以外と・・・は考えさせるつもりもありませんが」
「・・・お兄ちゃんもそう思うでしょうか?」
ちょっと意地が悪いかな?と思いつつもみのりは聞いてみた。
「もちろんです」
一条は、自身満々に即答で返事を返す。
「五代を思う気持ちに、自分に勝る者はいませんよ」
付け加えられたこんな言葉にみのりの眉がピクリとあがった。
「あら、一条さんたら、私の前でよくもそんな事♪」
コロコロ笑うみのりの目が底光りをしている。
「ははははは。そんな・・・・・・冗談とかではありませんよ?」
声に重みを感じてみのりは真顔になる。
「・・・・」
「みのりさん。私は・・・・いや俺は五代に心底惚れています。今思えば一目惚れだったかもしれませんが・・・」
私から俺へ。
一人称の変化は一条が素に戻った事をみのりに悟らせた。
「一目惚れですか?」
「ええ・・・・・自分とは正反対の五代が気になって気になって・・・反感を持って。でも、いろいろ行動を共にして、五代雄介と いう人間を知るうちに何時の間にか認め、受け入れ・・・・・・・自分でも気付かない間にココに根を張られてしまって」
と自分の心臓を軽く叩く。
「いまでは、すっかり俺の心の中に同化してしまった・・・・」
「・・・・」
「この想いを消すことは、もうできない。そんな事をしたら、俺は俺でなくなってしまう。人が生きていく上で空気や水が必要 なように、俺には五代が必要なんです」
「一条さん・・・・」
「俺にとって五代がそういう存在であるように、五代にとって俺もそうありたい、と思っています。・・・いや、なってみせます」
だから
「五代を・・・・五代の全てを貰っていきます」
「全て、ですか?」
「こんなになって始めて気付いたんですが、実は独占欲が強いし、嫉妬深いようです・・・」
「あら」
「ですから、他の誰とも五代を分かち合うつもりはありません」
あなたにすら渡せないんだと一条の音のない声が届く。
「よろしいですね?」
真っ直ぐで強い一条の視線がみのりの心に入ってくる。
彼の全てを、その心も身体も。
彼の喜びも悲しみも苦しみも全て自分の中に取り込んでみせると。
「・・・・・・ほんっとうに! 独占欲が強いんですね」
「ええ、本当は五代が呼吸するその吐息すら誰にも渡したくないぐらいですからねぇ・・・・」
妹である自分にすら嫉妬する・・・・・その血のつながりが羨ましいと。
こんなにも思っている、とみのりは確かに一条のメッセージを受け止めた。
「こんな人と付き合って、お兄ちゃん幸せになれるのかなぁ・・・」
「自分以外の誰と幸せになれるっていうんです?」
(本気で言ってるわ・・・・一条さんたら)
ちょっと感心、少し呆れて。
でも、こんな人なら兄の全てを抱えて、兄が気付かない苦しみに気付いてくれるかもしれない。
そう思えたから。
「一条さんの気持ちは判りました。私的にはソコまで独占欲の強い人は嫌ですけど・・・お兄ちゃんにはそれぐらいでないと ダメなんでしょうね、きっと」
結構酷い事をサラリと言いつつもみのりは手を差し出した。
「最後にどうしても確認しておきたいんですけど・・・兄がクウガでなかったら・・・・」
「みのりさん、五代がクウガであることはなんの障害にもなりません。上手くは言えないのですが・・・・戦う力は自分はクウ ガの足元にも及びませんが、彼の心を護れるのは自分しかいないでしょう。自分のこの場所でできる最大限のことをし て、五代の支えである為ならこの命すらかける事も惜しくはありません」
その瞳は、かつて一度だけみのりが見た事のある父の瞳に似ていた。
強がりでもなく、最愛の人の選んだ辛い闘いの世界に身をおくことを受け入れてなお支えていこうとする男の瞳だ。
「・・・・・それに、たとえ五代がクウガでなくても自分達はどこかで出会いましたよ」
「そこまで言ってくれるなら、もう、私は何も言いません。後はお兄ちゃんが決める事ですし」
「みのり、さん・・・・」
差し出された手を両手で握り締める。
「では・・・」
「・・私は何もしませんよ?」
「・・・・・」
認めるけれど、協力はしない。
つまり、自分からは邪魔もしないが何もしないと言う事で。
しばし、一条は考えた。
と言うことはつまり・・・・・。
「・・・・・今度、食事でもしませんか?」
唐突な一条の誘いに、きちんとみのりはついてくる。
「食事ですか?」
「ええ、今自分が済んでいるマンションは結構広いんですよ。未だ誰も招待したことないんですが、初めての客になっても らえないでしょうか」
「まあ、私達でいいんですか?」
「もちろんです。そうだ、椿も呼んで4人で飲み会でもどうですか?」
「4人で飲み会? 面白そうですね」
「ええ・・・親睦を深めるという意味で」
「ふふ・・・深まりますか?」
「もちろん・・・ああそうだ、この後、椿のところに行くんですが、一緒にどうですか」
「私がですか?」
「ええ・・・・・・いろいろと相談があるんですよ」
「相談・・・・ですか?」
「ええ」
ニッコリと、一条とみのりは笑いあう。


今この瞬間、一条とみのりは五代雄介という存在を挟んで協定を結んだのだった。


「あ、そうそう、五代を驚かせてやろうと思うので・・・この事は内緒にしておいてくれますか?」
「はい♪」
「じゃあ、自分は車で来ましたので外で待っていますから」
「判りました。なるべく早くいきますから」
部屋を颯爽と出て行く一条を見送りつつみのりは心の中で兄、五代雄介を思う。


(お兄ちゃん幸せになってねvvvv)
兄の幸せは自分の幸せ。
一条相手なら申し分ないし・・・・・きっと自分も退屈しない。
やっぱり人生には適度の刺激がなくっちゃね。
きっと一条さんなら退屈させないだろうし。


・・・・・それに、あ〜んなに愛されてるんだから幸せだよね♪


何だかんだ言ったって、結局"両思い"の2人なのだ。
後は一条がどう雄介を堕としていくのか。
「いや〜ん!! どうしようぉ・・・・! 楽しみぃ!!」


と、みのりが一人悶えているその頃に。
「っくしょ!!」
突然の盛大なくしゃみととみに背筋に走る悪寒。
「なんだろ・・・風邪かな?」
それは、最愛の妹が敵に回ってしまった瞬間のことともしらず、ノホホンと構えている雄介の呑気な呟きだった。


・・・・・・コレから自分を襲う嵐に気付かずノホホンとしている雄介であった。





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