愛のばかやろう×2 《5》





「おにいちゃん!!」
珍しく未確認も出なかった日に雄介はみのりの勤める若葉保育園にいた。
子供達が全部帰ってしまった後、床に座りこんで工作に励んでいた雄介の背中にみのりが飛びつく。
「なんだよ、みのり」
「ねえねえ! 花火大会に行こう?」
「・・・・・花火・・・大会?」
不思議そうに振り向いた雄介は、みのりの手に握られた花火大会と書かれたチラシを見て首を傾げた。



「いーよ! 俺は!!」
「えー!! いいじゃない!! 着てよー!!」
「だって、俺、似合わないんだよ! 着物とか浴衣とかさぁ!!」
「やだやだやだ!! 折角なんだもん!! 着てよう!!」
黄色地に透かしの花模様が入っている浴衣に赤い帯を締めたみのりが、浴衣を持って雄介に迫る。
「みのりも知ってるだろ? 俺がそういうのが似合わないって!!」
「・・・だってぇ・・・・」
下唇を噛んで上目遣いに自分を見上げてくるみのりを見て雄介はがっくり肩を落した。
「だって、だって、折角あるのにぃ・・・・」
はあ・・・・と雄介は大きく溜息をついた。
「・・・・・もう、判ったよ。・・着ればいいんだろ? 着れば・・・・・」
昔から、こうなったみのりに勝てた事はなく。
ぱああっ・・と途端に満開の笑顔になったみのりから浴衣を受け取る雄介であった。



カラコロと下駄の音が響く。
相当大きな花火大会なのだろう、道行く人波に浴衣を着たカップルや家族連れが多くなってきた。
みのりが隣を歩く兄を見て笑う。
「やっぱり、お兄ちゃんには白が似合うよねvvv」
「・・・・そうかぁ?」
薄暗くなってきた闇の中に白い浴衣を着た雄介の姿がうかびあがる。
肩幅はあるものの、身体に厚みがないせいか、どうしてもホッソリ、と言う言葉が浮かんでしまう。
まして、その細い腰を帯で締めてしまうと、その細さが余計に際立って。
「ね、ね、コレを帯の後ろにさして」
と雄介の返事を待たず、赤い金魚の模様が入ったうちわを帯の後ろに指す。
「やっぱり浴衣はこうでなきゃねvv」
なにやら満足気に頷いているみのりをハイハイと見やり腕を差し出すとみのりは腕を組んだ。
「うふふん」
「なんだよ」
(我が兄ながら、本当に可愛いわ)
昔から自慢の、みのりだけの兄。
未確認の出る今、兄やみんなにとって辛いことが多いけれど、こんなにも兄が日本に・・・自分の側に滞在したことが珍しくっ て。
こんなことではしゃいではいけないと思っているけれど、嬉しいのだ。
「お兄ちゃん、可愛い! と思って」
「・・・・・あっそ」
「・・・もう、折角みのりが綺麗にしたんだから、ちゃんと笑って?」
普段まるっきり自分の身なりに構わない兄に、とにかく一緒に歩くんだからきちんとして!!と言いつのったみのりである。
自分の隣に立っている、そんな兄を見て自分の腕前に十分満足する。
普段、ほったらかしにされている髪を一生懸命ブラッシングして艶々にした。
癖毛で柔らかい雄介の髪はブラッシングをすると空気を含みふわふわになるので雄介はいやがるけれど、みのりは顔の 周りで踊る様子が大好きなのだ。
しかも、風にのって艶々のふわふわな雄介の髪から甘いシャンプーの香りがする。
もちろん、みのりお勧めのシャンプー(もちろん、リンスも)だ。
肌は、雄介の体質なのかアマダムのせいなのか、ちょっと化粧水をさせただけでプルプルのつやつやだからいいとし て・・・。
「唇が荒れてるよ!!」
と雄介に言いつのり、こっそりリップグロスなんか塗ってしまったみのりだったりするが。
(まるっきり、違和感がないっていうのが凄いわ・・・)
と横目で雄介を見ながら感心する。
雄介の最大のチャームポイント(だとみのりは思っている)の唇が誘うように濡れている。
道ですれ違う人が必ずと言っていいほど振り向いていくのは・・・・・。
「なぁ、みんな、振り返ってるな」
「そうだね」
「やっぱり、みのりが可愛いからだな!」
自身満々に頷いている兄を見る。
(お兄ちゃんも、なんだけど・・・気付いてないよね・・・・)
「いいか、はぐれないようにしろよ? それから、知らない奴に声かけられてもついてっちゃダメだからな?」
まるで子供に言い聞かせるような言い方をする兄にとりあえず頷きつつも
(お兄ちゃんもね)
と心の中で突っ込むみのりであった。



花火を見るのに丁度いい場所を見つけたのは花火大会が始まった頃だった。
「なんか、飲み物買ってくるよ」
といって雄介は屋台に向かった。
その後ろ姿を確認して、みのりは巾着から携帯を取り出すと電話をかけた。
どうやら相手は電話を待っていたらしく、ワンコールで電話に出る声がした。
「もしもし、みのりですvvv」



屋台に飲み物を売っているところがなく、結構探しまわって時間をとってしまった。
ならば自動販売機、と思ったのだかそれすらも見つからなくって結局カキ氷にしてしまった。
両手に持って戻ってくると、みのりの側に2人の男性が立っていてなにやらにこやかに談笑している。
知り合い?と首をかしげつつも走り寄ってみれば、そこに立っていたのはようく知っている人物だったりする。
「椿さん!? ・・・一条さんまで!!」
「よう、五代、遅かったな」
一条も軽く頭を下げる。
たしかに良く知っている人物達だけれど・・・その格好は。
「偶然だな、まさか、こんなところで会うとは」
椿は草履に薄いブルー地の甚平姿、一条は紺地に透かしの模様が裾に散らされている浴衣姿だったりする。
これまた様になる2人で周囲の女性がちらちら見ているのがわかる。
あきらかにその視線の後にはハートマークがついていて、ピンク色だ。
な〜んか2人の周囲だけピンク色になっているのは・・・・気のせいではあるまい。
(ううっ・・・・ちょっと隣に立つの嫌かも・・・・・)
着物や浴衣は身体の線が顕わになってしまう。
一条なぞ普段スーツ姿に隠されてわからなかったが薄っぺらな自分の身体と違い、その厚い胸板や浴衣の袖から覗く逞しい腕は、端整な顔に騙されがちだけれども良く鍛えられた身体をもつ男性なのだ、と感じさせてならない。
がっしりとした腰で止められた帯がカッコよく着崩した浴衣を止めている様が、滲み出る男の色気を纏いつかせている。
椿にしたって、あんた医者なのにどうして・・・・と雄介が思ってしまうほど、甚平が顕わにしている身体の線は意外に鍛えら れている事を示しており、一条の隣に並んでもなんら遜色のないぐらいだ。
夏らしく、涼しげな甚平から覗くスラリとした脚が伸びて、まるで椿のためにあつらえたかのようで。
(・・・・・かっこよすぎる・・・・)
白衣に隠されていてあんまり気付かなかったが、その肩幅といい、胸板といいなにか格闘技でもやっているような身体つ きだ。
「・・・ね、椿さんて、なにかやってます?」
「俺? なにかって・・・・ああ、極心空手をな、ガキんころからちょっとだけ」
と、ちょっと構えた椿の姿勢の良さが実に様になっており、単なるカッコつけではないのを知らせる。
それに比べて自分は・・・・とちょっとだけがっくりきた雄介である。
(本当はさ・・・・・この人達がクウガだったほうがよかったんじゃないの・・・・?)
なんて事を思っていると聞き覚えのない声が雄介の耳に入った。
「こんにちはvvvv」
ふと気付くと、女性の2人連れが椿達の隣に立っている。
ちょっと綺麗系のお姉さま、って感じだろうか。
知り合い?・・・と雄介が黙って見てたらどうやら違うらしい。
「どこからきたんですか?」
「浴衣よく似合いますね」
に始まり一緒に遊びましょうよ・・・と、どうやら逆ナン・・・というやつらしい。
さり気なく一条の腕とかにも掴まっていたりして。
(・・・・・ムッ・・・)
辺りを見れば、他の女性達もじわじわと近寄ってきている。
「すいませんが、連れがいますから・・・・」
とやんわり断りを入れる一条の言葉にすらひるむことなく
「じゃあ、皆であそびません!?vvvv」
とプッシュプッシュの嵐だ。
椿と一条はすっかり女性に囲まれてしまった。
(・・・・なんだよ・・・・)
別に約束をしていた訳ではなく、たまたま2人と偶然会っただけだけど、なんか面白くない。
胸にモヤモヤしたものがある。
「・・・・行こ、みのり」
このまま、ここにいたら変なことを口走りそうで。
すっかり溶けてしまった氷を渡すと雄介はみのりを促した。
だが。
「一条さん、椿さん」
別に声を張り上げてるわけでもないのに意外と通るみのりの声が2人の名前を呼んだ。
ホッとしたような一条が女性を掻き分けて側にくる。
その後に椿も続いた。
「すいません、行きましょうか」
さり気なく一条の手が雄介の腰に廻される。
「・・・行きましょうかって?」
ごめんね、先約があるんだ・・・と椿の謝る声が聞こえる。
「先約? ・・え?え? なに?」
訳がわからずオロオロしている雄介を引っ張ってそこからの脱出を図る。
「ど、どこに行くんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 一条さんのマンションだよ?」
サラリとみのりに爆弾を落とされて。
「・・・・・ええええええ―――――――――!!?」
雄介が気付いたときには椿の運転する四駆に乗せられたあとだった。



途中のコンビニで酒やらなんやら買い込んで。
すっかり酒盛りのしたくが出来上がった一条のマンション。
その台所で雄介はみのりと軽い料理を作っていた。
「ひどいじゃないか、みのり。あれほど協力してくれっていったのに・・・」
「だって、しょうがないじゃない。お兄ちゃんが来るまでもあんな状態だったんだよ? じっくり花火も見れない様で・・」
「・・・うん」
「ここからなら窓から花火も見れるっていうし、折角だからって誘われてどうやって断ればいいの?」
「まあ、そうなんだけど」
「それに、あんな事聞かされちゃったら・・・・・」
「え?」
「・・うん、後で話す・・・ともかく、側にはいるから・・・ね?」
「・・・うん」
なにやら語尾を濁したみのりの言葉が気になったものの、とりあえず目先の問題を片付けることに雄介は精一杯だったの で。
とりあえず、みのりの側にいよう!と決めていた。
が、飲み始めてしまえば結構楽しく、みのりの飲む酒を雄介は気にしつつも会話は弾んだりした。
だが、なにやら一条のちょっと浮かない様子が気になっていたりする。
避けていたのは自分だけれど、どうやらそれが原因ではないらしいし。
飲むペースは椿と全然変わらないのに顔には全然出ていない。
が、胡座をかいて団扇片手に酒を飲む様子を見るに、どうも心ここにあらずという感じで。
「あ、もう、おつまみがない、なんか作りますね?」
「あ、俺がするよ・・・!」
皿を持って立ち上がったみのりに続いて台所に入る。
かって知ったる他人のなんとか・・・冷蔵庫を開けて適当につまみを選び出す。
彩りよく盛り合わせたころ
「ね、お兄ちゃん」
「んー? なに?」
「・・・・一条さん、さ、様子が変じゃない?」
「・・・・・・やっぱりみのりもそう思う?」
「うん」
そこでみのりが雄介に向かいあった。
「あのね、椿さんと一条さんの会話を聞いちゃったんだけど」
「うん」
「なんかね、一条さん、ダメなんだって」
「・・・・は?」
ダメ? 何がダメなんだ?
?マークが雄介の頭の中を飛び回る。
「お兄ちゃんが来るちょっと前だったんだけど、みのりが椿さんたちを見つけてね、声をかけようとしたときに言ってたの」
「・・・なに?」
「だから、一条さん、お兄ちゃんとしちゃった後からね。ダメなんだって」
「・・・だ・・・め?」
「うん、全然」
・・もしかして・・・雄介の顔から血の気が引いていく。
「だめって・・・・もしかして、ダメって・・・勃たないってこと!!?」
「声が大きいよ、おにいちゃん」
みのりの諌める声も頭にはいらないぐらい雄介はショックを受けていた。
グワングワンと頭の中で"ダメ"の二文字が回っている。
「一条さん、何があったのかはっきり覚えてないみたいだけど。気にしてるのかなって」
俺のせいだ・・・と思い込み、みのりの言葉なんか全然頭に入らない雄介だったりする。
俺が、俺が・・あんなことさせちゃったから・・・・・!!
「だからさ、誘いを断らなかったの」
「・・・・・」
「・・・きっと治せるのはお兄ちゃんだけだと思うんだよね」
「え?」
みのりの"治す"と言う言葉に敏感に反応する。
なおす? なおるのかな?
目で問い掛ける雄介にみのりが頷く。
「だって、記憶がないっていうのがネックだと思うんだ」
「でも・・・思い出させるのは・・・・」
「判ってるよ、でも、今のまんまだったら普通の恋愛もできないんだよ? 一条さん」
みのりの言葉が胸に刺さる。
嫌だ。
そう思うけれど、自分にそんな資格はない。
「お兄ちゃんと話すだけでもいいかなって思ったんだ」
「・・・うん・・・そうだね・・・」
雄介の顔が真っ青になっている。
そのまま手に皿を持つと一条達のいる部屋に向かう。
(・・・う〜ん、ちょっと効きすぎたかな?)
そんな背中を見ながらぺロリと舌を出すみのりだった。



「どうした?五代」
部屋に戻ってから食い入るように自分を見つめている五代に声をかける。
「あ・・・あの、・・・俺」
なにか言いたげに口を開いては閉じる雄介に眉間に皺を寄せる。
一条のほうもどうにかして五代との会話のきっかけを掴もうとしては挫けていたのだが、台所で何があったのだろう。
もどってから全然雰囲気が違ってしまっている。
「・・具合でも悪いのか?」
自分でも声が柔らかくなってしまっているのが判って内心笑ってしまった。
(まったく、本当にべた惚れだ)
普段とは違う雄介の浴衣姿にすっかり刺激されている自分を持て余して、なるべく五代を見ないようにしていたのだが。
だが、一条が声をかけた途端雄介の大きな黒目勝ちな瞳が潤み、綺麗な雫が頬を伝ったのを見て慌てて立ち上がってし まった。
「ごっ、五代!? どうした!? なにが・・・・!!」
あわてて側によって両肩を掴むと雄介の両方の瞳からハラハラと続けて雫が落ちてくる。
「な、なんだ? どうした?!」
「じゃあ、私達帰りますねvvv 一条さん」
ふと気付けは、みのりと椿がすっかり帰る支度をして玄関に立ってたりする。
「頑張れよー、折角お膳立てしたんだからなぁ」
「一条さん、チャンスは一度ですからvvv」
「ちょ、な、何があったんだ!? 椿!」
一条の引きとめに応じることなく、じゃーねー、と椿達は出ていった。
部屋の中が静まりかえり、雄介のしゃくりあげる声が微かに響く。
「・・・どうしたんだ、五代・・・一体何があったんだ?」
「・・ご・・・なさ・・・」
「え?」
微かな雄介の呟きが聞き取れなくって優しく聞き返す。
「ごめんなさい・・・一条さん」
「・・・・? なぜ、あやまる・・・・?」
「・・・俺の、せい、なんですよね・・・・」
訳がわからず首を傾げる。
(酔ってるのか?)
確かに結構な量を飲んではいるようだが。
「俺のせいとは?」
なるべく刺激を与えないように優しく尋ねる。
そんな一条の問いがさらに雄介を泣かせてしまったようだ。
「ごめんなさい・・・!! 俺が、あんな事しなかったら・・・・!!」
「・・・あんなことって?」
「お、俺が・・・! 一条さんをダメにしてしまったんですね・・・!!?」
「・・・は?」
「勃たなくなっちゃったんでしょ・・・・!! ごめんなさい・・・」
そう言って、一条の膝につっぷして泣き出してしまった雄介に、
(・・・・・・タタナイ・・・・? 勃た・・・・ない?)
――――――― なっにぃぃぃぃぃ―――――――!!!!!!??
声なき叫びをあげて硬直してしまった一条だったりする。
しばらくそこで泣いていた五代が突然顔を上げた。
「・・・!! 俺、頑張ります!!」
「・・・は?」
「俺が、絶対!! 治して見せますから!!」
一条の手をガシッ・・・と雄介が握る。
「・・・・・」
「俺を信用してください!!」
「・・・わかった。頼む」
どうやら、みのりに何か吹き込まれたのだろう。
だが、コレは最大のチャンスだ。
一条は神妙な表情を作り深く頷いた。
(チャンスは一度ですよ)
みのりの言葉が蘇る。
一条はありがたく、その『チャンス』を生かすことにしたのだった。


「で、どうすればいいんだ?」
一条の問いに雄介は涙を拭きつつ立ち上がった。
しばし逡巡して・・・・・思いを決めたように顔を上げて一条の手を取って。
「寝室に、行きましょう」
掠れた声で呟いた。





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