愛のばかやろう×2 《3》





一条は憮然としていた。


「じゃ、お兄ちゃん、大丈夫なんですね?」
みのりが安心したように溜息をついた。
漸く浮かんだ、五代によく似た笑顔に椿も笑い返す。
「ええ、特に変化はないですから、今は安定時に入っているようですし」
「・・・よかったぁ、ありがとうございます」
「いや、別にたいした事はしてないですよ?」
椿の言葉にみのりが首をふる。
「いいえ、やっぱり、キチンと聞きにきて良かったです。大丈夫とは思っていたんでけど、やっぱり実際に説明を聞くと違い ますね。安心しました・・・・・これからも、兄の事、ヨロシクお願いします」
ふかぶかと頭をさげたみのりに椿は慌てて手をふる。
「ちょっ・・やめなさいって! 五代の体のことは俺がついてるから、ドンと任せておきなさい!」
胸板を叩く椿にみのりが面白そうに笑う。
検査室の中 ――― 一部特定の場所に気圧の変化が感じられるものの ―――― は和やか〜な会話が飛び交っていたりする。
「で、今日はこの後どこかへ・・・・?」
五代の検査にみのりがついてきたのは始めてなだけに、不思議に思って椿が尋ねる。
「ええ・・・・これから・・・・兄と二人で未確認のせいで、両親をなくしてしまった子達に会いに行くんです」
みのりの口から出た言葉に、一条も顔を向ける。
「アフターケアっていうか・・・・・」
「アフターケア?」
「保育園では面倒みきれないから・・・・やっぱり施設とかにいくしかない子供もいるんです。だから、できるだけ会いに行こう、顔をだそうって・・・・」
「そうですか・・・・やさしいですね・・・・・」
「いえ、そんなことはありません。自分にできる事をしてるだけです」
そんなふうな会話をされたら、もう一条にはなにも言えなくなってしまう。
「お待たせ、みのり」
検査着から私服に着替えた雄介が部屋に戻ってきた。
「もういいの?」
みのりの問いに雄介は椿に視線を流した。
「ああ。今日は終了だ。ま、詳しい結果は後日知らせるが・・・・、いまんとこは問題なし!だ」
「いつもスミマセン!」
ペコリと雄介は椿に向かって頭を下げた。
「この後、なんかあります?一条さん」
雄介が一条の顔を覗き込むと、一条の眉間に未だかすかに縦皺があるもののそれでも雄介に対して笑顔を向けて見せ た。
「椿に少し話があってな・・・・今日はもう、終了なんだろう? 先に行ってくれて構わない・・・・」
一条のセリフに頷くと雄介はいつもの笑顔を浮かべてみのりと二人部屋を出て行った。
残るは・・・・・・。
「おい、一条、恐いからその顔、やめろ」
コレだけ顔のいい男が無表情に怒ると恐いものだな・・・・と思いつつ。 
「うるさい」
「しょうがねえだろう、あんな風に言われて、おまえ、なんか言えるかよ」
「・・・・俺は知らなかった・・・・」
「・・・は?」
「五代がそんなことをしてるなんて、俺は聞いていない」
椿は一条の憮然とした返事に肩をすくめる。
なんてことはない、やきもちを焼いているだけらしい。
昔からの友人の、あまりの態度の変わりようにこみ上げる笑いを押さえきれない椿だった。


その頃廊下では。


「サンキュ、みのり」
「ううん、嘘はついてないもん」
そう、嘘はついていない。
この後、子供達に会いに行くのは本当だ、が。
その後、雄介はみのりに強請られて買い物を一緒にする事になっていた。
「久しぶりだね、2人で出かけるの」
「そうだなぁ、なんだかんだで滅多に保育園にも行けなくなっちゃってるしな」
クスッと嬉しそうに笑うとみのりは雄介の腕にしがみついた。
「でも、一条さんのこと、いいの?」
「いいのって?」
「・・・・本当は、一条さんの事、好きなんでしょ?」
「・・・・」
黙ってしまったということは本当だということで。
下から見上げるみのりの視線から逸らしても、顔が赤くなっていてはバレバレだ。
最初は、酒の上の過ちかな・・・なんて思っていた(かった)雄介だが、実はそんな事はできない自分をよ〜く知っている。
雄介にとって身体を許す、という事は、心を許す、という事と同じ行為なのだ。
(思えば一目惚れだったのかもしれないよな・・・)
顔、だけじゃない。
仕事にかける、その気高いプライドに。
自分を犠牲にする事を厭わないその崇高な精神に。
役に立ちたかったのは、側にいたかったのは・・・好きだからだ。
(まったくもう、子供じゃないんだから・・・・)
「・・・・わかるか?」
そんな兄の考えを読み取ったのか、妹の容赦ない突っ込みが入る。
「だって、よくよく考えたら、お兄ちゃんが自分から、ってなかったよね?」
「・・・・・・・」
「そんだけ、本気ってことなんでしょ?」
「・・・そう、だけど」
全部バレとるよ・・・・・・・としぶしぶ口を開いた五代にみのりがニッコリと笑う。
「いいじゃない、何がダメなの? 一条さんのこと」
「・・・・あのさ、みのり」
「なに?」
「・・・普通、兄貴に男の恋人ができるなんていやっ!ていうんじゃないの?」
常々不思議に思っていたことを尋ねてみる。
みのりに自分の恋愛体験を隠したことはなかったけど、普通はそういうのを聞かされるのはいやなんじゃないか、と桜子に 言われた五代である。
「みのり、おにいちゃんが本当に好きになった人だったら、本当にしあわせになれる相手なんだったら、誰でもいいの」
「そうなの?」
「うん。みのり、お兄ちゃんの事が一番好きだから、お兄ちゃんには幸せになってほしいの」
「みのり・・・・」
ちょっと感動する五代。
「それに、みのりはやっぱりお兄ちゃんの妹だから、綺麗なモノが好きなのーvvv」
だが、やっぱり自分の妹だとしみじみ実感。
「・・・やっぱりそうか」
「お兄ちゃんと一条さんが並んでたら・・・みのり的にうっとりーvvv・・・なのー・・・・」
「・・・・・あのね、みのりをウットリさせるつもりはないからね」
困ったように笑う雄介になんで?と首を傾げると、ポツリポツリと雄介は話だした。
「だって・・・一条さん、警察官なんだよ? 今は、未確認とかで特殊な状況だし、女の人のことなんて考えてないのかもし れないけど、この事件が片付いたらそうじゃないだろうし、俺と違ってさ、組織に入ってる人だし・・・・・」
「・・・・」
「そういう人達にとって、こういう関係ってあんまりよくないんだろ?」
「でも・・・・」
「それにさ、この前だって、よく覚えてないからなんとも言えないんだけど、俺から誘ったとしてだよ? 一条さんて男の人と したことないと思うんだよ」
「そうだねー・・・、付き合う人には不自由するいようには見えないよねー・・・」
「うん、でさ、こんな場合だから溜まってたんじゃないかなって・・・・」
「ふうん」
「だから、つい、イタしちゃったんじゃないかって・・・ほら、お手軽だろ! 男同士だとさ」
「・・・・・一条さんがそんな事をする人だと思ってるの? お兄ちゃんてば」
「・・・・・思ってません・・・・・」
真っ赤になりながら話す雄介に我が兄ながら可愛い人だ、などとおもいつつ。
「でもさ、みのり、男じゃないからよくわかんないけど、"男の人って癖になる"っていうじゃない? そしたら、一条さん、そ のままGET!しちゃえば!!」
「・・・・・みのり、よくわかんないなら、わかんないいでいいから。そのまんま口にしないでね・・・・」
「?」
「だから、本当なら女の人と付き合う方が一条さんには合ってるし、俺との事は酒の上での誤ちだったんだし」
ぶう、と口をと尖らすみのりの額をつつく。
「こんなんで一条さんに責任感じてもらいたくないし・・・・・」
それが、五代の最大の原因なんだろう。
だから、この話はココで終わり!!と雄介に強引に話を終らせられてしまわれて、内心ではみのりは闘志を燃やしていた。
(・・・みのり、あきらめないもん!!)
この、人のために全力を尽くしてしまう兄を絶対!幸せにしてみせる!と決めているのだ!
それに・・・・・。
みのりの頭のなかに、一条と雄介が並んで立つ姿が浮かぶ。
(はぁ〜・・・・、ウットリ・・・だよねぇ・・・!!)
絶対、2人をくっつけたい。
自分的にOK!というのもあるが、こんなに一条に惚れている兄には何としても両思いになってもらいたい。
兄はあんな事を言っているが、みのりの目から一条をみて、雄介が言っているように一時の気の迷いなんかではない、と 感じている。
(みのりの勘は外れた事ないんだからね!!)
なのに、一条の将来とかを気にして身を引こうとするなんて我が兄ながらけなげだ、と思う。
(ここはやっぱり、みのりが頑張んなくっちゃね!)
そのために!と頭で着々と計画を立てるみのりであった。



同時刻の検査室では。
コレは見ものだ、と考えていた。
なにしろ一見、理性の塊に見えるこの男。
実は学生の頃についたあだ名が『瞬間湯沸し器』だったぐらいだから、いつまでこの状況に甘んじていられるかわからない。
もともと、一条は短気な上にキレやすかった。
なんてったってこの顔だ、外見に騙されてちょっかいをかけては粉々に粉砕された輩がどれだけいたか・・・・・。
何年かの社会経験を積んで頑丈な理性の壁を培う事ができたらしいが本質は変わっていないだろう。
そんな男がどこまで絶えられるか。
「ま、頑張れやー・・・・」
「・・フン!」
椿の楽しげな呟きに剣呑なまなざしを向ける一条だった。


それからというもの。


一条は五代と2人っきりの時間が中々持てなかったりする。
未確認が出れば五代は闘いが終った後はすぐにその場から立ち去らなければならないし、反対に一条は現場検証で残 らなければならない。
仕事を終えマンションに帰る頃にはとっくに次の日になっていて、まさか今から会おうなんてとても言える時間ではない。
昼間は昼間でポレポレで働いているし、未確認のことがあれば時を選ばず呼び出さなければならないからできるだけ働か せてやりたいと思ってるし(なにしろ五代は居候の身だ)、珍しく一条が時間を作りポレポレに行ってみれば買出しに行って いたり、奈々とか言う女の子がいて二人っきりにはなれないし客がてんこもりだし。
関東医大に定期検診にきた後に・・・・と話をふればふったで、保育園に行ったり桜子のいる城南大学へ行ったりと。
ほんっとうに!!!
ここまで2人っきりになるが難しいとは思っていなかった一条だったりする。

そして、気付く。

いままで五代と2人の時間が持てていたのは、五代が一条との時間を作ろうとしていてくれたからだ、と言う事に。
考えれば一条が呼び出し五代が会いにきて。
一条に合わせて五代が時間を作っていたのだ。
しかし。
それがわかったからと言ってどうしていいか、何てことは全然わからない一条だったりする。
「・・・・ここは、やっぱり椿か・・・・・」



「で、俺にどうしろ、と」
「・・・・・どうするか・・・・」
「・・・・・俺にいうなよ・・・」
悩んでいるというには偉そうな態度で椅子に腕を組んで座っている一条を見る。
「なにせ、俺もはじめてのことだからな・・・・」
今まで、こんな事で苦労したことないからなぁ・・・などと、とても人に相談する態度とは思えないほどえらそうだったりする。
「取り合えず、どうしたいんだよ」
それを知らなければ話にならん、と椿が椅子の上で踏ん反りかえった。
「・・・・・とりあえず、何とかして2人で話す機会がないと・・・・」
そう、五代と2人で話さねばならない。
一条にはどうしても気になることがあったのだ。
「五代が俺に抱かれたときどうだったのか、すらも聞いてないしな」
「・・・どうだったかって?」
「ま、俺も男を抱くのは初めてだったし、何分記憶も残ってないからなんともいえないんだが、五代が良かったのかどうか、 男として気になるところだからな」
言外に、『ま、そんなことはありえんが』なんて呟きが聞こえてしまいそうな程に一条の態度は自身満々で。
思わずちょっと意地悪をしたくなった椿はこんなことを言ってみた。
「逆かもしれねーだろ?」
「逆?」
「そ、お前が五代に抱かれたかもしれねーじゃねえか。ああみえても五代は経験豊富みたいだし、痛い思いさせる事なく抱 く事だってできるかもしれないだろ?」
「いや、それはない」
ときっぱり切って捨てた。
「俺が抱く事はあっても、俺が五代に抱かれる事はない」
「・・・ま、そうね」
ちょっと言ってみたかっただけだからすぐに引く。
「でもま、そうだな、男は受ける側の方が大変だから五代が経験豊富でよかったな」
「・・・そうなのか?」
「そりゃそうだろうよ! お前が女を抱くときのようなペースで抱いてなお五代が良かったんだったら、五代の方が上手だっ たって事だろ」
「・・・・・」
「・・・・あ?」
一条が腕を組みなにやら考え込んでいる。
「どした?」
「・・・・別に・・・・」
今までにない態度に・・・椿はピンときた。
「ははははははは!!」
「なんだ!!」
「お前、むくれんなよ!!」
「うるさい!!」
なんてことはない、やきもちだ。
五代を経験豊富にした相手にやきもちを焼いているのだ。
一条の肩をバンバン叩く。
「いやー!! おまえ、人間に近くなったなぁ!!」
「・・・・随分な言い草だな」
本当に学生時代からの一条からは想像もできないような変わりようだ・
だが、椿にとっては嬉しい変化だ。
やっぱり人として、こうでなくては!!
恋愛はナマモノだ。
その都度、その都度全力で知恵を絞り、全身全霊をかけて向き合ってこそ輝くと言うもの。
こんな荒んだ状況にあるからこそ、心は潤っていなければ、と思うのだ。
だから。
「よし! 俺もめ一杯協力してやるからな!!」
「・・・・」
「いやいやこんなおもろい事、ほっておけないでしょう!!」
「・・・・・ふざけた真似したら・・・」
「判ってるって!! 俺様にまかせろ!!」
ノリノリな椿の態度に今一不安はあるものの、恋愛経験においては椿のほうが断然経験値は上だ、と一条は知っている。
2人とも女性に不自由する事はなかったものの、椿はその都度、恋愛の駆け引きを楽しむ事に重点を置いていたのに対 し、一条は・・・・・ま、ていのいい欲求処理のためのお付き合いだったから。・・・・それなりに、その都度一番いいなぁ、と思 われる人物を選ぶ程度のお付き合いだったので、誰かにココまでのめりこむ、と言う経験がまったくなかったし、どうしても モノにしたい!・・・・なぁんて思ったこともなかったし、そのために努力をした、なんて事もなかった。
「・・・・で、俺はどうしたらいい?」
それが。
こんなにも一人の人間に執着した事は初めてで。
こんなにもその人間を欲したこともなく。
こんなにも相手を欲した事もなく。
こんなにも一つになる快楽に溺れたいと願ったことはなく。
だから。
「椿」
一条のその瞳には――――― 絶対、俺のモノにする!―――――― という、強い光が輝いていたので、椿は頷きなが ら身を乗り出した。
「・・・こういう時にはな、本人より、周りから落としたほうがいいときもある」
「・・・周り?」
「ああ、昔から言うだろ? 『将を射んとせばまず馬を射よ』ってね」
にんまり笑う椿がなにを言いたいのか・・・・一条はすぐにピンときた。
「・・・・・・みのりさんか・・・・・」
「そう、みのりさんが協力してくれたら、きっともっと楽になる」
「・・・」
「そのためにはだな・・・・・」
ヒソヒソと真昼の診察室に悪巧み・・・もとい、論じあう男が2人。



「っくしゅ!!」
「大丈夫?お兄ちゃん・・・風邪?」
「う〜ん、そうじゃないと思うんだけど」
じわじわと、自分の逃げ道が塞がれていく事も知らず。
五代はこの後、最大の敵(?)となってしまう自分の妹に笑いかけたのだった。





は〜い!!
なぜ、終らんの・・・・?っていうか。5月中に終らせられるのか!!
コレは『一条さんが始めての物語』なんだけど・・・・・。
それでも相変わらす鬼畜なのねぇ〜・・・・・・。この後、一条VSみのりが!!
なんてな。次の次には終らせたい・・・・・・!!


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