愛のばかやろう×2 《2》





「はあ・・・・・・」
昼下がりのポレポレで五代雄介は大きな溜息をついた。
おやっさんは、このいい天気につられて出かけてしまった。
日頃、店を留守にしがちな不良店員なのでこんなときぐらいは、と雄介が送り出してやったのだ。
奈々もレッスンがあって出かけている。
お客さんも丁度足が途絶え、店の中は静まり返っていた。
―――― 考え事をするには丁度いいよな・・・・・
食器を洗いながら何度目かの深い溜息をついた。
「・・・・おにいちゃん・・・・なんか、あったんでしょ」
ギクッ
「あ、みのり」
すっかりその存在を忘れていたが、保育園が休みな妹が遊びにきていたのだったっけ。
―――― やばい、かな・・・・・
昔から、妙に鋭いこの妹にだけは隠し事ができなかった。
「今日何度目の溜息だと思う?」
「・・・・ごめん」
「ここ、座って?」
洗い物が済んだのを見計らって自分の隣を指差した。
その眼が隠し事はできないわよ、といっている。
「・・・言わなきゃ、駄目、かな?」
「うん、じゃなきゃ、ずっと溜め込んじゃうでしょ?」
「・・・・・・」
「いまさら驚かないよ、何聞かされたって」
「いまさらって・・・・・・」
「朝目がさめたら知らない人が寝てた、とかさ、そんな事ぐらいじゃ驚かないもん」
「・・・・・・」
サラリとみのりに言われて言葉が詰まる。
「あ・・・・・・また、なんだ」
「うっ・・・だって・・・・!」
「その様子じゃ、女の人じゃないな?」
「・・・・・・・」
すっかり見抜かれている。
「・・・お兄ちゃん、ファザコン、だもんねぇ・・・」



五代雄介は小さい頃から父親に連れられて世界を回ってきた。
父のことを尊敬していたけれど、父は雄介一人の父親ではいてくれなかった。
父親として大切な事は全て教えてくれたけれど、雄介だけを抱きしめてはくれなかった。
父の愛情を疑ったことはなかったけれど、どこか寂しさをぬぐえなかった。
一度、何故戦争の写真をとるのか尋ねた事があった。
そのときの父の瞳の色を今も雄介は忘れない。
『それが、俺に与えられた使命なんだ、と思う』
『使命?』
『写真を通して、戦争が何を奪うか・・・・・、人が争うという事がどれだけ悲しいかを、伝えるという事』
『・・・・・』
『お父さんもどう言っていいか、わからないが・・・・戦争の中にいると体の奥底から沸きあがるものがある。・・・何故人が争 うんだろう、何故解り合えないんだろうって・・・・こんなにも命は尊く、綺麗なものなのに、だからこそ大切にしなければ あっさりとなくなってしまうもなのにって・・・・・そんな事を伝えられたらいい・・・・・』
父の写真には必ず生きようとする人の姿があった。
眼も当てられないような無残な死体の側に立つ子供。
その子供の生きようとする澄んだ瞳。
爆風に全身に大火傷を負い、それでも腕の中の子供を護ろうとする母親と母の愛情に包まれ信じる子供の瞳。
己をかばって死んだ母の亡骸にすがり泣く子供を抱きしめる戦士。
戦場に咲く一輪の名もない花の美しさ。
『雄介のことを本当は母さんと一緒に日本に置いておくべきだったのかもしれないな。そのほうがお前の為だったのかもれ ない。お前を連れているのは父さんのエゴなんだろうって、迷うときがある』
『エ・・・ゴ? 迷う?』
『・・・こんなことを、同じ人間ができるのかって思ったり・・・・父さんのやっていることは本当は無意味な事で、実は自分が 有名になりたいが為だけにやっているのじゃないのかとか、所詮、偽善なんだとか・・・・・いろいろとな』
『・・・・・・』
『そんな時に、お前が笑ってくれると、まだ大丈夫って思うんだよ』
『俺が?!』
『・・・・・父さんのことを信じてくれているだろう・・・・・?』
『・・・・・』
『お前のその瞳に写る純真に人を慕う光・・・・父さんを信じてくれている笑顔をみるとな・・・・・それがあるうちは父さんは未 だ大丈夫だって、父さんを引きとめてくれるんだ・・・・・』
そう言ってたった一度だけ抱きしめてくれた父の腕のぬくもりを雄介は今も忘れてはいない。
父の自分を見る瞳には常にあふれんばかりの愛情と底知れない後悔の光があった。
今思えば父はいつも苦しんでいたのだろう。
父は写真を撮る、そのチャンスのために小さな子供の命を救えないことがあったのだった。
自分にその子供を重ねていたのかもしれない。
それから間もなくして父は見も知らぬ子供をかばい、命を落とした。
雄介の目の前で。
父はその身をもって自分の罪を償ったのだった。
雄介に命の尊さと、儚さを教えて。



あれから雄介は世界各国を回った。
父が教えてくれたことを雄介は忘れた事がない。
人は必ずわかり合える。
父とは違う自分なりの方法で、答えを探した。
何時の間にかたくさんの技が身についたけれど、雄介の得意な一番目の技は父が好きだと言ってくれた笑顔だった。
技を覚える間にいろんな人に出会った。
自分を好きだ、と言ってくれる人に出会って、別れてきた。
それなりに経験だってあるし、・・・・・・実は初体験は男性だったりする。
いま思えば父に似た人だった・・・・・・気もする。
(いや、ちゃんと女性経験だってあるけどさ・・・・・・)
そばにいてくれ、と言われた事もある。
ずっとそばにいるから、と言われた事もある。
でも、誰も雄介をそこに留める事などできなかった。
父の最期が忘れられないのかも知れない。
自分を愛してると言いつつも、ある意味自分を捨てた父を。
恨んではいない。
でも、父にすら選ばれなかった自分をどこか信じられないのかも知れない。
誰だって、いつかは離れてゆく。
いつでも最後は一人なのだと
だから、クウガとして闘っている今の状況は辛いけれど、少し幸せだったりする。
自分が人に必要とされているのが実感できるから
自分の居場所がある。
ここにいて欲しいと望まれているのがわかるから。
(それこそ、エゴ、だよなぁ〜・・・・)
それでもいつか自分にも、父のように己の命を顧みず差し出してくれるような人が現れるのだろうか


「それぐらい愛してくれる人が現れるのかな・・・・とか考えちゃったりしてるんでしょ」
「っ!」
「もう! お兄ちゃんには少なくともみのりがいるよ!? それじゃ、だめなの?」
ふくれっつらで自分をにらむ妹に笑いかける。
「ごめんごめん、久々にやっちゃったからさ、ちょっと落ち込んじゃって」
「もう・・・・、一端落ち込むと底なしなんだから」
「ははは・・・・」
「で、そんだけ落ち込むってことは、お兄ちゃん的にまずい人なんだ」
「うっ・・・・」
鋭すぎて言葉もでない。
「・・・・・あの、葉月ちゃんのパパとかっていう刑事さんとか・・・・」
「みのり! 俺、人のもんには手ださないよ!?」
「じゃ、一条さんが椿さんだね」
「・・・・・・・・・」
思わずカウンターに突っ伏してしまった雄介である。
「・・・・どうしてわかったんだよ!」
「・・・・・わからない方が変よ・・・・お兄ちゃんてば・・・・」
まったく喰えない妹だと思う。
第一自分の兄が男と経験ありました、なんて知ったら普通卒倒ものなんじゃないのかな・・・・と思っても、もともと隠し事が 苦手な雄介のこと、みのりには隠し事せずに全て打ち明けてきた。
そして、みのりはそれを全て受け入れて雄介を一人の人間として何時も受け入れてくれた。
母が死んだ後も二人はそうしてお互いに隠し事をせずに生きてきたのだ。
「で、どっち?」
「う・・・・・」
「う〜ん、そうやって悩んでるってことは、いつも一緒にいる人だってことだよね」
「・・・・・・」
「じゃ、一条さんだ」
本当に自分の妹とは思えない鋭さに言葉も出ない。
「で、お兄ちゃんはどうなの?」
「え・・どうなのって」
「そうやって悩むってことは、今までの人とは違うってことだよね」
みのりの切り込むような瞳が雄介を覗き込んできた。
「う・・・・・ん」
そう、自分のことは自分がよく知っている。
自分の部屋に帰ってから気付いたけど、体中にキスマークがついていた。
本来そういった跡を残されるのが嫌いだから相手に許した事はないのに・・・・・許可したのだろうか?
だとしたら、多分、恐らく自分から誘った可能性が大きい。
十中八、九そうだろう。
自分の経験から察するに一条に、男性経験は、無い。
あれだけの顔をしているのだ、女性に不自由した事ないだろうし雰囲気で判る。
なんで判るかっていえば、経験と勘でだが、殆どはずれは無い。
「もしかしたら俺、かなり、ノリノリだったのかも〜〜・・・・・・」
「はあ・・・・・、お兄ちゃん、綺麗なモノ好きだから・・・・・・・」
カウンターに突っ伏してしまった兄の頭をよしよしと撫でる。
「・・・・一条さん、気付いてるよなぁ・・・・・」
「そりゃそうでしょう、気付かない人なんている?」
「・・・・・・俺じゃなくって椿さんだった、と思うとか・・・・・・」
「・・・・・・そんなことあると思う?」
「・・・・・ううっ・・・思わない・・・・・」
ちょっとの期待をこめて言ってみたのをあっさりみのりに切って捨てられる。
そんな兄を眺めつつ、みのりは雄介が一番考えたくない事を口にだした。
「一条さん、もしかして『責任とらなくっちゃ』とか思ってるかもよ?」
「みのり〜〜!!」
「ま、そんなことはないと思うけど・・・・・」
「・・・・・・・」
「はあ、なんで厄介な人と関係もっちゃったかなぁ、もう」
「・・・・でも、上手くいけば、誤魔化せるかも」
「え?」
雄介の言葉に『今更何いってるの』といった眼をみのりが向けた。
「だってさ、跡は残してないんだよね」
「跡って?」
「うっ・・・・だから・・・・ゴムとか・・・・」
「ナマでしたの!?」
「だってぇ〜〜!! 覚えてないんだもん!!」
「もう、じゃ、完全にお兄ちゃんから誘ったんじゃない!」
「うう・・・・でもさ、そういった跡、残してないし、もしかしたら本人も忘れたいかも知れないじゃん!?」
「・・・・・・そうかなぁ?」
「そうだよ! だってあの人絶対ノーマルだし、後悔してるかもしれないし」
ツキッ・・・と胸に痛みが走る。
そうだよ、後悔してるかもしれない。
そんなのはいやだ、あの人にそんな思いはさせたくない。
これからも、あの人と一緒に闘っていきたいと思っている自分を知っている。
だから、
「そう、俺がしらを切っちゃえば大丈夫!」
「・・・・・で?」
「・・・・と思うんだけど・・・・・」
「ふうん・・・それから?」
「・・・・・・ちょっと、距離をおく」
「距離ってどれ位?」
「えっと・・・・なるべく二人っきりになったりしないとか、会うならポレポレでとか、しかも、あくまでも普通に!」
「できるの・・・・?」
「・・・・協力してくれるよな」
「ええ〜・・・・・・」
どうしよっかなぁ、とみのりが口を尖らす。
「・・・・・・・・一ヶ月間、送り迎え付き、+手作り弁当+おやつ付き、でどうだ」
「OK!」
雄介の提案にみのりが満面の笑みで承諾する。


良かった!といったふうに安心している兄を見て、つくづく可愛い人だと思う。
あの人から、そんなふうにして簡単に逃れられる、と思っているところがしょうがない。
みのりですらちょっと見ただけで、彼の外見と中身がすっごいかけ離れていると判ったのに。
・・・・・だいたい、相手が未確認とはいえ簡単に銃をぶっ放すことができる人なんだよ?
自分の考えでお兄ちゃんに・・・・TRCSだっけ?あげたりできるモンなのかな・・・・・?
お兄ちゃんは単純に喜んでいるけど・・・・・・本当なら、かなり大変な事なんじゃないかな?
世界を冒険してまわっていただけにどこか浮世離れしている兄より、しっかり世間を知っている妹である。
ちゃーんと、はっきりとはでなくとも、隠れた一条の本性を嗅ぎ取っていたりする。
だから、この兄が、あの一条をだまくらかして誤魔化せるとも思っていない。
(大体、お兄ちゃんがこんだけ意識しているってのも珍しいよね・・・・・・)
今までの相手とは違う。
兄にとって、一条は違う運命をもたらす人になるだろう。
それは、みのりの予感。
(そういった勘は外れないんだよね・・・・・・)
兄に対して為にならないのならどんなことがあっても排除してみせるけど。
多分、そうはならないだろう、と思うので。
兄に一番いいように。
たとえそれが一時兄の考えとは反対の方向に進んだとしても。
(・・・・・それに、一条さんだったらいいかも)
なにがって兄の隣に並んで立つことを。
(桜子さんでもよかったんだけど、お互いにそう思ってなかったみたいだし)
チロリとすっかり安心しちゃっている兄をみる。
(桜子さんには悪いけど・・・・・・一条さんのほうがいい!!)
見ていてウットリだもんね・・・・・と満足げに頷いて。


「あ、みのり、あした検診があんだけど・・・・・・」
「うん、いいよ。一緒にいこう?」


妹の考えも知らず、雄介はニッコリと笑ったのだった。


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