2話/そして、クラッチショット

                                                                                    
文作:みさ
「..絵里…アンタのそういうとこ素直に尊敬するよ..」

「ふふふ。せっかく誉めていただいてももうコーヒーがなくなってしまいましたわ。本題をはじめましょうか。真紀さん、
 それ、わたしが回します」
と、先程の資料を手にとり皆に配る。




「で、やっぱりさ、アレが原因なワケ?」




 この日、ボクは、結構貴重な体験をした。
やってる事は、いつもと同じ荷物の運搬とか皿洗いとかだったりしたが、とにかくスゴイモノを拝見させて貰った。

 本当のことを言うと、それがどれほどすごいかなんて事はよく判らなかったのが、そこで見たものは、皆どれも、繊細で、上品で、しとやかなモノばかりだった。

 多分ミチねーちゃんか美絵ねーちゃん辺りなら、それの価値が判るのだろう。

 もし、美絵ねーちゃんだと、歴史的背景や、関連する人物とかエピソードとか、ま、失礼な話と思うが、ボクにとっては
退屈極まりない話を聞かせてくれる。
 あの人の場合は、あの声自体が際立って優雅だから、決してアクビを出すような失敬なコトにはならない。ただ、化学の佐相のおばちゃん辺りの声で聞いたら、ボクの意識は、速攻で間違いなく、ワンサイドゲームをかまされるって事は、結構当たってたりもする。
 ミチねーちゃんなら、「いい仕事してますね〜。これは。いやすばらしい逸品です」とか言って、いつものようにサービス精神たっぷりのパフォーマンスを見せてくれるのだろう。

 最も、ボクが今日見たものを正確に言葉で伝えることは出来ないと思うから、所詮は、頭の中の出来事だ。

 窓の向こうには、ボクの通ってる中学校が近づいている。

「どお?これ絵夢ちゃんも食べる?」
 いつの間にやら、前の座席から、理沙姉の手が伸びて来ている。ボクも大好きなアーモンドポッキーの箱が握られ、
それは、とてもとてもボクを誘惑していた。

「あ、でも、あとちょっとで着く頃だし、それと最近体重がチョッと気になったりして…」
 悪いとは思うが、こんなナリでもボクも女だ。それに、理沙姉たちに遠慮する必要は一応ボクの中ではないことになっている。お姉ちゃん以外では、一番心を許せる人たちだからだ。

「なーにナマ言ってんのよ。まだ発育期なんだから気にすることないじゃないのよ。付き合い覚えとかないとかえって苦労するもんなのよ?」
 理沙姉は、普段ほんわかとした人だが、こーゆー時は、結構押しがキツイ。

「じゃあ、1本だけ…」

「うむ。よしよし」
 ボクがつまんだ後、箱の向きをかえると、先程から移り行く景色を眺めているらしい、しおりんに、

「どおー?詩織も?」
 と、分け隔てのないお誘いを行う。

「ん、じゃ、遠慮なく」
 そう言って、しおりんは、箱ごともっていこうとする。

「あはは…相変わらずなのね。んー、いいわ。あげる」
 そう言われると、しおりんは、嬉しそうに微笑んで、おもむろに太腿の上で箱を握り締め、中身をつまみ始める。


 前から、カポッと音がして、ゴキュゴキュって喉を液体が流れていく音が車内に響き渡る。

「この旨茶が、甘いもんと合うのよね〜」

 はっきし言ってオバさんクサイが、年上の女性には禁句だろう。本人はさして気にしていないらしいのが、この人のいいところだ。伊達に歳を喰ってはいないという事なのだろう。うん。

「姉さん。俺は知らないよ。途中で寄れるとこなんてないよ」
 あーあ。相変わらず、この中で肩書き上、一番偉い人は、余計な一言を炸裂させる。

「生に世話焼かれるかって。もうあと5分もあれば戻るんだから、大丈夫よ」
 尤もだと思う。

「ま、そっか。それにしても今日は、おつかれさん。結構緊張したな。今日は」
 納得したのか、店長は、ボクたちにねぎらいの言葉をかけてくる。実際あとちょっとと言うことに気づいたのだろう。まだまだこの人の気遣いは、自爆することの方が多い。

 けれども、この年にして、細かい配慮が出来るようになりつつあるこの人をボクはちょっと気の毒だと思う。多分お姉ちゃんと自分とを重ねて。

「着いたら、後の事は、俺がやるから、みんな上がってくれな」
 先に見えている交差点を曲がれば、店長とボクらで守らねばならない砦へと帰還する。この人にとっては、文字通り最後の砦なのだ。お金も貰っているんだ。ボクも手を抜くつもりなどない。

「搬入は、チャッチャとやればすぐですから、手伝っていきます。最後までやり通さないと気分悪いんです」
 生意気かもしれないが、それがボクの心意気ってやつだ。

「うーん。嬉しいけど、もう遅いし、かえってみんなが家まで辿り着く間が心配でね」
 顔は向けられないが、店長はそう言ってやんわりと、その気がないことを諭してくる。

「そうそう。生の世話焼きは、わたしの特権ってことで、詩織ちゃんと絵夢ちゃんは、気をつけてかえって頂戴ね」
 理沙姉も、そう言って帰るように勧めてくれる。二人ともホントいい人だ。

「ん。でも、私やってく」
 しおりんの手からは、すでにポッキーが消えていた。これでこのスレンダーな体型が維持できるのが不思議でしょうがないが、今は、それを気にしている時ではない。

 いつのまにやら車は、道楽亭の前まできていた。中から灯りが燈っている。

「あら、まだ帰ってないじゃない。こんな遅くまでかかっちゃって….」
 車内で最後に聞く理沙姉の声は、どこか、怒ったような響きだった。





 結局、俺達4人全員で商売道具の搬入をやることになった。俺がいくら説得しようとしても、中にまだ、みんなが残ってるんじゃ説得力もあったもんじゃない。

 ゆりえの奴、心底嫌そうだったから、てっきりすぐに引き上げるとばかり思っていたけど、あいつの例のプライトってもんが完璧な計画ってやつを求めたんだろう。今回の件は、俺が無茶をいった形になっているので、ゆりえを責めるわけにもいかない。が、あいつの言うリスクヘッジって奴は、どうなってるんだろうか?従業員に何かあったら、何にもならんって事を考慮しないほど、あいつを冷淡な奴だとは、正直俺は思いたくない。

 中に入ると、みっちゃんが、なにやら興奮して叫んでいるところだった。





「ああああっっつつ!!!イライラする!!!、だから牛の病気と日本の景気なんてモンは、どうなるもんでもないんだか  ら、それ言うのやめろって!!!」

「だったら、代替案を示して下さい。案がないなら、ヤクザの因縁とかわりません」

「だ・か・ら、そのアンタの案そのものが無理だって言ってんの。わかれよ!!アタシと詩織とでやったってピーク2名じゃ無理だって!アンタも知ってんだろうに!」

「わたくしの計画は、現状の事態を考慮して、やむを得ないケースについての対応案です。この際、ピークで対応できない事は、当然承知の上です。ですから、それで重大な支障がでないためのマニュアルも作りました。やるしか選択支がないからやる。何か問題でも?」

「選択支が無いとか、勝手に決めるなって!!!」

「で、代替案は?」

「すぐ思いつきゃ苦労しねーってのヨ」

「じゃ、因縁ですね」

 そこまで言うと、ゆりえが俺達に気づいた。相変わらずのポーカーフェイスだが、眼鏡の向こうの目つきがきつい。俺のあまり好きじゃないゆりえの顔だ。

「おかえりなさい。マスター達」
 絵里さんが、俺に声をかけてくれる。絵里さんにしてもさすがにキツかったのだろう。いつもの満面の笑みとはとてもいかないが、それでも微笑んでくれた。

「たっだいま〜」
「ただいま」
「お疲れ様」

 と、俺の後ろから、返事がする。

「ああ、みんなお疲れさん。今日は遅くまで、悪かったな。結論でてないようだけど、皆の悪いようには、決してしないつもりだから。一応、ゆりえからの説明があったと思うけど、現状のウチの状況だけ知ってて欲しかったんだ」

「ね、店長さん」

 振り返ると詩織さんが、肘を折り曲げて手を挙げていた。

「うん?なんだい?」

「私、教えてもらってない気がする。教えて」
 彼女は、動いているときは、本当に活発な割に、以外にも口数は少ない。必要最小限の言葉をつかう。それでいて、その意味するところは、いつも明瞭なのがこの娘の利発なとこだ。

「おっ、久々にこりゃでますか?パーフェクトガール詩織様が?」
 みっちゃんも、ホントに切り替えが早い。先程までの刺々しい口調が一転して、からかいモードに突入している。

「今、真面目な話中だから」
「へいへい」
 この二人、漫才師になっても通用するんじゃないかと思わせる見事な呼吸っぷりだ。

 どういうわけか、ゆりえにしては本当に珍しく、苛立ちを隠そうともせず、

「結論の出ないミーティング程無駄なものはないわ。結論は出して終わらせます。そして、それは、わたくしの計画の採用ということで長月さんもいいですね?」
 と、構わず俺に結論を求めてくる。

 何時になく絡んだ話に、場が陰険なものと化している。姉さんと絵夢ちゃんは、道具を片付けると俺に耳うちして、その場を離れて厨房へ向かっていった。2人は、店の方針の話には関わらない方が俺としてもいい。

 改めて見やると、美雪ちゃんは、催眠術でもかけられちゃったような半眼でコックリしている。トレードマークの大きなメガネが今にもずれ落ちそうだ。
 真紀さんは、顔が真っ青で今にも倒れそうなのがひどく気になる。

 絵里さんが、自分の資料を詩織さんに手渡してくれた。

「あら、ゆりえさんの方針ですと、ありとあらゆる可能性の中から、最も安定していて実現性のあるものこそを選ぶと言うことでは?最後の意見が、的を得たものでないかどうかは、聞いてみないと判断がつかないものではないのかしら?」

 美絵さんがいつもの調子で誰に言うでもない視線で場に言葉を置く。純の奴と付合うようになって、この人は、ホントに超然とした雰囲気を醸し出すようになったんだと、流れにそぐわぬ事を思う。俺も結構神経が太くなっちまったもんだ。


「まって。今読んでる」
 最も注目を集める少女は、立ったままだ。俺は、隣の席の椅子を彼女に勧めるため肩をたたく。

 座りながら、そして目線は、資料に向けたまま、
「ね、ゆりえさん。いつまで維持する計画なの?」
 実に淡々としている。しかし、俺はその言葉とは対照的なまでの、瞳の奥の煌きに魅入られていた。

「……およそ3ヶ月。四半期分の計画です」

「で、客単価は?」「資料の通り、1325円税込が1105円税込みまで低下。200円のロス」
「来客人数は?」 「資料の通り、通常時3割、ピーク時2割、トータルで2割4分減少」
「結果売上は?」 「資料の通り、月商1300万円弱から、820万円強まで約4割減」

「ん、じゃあ多分大丈夫。いける」

 忌々しげな表情で、ゆりえが、彼女の資料を持つ手先に見入っている。俺の嫌いな顔だ。それを見た俺の胸には、言いようの無い痛みが芽生えた気がした。

「具体的には?」

「特製コンソメスープのキャンペーン。延べ8888人様限定で、700円プレミアムをのっける。それで、連番の抽選チケットを発行する。抽選の特賞は、好きな従業員との1日デート権」

 それは、その時、あまりにも突拍子の無い意見に思えた。

「はぁ?そんなキャバクラみたいな事していいとでも思ってんの?」

「大丈夫。公正取引法は、特製のスープで短期間のキャンペーンなら抵触しないから。都内の商店街でも、デート権を景品にして問題ない前例あるから、景品法にも平気」

 はー、ホントにこの娘は、いろいろな事を知ってる。ゆりえの奴みたいに、頭ッから爪先まで理論武装しているのと、また違った知識の活用法を自然に備えている。それが、この娘の、実は、本当の知性の要なのかもしれないと感慨にひとりごちる。

「いや、だからってねぇ….」

「私たち、かわいいから、うまくいく」

「自分でかわいい言われても….」

「ちょ、ちょっとまってもらえるかな。それじゃあ、あんまりにもみんなに悪いし、俺も責任者としてこころ苦しいよ」
 俺は、やっとの事で、そう言う他はなかった。

「わたしは、その意見に賛成です。兄さまに紹介できる方を見つけられるかもしれなしですし」
「美絵の純様は、マスターに協力することでしたら、浮気以外、反対しない方ですわ」
「お〜言うねぇお二人さん。面白いじゃん、その勝負受けてたとうじゃあ〜りませんか」

「ん、とりあえず、多数決。あと、えっちゃんだけどうするか考えれば大丈夫。問題ない」

 やってられないという顔で、ゆりえが俺を睨んでいる。その顔を見て、俺の腹の中は決まった。






 ボクと、理沙姉が呼び戻された時には、美雪ちゃんが起こされていた。先程までの嫌な空気が薄らいでいるところを見ると、結論ってのが出たんだと思う。

 聞かされた話は、ボクにとってはとても衝撃的なものだった。ただ、ボクは、ボクから逃げたく無かったから、しおりんに賛成した。ま、ミチねーちゃんの言うとおり、ゆりえさんの話になんとなく無理を感じたのもあったけど。

 理沙姉は、「短大のミスコン以来ね」と言って賛成した。

 美雪ちゃんは、「ヒロインですぅ。エンゲージですぅ、絶対運命黙示録ですぅ、ク○アバイブルには、ゴーレムを人に換える方法は載ってなかったですぅ、にゃっふん」といって、賛成したことにされた。

 お姉ちゃんは、みんなが反対しないならそれで良いと言った。






 かくして、数日後、その乗るかそるかの勝負をかけたシュートは放たれる事となった。

(3話へ続く)

初稿:2001年10月19日