1話/事の起こり、あるいは、序幕

                                                                                    
文作:みさ
 ここは、関東の某県某市にある外食洋風レストランである。

名を「道楽亭」と言う。

オーナーの名は、長月 生。

この、長月 生 が、本当に大切なモノヲ知った訳。


これはそんな物語です。


 現代のファミリーレストランと比べると、道楽亭の佇まいは、もはや博物館とでも言うべき趣がある。が、ほのかに赤い瓦屋根に、白樺の無垢の板材を用いた壁との織りなすシルエットは、どこか懐かしさと安らぎを感じさせる。
扉や、窓の飾りは、まさに大正浪漫を地でいく華やかな彫刻が施されている。

 ごく最近までは、泣く子も笑う道楽亭と言えば、お子様連れの家族や、シルバー層の方々、そして人目をはばからぬ
カップル達の憩いの場として賑わいを見せていたものだった。

 なのに、どうしたと言うのか。かきいれ時とも言うべき週末の夕方になろうかというのに、店内の人影は、表通りからは見当たらない。しかし、独特の雰囲気を放つランプの明かりがほのかに燈っている様を鑑みると、全くの無人ということでもない様子だ。

 ああ、さもあらん、気風を漂わせ、よく使い古された味わい深い取っ手には、「本日休業」の看板が下げられている。
とすると、先程の明かりは一体なんであろうか?あなたもやはりここは気になるというもの。中を確認せねばなります
まい。

 はてさて、館の中には、入り口から見て右奥の方から先程の明かりが瞬いているようだ。
さらに近づくと、5人の人影が確認できる。
既に、5人のコーヒーカップの中身がない処を見ると、既に一刻程は経過している様子だ。

 と、その時カランカラーンと乾いた鈴の音が入り口の方から店内に響き渡る。
待ち人が来訪した模様だ。

 ミディアムストレートジャギーを紅茶色に染めた、5人の中でも、特に一番グラマラスな少女は、開口一番、気持ちマキ気味のよく通る声で溜まっていたモノをマシンガンのように吐き出し、

「おっそ〜い!予定の時間もうとっくに過ぎてるって!!アンタまたやらかしてくれたわね」
と悪態をつく。

 (なんと!!!ここはこの世のヘブンであろうか??よくよく見ると揃いもソロって天使と見まがうばかりの個性的な美少女が一堂に会しているではないか!!!あなたにもこの様子をつぶさにお届けすることは、語り部たる私の本分と申すもの。あなた様もこの場にいるものと思い、その後の有体をとくとご覧あれ!)

 落ち着いた口調で6人目の少女は、

「あら、まだあと3人も来ていないようでは?それにマスターもご不在じゃないですか?美絵も、大事な話だからと言うことで、泣く泣く純様との逢瀬を早く切り上げてきましたのに?」

「アンタねー、マスターと理沙姉は、詩織と絵夢連れてこないだ出張シェフのオーダー入れてくれた、咲夜さんって人のところで昼食会やってるから、今日はわたし達だけだって言ってあったでしょうが!!っつたくホントいい性格してるよ全く。
 純さんの前では淑女ぶってるのに、その他、一般人、大勢、通りすがりの人A、【純様以外】の私達は全く気にしないってーの??その二重人格っぷりはさ、いつか自分の首をしめるってーのよ。って、ちょっと聞いてるの?アンタ?」

 遅れてきた、艶やかなピュアロングストレートの黒髪をなびかせる、まさにに深窓の令嬢というにふさわしい乙女は、優雅な仕草で入り口側の通路に面した彼女の為の空席に、隣に座る新たにコーヒーをカップに用意している娘へウインクしながら腰をおろす。

 隣のボーイッシュな目のぱっちりとした娘が、柔和な微笑みを浮かべて、最後の、腰掛けてスカートの皺を丁寧に伸ばし終えた少女に8分に注いだカップを手渡すと、

「兄さまとお楽しみではしょうがありませんよねぇ。美絵さん?」

 と、この娘もなにやら訳ありのご様子。そっと美絵の前にソーサーを差し置くあたり、この娘の気遣いの程が伺える。 

「ええ。わたしも通子さんのように時間に正確に行動したいのですけど、どうしてもそれに勝る事があるとその誘惑に負けてしまいますの。いけない美絵をお許しくださいませね」
器の中の、芳醇な香りを放つコーヒーを一口含み、こくりと飲み干すと、ふうーっと満足そうな吐息をつく。

 通子と呼ばれた先程の悪態を振りまいたグラマードールは、器用にも左の頬だけをピクピクと震わせると、まるで起動スイッチが入ったかのようにすっくとその場で立ち上がり、

「んもおーだからそれを止めろってーのよ!都合の良い時だけ猫かぶるなってーの!!
大体今日だって、純さんといっしょって事はさぁ……..」


 『美絵はいつも綺麗でいれくれるね。ふふ、うれしいよ。』
 『そっそんな事ないです。わたしはただ、純様と釣り合いのとれる女でいようと望んでいるだけですわ。』
 『ふふ、僕の方こそ美絵にふさわしい男であり続けるのは大変な事なのさ。いつも美絵を誰かに盗られやしないかと不   安で一杯さ。』
 『そんな…わたしの心は、いつも純様と共にありますわ。』
 『…美絵』
 『…….純様』


 あーっつもーやってられるかっての!!こちとら働かざるもの食うべからずって事で、ない知恵出し合おうって事で辛気臭い顔してるってー時に、このお嬢様ときたらラブラブでふわふわでぽえぽえな時を過ごしてきたってか!!きぃーっつアタシも早く男ほしー。


 と、見事に一人二役を演じて見せ、その後に自らの欲求を紡ぎ出す。
彼女の言葉どおりとすると、これ程の美少女に彼氏のいない原因は、この赤裸々すぎる性格に難があるようだ。

 (いやあっつ、美絵さんと純さん…そんな…そんなことやあんな事あまつさえ二人のシルエットが月の明かりに照らされ一つに…だなんてにゃん..ダッッダメですーっつ!!美雪には早すぎます!!あうあうっぅ)

 と、その脇で、フラワーポイント気味のクセっ毛を清楚に梳かしたメガネっ娘が、イヤンイヤンをしながらうなじまで真っ赤にして、通子の妄想一人芝居につられてあちら側へ旅立ってしまっている。


 「いいかげん通子もその位で冷静になってくれない?わたくしも長月さんに財布を任されてるからには、今回の件の打開策を検討して、中期的なプランニングをしなくてはいけない責任があるの。それと美絵さん、今日の事は、無断遅刻って事で来月の時給の査定に使わせてもらいますから程々に慎んでください。
絵里さんも、そのグラスポットを空にしてしまったら店の在庫はもう使えないから、美絵さんには必要ないです」

 と、通子側の窓際に座る、清潔に、腰まである髪を整えた、いかにも真面目が服を着ているといった感のある細眉で小振りな身体つきの少女が、メガネのかけ具合を直しながら、美絵を見遣る。

 「あら、ゆりえさん相変わらずですのね。美しい絵画に触れたり、通子さんの演じるような素敵な芝居を鑑賞したり、おいしい食事をするからこそ、人はよいアイデアを生むものですのに。この一杯のコーヒーは、大事の前の小事ですことよ」

 静と動との、竜と虎との、関西吉△と関東ジャ○ーズ(なんのこっちゃ?)との応酬によっていっきに場は静まり返り、傍観者と化した4人は、当事者2人の顔を交互に見遣る。

 中でも、完熟トマトと化していた美雪は、抽象芸術の狂気と言われるあのあまりにも名高い絵画の人のポーズで固まると(ハ○ワ状態とも言う)、見る見る顔を青ざめさせていく。

 やはり、美雪ともなると様々な色に染まりやすいのであろうか?赤くなったり、青くなったり、忙しいことこの上ない。

 後に、この場にはいない年下の娘に、
「あの時、美雪は、間違いなくニュータイプの邂逅を目の当たりにしたのよん。にゃは」とマジもマジ、大真面目に語り、何某大槻教授の研究するプラズマにも似た稲光を見たと言い張り年上にも関わらず呆れられたという。

「ゆっつ、ゆりえさんも、皆さんも資料を……」
 と言って、場の凍りついた空気の中を、最悪のタイミングで合いの手を入れてしまった、金髪に染め上げた長髪の娘は、全員の視線を浴びると、

「ひ、ひっぅ」
 と、声にならない悲鳴をあげると、ぷるぷると手が震える始末。

「真紀もさ…ゆりえの腰巾着なんだから雰囲気読めよ..」
 通子は、まるでドラマの回想を語るように一人ごちる。

「そう言う言い方。失礼ですよ。真紀さんとわたくしは、お互いの短所を補い合える間柄なだけです」

 と、これはゆりえ。

「ダカラさ、そーゆーのを腰巾着ってーの!?ワカルかなー?わっかんないだろうなー!」
 通子も、止めればいいのにすぐさま迎撃体制を最前線の師団に命じる。


「にゃううう」
 間にはさまれた美雪としてはたまったものではない。頭を抱え込み、テーブルの下へと避難する。そのまま冬眠してしまわないよう、この場合注意が必要であろう。

「ふふっ。それではこのコーヒーは、通子さんとゆりえさんのものでいいですよね。みんな」
 有無を言わさぬまま、慣れた手つきでさっさと絵里はグラスポットの残りを注いでしまう。

「あら?あと一杯分ありますね?じゃあ、これは真紀さんへ」
 と、これまた最後の一杯を隣の真紀へ注いでしまう。

「どうぞ、香りが飛んでしまわぬ内に召し上がってくださいな」
 と、にっこりと微笑む。

 安心したのか美雪が顔を覗かせ、
「はふうっ。ローゼィーには、やっぱり妖精王の加護が備わってたですぅ。薔薇の宮の女王様ああん」
 と、電波ゲージ目一杯のセリフを吐き、円らな瞳を絵里に向け、美雪命名アクエリアスポーズ(要は、お祈りポーズの組んだ掌と首をその時の電波受信状態の良い向きへ傾ける…この場合当然絵里へ向ける)をとる。

 念のため申し添えるが、彼女自身がニュータイプに目覚めているかは定かではない。

「..絵里…アンタのそういうとこ素直に尊敬するよ..」

「ふふふ。せっかく誉めていただいてももうコーヒーがなくなってしまいましたわ。本題をはじめましょうか。真紀さん、それ、わたしが回します」
 と、先程の資料を手にとり皆に配る。




「で、やっぱりさ、アレが原因なワケ?」

(2話へ続く)

初稿:2001年10月16日